「ほれ、お茶。」
金髪の少女が座る目の前。
暗く影の落ちた地面に簡素なカップが置かれる。湯気が出る液体はすぐ横で揺れるオレンジ色の火を反射していた。
「…どういうつもりかしら?」
「え?…ああ、縄を解いたこと?こっちは話してもらう身だし、それに拘束したままだと話しにくいだろ?」
「…お人好し…?…いえ、能天気なのかしら。…私が逃げ出すとは思わないの?」
少女の言葉に、修也は座りながら、苦笑いを浮かべた。
「そりゃ、多少は心配だけどさ。」
チラリと修也は後ろの2人に視線を向ける。
「…この2人から逃げ切れると思うか?」
背後にいる、凄まじい存在感を示す2人をみて、少女はため息をついた。
「…無理そうね。」
少女は目の前に出されたカップを両手で持ち上げて、少し啜った。
「…話すわ、これまでのこの島のことを。」
何でも、元々は平和な島だったようだ。
元々霊使者協会が定める《危険地域》にも登録されていないため、それも当たり前ではあるが。
彼女達《
マン島のシルフ達は数十年前からこの島に住み着き、以来島民とも適切な距離を保って生活をしてきたそうだ。
…だが、その生活が崩れたのは、数ヶ月前の事だ。
ある日、彼女達の集落のある幻惑の森に人が迷い込んだらしい。
どうやらそういったことは度々あるらしく、ましてやその人物がどこか体調の悪そうなことも考慮して、早急に手を打とうと言うことになった。
そして精霊数名が彼の案内のため、結界の外に出た。
…瞬間。
その人物の体が暴発。
その人物は即死。
案内に出た精霊数名も、それぞれが重軽傷を負ったそうだ。
そしてその衝撃で、集落を覆っていた結界も破壊され、そして…
ある人物が、現れた。
「ある人物?」
修也がカップを持ち上げながら反応すると、少女は「ええ」と頷く。
「まるで人間が暴発して、私達の集落の結界が破れるのを待っていたようなタイミングだった。…間違いなく、そいつの仕業でしょう。」
「んー…その男、何か特徴は?」
「特徴…?そうね…体はローブに包まれてたけど…あ」
「確か、獣の仮面をつけてたわね。」
ピクリッ
「…修也君?」
「どうかしたのかしら?」
ジャンヌと少女の声に、修也は特に気にするなと言わんばかりに首を振る。
「何でもねえ。続けてくれ。」
その仮面の人物は、特に攻撃をすることなく、「自身は話し合いに来た」と言ったそうだ。この集落の長と話がしたいと言い、精霊達もそれに応えた。
やがて少女の父と兄がその話し合いに応じたようだ。
「あ、お前って長の娘だったの?なんか意外。」
「黙りなさい。今はそこはどうでもいいのよ。」
その後、長宅で謎の男との話し合いが執り行われた。
もちろん、今すぐ追い出すべしとの声も上がっていたようだが…その意見も、男の内包霊力量をみて押し黙ったようだ。
それほどまでに、男の実力は圧倒的だったようだ。各属性を司る精霊が全員押し黙るというのは、余程だったのだろう。
やがて、話し合いは終了し仮面の男は特に何も言わず、集落を後にしたようだ。
そして、男との話し合いを終えた長がみなに伝えたことは…
早急な、結界の強化だった。
「ふむ…」
そこまで聞き終え、修也はカップの中の紅茶を飲み干して、袖で口元を拭いた。
「精霊の集落を治める長が結界の強化を命令したのか…」
「それほどまでに、彼の仮面男は驚異的だったのでしょうか?」
「いいや、聖女よ。その男自身ではなく、その男の持つ思想が危険だったという可能性もある。」
「まあ、確かに。長はそいつと話をしてからそれを命令したわけだからな。…そのあたりはどうだったんだ?」
「…男と話した内容は、私達には知らされなかったわね。」
「へぇ…よっぽどの事だったのか、それとも大した話はしなかったのか…後者を望みたいな。」
「…続けるわ。」
それから、数ヶ月。
今から数週間前。
それまで集落は特に問題なく、平和に暮らしていたようだ。多少、霊の出現頻度は高くなっていたが、その程度だった。
だが、ある日。
また、結界が破られた。
結界の強化は行われていた。
それこそ、通常の霊術などでは傷1つ付けられないほどに。
…だが、なんの予兆もなく結界は破られ、そしてそれと同時に。
数多の悪滓が集落へと入り込み、集落の精霊を汚染していき…
その精霊のほとんどが、悪霊へと変貌したのだ。
