王城の一室。
豪華絢爛な広場の真ん中で、2人の獲物が交錯し凄まじい音を上げる。
その内の片方…アルバは初老の男性目掛けて剣を振り下ろした。
「…フッ!」
「ホホホ、甘い甘い。」
しかしそれを、ウィリアムは難なく受止め、弾き返した。
「チッ…!」
数メートル程離れたところに着地したアルバは、周囲を見渡しため息をつく。
「…所詮口だけだったか。やはり雑兵は役に立たん。」
「おや、その者達は幹部でしょう?同じことを志す者達。もっと労わってやってみては?」
ウィリアムの言葉に、アルバは「ハッ」と嘲笑うように息を吐いた。
「同じものを志す者達?馬鹿なことを言うな。こいつらなんぞ、金目当てにやってきた使い捨ての駒共だ。幹部なんぞ、こいつらの妄想に過ぎん。」
そう吐き捨てる。
それに、ウィリアムは反応しない。静かに笑みを向ける。
「俺もそうだ。幹部などという高尚なものでは無い。所詮あのお方にいいように使われるコマでしかない。だが、それでいい。我々の目指す理想に届いたなら、この命くらいくれてやる。」
そう告げるアルバの目に、迷いはない。彼の言葉が妄言ではないと、ウィリアムは瞬時に理解した。
だが、こうも思う。
惜しい、と。
「アルバ・トゥール。21歳。大学3年生。妻子なし。政治家の父母の間に生まれ、何不自由ない家庭に生まれ育つ。兄弟は兄と姉が1人ずつ。家族間のトラブルも特になし…。」
ウィリアムはペラペラと詰まることなく言い切り、そして、微笑んだ。
「あなたの素性、調べさせていただきました。なかなか輝かしい実績を持つあなたが随分数奇なことをしますな。いやはや、金持ちとしての暮らしに嫌気でも刺しましたか?」
瞬間、アルバの体は掻き消える。
そして、全力の上段切りを、ウィリアムは右手の剣でしっかりと受け止めた。
キリキリと交錯する刃が音をあげる。
「老害が…余計なことは口にするな…」
「おや、図星でしたか。やることに対して目的は矮小ですな。」
「黙れ!」
アルバは手に込める力を強めた。
その目は見開かれ、手には青筋が浮かぶ。
「貴様に、貴様にわかるのか!?随分大層な目標を掲げておきながら、国民達を道具などと罵るクズどもの下で育つ気持ちが!!」
「この世界は歪んでる!だから、俺達が新しく作り直すんだよ!!」
さらなる力を込め、アルバは剣を押し込んだ。そこで初めて、ウィリアムは後ろへ飛ぶ。彼の居た地面に剣が突き立ち、抉れた。
ーザザッーー
「おや…」
そこで、裏門の兵士との通信が途切れる。プツンという音と共に何も聞こえなくなる。そこで、アルバは醜悪な笑みを浮かべた。
「今俺達の仲間が裏門から侵入中だ。俺らは所詮あんたの足止めなんだよ。…まんまと吊られて、拍子抜けだな。」
そこで、初めてウィリアムは笑みを消す。それに、アルバは更に笑った。
「援軍を呼ぶなら、今の内だぜ?」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
高らかな笑い声、響く轟音。
肉塊の拳のひとつが地面に激突する度に、地面が抉れ、地の破片が飛び散る。
修也は地面に着地する度に繰り出される拳を交わしながら、なおも飄々とした態度を崩さない。
最低限の動きでキメラの攻撃を回避する。
「霊使者というのは逃げることしか脳がないのですか?遠方射撃隊、構え!」
ジルの一声と共に、反乱軍の少数の兵士達が修也に向けて矢を一斉斉射。修也はそれを刀で切り捨てる。
その間にキメラが肉薄し、拳を繰り出すが…
「…ッ!」
無音の気合いと共に、刀を振り抜きキメラの拳が崩れ落ちる。
「グオオオオオオオォォォォ…」
獣のような断末魔と共に、ありとあらゆる《声》が響く。
「あぁ、ぁ、あぁ…」
「痛い、痛いよ…」
「ナゼワタシダケコンナメニ…」
その声に、修也は顔を顰めて、数メートル離れた地点に着地した。
やがて、まわりをキメラに囲まれたジルがわざとらしく両手を広げる。
「さすが、素晴らしい剣技と逃げ足ですねぇ。まるでおわれるネズミのようにすばしっこい。」
「……」
