聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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やべ、眠い。




第42話 生きること

「修也君…」

ジャンヌは動かなくなった2人を見つめながら、思わず手を握り合わせた。

まるで、祈るようなポーズを作った。

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「作戦?ねえよそんなもん」

「え、ええ?じゃあどうやって彼女を…」

「んー、悪いけど幻想種に関しちゃ細かい作戦立てたところで決まんねえことが多いし…ま、今回はやるべき事が明確だから、そこは楽だな。」

「やるべきこと?それって…」

あいつ(嬢ちゃん)の意識を、悪滓から取り除くこと。」

「…」

「正直に言うとな、あそこまでの結合があの短時間で出来るってことは、嬢ちゃんも心の中で何処か受け入れてるんだろ。…もしかしたら、この世にあまり未練もないかもな。」

「で、でも修也君。それなら、野暮ってことになるんじゃ…」

「かもな。…けどさジャンヌ。俺がそんなこと、気にするやつだと思うか?」

「え?」

 

「そんなの気にする奴なら、()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「…確かに、そうですね。分かりました。そういう事なら私は、サポート役に徹した方がいいですか?」

「ああ。霊力も余裕あまりねえし、アグンと俺で最大火力をぶつけて隙を見せる。そんで近づいてきて、油断したところをついて、そのまま俺の意識とあいつの意識を繋げる。」

「分かりました。…けど、修也君。」

「ん?」

「意識を繋げることは、あれは琥珀さんがいないとできないのでは?私と契約した時に使った術ですよね?」

「…なぁ、ジャンヌ。俺の一番の特技って知ってるか?」

「え?い、いえ…」

 

「《真似事》、だよ。」

 

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「………」

 

暗闇の中、うずくまる1人の少女。

やがて彼女は顔も伏せる。

…だが、やがて聞こえる足音。

それに少しだけ視線を上げて、言葉を発する。

「…何しに来たの?」

その質問に、人物は…彼は、何の気なしに答える。

「助けに来た。」

軽々と、飄々と答える青年に、何故か苛立ちを覚えた少女は、吐き捨てるように言う。

「そんなの、頼んでない。」

「ああ、俺も頼まれてないな。」

「なら、なんで来たの。…知ってるんでしょう?私がどれだけ望まれず、愛されずに生きてきたか…。」

彼女が何処か呻くようにつぶやく。

そこには、彼女が今まで受けた仕打ちの全てが乗っているように重く響いた。

それに対して、修也は…

 

「おう。だから?」

「…は?」

 

軽く返す。

まるで何も気にしていないように修也は笑った。

「なんだよ。鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって。そんなもんわざわざ気にするようなことでもねえだろ。」

「…分からない?私は、生きることを望まれていない。だから、このまま助けられても意味が無い。…失せなさい。私は、助けなんて求めない。」

それは、彼女の純粋な気持ち。

明確な拒絶。

…だが、修也は退かない。

「だから、それとこれとは関係ないだろ。今重要なのは俺がお前を助けるかどうかだ。そこに他の奴らががお前をどう思ってるかなんて関係ない。」

「…なら、あなたはなんで私を助けようとするのよ。」

「ん?」

「そう言うボーヤは…私とそこまで関わってないあなたが、私を助けようとする理由はなんなのよ。」

 

「理由なんてねえよ。」

 

「…はあ?」

「さっきも見たなその反応。…だから、お前を助けることに理由なんてない。」

「何よそれ。…ボーヤあなた、必要があればどんな奴でも切り捨てるんじゃないの?なら、今この状況なら、私がそれでしょう?」

「なんでそうなる。」

「え?」

修也は腕を組んだ。

「いいか。お前は勘違いしてるかもしれんが、俺がある奴を助けない、切り捨てる場合は《大量死亡の可能性があるとき》と《そいつ自身に救いようがない時》だ。」

 

「それ以外なら、俺はどんな奴も助けるし、切り捨てる時は仲間だって容赦しない。」

 

