聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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ちょいと長くなったすまぬ



第39話 少女の過去

「…む…?」

 

グレートブリテン島。

その中で、最も目立つ建造物の中。

巨漢の人物は感じ取った邪悪なオーラに思わず視線を向ける。

そして、訝しげな視線を向けた。

「…フロス」

「はい。」

「俺の装備を用意しておけ。」

「了解しました。」

 

 

マン島。

そのある草原の中。

少しだけ明るかった空が、再度雲に隠され黒く変色する。

冷たい風が吹き抜け、削れたクレーターから砂埃が発生する。

だが、修也は目を背けずに仮面の男を見続ける。そこに込められたものは、確実な《敵意》。

「…カッ…ァ…」

漏れる、精霊の少女の呻き声。

「おい、そいつから手を離せ。」

「ん?何故だ?こいつを今離したところで何になる?」

「それ以上は、死んじまうだろ。」

「ふむ、別に構わないだろう?」

 

「産まれた意味すら知らぬ者など。」

 

ギリリッ…

「カッ…ハッ…ァ…」

「やめろ!!」

響く、修也の怒号。

周りの草木がビリビリと震えた。

仮面の男は「フンッ」と反応すると、彼女から手を離した。

少女が無造作に転がる。

「冗談だ。この娘にはまだ使いようがあるからな。…それより」

仮面の男は修也の方に向き直ると、少しだけ声のトーンを上げた。

「あれから、随分と腕を上げたようじゃないか、桐宮修也。俺は嬉しいよ。」

「…お前のために強くなってる訳じゃない。俺は俺の目的のために強くなってるだけだ。」

「それは結果的には俺と戦うためだろう?」

「…それについては、否定しねえよ。」

修也の答えに、またも「そうだろうそうだろう」と仮面の男は嬉しそうに呟いた。表情は全く見えないが。

「いやはや、今日貴様を見て驚いたよ。そこまで腕を上げているとはな。最初の下級悪霊に手こずっていた時とは…」

「ハァ…」

「ん、なんだ?そんなにも退屈だったかね?」

「それもあるがな…お前、嘘下手すぎ。」

修也は呆れたように呟くと、そのまま仮面の男を見下ろすように睨めつけた。

 

「フランス大戦の時、()()()()()()()()()()()だろうが。」

 

「…ほぉ、気付いていたか。」

「隠す気もなかった癖に、何言ってんだ。」

仮面の奥で、笑う気配。

修也はそれをひと睨みで一蹴する。

「それだけじゃねえ。…お前、今回のマン島の現状の元凶だよな。」

「ああ、そうだな。それについては、薄々勘づいていただろ?俺が精霊の村を訪れて、奴らを穢した張本人だよ。」

「そんで、お前がその使った悪滓だが…」

 

「あれ、フランスで回収したもんだろ?」

 

「…え?」

これには、ジャンヌが少しだけ驚いたように声を上げた。

「お前、あの戦場にいたんだもんな。なら、あの戦乱の中で生まれた悪滓を集めててもおかしくない。」

修也はため息をついた。

「通りで、戦乱の後の悪霊の被害届が少ないわけだ。横から目当てのもんだけこそ泥してる奴がいんだからな。」

「ハッハッハッハッハ。よく気がついたな。素晴らしい推理だ。」

「…1人の人物が精霊のほとんどを悪霊に変えるような量の悪滓を収集できる出来事は、フランス大戦しか無かった。そして、その元凶がお前で、そのお前がフランス大戦に来てたなら、答えは1つだろ。」

「Congratulation!褒めてやろう。」

「いらねえよ。てめえからの賛辞なんざ。」

 

大袈裟に手を広げて叫ぶ仮面の男。

修也はそれを、尚も飄々とした態度を崩さずに受け流す。

今の彼は、酷く落ち着いている。

どんな戦いでもある程度の熱量を爆発させる彼にしては、少し珍しい。

まるで、()()()()()()()()ようだ。

だが、あまりの饒舌の応酬に、その場にいる修也の従霊は口を挟むことが出来ない。

…だが、そんな中でも、闖入者が1人。

 

「アミィ!?アミィ、どうしたんだ!?」

 

