聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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「修也殿。」
王城を歩く青年に、1人の老人が静かに声をかける。
それに青年は振り向くと、笑顔で返す。
「ガーシーさんじゃん。どしたの?」
「…貴方からの依頼が完遂したので、ご報告をと。」
「そっか、さすがに仕事が早いな。」
修也はガーシーの言葉に微笑みを浮かべて、そのままの表情で返した。
「貴方がお探しの、彼女ですが…」


第22話 戦乱

数としては、霊使者陣営が4000に、反乱軍が6000と霊使者陣営が不利なものだった。しかし、彼らは対霊達のエキスパート。

そして、軍から派遣された2000も手練揃いであった。

戦況としては霊使者陣営が有利のまま時が過ぎていく。

 

「ウィリアムさん、2000もこちらにさいてよろしかったのですか?」

康文の問に、ウィリアムは無線から「ええ」と答える。

「あれから色々試行錯誤しまして、こちらは3000だけで支えることは可能と判断しました。それに、半径20キロ圏内の民達は皆避難させましたので被害の心配もいりません。」

「ウィリアムさんは今どこに?」

「女王のそばに。いつ蛮族共が攻めてくるか分かりませんからな。そちらはお任せします。」

「了解です」

無線を切った康文は離れていた前線に戻った。

 

軍の残りの2000人は20人単位で別れて先頭の者が術式を編み上げ、各自で巨大な盾を作り出す。

これは、無属性防御系霊術《イージス》。

防御系霊術の中では比較的習得しやすい霊術であり、ある意味では基礎霊術とも言えるかもしれない。

しかし、その効果は高く、拡大範囲は無限でそれなりの霊力さえあればかなり有用な盾を作り出すことが出来る。

だが、その利便性から、デメリットもありこの霊術を使っている間、使用者は移動することが出来ない。そして、他の霊術との併用も出来ないのだ。

今霊使者陣営の後ろで王女のもとに行かせないために2000もの軍人達が釘付けとなっている。残りの1000人は各方面の守護を任されていた。

 

しかし、その戦力差など気にも止めてないような活躍をする人物が1人。

「オラオラオラオラオラァ!もっと来いや悪霊共ォ!!」

雨久氷牙は手の鉤爪で目の前の霊達の体を切り裂き、跳ね飛ばしてその数をみるみる減らしていく。

地を削り、風を纏って素早く攻撃を繰り出し、その姿はまさに、獣そのもの。

そして、彼の頭上から剣を振りおろそうとした兵士の頭を1本の槍が貫いた。

「んん?」

氷牙はここで初めて足を止めて、康文と背中合わせに敵襲の真ん中で構えた。

「軍の大将とのお話はもういいのかァ?しばらく俺一人でよかったけど…息子が心配かァ?」

「そんなんじゃない、指揮官として貴重な戦力を無下には出来んのだ。」

「同じことだろォ…で、戦況としてはどんな感じだ?」

「俺らの有利は変わってない。若手が中心だからか少しまとまりがない気もするがそれでも踏ん張ってはくれてる。…後は俺らが敵の大将首を取るだけだ。指揮は俺に任せて、お前はもっと暴れろ。」

「そんなら…」

2人は互いの方向へと散った。

「さっさとやらねえわけにはいかねぇなァ!」

 

「ふむ…隊長、戦況は?」

馬に乗ったジルは、隣のひときわ重厚な鎧を着た兵士に問う。

「ハッ、数としての有利はこちらにあるものの、攻めあぐねているようです。どころか、1組の霊使者が手練のようで、既に100はやられているかと…」

「なるほど、さすがあの小僧の仲間と言ったところですか…」

一瞬、自身をコケにした青年の顔が浮かび上がり青筋が浮かんだが、すぐに大きな笑みを浮かべた。

「隊長、私が出ます。」

馬から降りて、そう告げるジルにしかし隊長は何も言わない。「かしこまりました」とだけ言って、そのまま兵士達への指示を続ける。ジルはそのまま横にいた青年…アルバへと話しかけた。

「彼らは数分後に突入させなさい。タイミングは任せます。」

「…かしこまりました」

 

