第30話 イギリスという国
修也達を乗せた航空機は、スピードを落としながら着陸する。
そして、完全静止した航空機の中から修也は姿を現した。
体を伸ばしながら、階段を降りる。
「んー…何時間も座りっぱなしはやっぱきちぃな…」
その背後から従霊の2人も姿を現した。
「思ったより早かったの…」
「さすが現代技術…数千キロも離れた地へ1日もかからずに着くなんて…」
「ま、本当の飛行機は1日ちょいはかかるけど、このジェットは霊使者協会が作った特注品だからな。スピードも桁違いだし、燃料もガソリンじゃなくて霊力だからコスパもいい。」
「へー…」
そんな会話をしていると、向こう側から歩いてくる男性が1人。
キチッした黒い服を着て、整った髪が少したなびく。男性は修也達の目の前で止まると腰を折って会釈を行った。
「イギリスへようこそ。お迎えに上がりました、桐宮修也様。」
「や、フロスさん。相変わらず元気そうだな。」
「お陰様で無病息災でございます。」
二人の会話に、ジャンヌが修也にゆっくりと耳打ちした。
「しゅ、修也さん。この方って…」
「ん?ああ、イギリス王室の執事のフロス・ベイリーさんだ。」
その会話を聴きながら、フロスと呼ばれた男性はニコリと微笑んだ。
「詳しいお話は、車内で致しましょうか。」
周囲にある建物の間を駆け抜ける車の中、修也と琥珀にジャンヌは向かい合って座る。
リムジンに揺られながら話は続く。
「そういえば、フランスといい、イギリスといい、未だに王政が続いているんですね。少し意外でした。」
「いやまあ、本質的に言えば、その2つは決定的に違うんだけどな。」
「と言いますと?」
「フランスに関しては王族つっても、今は所詮大臣位の階級だろ。フランス大統領もいるしな。けど、イギリスは違う。政治も経済も、全てがイギリス王を中心に回ってる。だからまあ、イギリスが本当の王政ってことだな。」
「なるほど…」
修也の説明に、フロスは笑う。
「その通りです。現状フランス王妃のサレス様が指揮できるのは、対霊の時の軍や、霊使者の方々との交流についてのみ。ですが我々の国は、イギリス王を中心に回っております。国の法律の合否も、王室内の機関が行っておりますので。」
「な、なるほど。」
「それに我らが王は軍の指揮も受け持っております。まさしくこの国の要と言えるのでございます。」
「しかも御本人も超強えぞ。いやマジで。」
「修也君がそこまで言うのは珍しいですね…」
ジャンヌの言葉にフロスがフフフッと笑った。
「修也様が以前いらしたのは6年ほど前でしたでしょうか。お父上もご存命でしたね。」
「ああ、そうだな。いきなりバトりだした時はビビったけどな。」
そういった後に、何処か懐かしそうに微笑む。そこには、何処か悲壮感も漂っていた。
それに気づいたのか、フロスは「そういえば」と話題を変える。
「王が是非修也様と手合わせをしたいと申しておられました。心の準備をしておいた方が良いかと思われます。」
「うぇえ…マジかよ…」
修也は心底面倒くさそうに顔を歪めて呻いた。その様子が何処かおかしくて、ジャンヌはクスリと笑う。そして、足を組んだ琥珀が不敵に笑った。
「安心せい。死にゃせんわ。」
「そういう問題じゃねぇよ…」
車が走り始めて数十分後。
巨大な門をくぐって広場に出て、車は端に停められる。直後に地面が外れて急降下。彼らを地下シェルターへと誘った。
完全停止して、4人はゆっくりとコンクリートの地面に足を下ろす。
「ここは職員や大臣達の車置き場にも使われています。勿論来賓用と国王用の物とは扱いが違いますが。」
「ああ、通りで数台しかないわけだ。」
4人はそのまま近くのエレベーターまで歩き、エレベーターで地上へと上がる。
扉が開いた瞬間に差し込む日差しに、3人は目を細めた。そして視界がクリアになると同時に…
巨大な建造物に圧倒される。
先日フランスで見たものよりもう一回りほど大きいそれは、何処か神々しさも感じた。
「相っ変わらず、すげぇなぁ…」
修也の感嘆の声に、ジャンヌもコクコクと頷いた。
