聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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精霊の少女編最終回




第43話 涙と前進

広い大理石の床を歩く4人の足音。

やがて4人は大きい扉の前に立つ。

先頭を歩いていた燕尾服の男性が扉をノックすると、「入っていいぞ」との答えが返る。

先頭の男性はゆっくりと扉を開けた。

 

「アルトゥース陛下。連れて参りました。」

「おう、おつかれさん。…それと、お前もおつかれさん、修也。」

「労りのお言葉、痛み入ります。アルトゥース陛下。」

「うん。…まあ座れ。立ち話もなんだからな。」

「お言葉に甘えるよ。」

 

「修也様。お飲み物はどう致しましょうか?」

「あー…」

「フロス。俺は緑茶で頼む。急須ごと持ってきてくれ。」

「かしこまりました。」

「あれ、今日は飲まないんだな。」

修也の驚きの言葉に、アルトゥースは苦笑を浮かべた。

「ココ最近は仕事が立て込んでるからな。…ま、終われば飲むさ。…それより、今回のマン島の出来事のあらましを説明してくれるか?」

「了解です。」

 

ズズッ…

「ふむ、なるほどな。そのようなことが目と鼻の距離で行われていたとは…俺にも分かっていないこともあるものだな。」

「流石にそんな細かい場所で起きてる迫害や一人の男の奇行なんて知ってる奴の方が少ないだろうよ。」

「それもそうか。…しかし、その男は何者だ?お前らの言いようだと人間のようだが…」

「元だ。」

「…何?」

「それは、あいつが《元々》人間だったって言うだけの話。今はそんな面影はほとんどねえよ。」

「そうか。…ところで、そいつとは戦ったのか?お前なら野放しにしたくないと思うが…」

「そうしようとは思ったけど、俺も霊力の余裕なかったし…それに…」

チラリと、修也は琥珀に視線を向ける。彼女は肩を竦めた。

「しょうがなかろう。あいつが凄い速度で離れたんじゃから。あれはわしでも止めれん。」

「…ほんとかー?」

「本当じゃって。…それに…」

 

「どうせいずれは当たる相手じゃ。…急くと思いもよらないとこで転ぶぞ?」

 

「…わぁーってるよ。」

修也は気の抜けた返答をして、アルトゥースを見て苦笑した。

「…悪ぃ、そんなわけだ。」

「まあ、そういうことなら仕方ないだろ。流石に死にに行けなどとは俺も言えん。…ところで、例のお前らに事の顛末を話して、邪竜人になった精霊の娘とやらは何処だ?そいつからも話を聞きたいんだけど?」

「あー…すまん、そいつのことなんだけど…」

「ん?」

 

「行かないわよ、私。」

黒い傘をさしながら、長い金色の髪の少女はそう言い放つ。

「いやでも…お前1番の当事者だし、話はしておいた方が…」

「そんなの、あなただけで事足りるでしょ。…私は少し用があるから。」

「用?何それ。」

「…個人的なものよ。それじゃ。」

「あ、おい…」

 

「…てなわけで、逃げられた。」

「ほう、用か…もしやその精霊の娘、人間が嫌いなのか?」

「んー…まあ、好意的ではない、かなぁ。まあでも、精霊の中で人間に好意的なやつの方が少数派だろ。」

「確かに。精霊が我々に悪影響を及ぼすことはほとんどないが、我々は《負の感情》が悪滓となると、精霊達に悪影響を及ぼすからな。好意的な精霊は少ないだろうよ。」

アルトゥースはそう言うと卓上の茶を飲み干して、急須で追加する。

「それならば仕方ない。その点は妥協しよう。そのような悪影響を及ぼすもの達の長になど、会いたくないだろうしな。」

「本当にそうなら、この先支障があるけどな。」

修也がそう言って笑うと、アルトゥースもそれに笑って答える。

「お前なら大丈夫だろ。…とりあえず、俺が聞きたいのはそれくらいだな。今回は霊使者も頑張ってくれてさしたる被害もなかった。感謝するよ。」

「そういうのは電報なんかで本部に送ってくれ。礼金と共に。」

「一国の王に金を催促するな。」

「この世の真理は等価交換っつーことで。それじゃ、失礼するよ、アルトゥース陛下。また機会があったら寄るよ。」

「うむ。その時は一段と鍛え上げた俺を見せてやろう。」

「それ以上鍛えたらマジで人間やめるだろ。」

修也の凄まじく嫌そうな顔と共にそう言われたアルトゥースは朗らかに笑った。

それに修也もつられて笑うと、ヒラリと手を振って部屋をあとにした。

 