「けど、お前はそんな危険もなけりゃ、救いようなんざ幾らでもある。だから、俺はお前を助けてお前の《今の》家族の元に連れ戻す。」

「…また、同じ扱いを受けろって…?」

「まさか。…ただまあ、そこら辺はお前自身が決めろ。あいつらの元を離れるも良し。そのまま滞在するも良し。…一応霊使者協会に入るっつー手もあるが…まあそれはいいや。」

修也は片手を腰に当てた。

「とにかく、俺がお前に言うことは2つだけ。《他人に流されるな。》《自分で決めろ。》いつまでも村の連中に感化されっぱじゃ、見えるもんも見えねえよ。」

「…随分と知ったかで話すのね。」

「…ま、俺も少しだけ覚えがある。…周りと違って迫害されて、両親も、今はいねえからな。」

修也の話に、少女は驚いたように目を見開いた。

「…だからま、さっき理由はないって言ったけどさ…実際は、同じような境遇のお前に、少しだけ同情してたのかもな。…お前ほど長くもなかったけど…。後、俺は単純に、お前に生きてて欲しいんだよ。」

「…」

その言葉に、今まで抱えていた氷が溶けるような、杭が抜けるかのような感覚に彼女はなる。

「それに、お前の気持ちも、そこそこ分かるんだよ。」

 

「お前が嫌ってんの、人間や精霊じゃなくて、《自分自身》だろ?」

 

「…ッ…」

「…図星、って顔だな。」

修也は少しだけため息をついた。

「ま、最初は実際に恨んでたんだろうが…自分だけ生き残ってると、どうも《生きてること》に対して、自身が無くなるからな」

 

それは、かつて彼も経験したこと。

あの日に目覚めた彼を襲ったのは、困惑と疲労。そして、両親を殺したであろう、あの時の敵への憎悪。

しばらくは、それを起動力に鍛錬に励み続けた。

…だが、それから後。

次に彼を襲ったのは、自己嫌悪だった。

優秀な両親と、そして親友を差し置いて生き残った自分。彼らを助けられなかった自分への無力感と、生きていてもいいのかという葛藤に彼は苛まれ、苦しめられた。

…それは、今も続いている。

そして、彼女は死にたがっている訳では無い。

ただ、考えることを放棄し、自暴自棄になっているだけだ。そのような《逃げ》は、彼は許さない。絶対に。

 

「俺も、何回も考えたよ。自分が生きる意味、価値、どんな生き方が1番最善か。そうでもしねえと、もたなかったからな。」

「…」

「でだ、結論を言うと、何も分からんかった。今でも悩み続けてるよ。」

 

「だから、探すことにした。」

 

「世界中回って、色んな人と触れ合って、色んなこと経験して、俺の出来る限りのことを精一杯やって…そんでその過程で、あいつらに会った時に胸を張れるような生き方がしてえなと、そう思ったんだよ。…両親と親友に救われた命なんだ。3人に恥じねえように生きることが、今の俺の目標だ。」

「…それにさ、そうやって蹲って、ましてや死のうとするなんざ、助けてくれた…お前を大事に思ってくれてた人達に、申し訳ねえだろ?」

………

彼女からすれば、そう言い切る彼はとても眩しく見えた。どんなことがあろうと前を向く青年。《そうなりたい》と、無意識に思う。

少女は少しだけため息をついて、天を仰いだ。広がるのは悪滓に埋められた黒い空。

「…口だけで言うのは、簡単よね。」

「…ま、確かにな。」

「…けどあなたはしっかりと、私の前でやり遂げたのも、事実よね。」

「確かにな。」

 

 

「…責任、取ってよね。」

「ん?」

「私に、あんな事言って、教え込ませて…生きる道に導いたんだから。」

「…ああ、勿論。退屈させねえよ。」

 

 