「最初はお兄ちゃ…父と兄が何とか抑えこんで、皆が避難する時間を作ってたけど…結局は抑えきれずに、全員が巻き込まれた。」
「…で、今のマン島のこの状況と。」
「なるほど、今この島の周りにいる悪霊の中には元は精霊だった方々がいる、という訳ですか…」
「精霊って言うのは、人々の悪滓の影響を受けすぎると漏れなく全て高位悪霊へと変貌するからな。多分海にいた細かい霊は海が汚染されて、魚なんかに取り憑いたんだろ。」
「…小娘、この集落の精霊の数はおおよそ何人じゃった?」
「…私が知る限り、赤ん坊も合わせて、63人。」
「60以上、か。」
「なかなかの数ですね…」
「……」
トントントンと。
修也は考えるように地面を指で叩く。
「…ちなみに聞いとくけど、お前がそこまで俺達人間を嫌う理由はなんだ?」
「それは関係あるのかしら?」
「ああ、もちろん。」
少女の言葉に、修也は真剣な眼差しで答えた。それに少しだけ気圧されながらも、少女はため息をついて答える。
「…人間は、強欲、愚かだわ。そして、何よりも浅ましい。」
「…」
「目の前に転がっている物だけを拾い上げて、その先のことなんて考えようともしない。私達精霊が如何に人間の未来を考えて行動しようと、その思いをなんの躊躇もなく踏みにじる。…自分のことしか考えない。」
「だから私は、人間が嫌い。」
少女の言葉は、重く、周りに響く。
まるで、彼女自身の経験談のように、実感のこもったそれに、修也は「そうか」と頷いた。
「…状況は理解した。琥珀、ジャンヌ。明日から動くぞ。今日はもう遅いしな。」
「了解。」
「分かりました。」
「じゃ、今日はありがとうな。お前が話してくれたおかげで、かなり立ち回りやすくなったよ。」
「…ねえ。」
「ん?どした?」
「…あなたは、皆を祓うの?」
少女の、修也への質問。
何処か、心配そうな彼女に、修也ははっきりと答える。
「そうしたくはないけど、ただ、それしかないって言うなら、そうする。多分お前は俺を更に恨むと思うけど、俺の仕事は…やるべき事は、この世界から1つでも多く災厄を消すことだ。」
「…それは、トカゲの尻尾と同じじゃないかしら。」
「そうだな。…でも、俺達にはこうするしかない。人が悪感情を捨てられるかと問われたら、無理だ。そんなことは、天地がひっくり返ってもな。どう足掻いても、悪滓が生み出され悪霊が産まれるのを止める術はない。」
「…その行動に、なんの意味があるのよ。」
「分からない。ただ俺は、自分が正しいと思うことを、出来ることを精一杯する。それだけだ。」
「…そう。」
少女は修也の言葉に力無く答えると、その場から立ち上がって、傍らに置いた傘を持ち上げる。
「行くのか?」
「別に私、あなたの部下じゃないし。構わないでしょ?」
「…ああ、そうだな。」
「…心配しなくても、あなたの邪魔をすることは無いわ。…私に、彼らをどうすることも出来ないしね。」
「…そうだ。お前の名前、聞いていいか?」
修也の問いに、少女は振り向いて答える。
「…別に、これから関わることもないし、知らなくていい事でしょ。」
「…そう、だな。」
「…それじゃ。」
「ああ…」
「俺の名前は、桐宮修也っていうんだ。良ければ、覚えといてくれ。」
「…気が向いたらね。」
「良いのか?」
「ん?何が?」
「あの小娘を行かせて。出来ることなら、我らの手中に収めて置いた方が…」
「怖ぇこと言うなよ…」
「じゃが、下手をすればあやつは儂らの邪魔立てをするやもしれぬぞ。芽は摘んでおいた方が…」
「んー、その心配はいらねえんじゃねえかな。」
「何故じゃ?」
「あいつは、自分の弱さを知ってるからだよ。」
「…まあ良い。それよりもお前様。1番大事なことを聞いておらんな?」
「んー?何の話ー?」
「とぼけるでない。…あやつ1人が何故悪霊とならんかったのか、聞いておらんかったな。」
「…そーだなー…」
「何か考えでもあるのか?」
「まあ、考えというか…単純に今聞いても答えてくれなさそうだなと思っただけだよ。」
「ふむ。」
「…これに関しては、あいつ自身に聞くんじゃなくて、俺らで調べる必要がある。」
「それは、この島を救うことに関係あるのか?」
「さあな。」
「俺は、俺の出来ることをするだけだよ。」
あー、バトル書きたい…