「元々、人の上に立つもの達が自身の根城を大きくするのは、敵や部下に自身の器量の大きさや権威の大きさを示す為じゃ。ま、この国の真意は分からぬがな。」
「ま、敵から丸見えだけどな。」
琥珀と修也がチラリとフロスの方に目を向けると、彼は微笑みながら淡々と告げる。
「私が生きていなかった頃の君主の方々の事は分かりません。なので一概には答えられません。」
そんな真面目な回答。
それに琥珀も可笑しそうに笑う。
「ですが…」とフロスは続けた。
「我らが王は、《良いものだ》と述べておりましたが。」
「え、それって…」
ジャンヌの声に、フロスはニコリと笑った。
「さて、そろそろ参りましょう。…王の元へご案内します。」
コツ、コツ、コツ、コツ…
巨大な廊下を修也達はフロスを先頭に歩く。
廊下の脇には凄まじく絢爛な装飾がなされており、凄まじい美しさだ。
そんな中、ジャンヌが修也に耳打ちする。
「しゅ、修也君。」
「ん、なんだよ?トイレはその角曲がって右側だぞ?」
「違います!軽くセクハラしないでください!」
ジャンヌの声にチラリとフロスが視線を向けるが、それは柔和なものだった。
ジャンヌはまたヒソヒソと話し出した。
「そうじゃなくて、イギリス王城ってなんでこんなに大きいんですか?敷地なんて本当にフランス王城の倍くらいありますけど…それに、私達って今国王殿下の元へ向かってるんですよね?」
「ああ、それか。ちなみに言っとくけど、俺達が今いるここって王城じゃねえからな?」
「え?」
「正確にはここは王城に併設された議会堂だよ。王城はこのさらに奥。」
「な、なるほど…」
「まあ、日本で言えば国会議事堂と皇居が併設されてる感じか。」
「フランス人に分かるかのその説明。」
「あ、大丈夫です。知識としてはあるので…」
「それと、今向かってんのは国王の仕事場とかじゃねえぞ。なあ?」
修也の呼び掛けにフロスはこれまた微笑で答えた。
「ええ。国王の元には向かっていますが、執務室ではないですね。執務室は正面玄関の階段からしか行けませんし。」
「え、じゃあどこに…」
修也はそれにニヤリと笑う。
「ま、あの人なら
その言葉に、フロスも何処か困ったような笑みを浮かべた。
それに、ジャンヌはついていけない。琥珀も何も喋らず淡々と歩き続ける。
やがて廊下の奥に、普通の物とは違う横スライド式の扉が現れた。作りも素朴なその扉をフロスは手で指した。
「お疲れ様でした。こちらでございます。」
「ん、ありがとう。」
修也はそう言うと、躊躇わずにドアをスライドさせて、開いた。
…そこは、それまでの豪華絢爛な場所とは違った。まず、印象としては素朴。
装飾などはなく、あるのは白い壁と窓。そして木造の床と天井。いい素材なのは間違いないが、先程のような大理石作りなどでは無い。
日差しが差し込み、何処か暖かい。
修也はそのまま下枠を超えて《部屋》に踏み入る。
3人もそれに続く。
そして修也は段差のある場所で靴を脱ぎ、揃えてから、ゆっくりと歩いた。
ジャンヌと琥珀も同じようにして木造の床を踏む。
そのまま修也は、ある場所で部屋に向かって一礼。数秒した後に頭をあげると歩を進める。
3人もそれに続いた。
そして、ジャンヌはそこで気付く。
中心にいる、荒々しくも、何処か洗練された気配を放つ1人の人物に。
先日何処かで見た服装に身を包み、黙して正座をするその背中に、修也は近付く。
やがてその足が1mほどまで近付いた瞬間。
「…やはり、この場所はいい。」
唐突に、その人物は口を開いた。
「あらゆること、あらゆるものを忘れて1つのことに集中することが出来る。これが、本当の《ユウイギ》と言うのだろうな。」
男性は立ち上がる。
大きい。
ジャンヌは瞬間そう思う。
背丈は2mを超えているだろう。
筋肉量も凄まじく、修也の体のもう一回りほど大きそうだ。まさしく、筋骨隆々。
短い髪を揺らして、彼はこちらに向く。
青白い目と整った顔を修也に向ける。
彼らは対峙して、お互いに視線を合わせた。
そして、男性が笑った。
「…修也よ、元気そうで安心したぞ。」
それに、修也は一礼で返す。
「…ありがたきお言葉、感謝します。アルトゥース陛下。」
こんくらいの量が丁度いいかもね。