 

夕刻。

マン島の浜辺の1つ。

そこの影にある、2つの少し大きな石。

それにそれぞれ刻まれた、2つの名前。

「…」

それを見ながら、少女は傘をさして膝を抱える。波の音が彼女の背後で響く。

ザッ…ザッ…ザッ…

やがて聞こえる、1人分の足音。

少女はそれに見向きもせずに、ため息をつく。

「…よくここが分かったわね。」

「お前の叔父から聞いたんでな。…なるほど、それが…」

「ええ。…私の、両親のお墓。」

それは、何処か埋葬するには小さすぎで、あまりにも質素な物だった。

「…父は私が幼い頃に処刑されて、母は土精霊族に連れて行かれたあと、海に身投げしたそうよ。」

「…」

「心配いらないわ。精霊は死んでも、死体は残らない。…どうせ《あちら側》に戻るんだから。」

「…そうだな。」

確かに、精霊は死ねば死体は残らない。

ただ、それは確実に《あちら側》に戻れるからという訳では無い。というか、そんな確証はない。

当然だ。

向こう側に行く…つまり死ねば、戻って来れないのだから。

だから、先程の少女の話は間違ってもいなければ、合ってもいない。

…そう、彼女が両親に会える《可能性がある》のは彼女自身が死んだ時。…もしくは、もう二度と。

「いいのよ。どうせ2人とも死んでるんだから。会えるなんて思ってもいなかったし。」

「…」

「だから、これもただの自己満足なのよ。誰の魂も残ってないただの石に手を合わせても意味は無い。」

少女はそう言って、自嘲気味に微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。ワンピースのスカートの部分を手で払う。

「…もう暗いわね。早く行きましょう。」

「…いいのか?」

「別に、この島にもう心残りはないわよ。それに、叔父やお兄ちゃんにももう話はつけてるから。」

「…そうか。」

そして、修也は思う。

 

そうでは無い、と。

 

「…それじゃ、私は先に…」

ガシッ

グイッ

「え…?」

トサリ、と。

彼女が持つ黒い傘が砂浜に落ちる。

修也は、彼女の左腕を掴んでゆっくりと自身の胸に抱き寄せた。

「ちょ、ちょっと…!何を…」

サラリ…

「…!?」

彼女の頭を、修也は抱きしめながら撫でる。

1回、2回、3回、4回…

子供をあやす様に、何度も何度も。

優しく、ゆっくりと。

彼女は感じる。

彼の胸の温かさ。大きな手。優しい、どこか安心するようなその行為。

その瞬間、彼女の目に温かい何かが込み上げてくる。

それは、母と離れてから、ついぞ流したことのなかった数多の雫。

 

「ちょっと…何よ…これ…」

 

最初は我慢しようと唇を噛み、目を擦る。

だが、溢れる雫は止まることを知らない。

 

「…ッ…わた、しは……!」

 

1度離れた体を、修也はもう一度、優しく引き寄せた。彼女は抵抗せずに、彼の胸にその顔を埋めた。

 

「…フッ………ウ…ッ…」

 

もう、限界だった。

少女は声も出さずに、零れ落ちる雫に身を任せて幼子のように泣きじゃくる。あまりに多くの涙に、修也のTシャツが濡れて変色するが、修也は気にする様子もなく一定のリズムで頭を撫でていく。

 

修也は、彼女とは琥珀のように五感までは共有をしていない。彼に、彼女の考えていることは分からない。

なら、何故あのような行動をとったか。

それは一重に、《経験則》だ。

人は誰しも、大事な人を失うと涙を流す。

それは悲しい気持ちの表現であると共に、その悲しみを乗り越えるために涙を流す。

もうそのことを引きずらず、前に進むために。人々は前進するために、その目から涙を流すのだ。

修也は、知っている。

大事なものを亡くし、それでも前に進もうとしている時に、して欲しいことを。

それは、かつて自身も同じ時に、自身の祖父が何度も何度も、夜通しでもしてくれた行為。

本来なら、両親がしてくれる…抱きしめるとう、その行為。

 