「オォラァ!!……ん?」

最早何人目かも数えていない兵士を吹き飛ばした後、唐突に目の前に居た兵士達が退き始め、まるで1本の道とも言える隙間が出現する。

そして、氷牙はその先にいる人物を見て、獰猛に笑った。

「…早速大将首のご登場かよ。」

その笑みに、ジルは穏やかに笑った。

「初めまして、霊使者の青年よ。我が名はジル・ド・レ。以後お見知り置きを…」

「おっと、寝言は寝て言え。悪霊の名前なんざ…」

氷牙は両腕を大きく広げた。

「覚えるだけ無駄だ!!」

振り抜かれた鉤爪から数枚の水の波動が出現し、ジル目掛けて飛翔する。

雨久流鉤爪術《水猛破刃》。その波動の1枚1枚は岩をも砕き散らせる威力を誇る。

喰らえば無傷ではすまないであろうそれを、ジルは避けようともしない。どころか、悠長に手を掲げた。

「…目覚めよ、下僕共。」

そう唱えると共に、彼の下の地面から何かが数体浮き上がり、そして、氷牙の攻撃を見事に消し去った。

これに、氷牙は驚きを隠せない。次の瞬間、ジルを取り巻く《何か》の1つは氷牙目掛けて飛び出した。

氷牙はそれを危なげなく迎撃し、その感触に覚えがあるのに気づいた。見ると、その何かはずるりと未だ消えず鉤爪の刃に張り付いていた。

「なるほど…」

氷牙はギロリとジルを睨む。

「お前ェ、死霊使い(ネクロマンサー)か。」

その言葉に、ジルはなおも穏やかに笑って返す。

「おや、もう気付かれましたか。」

「隠す気もねェくせに驚いてんじゃねェよ。」

鋭い眼光のまま睨み続ける氷牙。それに薄ら笑いを続けるジル。2人の周りだけ世界が違うように動かず、音もなく対立する。

「それと、もう1つ。」

「おや、存外霊使者とはお喋りなのですね。これは意外でした。」

「うるせェ。黙って答えろ。」

 

「ここ数年の内にフランス国内で起きてる少年誘拐、墓荒らしの首謀者はテメェだな?」

 

「おやおや、それまた何を根拠に?」

「だからさァ、隠す気もねェ癖にとぼけてんじゃねェ。」

氷牙は分かりやすく顔を顰めた。

「テメェからはこうして顔を合わせて血と脂と死肉の匂いがえげつねェほどしてきやがる。ほんの数人殺したくらいじゃ付かねェレベルの異臭だ。」

「先程の戦い方といい、利く鼻といい獣じみてますねぇ。…で、それを知った事でどうなりますか?」

ニタニタと笑いながらジルは挑発するように問う。それに、氷牙は拳を握り締めて歯ぎしりをする。

「…別に、ただ英霊ってのは珍しいからなァ、上からは捕獲も視野に入れて戦えと言われたが…」

その声は、微かに震えている。目は鋭く光り、彼の内にある怒りを隠しきれていなかった。

 

「《払い殺す》に完全作戦変更だ。」

「…おお、怖い。」

 

氷牙は一気に動く。ジルの目の前まで全力疾走、彼の体に鉤爪の刃を突き立てる。

しかし、その直前で彼の鉤爪は障壁によって静止する。どうやら、障壁に食いこんではいるようだった。

「ラァァァ!!」

爪を真下に振り下ろして障壁を切り捨てた勢いのまま突進を再開する。

瞬時に間合いを詰めて攻撃を繰り出す氷牙。その攻撃をジルは難なく避けていく。

「んだァ?英霊様ってのは避けるしか脳がねェのか!?それともその腰の剣は飾りかよォ!」

ジルはそれに眉を少し動かすと、大きく間合いを取った。

「…そうですね、ならばお望み通りに致しましょう…」

そう言うと彼は掌を地面に付け、霊術陣を発現させる。

「…立ち上がれ、下僕共。」

その言葉と同時に地面から4体の骸骨がボロボロの剣を手に立ち上がり、奇声を上げた。

それは、一種の《使い魔》であった。

「チッ、厄介なもん出しやがって…!」

氷牙はそう毒づきながらも鉤爪を構え直した。

 

