『やあ、修也君。数日ぶりだね。』
「よお、天樹。…ちと疲れてるか?」
『んー、君のペアの修行が色々厄介でね。』
「なんだ、お前が修行の相手してんのか?」
『そういう訳じゃないけどねー。ただ、必死なんだなーって言うのは分かるね。』
「?どういう意味だよ。」
『あー、大丈夫。君が帰ってくる頃には多分分かるよ。…それより、何か用があるんだろう?なんだい?』
「ああ、そうだな。…イギリスに戦力を送ってくれ。それと、マン島に近い港に集めてくれ。」
『…ふむ、数は?』
「霊術師2000、近接戦闘1000だ。…いけるか?」
『なるほど…それぞれの国の支部から少しずつ集めるかな。本部から送れるのは大体霊術師1500、近接戦闘者700といったところだからね。』
「ああ、サンキュ。」
『なるべく高位の者達を送るよ。どうせ、《保険》なんだろうけどね。』
「…悪いな。」
『なに、それだけの戦力に挑むなら必要だろう。それに、何が起こるかわからないしね。』
「…頼んだ。」
『りょーかいっ。じゃ、頑張ってねー☆』
「ああ。」
ピッ
「…さ、やるか。」
「それじゃ、それぞれ持ち場についてくれ。…散開!」
ビッ!
修也の声と共に、2人と1匹がそれぞれ動く。
その場に残るのは、修也と琥珀のみ。
なおも停滞したままのドラゴンを見たまま、コキコキと修也は首の骨を回す。
「…思えば、このレベルに1人で挑むのは初めてだな。」
「レベルだけで言えば、お前様がフランスで相手しておった堕天使よりも下じゃがな。」
「そーだなー。あん時はあのクソイケメンにボッコボコにされたらからな。多少は俺も変わってんだろ。」
そう言って、関節を伸ばす修也はニッと笑う。琥珀も笑い返すと、前を向く。
見ると、彼らの周りには既に、巨大な結界が作られていた。
「それでは、儂が左でお前様が右でいいかの?」
「どっちでもいいぞ。…さて、」
「じゃ、いくか。」
「うむ。…それでは、参ろう。」
瞬間、膨れ上がる2人の霊力。
それに危機感を覚え、ドラゴンは身体を震わせる。
そして、極大の警戒心と共に…
「「グオオオオオァァァァァ!!」」
雄叫びがコダマした。
「それじゃ、私達の仕事はドラゴンと2人が戦う戦場の周りに結界を維持し続けることです。…大丈夫ですか?」
「…ええ、一応。」
「それじゃ、頑張りましょう!」
「ナー!」
「…」
ジャンヌが無邪気に拳をあげると、アグンもそれに呼応するように声を上げた。
やがて2人と1匹は結界の準備を始める。
彼女達の周りと、半径数百メートルに及ぶ範囲に結界が作られていく。
傍から霊使者が見れば極大の霊力のドームが出来ているはずだ。
ジャンヌ達は確かな速度でそれを構築していった。
「…ねえ。」
9割方完成した時。
ジャンヌに少女が声をかけた。
「?ど、どうしたんですか?」
少し驚いたように反応するジャンヌに、少女は気にする素振りもなく続ける。
「あなた、何であいつについて行くの?」
その質問に、パチパチとジャンヌは目を瞬かせると、困ったように笑う。
「え…と…そうですね…」
そして、ゆっくりと視線を修也の方へ向けた。
横にいる黒髪の少女と話している青年を見ながら、口元を微笑みに変える。
「…実はですね。私も、彼に救われたんです。」
「…え…」
「元々、私はフランスにいたんですけど、その時に悪霊に捕まってしまって、宝具である旗も召喚出来ないし、霊力も寄生された悪霊に吸われるしで、かなり危ない状態だったんです。」
「…」
「そんな時、捕らえられてた場所に彼が来てくれて…そのまま色々ありましたけど、私の中にいた悪霊も祓ってくれて、更には母国も救ってくれたんです。」
「彼には、感謝の念しかありません。」
「つまり、それにつけ込んで脅されてる…」
「あはは…そういう訳じゃないんですけど…」
ジャンヌは笑いながら否定する。
「それに、彼と契約する時に彼が言ったんです。『俺は全部は救えない。だからこそ、救える数を多くしたい』って。…それって、自分の弱さを自覚してるからこそ出てくる言葉なんだって私は思うんです。…それと彼、自分ではよく『必要があれば切り捨てる』なんて言うんですけど、この数週間見てると分かった事があるんです。」
ジャンヌは笑みを強くした。
「彼、普通なら切り捨てるかもしれないことでも、必ず最後まで粘るんです。粘って、粘って…それでも無理なら、恐らく切り捨てるんでしょうけど。それって、『出来れば救いたい』。多分、そんな気持ちが強いからこそできる行動なんですよね。」