「…ゥア…ッ…フ……ウ……ッ…」

なおも嗚咽が漏れ、彼女の目からとめどなく雫は流れ、砂浜に落ちて修也の上着を濡らす。

彼のシャツの裾を握りしめ、唇を噛んで嗚咽を押し殺すともするが、しかしそれでも止まらない。

まるで、彼女が我慢してきた数十年の全てが溢れだしているようだった。

「…」

修也はゆっくりとゆっくりと。

その手を優しく動かした。

2つの重なる影を、オレンジ色の夕焼けが照らし出していたーー。

 

 

「落ち着いたか?」

夕日が落ち始め、夕焼けも薄暗くなった時間。修也は焚き火で沸かした茶を少女に差し出した。

少女は未だに、鼻を赤くして鳴らしていた。

「…泣き顔なんて、他人に初めて見せたわ。」

「ま、だろーな。おまえ可愛げないし。」

その言葉に少女はキッと修也を睨むが、それを修也は「冗談冗談」と笑いながら返す。

少女はため息をついて、茶を啜る。

そして、修也は少し笑う。

「ま、実際どっちでも良いじゃねえか、そんなことはよ。」

「え…?」

「泣いた顔も、怒った顔も、それに笑った顔も。」

 

「これからは、ずっと俺に見せるんだからよ。」

 

修也が笑いかけると、少女は頬を赤くしてそっぽを向いた。

「…フン…そんなのは、ボーヤの力量次第ね。いかに私に尽くせるかによるわ。」

「…いや、お前俺の従霊になったんだからお前がどっちかって言うと従うほうじゃ…」

「固定概念は捨てなさい。」

「へーい…」

少女の1睨みに、修也は手を挙げて参ったとも言わんばかりの行為をとる。

それに少女は頬笑みを浮かべると、残っていた茶を飲み干して、立ち上がった。

「…?おい、どした。」

修也が慌てて追いかけると、少女は先程までいた、墓の場所に立つ。

 

「…私は、前に進むわ。」

「…?おう。」

「狭かった私の世界を抜け出して、もっともっと広い世界に飛び出す。」

「…おう。」

「…だから…」

少女は、地属性の短剣を作り出した。

 

「乗り越えるわ、この島の全てを。」

 

少女は一思いに、自身の伸びた髪を切り捨てた。そして、付けられていた髪飾りも共に離れ落ちる。

肩ほどまでの長さの髪を揺らしながら、少女は切り捨てた髪を両親の墓に捨てる。

「…このままじゃ、誰かに壊されちゃうかもしれないわね。」

そして、次の瞬間。

彼女の金色の髪は大地に溶け込み、そのまま緑色の草や小さめの木を生み出す。

彼女が作った両親の墓の周りには、ありとあらゆる生命が生み出されたのだった。

これで、簡単には見つけられなくなっただろう。

少女は踵を返して、ゆっくりと歩き出す。

修也はその後ろに付いていく。

「ねえ、()()。」

「ん?」

「私は、強くないわ。」

「…いや、お前は強いだろ。」

「いいえ、私はただ、過去に目を背けてただけ。だから、何も変えようとしなかった。」

少女は黒い傘を拾い上げた。

「けど、今乗り越えようとしてるじゃねえか。」

 

「それは、あなたがいたから。」

 

「修也と一緒なら大丈夫だって、そう思えたから。だから、こうして乗り越えられた。」

「…そうかよ。なら、良かった。」

「…ねえ、修也。」

「ん?」

少女は少しだけモジモジと身体をよじってから、そして…

 

柔らかな、笑みを浮かべた。

 

 

「これから、よろしくね。」

「…ああ、()()()。」

 

 




それは、帰りの空港での出来事。

「うし、じゃあ帰るか。」
「帰ったら少しはゆっくりしましょう。」
「わし、帰ったら酒瓶開けるんだ…」
「そうね、私もあなた達の家を見てみたい…」

………

「おい待て琥珀。お前今フラグ建てたな?」
「は?何の話じゃ?」
「いや、お前その流れは…」

ダダダダダダダッ!
「しゅ、修也様!緊急任務です!」
「…こうなるだろぉ…」


「天乃様を、お救い下さい!!」


「はぁ?」


次回、新章開幕。

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