「あ?」

「チッ、いらねえ邪魔だ…」

修也が声のする方向を見ると、そこに居たのは黒髪に緑目の中年の男性。

「お、お前は…あの時村に来た…!私の娘を返せ!」

その言葉で、修也もピンと来る。

「…あー、あんたあの嬢ちゃんの父親か。」

「そ、そうだ!おい、仮面の男!早く私の娘を返せ!さもないと…」

「これはこれは、偉大な村の長様ではありませんか。悪霊から元に戻った気分はいかがですか?」

仮面の男は挑発するようにわざわざ頭を下げて対応する。

「そんなものはどうでもいい!いいから早く…」

「おや、この娘が産まれてから()()()()()()()()()()()()()()()()、随分と必死ではありませんか。」

「そ、それは…」

嘲笑するような雰囲気を仮面の奥に宿しながら男はそう言うと、また修也へと視線を向ける。

「お前も知ってるだろ?桐宮修也。この男の、集落の所業を。昨日、集落全てを調べ尽くしていたもんなぁ?」

「…ああ。」

修也は、今も仮面の男の足元にいる精霊の少女を見た。

 

 

彼女は孤児だった。

いや、正確には親はいた。

だが、殺されたのだ。

それも人間や悪霊ではなく、精霊達に。

まず父親。

彼は長の弟であり、勇敢な男だった。

集落一番の霊術、体術の使い手であった彼は…やがて、土精霊族の少女と恋に落ちた。

そして、結婚して子をもうけた。

その子は、両親の血を受け継いで、土精霊の金色の髪と、風精霊の緑の目をしていた。

…その子の誕生を喜んだのは、両親だけだった。

精霊の中で、他種族の者と愛を育むことは禁忌とされた。

別に、これは誰かが決めたものでは無い。

何か悪影響がある訳でもない。

…そう、()()()暗黙の了解だ。

『他の者がそうしているのだから、自分もそうしよう』という潜在意識。

ましてや、子供を産むなど言語道断であった。

彼らはまず、父親を処刑した。

村の英雄とも言える彼を、彼らはたった一つの不都合で殺した。

その後、残った母親と子供は処刑を免れた。

…だが、それは正しく生き地獄。

生きていてもほとんどが村八分のような状態。

やがて、風精霊の集落にいた母親はどこかにある土精霊の集落へと連れ戻された。

0歳で彼女は父を亡くし、5歳で母親と離れた。

そして、それからの数十年間。

彼女は長に引き取られたが、外出禁止、与えられるのは3食のみという、束縛された生活が待っていた。

更に、今の名前は村人達が勝手に付けた物であり、彼女の本当の名前とは異なる。…そんな名で呼ばれるなど、不快でしかなかっただろう。名を聞かれても、理由をつけて答えないほどに。

…彼女はやがて、世界を憎むようになった。

 

 

「…た、確かに私は、その子を外に出さず、束縛していた…だがそれは、その子のためだ!その子が村の者や子供に虐げられれば、どのような苦しみが…」

「だからさぁ、その認識自体が虐げてるっつうのがなんで分かんねえかな。」

「うぐっ…」

「いいか、努力して褒められんのは子供までなんだよ。結果も出てねえのに、その行動に意味があるわけねえだろ。」

仮面の男の最もとも言える意見に、長は膝から崩れ落ち、そのまま彼は男の霊術で吹き飛ばされる。

静かになった空間で、仮面の男の声がさらに響く。

「どうだ?これがお前の救った精霊共の本性だ。まあ、既知ではあったようだがな。」

嘲笑うような声に、修也はすぐには答えない。飄々とした態度のまま立ち尽くし、そして答える。

 

()()。」

 

「なに?」

「別に、って言ったんだ。それは俺が助けるのも癪には触るが、助けない理由にもならない。人にも、精霊にも失敗はある。」

「そうだとしても、こいつらは同じことをするぞ。植え付けられた《固定概念》は簡単には消えない。」

「んなもん、やってみなきゃ分からん。…それに、誰も彼もがそうとは限らんだろ。」

「なんだと…?」

修也の言葉に、仮面の男は少し首を傾げた。

…その瞬間。

 

「ハアアァァッ!!」

「…!?」

 

