面白く仕上がっていたら幸いです。
最後らへん結構深夜テンションで書き上げました(´∇`)
鍔迫り合う2本の刃、接触点から絶え間なく火花が散る。
『…小僧が放った光弾…。奴の目的は私ではなく、周りの獣達だったわけか…』
修也が先程頭上に放ち、四方八方に着弾した聖属性の弾はその後、着弾した所で持続的に効果を発していた。要は、今現在周りに湧いている堕天使の瘴気に当てられた動物や、悪霊達は今この場に近づくことはまずない、ということだ。
つまり、彼がやろうとしていたのは討伐ではなく、あくまで《時間稼ぎ》。堕天使はその目論見にまんまと引っかかってしまったということだ。
『…煩わしい。』
そして、いつまでも続きそうな、鍔迫り合い光景に堕天使は痺れを切らしたかのように、両手に力を込めた。目の前の少女の剣を押し切ろうとする。
だが、それと同時に天乃も動く。
堕天使の力の変動があった瞬間、すぐさま踏ん張っていた足の力を少し抜き、まるで相手の剣の力に合わせるかのように体を曲げていく。
そのまま堕天使の剣は彼女の剣の刀身を滑るように、天乃の真横の地面に突き刺さる。
そのへたり込んだかのような体勢のまま天乃は攻撃を再開。右脚の膝から下のスナップのみで堕天使の右脚を払う。
無論、ただ足を払われたのみなら堕天使は耐えきれた。
しかし、今は彼にとって不利益な条件が揃いすぎていた。先程の振りで右足に力が乗りすぎていたこと、前戦で傷を受け疲労も蓄積していたこと。
そして、今戦っている相手に彼の
「チッ…!」
崩された堕天使は体勢が安定せぬまま、天乃がいた場所に黒剣で斬りつける。
天乃はそれをバク転で回避。静止した後、足を踏み込み、目標へと斬りかかる。
堕天使は畳んでいた翼を広げ、一振して斬撃を躱す。天乃の剣が空を切った。
「ハァッ!!」
その隙を見逃さず、さらに翼を一振。天乃との距離を一気に詰め、剣を横一閃。
…しかし、天乃はそれにも素早く対応した。横薙ぎが通過する直前、最大限体を前方へと倒し、退くのではなく、突進を開始する。
堕天使の剣は彼女のポニーテールの先を少し切断するだけでそのまま振り抜かれる。
天乃は倒れるギリギリまで低い肢体を足のみで支え、そのまま右脚を軸に斬撃を繰り出した。
「セェイッ!」
横一閃。
今度こそ天乃の剣が、確かに堕天使の体を捉える。彼の太もも付近にピッと小さな切り傷が出来、僅かな血が零れた。
天乃の剣は、力強さとは程遠い。修也の剣術のように振るだけで周りの木々を揺らしたりすることなど出来ないし、技を繰り出すだけで地を割るなどということも出来はしない。強化霊術を施せば、可能かもしれないが、それはあくまで術を使えばの話である。
だからこそ、彼女の剣技は《技》と《鋭さ》にのみ特化している。
いかに上手く、いかに素早く相手を倒すか。
彼女はそうすることで今の強さを身につけたのだ。
…だが、そこで異変は起こる。今まで、凪のように揺らぐことがほとんどなかった堕天使の霊波の波長がいきなり歪み始めたのだ。そして、やがてそれは現実に影響し始める。
《下等な人間に、斬撃を入れられる》
この事実は、確かに堕天使のプライドを傷つけた。それも、2回目となれば尚更だろう。
彼の中の《何か》がプツンと切れる。
「煩わしい…煩わしい…煩わしい…!!」
溢れ出る負のオーラが先程と同様周りにも影響を及ぼす。それを見た天乃はすぐさま、肉体強化霊術と霊術障壁を最大限展開した。
「この小娘がァァァァアアアア!!」
もはや整った恐ろしく美しい堕天使の姿はそこになく、あるのは翼を持った黒い《化け物》のみ。
凄まじい速度で振り下ろされる黒剣と、それを受け止めんとする流麗な銀色の剣が衝突した瞬間、凄まじい爆風が木の葉と砂塵を舞いあげた。
森の中。光り続ける陣の上で琥珀は座ったまま2人の様子を見守り続ける。
修也とジャンヌは意識がないため、顔は俯き目は閉じているが、繋がれた右手は2人とも離さずにいた。
これは現存している英霊と生者との間でかわされる契約の時にのみ付く条件であるが、お互いの体(どこでも可)に触れていなければ契約を結ぶことは出来ないのだ。