「いいぞ、そのまま押しとどめて維持しろ!」

康文の声に野太い男達の掛け声が続く。

彼は氷牙と別れ、少しの間単独攻撃を行った後、前線の指揮に戻った。

この霊使者協会フランス支部はベテランというよりも若手の有望な者達が送られてくる。

つまり、あまり戦場に慣れているものが多くなく、おそらくこのような規模の戦闘など初めての経験である者の方が多いであろう。

…康文は現在霊使者ランキングA級上位という地位を確立しているが、彼自身にそこまでの実力はない。

というのも彼が秀でているのは高い統率力であり、戦闘能力では格段に氷牙の方が上だ。

知の康文と武の氷牙。この2人のコンビは親子と言うこともあり、相性抜群と言える。

「へ、どんなもんかと思ったが、こいつぁ余裕だな。」

「ああ、戦況も優勢だし、英霊っていうのも実は案外大したことねえのかもな。」

康文の近くにいた霊使者がそうボヤくほど、現在の戦況は霊使者側にかなり有利であった。

だからこそ、康文は違和感を覚える。あまりにも、こちらの思い通りに行き過ぎている。

勿論、相手の大将格のミスである可能性は捨てきれない。だが、どうやってもその一抹の不安も捨てきることが出来なかった。

そして…

「や、康文様!ご報告します…!」

その不安は、現実のものとなった。

「敵後方から、敵の援軍が接近中!…その数、およそ2000…!!」

諜報部隊の声に、喧騒とは別のざわめきが起こった。

 

「ラッシャアアアァァァ!!」

最後の骸骨を粉砕して、氷牙は高く雄叫びを上げる。多少の霊力は消費してしまったが、それでも許容範囲内だ。

「おう、もうこっちは終わったぜェ。次はてめぇの番か?」

挑発混じりの氷牙の問いに、しかし、ジルはクスリと笑って返す。

「そうしたいのは山々ですが、私も予定が込み合ってますので。」

ジルは両手をゆっくりと持ち上げ、《それ》を見せるように自身の前に翳した。それは、掌に描かれた2つの円。

「…霊術陣…!?」

「ご名答。まあ、今気付いたところで、どうにもなりませんが…」

 

「…ね!!」

 

地面と触れた掌を中心に、霊術陣が広がる。

それと同時に、氷牙も動いた。このような巨大な霊術陣の起動となると、幾ばくかの隙が生まれる。

『仕留める!!』

 

氷牙の判断は正しかった。その証拠に、いまジルの守りである障壁は解除されており、ほとんど丸腰の状態だった。氷牙は全速力で距離を詰めた。

…しかし、それでも。

ジルの霊術起動速度の方が一枚上手であった。

 

氷牙は、最後の足を踏み抜き、それと同時に体を捻って回転を始める。鉤爪に宿す、《水》の霊術。

「ラアアアァァァァ!!」

雨久流鉤爪術《蒼天爪舞・二連》

一対の鉤爪が、同時にジル目掛けて襲いかかるが…

ドズッ!

「…!?」

しかし、すんでのところで現れた肉塊らしきものに刺さって、その爪は止まる。

引き抜こうとするが、それと同時に、頭上から悪寒を感じて、そのまま飛び退った。その勢いで、鉤爪の刃も抜ける。

見ると、先程まで氷牙のいた場所には、巨大な拳が振り下ろされていた。

その拳は強力な様で、振り下ろされた拳を中心にクレーターが出来上がっていた。

…しかし、氷牙は威力よりも、その敵の形相に視線が移った。

「…なんだァ?そいつァ…」

その体躯は、まるで肉塊。雑に丸めた肉塊に皮が張った様な見た目。下に生えた4本の足に、前方に生えた八本の手。

そして何より、体の至る所に付いた、《人間の顔》が凄まじい存在感を放つ。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

「オオオオオォォォォ」

「ケヒッケヒッケヒケヒッ」

「ルrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」

それぞれの顔が放つ奇声は、聞くだけで嫌悪感を催した。

「なんだも何も、これは私が作り出した最高傑作ですよ。見てくださいこの見るだけで嫌悪感を催すようなフォルム。それに付いた数々の絶望を示す表情達…いつ見ても素晴らしい…」