仮面の男の後ろから、誰かが斬り掛かる。

気配に気付けなかった男は少しだけ驚いた様子で背後に霊術を起動。その人物は吹き飛ばされた。

だが、よろめきながらも立ち上がる。

緑色の髪と目を持つ、その者の正体は…

「…お、にい…ちゃ…」

少女は息を切らしながら、その者の呼称を呼ぶ。その青年は剣を構え直した。

「この化け物め…!俺の妹を放せ!」

先程まで、ドラゴンに変貌しており、体にかかっている負担は凄まじいものだろう。

だが、そんなものは気にせずに青年は果敢に仮面の男と対峙する。

仮面の男は煩わしそうに手首を動かす。

「また邪魔が入ったか…大体、貴様もこの娘を閉じ込めていた張本人だろ。何を偉そうにほざく。」

「…」

青年はすぐには答えない。だが、仮面を蘭々とした目で睨みつけた。

「…確かに、俺はこいつを閉じ込めた。精霊60人にすら呼びかけられない、自分の無力さを隠し、目を背けた。」

力が込められて剣が揺れて、軋む。

 

「だが、だからこそ!今この場で逃げて、目を背ける訳にはいかない!アミィが…妹がどうしようもないこの兄貴のために、頑張ってくれたんだ…なら、今度は俺が!妹を守る番だ!」

 

青年の言葉は高らかに響く。

仮面の男はそれには答えない。

表情は見えないが、煩わしく思っているのは確かだろう。

 

「その通り。」

「…!!」

 

ガギィィイイイィィィン…ッ!

ここで、仮面の男は初めて剣を抜いた。

赤黒く歪な形の両刃剣と、黒い流麗な刀が交錯する。

「…桐宮、修也…!」

「兄貴が妹弟を助けるのに、理由なんざいらねえ。俺らは、俺らだから下の奴らを助けるんだ。」

「…それなら、1人の自由を奪うのはいいのか…?」

「まさか。ただ、言ったろ。人にも精霊にも間違いはある。その間違った分はしっかりと償って、またやり直せばいい。数十年間間違い続けたなら、数十年間かけて償いきればいい。」

 

「それが出来んのが、《家族》のいい所だろ。」

 

「…グッ…!」

キリキリキリキリと。

修也は仮面の男の剣を段々と押し込んでいく。だが、やがて

「…ァア!!」

男は刀を弾いて、更に横薙ぎを繰り出した。

修也はバックステップで躱して、もう一度中段に構え直した。

男は息を直す。

「…まあいい。今更兄妹の絆なんぞを見せられても、結果は変わらんさ。」

男はそう言うと、1度ため息をついた。

「なあ、桐宮修也。貴様が浄化した悪滓はどれくらいだ?」

「…んだよ、いきなり。」

「いいから答えろ。」

修也は剣を構えたまま目を細めて答える。

「…ざっと、フランスの大戦で産まれた悪滓全部ってとこか。」

「そう、私はフランスで手に入れた悪滓を惜しむことなく使った。だからこそ、60を超える高位悪霊が生み出せたわけだ。」

「…何が言いたい?」

「簡単な事だよ。60人全てを簡単に穢せる量の悪滓を…」

 

「2人にぶつけたら、どうなるかな?」

 

その瞬間、黒い雲の中、響くような音と共に黒い稲光が発生する。

「…あれは…」

精霊の青年がそれを見て呻くと同時に、

 

…カッ!!

 

黒い閃光と共に、長細い雷が墜ちる。

それは、不規則に動きながら、少女と青年に向かう。

「させない…!」

ジャンヌが咄嗟に聖属性の結界を展開。素晴らしい反応速度。

パリィンッ!

「なっ…」

だが、雷はそれを粉砕して尚も落ち続ける。

「クソッ…!」

修也は足を踏み出し、それを止めようとするが…

 

雷が、墜ちる。

 

「…ァ…ハッ…」

黒い矢が少女を貫き、黒い膜に包み込まれる。修也はすぐさま膜を斬り付けるが、あまりの硬さに弾かれる。

「チクショウが…!」

修也は毒づきつつも、そのまま拳に聖属性を纏わせて、殴りつけた。

だが、傷一つ付かない。

「斬撃も、打撃も、聖属性も無効化しやがる…」

修也は続いて《魔眼》を起動。中にあるであろう《核》を見る。それは、確かに存在していた。

だが、通常のものより一際強く光っていた。

それは、彼の経験上。もしこの核を壊せたとしても、おそらくその中の少女も命を落とすと思われる。

「クソ…打つ手なしかよ…!」

修也が毒づくと、フワリと黒髪の少女が彼の隣に舞い降りた。

「琥珀…」

「そうとも限らんぞ。これはあくまで凄まじい量の悪滓が密集することでこの強度を生み出しておる。お前様の《霊力粒子操作》をもってすれば多少なりともこの球の強度、攻撃対応能力は下がると思われる。」

「そうなのか?」

「うむ。多少時間はかかるが…」

 

ドクンッーー。

 

瞬間。

黒い球体が鼓動するように揺れる。

それと同時に凄まじい量の霊力が動くのが感じられた。

「お前様、下がるぞ。」

「…分かった。」

琥珀と修也は同時に2回ほど飛び退き、球体と距離をとる。

球体は段々と鼓動を速め、やがてその音も大きくなっていった。

そして…

 

バシュッ!!