青年は笑い、少女は微笑む。

2人は近付き、お互いの手を取った。

「随分と、あっさりした決断だな。」

「そうかもね…私も、助けてくれた両親には感謝してる。…2人が繋いでくれた命を、無下にしたくなくなったの。」

「理由としちゃ、充分だ。」

修也はそう言うと笑って、少女の体を引き寄せた。

「…ちょっと…?」

「今から、お前の意識から悪滓を引き剥がす。」

「…私にできることは?」

「《生きたい》って願えば、それで充分だ」

「…分かった。」

 

 

確かに、私は望まれなかった。

どんな時も除け者で、邪魔者で、忌み物だった。

…だけど。そんな過去以上に。

私は、繋いでくれた両親の努力を、命を、無駄にしたくない。

いまなら、思い出せる。

母の記憶だけじゃない。

父の温かさや、大きさ。逞しいその手を。

そして、母が娘にかけた、最後の言葉も…

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「…ごめんなさい…最期まで、生きて…そしたら、きっと…」

 

ーーきっと、素敵な人に出会えるからーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

少女は青年を見上げる。

白い光を体に纏う青年は、少女に気付くと…

ニッと。

白い歯を見せ、笑った。

少女も、つられるように微笑む。

そして…

 

「…私は、生きたい。」

 

「まだ、この世界で!!」

 

言葉の瞬間、修也を包む白い光が更に強くなる。包んでいた暗黒さえ照らす、神の光。

少女を抱き寄せ、コートをたなびかせながら、青年は手を前に翳した。

「さあ、お姫様の決意は決まったぞ…。」

 

「お前らは、邪魔だ。…失せろッ!!」

 

彼らの視界を、白い光が塗りつぶした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ビキッ…ビキッ…!

 

見守るジャンヌの目の前。

邪竜人の体に亀裂が走り、その間から淡い光が漏れ出す。

そして…

 

バリィンッ!!

 

変色していた彼女の外部がひび割れ、四散した。やがて、中から姿を出した金髪の少女が落ちていく。

それを、ジャンヌが何とか抱き留めた。

「あれ…私…」

少女が目を開くと、ジャンヌは安心したようにため息を漏らす。すぐに治癒を始めた。

やがて、上空。

滞空していた悪滓の塊が変貌を始める。

球体だったそれは意識があるようにうねうねと動きながら…

そのまま、人を模した形に変貌した。

輪郭がボヤけ、何処か歪な形をした《悪滓の塊》。

それは、手らしき部位を振り上げると、そのまま2人目掛けて振り下ろす。

細かく分裂した黒い気弾。

高速で襲いかかるそれに、ジャンヌは霊術障壁を展開した。

…だが、接触する直前。

ヒュカッ…!

修也が割り込み、その全てを切り捨てる。

煙が晴れた瞬間、分厚い雲から漏れる日に照らされた彼は、何処か神々しさすら感じた。

「アグン!」

「ナー!」

彼に呼ばれた瞬間、炎狐が彼の腹部から姿を出した。

修也は先程と同じように刀を自身の目の前に翳した。

形状変化・再展開(フォルムチェンジ・リスタート)。」

修也の言葉の直後、黒刀はもう一度黒い弓へとその体躯を変貌させる。

そして、アグンが憑くと同時に、赤く猛る炎が姿を現した。

…そして、彼はそこから更に手を加える。

「霊管内の霊力《火》と《聖》の属性、混成接続。ツクヨミに再供給(リチャージ)。」

修也が言葉を紡ぐと、それに合わせて弓に纏われる炎も色を変える。

赤からオレンジ。そして、黄色へとその色を変化させる。

それは、聖火。

全てを浄化する、聖なる炎。

色の変化はその時点で止まるが、霊力の増大は、未だとどまらない。

それは、修也がゆっくりと弦を引くと同時に更に出力を増した。あまりの熱量に少しだけ離れたところにいるジャンヌと少女にも伝わる。

「ジャンヌ。」

「は、はい!」

「お前に、俺のコート1着預けてるだろ。それにくるまっとけ。少しはマシになる。」

「わ、分かりました…!」

ジャンヌが異界からコートを取り出してそれを自身と抱く少女に被せる。それを見てから、修也は目の前にいる、人型の悪滓…《闇》を見つめた。

霊力の波長だけを見ると、かつて翠や才蔵を攫った霊の中にいたものとおおよそ同じような存在だ。

まあ、霊力の大きさだけ見れば桁違いは凄まじいが。

『…となればやはり…』

 