そう言いながら恍惚と頬を緩ませ、肉塊に触れるジル。その目は、深く濁りきっていた。

「まあ、これを作り出すのに、40ほど人間を()()しましたが、仕方ない犠牲ですね。」

瞬間、氷牙の姿が掻き消える。

「ウルァッ!!」

彼の一撃を、ジルは初めて抜いた剣で受け止めた。

「テメェ、人の命をなんだと思ってやがる…!」

「おや、随分と熱い視線を向けてくれますねえ。最初とは大違いだ。」

剣を振り抜いた、鉤爪を弾く。距離を取った氷牙は、ジルを鋭く睨みつけた。

「消費しただと…?テメェのくだらねェ自己満足のために、無関係のヤツらを巻き込んだのか…!?」

「無関係なんて、そんなことを私がするとでも?」

ジルは軽く笑いながらそれを否定した。

「ちゃーんと許可は取っていますよ。いや何、私の部下は本当に従順でねぇ。」

ジルのその笑顔は、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですから。」

これまで以上に、歪んでいた。

「…殺す!!」

氷牙は殺意を隠さずに、明確なそれをジルにぶつける。ジルはそれを微笑で受止め、氷牙を挑発する。

…そこで、異変は起きた。

ジルの背後から、無数の雄叫びが響き、土煙を巻き上げながら、何かがこちらへと近付いてくる。

「おや、ようやく来ましたか。」

ジルはそう呟き、一層笑みを深めた。

「…んだァ、ありゃァ…?」

 

「馬鹿な、増援だと!?」

諜報部隊の声に前線は混乱に包まれる。

「お前らの捜査では兵士はこれで全員ではなかったのか?」

「は、ハッ!それは間違いありません!た、ただ…」

…次の言葉に、前線はさらに凍りついた。

「…反乱軍の、《人間達》が進行を開始した模様です。」

 

康文達は、相手戦力に人間を組み込んではいなかった。

何故なら、これまでにそのケースがなかったからだ。

ここ数年、確かに人と悪霊が手を組む事例は見えた。しかし、その場合はほとんど人間が作戦を立て、それを霊が実行するというものであった。

何故、人は作戦実行に加わらないのか。

それは、一重に《恐怖感》からである。

霊達は1度死んでいるので、ほとんどの霊はそれを割り切って、特攻でも何でもありだ。

だが、人間ならそうもいかない。

当然死んだことなど1度もないし、ましてや、大切な家族などがいる者達などからしたら、命の危険がある場所へは向かおうとすらしない。

それ故にここ数十年の間、霊使者が人を相手に戦うことなど数える程しかなかった。

だが、今回は相手の格が違う。ジル・ド・レに洗脳された彼らには恐怖感など微塵もない。あるのは、増幅された、彼らの胸の奥に秘められた母国(フランス)への恨みのみ。

これにより、反乱軍の人間達は狂戦士へと変貌した。

 

「康文様!一般兵止まる気配はありません!こちらに向かってきます!」

前線の仲間の焦った声に、康文は歯を軋ませた。

「クッソ…!」

そんな声を漏らしながらも、康文は命令を下す。

「前線隊、そのまま戦況を維持しろ!後方の隊は俺と共に人軍の対処に当たれ!いいか、必ず()()()!可能な限り《戦闘不能》にさせろ!」

「了解!」

霊使者陣営の正念場が始まる。

 

「おや、あなたは向こう側に行かなくてよろしいので?仲間がピンチのようですが。」

「…俺の仕事は、おめェの相手と、おめェを払い殺すことだ。あっちはあっちで、俺のパートナーに任せてる。」

「大した信頼関係。いやはや、その決断が間違いでないことを祈りたいものです。」

そう言うと、ジルは静かに右手を前方に突き出した。それと同時に、肉塊が奇声を上げる。4本の足で一気に跳躍。氷牙を目指して落下した。それを、彼は難なく避けきった。

 

「……!!」

「キュエエエアアァァァァ!!」

 

 

「…さあ、宴を始めましょう。」

 




なるべくこれくらいの量にこれからは収めていきたいな。長いとウンザリするし。頑張ろ!

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