 

「グッ…」

破裂すると同時に感じる悪滓に、思わず修也は腕で顔をガードした。琥珀も立ち尽くしてはいるものの、少しだけ顔を顰める。

あまりの霊力と悪滓の奔流で目が霞んだ。

…そして、霞んだ視線の、その先。

1つある、黒い物体。

それが人である事を、修也は遅まきながら気付く。

 

長い髪を持ち、ワンピースを着た少女。

それは正しく、あの精霊の少女だ。

だが、あらゆるところが違った。

細く白い足に、黒くも光沢のある軽装。その上にある胴には先程まで少女が着ていたワンピース。だが、緑を基調としていたそれは、真っ黒に変色していた。

更に頭部に生えた黒い角と、所々に作られたこれも黒色の鱗。そして、腰周りから生えた長い尾。

彼女は目を開く。

その目には、先程までの緑色の穏やかな物はなく、赤く禍々しい眼球へと変貌していた。

そして、口内に鋭い牙達が光った。

「竜人…」

修也は呻くように呟いた。

 

竜人。

竜種(ドラゴン)の上位互換に位置付けられている幻想種。

悪霊の中では《超高位悪霊》と呼ばれている。ドラゴン以上のパワー、敏捷性を持ち、火球だけでなくその他の属性の霊術も操ることが出来る。

更に、ドラゴンよりも高位の知能を持つ。

 

「…なぁ、琥珀。…精霊が穢れて、《幻想種》になるなんてこと、あるのか?」

「…まあ、今回ばかりは穢された悪滓の量が桁違いじゃったからな。」

霞む視界の中、竜人となった少女は頭上に片手を掲げ、口を開いた。

オォウッ!!

そして、周りに充満していた悪滓全てを自身の中に取り込んだ。その行動に、修也も頬に冷や汗を流す。

目の前の、未知数の相手に覚える一種の恐怖。

修也はここで初めて、足が動かせなかった。

どこか遠くを見つめる竜人の少女に、修也は構えたまま立ち尽くす。

少女はゆっくりと視線を下に移すと、しばらくそちら側を見つめる。

その後、キョロリと修也の方に視線を移した。それだけで、修也は緊張感を増す。思わず刀の柄に手をかけた。

…だが。

少女はその様子を見ても、大した反応は見せず、彼を見つめ続け…

そして、目を逸らした。

瞬間、彼女は跳躍し、その身を躍らせた。

先程まで見ていた方向に飛翔する。

「なぁ、琥珀…」

「…ヤバいのぉ。」

修也と琥珀は唸る。

2人の言葉に、仮面の男が反応する。

「さあ、どうする?桐宮修也?」

挑発するような仮面の男の物言い。

その言葉でジャンヌは少しだけ睨むように男を見るが…

修也は、思考する。

この状況下の中で取れる、最善の策を張り巡らせていく。

…やがて。

修也は目を開けた。

 

「…琥珀、」

「なんじゃ。」

「お前は、ここに残ってそいつの監視を頼む。」

「一人で行く気か?」

「安心しろ。1人じゃねえ。ジャンヌとアグンも連れていく。そこの仮面野郎は現状俺とお前しか相手に出来んだろ。」

「…ま、それもそうじゃな。」

琥珀はそう言うと笑い、修也も少しだけ笑いながら《紅》の影響で焦げた赤コートを脱ぎ、《異界》から新しい物を取りだした。

「琥珀、も1つ頼んでいいか?」

「なんじゃ、手短に済ませよ。」

「……」

「…ふむ、了解じゃ。やっておこう。」

琥珀が笑いかけると、修也も笑う。

そして…

大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。さらに、背中を丸めると…

 

大きく、黒い羽根が背中から出現した。

 

コウモリのようなその羽根を二振りして、修也は背後を見た。

 

 

 

 

「さ、行くぞジャンヌ、アグン。」

「…はい!」

「ナー!」

 

 

タイムリミット

残り

10分。




金髪ロリの兄貴の行方とタイムリミットの意味はまた次回

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