「あなた、このキメラを倒すことに躊躇していますね?まあ、確かにこれは人を使用していますから、いくら霊使者と言えど躊躇うでしょうねえ。青二才なら尚更。」
「……」
「この素晴らしい設計のキメラに、死ぬことを恐れない狂戦士たち。あなたに勝ち目はもはやありません。さっさと降伏してはどうですか?殺しはしますが、楽に殺してあげましょう。」
「……」
「それに、わが聖女をどのようにたぶらかしたかは分かりませんが、さっさとお返し頂きましょう。さあ、早く降伏して…」
「ジャンヌ。」
ジルの言葉に重なるような修也の声に、ジャンヌはすぐさま反応した。瞬時に修也の横に移動する。
「俺の後に、
「御意。」
その会話に、ジルはついていけない。
それに答える代わりに、修也は動く。
一息に脚に力を溜めて、跳躍。彼の体は宙に躍り出た。その行動に、戦場の大半が目を奪われた。
ーー其の光は全てを照らし、闇を呑み込む。其れが宿すは、至高の金光ーー
「霊術詠唱…!?」
氷牙の肩を持ち、後衛へと下がっていた陽太が、驚きの声を上げる。
修也はかつても剣士としてはありえない、上級霊術を数種会得していた。だが、それでも詠唱を必要としない速攻霊術しか覚えていなかった。つまり、今彼が使っているのは…
「…ったく、これ以上強くなるとか…頭おかしいんじゃねェのか…」
そんな、誰もが頷きそうなつぶやきを、氷牙はため息と共に漏らした。
ーー闇を裂き、邪悪を払う。浄化の光よ、天より至り、世を統べよ!!ーー
続く詠唱の後、修也の頭上に、巨大な霊術の陣が組み上がり、赤く染った天と地面を照らす。その光景に、ジルは初めて戦慄した。
「まずい…!遠方射撃隊、早く撃ちなさい!極大威力を打ち込みなさい!」
彼の言葉に、反乱軍の全員が修也に視線と武器の切っ先を向けた。それにより、兵士のかなりの数が霊使者によって踏破されるが、だが、ジルの陣営には隠し玉がひとつ。
それは、彼らの後衛に位置する場所に待機した、ローブの集団。
その手には火焔球をともした杖を持つ。
彼らはジルが生前と死後に知り合った、錬金術の研究を行っていた者達。そのもの達を、ジルは部下として召喚していたのだ。
「撃てェ!!」
掛け声と共に、修也に無数の矢と火焔球が集まって出来た《極大弾》が襲いかかる。
修也は動けない。
だが、当たれば致命傷は必至。
霊使者やフランス軍の間に、悲痛な声が響いた。
…だが、その一撃さえも、彼には届かなかった。
丸腰の体。なんの防御もなされていない修也の体の周りに、瞬時に極厚の炎の壁が出来上がり、それらを見事に防ぎきった。
「なッ…!?」
驚愕に目を剥くジル。
それを嘲笑うように、《それ》は顔を出した。
「ナー。」
「こんの…エテ公がアアアァァァァァ!!」
ジルの遠吠えにも似た叫びが虚空に消える。そして、修也は目を蘭と開く。そして…
「ーー……《
無数の光の雨が、戦場に降り注いだ。
それはその場の全員の視界を白く塗りつぶし、全ての者を等しく包み込んだ。
「あ、あれ…」
やがて一人また一人と視界が回復し、その目を開いていく。そして、軍の者達や霊使者達が見たのは、自身が空いてしていたはずの兵士の消滅と、一般兵が地に伏す姿であった。
イージス部隊を襲っていた使い魔達も消滅している。
だが、それも束の間。
一般兵達の体をすぐに黒い瘴気が覆い始め、そして侵食していく。それに、霊使者達はさらに身構えたが。
ーー告げるーー
美しい鈴のような声に、その手は止まる。
ーー我に宿りし主の力。尊きその業をこの身と共に繋げましょう。ーー
ーー
やがてその声と共に、突き立てられた彼女の象徴とも言えるその旗から、木漏れ日のような光が漏れ出す。
その光は一般兵達に漂い…
ガシャンッ
その身と地面を、金色の鎖で固定してしまった。
その瞬間に一般兵達を覆っていた瘴気も霧散し、ピクリとも動かなくなる。
「…さて、雑魚どもは片付けた。」
地に降り立った修也は、そう呟くと、その赤い眼を、敵の大将に睨め着けるように注いだ。
「あとは、お前だけだ。」
「そうですな」
ウィリアムは天井を見上げる。
そこにあるのは、豪華絢爛な内職たち。鳥や木々の彫り物には僅かな安らぎさえ覚える。