「…ヤラナイノカ…?」

「…何?」

 

『やはり喋るか…』

修也は闇を睨み付けながら、出力を維持しながらそれを見つめる。

かつて、修也が浄化した闇も自我があり、言葉を話した。そもそも、幻想種の悪霊達も知能はあるので、不思議なことは無いのか。

 

「セッカクノヤドヌシヲムダニシテクレテ、ジツニメイワクダ。」

「お前の迷惑なんざ考えねえよ。」

「フハハハハ、アイカワラズダナ。…ワレワレハ《ヤミノジュウニン》トキサマラガヨブ、アチラガワノセカイノソンザイダ。」

「闇の住人…?」

聞き覚えのない単語に、修也は疑問符を浮かべる。それに何処か笑う雰囲気。

「シラナイノカ?キサマラノオサハズイブントショウシンモノナノカナ?…マアイイ。」

 

「キケ、ニンゲン。ワレワレハチカイショウライ、コノセカイヲホロボス。ソシテ、ワレワレガアタラシイ《コノセカイノハシャ》トナルノダ。」

 

腕を広げ、何処かたかだかと宣言する闇の住人を修也は訝しげに見つめた。

「随分と流暢に喋るな。お前はそういう性格なのか?」

「アタリマエダ。チガイハアチラガワ二イルカコチラガワニイルカニスギン。」

「…」

「キサマラハアイカワラズマナバン。シュゾクデノクベツナドイミナイトイウノニ。」

「この世界を滅ぼす野郎が言うことじゃねえな。」

「アンシンシロ、コレハクベツデハナイ。タダ…」

 

「コチラガワノニンゲンヲスカヌダケダ!」

 

そう言って、凄まじい速度で港にいる霊使者の方へ突進する。彼からすればあのような霊使者達が張る結界は、薄い膜でしかなかった。

闇の住人は手を振りあげた。

 

ピキンッーー。

 

「アッ…?」

瞬間、止まる彼の肉体。

彼の体に巻き付く数十本の光の糸。

それが締め付け、彼の動きを阻害する。

その糸の発生源を…彼は睨みつけた。

「ジジイ…!」

その視線の先。

巨漢の鎧を纏った初老の男性が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

そして…

 

それと同時に、強くなる背後の光。

着弾すれば間違いなく自身の体を吹き飛ばすであろうそれを、彼は見つめた。

何処か白くも見える強い光の中、赤と黒の色を纏う青年がゆったりと弓を構えている。

それは、黒い雲におおわれた大地を強く照らし出した。

 

「…あっち側に戻ったら、お前らの長に伝えとけ。」

 

「《いつでも来い。ぶっ潰してやる》ってな。」

 

「《炎帝天照(えんていアマテラス)》ーー。」

 

そう言い放ち、修也は右手を開く。

離された矢が、動かない闇の住人の体へと叩き込まれた。

 

「グオオオオォォアアァァァ!!」

 

凄まじい断末魔は、聖属性の強烈な輝きと爆発音にかき消された。

闇の体が浄化されて消え去っても、白く輝く柱はしばらく残り続けた。

 

 

 

闇が消え去ったあと、彼の下で歓声が巻き起こるのを横目で見ながら、修也はゆっくりと2人の方に向き直った。

「さ、戻るぞ。」

修也は、ジャンヌと少女にそう言って笑いかけたのだった。

 




ああ、終わった…

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