「……」
「私はそんな、彼の考え方や行動が好きなんです。それに、そんなことを見てると、支えたいとも思います。…勿論、感謝によるお礼っていう側面もありますけど、それ以上に私が彼について行きたいって、そう思うんです。…彼のその先に、いったい何があるのかも、見てみたいんです。」
「…ふぅん。」
その、恍惚とした彼女の瞳に。
少女は少しだけ微笑みながらそう答える。
「…あいつのこと、好きなのね。」
「ええ。尊敬もしてます。」
「…そういう事じゃないんだけど。」
「え?」
ジャンヌの疑問符と、ドラゴンの雄叫びが重なった。
ピルルルッガチャッ
「はい、イギリス王室対応局でございます。はい。はい。…分かりました。しばらくお待ちください。」
ピッピッピッピッ
「フロス様、霊使者協会の方から電話です。国王殿下にと。」
『通せ。』
「了解しました。」
「もしもし、アルトゥース陛下の側近のフロスと申します。なんの御用でしょうか?…はい、はい…承知致しました。今すぐお代わり致します。…殿下。」
「誰?」
「霊使者協会の天樹様からです。」
「…分かった。変わってくれ。」
フロスはアルトゥースへ受話器を差し出す。彼はそれを受け取ると、耳に当てた。
『私霊使者協会の日本支部支部長の天樹新と申します。そちらはアスベル・ウル・アルトゥース陛下で間違いないでしょうか?』
「ああ、間違いない。ところで、天樹。」
『はい。』
「その気持ち悪い喋り方をやめろ。吐き気がする。」
『…酷いなぁ。こちらとしても外交ってこと意識して喋ってるのに。』
「お前の柄じゃないだろ。いいから、いつもので喋れ。」
『はい、陛下の御心のままに。…ところで単刀直入に言うんだけどさ。』
「ああ。」
『今からフランス空港に3000ほど転移させるから、マン島周辺の港に全員配備してくれないかな?』
「…誰からの要請だ?」
『そっちに向かわせた、あなたにとっては懐かしいだろう青年からだよ。なんでも、かなりでかい戦闘があるらしいよ。』
「ああ、通りで島の方からかなりの霊力が溢れ出ておるわけだ。」
『そうなの?』
「ああ、これほどのものはあまり感じたことは無いな。」
『へえ、それはよっぽどだね。』
「ああ…とりあえず了解した。至急王室の兵士達を空港まで向かわせよう。」
そう言ってアルトゥースがフロスに向かって手を振ると、フロスは1度頭を下げて部屋を出た。
『よろしく頼むよ。…ところで、どうだった?』
「?何の話だ。」
『修也君。どうせあなたのことだ。もう手合わせは済ませてるんだろう?』
天樹の言葉にアルトゥースはニヤリと笑った。
「お見通しか…年月の経過を体感した、というのかな。こういうのは。」
『強かったでしょ?』
「…ああ、俺もまだまだ鍛錬が足りんな。」
広い執務室に、無邪気に楽しそうな国王の声がしばらく響き続けた。
「クソッ…なんで俺達がこんな事を…」
海の上。
頑丈な船の上で1人の人物がそうボヤく。
そこに居たのは、数多の霊使者達。
見ると、彼らはマン島の周辺を取り囲むように船をつけて、複数の者がそれぞれ結界を張るために手を翳していた。
ボヤいたものを、同じ船の者が宥める。
「そう言うな。俺達じゃあのレベルの悪霊をあんな量捌くのは無理何だから。」
「だとしても、こんな雑用みたいなこと…」
「今回ばかりは雑用に甘んじるしかない。」
そうは言うが、自分は、戦果を挙げて一家の本隊に合流するために来たのだ。そして、見返してやるのだ。家で見下してくる親族たちを。
このようなところで雑用に立ち止まってる場合ではない。
「…クソッタレ。」
青年は船の縁から下を見る。
…そして、それを見つける。
そこにあったのは、何処か球体に似た形をした、潜水艦。
どうやら、未だにエンジンはかかったままで、人の出入りは無さそうだ。
そして、今術士が張っている結界は深海にまでは張られていない。
「…そうだ。」
青年は、ニヤリと笑った。
「おーい、こっち手伝って…あれ?」
「どうしました、隊長?」
「いや、ここにいた奴どこに行ったのかな?」
「トイレじゃないすか?それより他の人早く呼びましょうよ。」
「…そうだな。おーい…」
島の外は、冷たい風が吹き荒れていた。
鬼が出るか蛇が出るか。
それは、神のみぞ知る。