「しかし
「…何を余裕ぶってる。ならばもっと慌てふためけ。今すぐに援軍を呼べば間に合うかもしれんぞ。」
「いやぁ、無理でしょう。私とて、軍の戦力は完璧に把握し、その程度の判断は出来ます。今救援を出して間に合うような人材は
「ならばどうする。このまま王妃達が殺されるのを見守るつもりか?」
アルバの問いに、ウィリアムは「ホホホ」と軽やかに笑う。
「それこそ有り得ますまい。軍から出せぬなら、」
「霊使者から出すまで。」
瞬間、王城が揺れるような衝撃が付近で巻き起こる。凄まじい音と共に、アルバは驚きの声を漏らした。
「な、何が…」
「まあ、それも私から出したのではなく。」
「愛しき
「…!」
アルバは驚きに目を剥いた。
王城の裏門。
兵士が倒れ、侵入に成功した反乱軍の面々の前に、少し小規模なクレーターが1つ。
それに彼らは身構え、戦闘態勢を取る。
やがてクレーターの煙の中から、人影が1つ。
ゆらりと立ち上がり、やがて煙が晴れて、その人物の姿が鮮明に映されていく。
髪は茶髪に高く結んだポニーテールが揺れ、その目は銀色に輝く。そして白く、華奢な体を軽装と最低限の武具で包み、脚には革でできたブーツを着用。腰には流麗な剣が1本とバックパックが、1つ。
「……」
少女…天乃は剣を引き抜き、反乱軍の者達と真っ向から対峙したのであった。
「いやはや見事です。先程の霊術に、聖女ジャンヌを使う機転。素晴らしい判断力だ。」
ジルの賛辞に修也は真顔で受け止める。
やがてジルは両手をわざとらしげに広げ、こう告げた。
「ですが、あなたのその疲労した体で、果たして私を倒しきれますかな?」
その言葉に、修也は眉をひそめた。
修也の霊力は先程の大規模霊術に残っていた霊力のおよそ3分の2ほど持っていかれ、ジルと戦えるかどうか瀬戸際といったところだった。
それをジルは見事に見抜いたのである。
「それに、私には優秀なキメラがこんなにもいるのですよ?」
ジルのまわりを囲む肉塊の数々。嫌悪感しか催さないそれは、しかしここではジルに圧倒的アドバンテージを与えた。
そこで、霊使者達が声を上げる。
「お、おい!俺達も…!」
だが、その声は、すぐに止まる。
声を上げかけた者達の全員がその口を閉ざした。
修也の放つ、一種の威圧感に、気圧されたのである。
「…ま、そうだな。」
修也はため息を着いた。
「こちとらお前が召喚した、堕天使とか言うやつの相手とお前の相手とでかなり消耗してる。この状態で勝つってのは、まあきついだろうな。」
その言葉に、ジルはニタニタと笑う。
彼に勝ち目はない。ジルも今回ばかりは、本当にそう考えていたのだ。それだけ、事態は切迫していた。
…だが、それでも尚彼は。
勝つことを諦めてはいなかった。
修也は左手を差し出すように横へ動かす。そして、ニヤリと笑い、言い放った。
「だから、奥の手を使わせてもらう。」
シュンッ
瞬間、彼の横に、離れたところにいた、黒髪の少女が転移して現れる。そして彼女はその手を修也の手に重ね、無邪気に笑った。
「待ちくたびれたぞ、我が主よ。」
「悪ぃ。…さあ、暴れよう。」
「「幻想憑依
2人の声と共に、先程の霊術と負けずとも劣らない凄まじい光が周囲を包み、そして凄まじい力の波動を伝える。
「ば…かな!まだこんな力が…!?」
完全に笑みを消したジルの言葉。
それには今までの余裕は微塵もなかった。
…やがて、光が収まり、修也は姿を現す。
そこに居たのは、先程までの彼ではない。
赤くたなびいていたコートは黒くふちぶちが破れた襟のたったロングコートに様変わりし、八重歯は長く、赤い眼には金が少し混じり、そしてはねていた髪はしっかりと整えられていた。腰に差していた刀はなくなり、耳はエルフのように長くとんがっていた。
そのフォルムは、
かつて人々が恐れおののいた怪異であった。
そして、その怪異に震えるものがここにも1人。歯噛みをし、震えるジルに、修也はしかし、変わらぬ不敵な笑みでこう告げた。
「さあ、firstラウンドだ。」
最近リアルの立て込み具合がヤバスlll_ _ )
まだまだ頑張らねば…!