これは諸説あるが、有力な説としていわゆる《魂の通り道》を作らなければ互いの意識を繋げるのは不可能だからだそうだ。
だからこそ、この2つの手が繋がり続ける限り、希望は十分にある。
ただ、契約の儀式は成功率は100%になることは無い。主と英霊の思惑性格などの細部が合致しなければ主従関係にはなれない。何故なら契約を結ぶかどうかの最終決定権は英霊に託されているのだ。彼らに気に入られなければ相手にすらして貰えないこともある。
「…ひとまず、最終1歩手前までは行った…」
琥珀は座りながら胸元より《キセル》を取りだし火をつけてから一息吸い、煙を吐き出す。その煙はやがて彼らを囲い始め…まるで防膜のように彼らを包み込んだ。
そこで彼らに向かって《瘴気》が飛び込んでくるが、琥珀が吐き出した煙はそれすらも飲み込み、やがて
琥珀はジャンヌ、修也の順で視線を向け、そして主に向かってこう呟いた。
「正念場じゃぞ、お前様。」
ーーー嗅ぎなれた匂いだ。
一瞬の浮遊感に包まれたあと、俺はそう感じる。鼻腔をくすぐる匂い。それは目を開けると直ぐに正体がわかった。
目の前に広がるのは、目にも鮮やかな緑色のカーペット。それが群生する無数の芝であることを少し遅まきに気付く。
通りで、懐かしいと思うわけだ。これは、出雲の家の近くに広がる芝とまったく同じ香りだった。
…それもそうか。同じ植物の匂いが、そこまで大きく変わることなどそうそうない。
と、そこで…180度ほど見渡した所で、唯一存在する大木を見つける。どこまでも続き、平坦な土地に唯一存在する、ひとつのオブジェクト。
その木の下に、彼女はいた。
俺はすぐに歩を進めて近づき、彼女も俺に気づき、その顔をこちらに向ける。
その頬には…流れ落ちる雫が2つ。
俺はその光景に息を飲み、理解できない現象に困惑する。
どうやら、俺の表情を見るまで気付かなかったのか、彼女は少しの間の後気づいたように頬を拭う。
「す、すみません…!」
そう言って焦る彼女は、やはり霊などではなく、1人の人間にしか見えない。いや、そうやって素直に涙を流せるのは人間よりも人間らしいというものだろう。
そんなことを考えながら、俺は口を開いた。
「…そんな、泣くようなほど、悲劇的でもねえだろ。俺の過去なんざ…」
彼女が先程まで見ていたであろうことに言及すると、彼女は涙を拭いつつ、首を横に振り、さらに少し腫れた目で俺を睨む。
「…そう思うのは、あなただけです。」
「…体験しているからこそ、そいつの意見が最もになるんじゃないのか?」
「いいえ、体験しているからこそ、その人物は諦め、開き直ることで価値観を変える。それが人間です。…少なくとも、あなたの人生は波乱万丈であった。…私の人生など、比べ物にもならない。」
「…それは…」
さすがに言い過ぎだ、と俺は思わず苦笑する。あったことといえば、ガキの頃に持ち上げられ、そして、堕ちた。
それは決して、悲劇的でも、喜劇的でも、歌劇的ですらない。俺の人生は、ただの《素劇》。なんの面白みもない、人によくある人生譚。
少し、振れ幅が大きいだけ。
「…すみません、今はそれどころではなかったですね。」
俺の物思いは、そこで止まる。ジャンヌを見ると、その目は真剣味を滲ませ光る。こうして俺が相対しているのが、一騎当千の英霊であることを再認識させた。
そして、彼女はゆっくりと問いを口にした。
「…単刀直入に聞きます。」
「あなたは、何故力を求めますか?」
「…?」
質問の意図が分からなかった。
決して内容ではない。何故、この状況でその質問をするのか、分からなかった。
今、俺がジャンヌを求める理由。それはこの国を救うために他ならない。それは、彼女も分かっているはずだが…
俺の疑問に、ジャンヌは想定内とばかりにさらに質問を重ねた。
「今に限ってのことではありません。記憶だけを見たところ、あなたは長く前線から離れていながらその身を鍛えることをやめなかった。まるで何か目的があるかのように…あれは、常人の域を超えている。」
「それでも、体内に呪印が刻まれてることにすら気付かないほど、鈍ってたけどな。」
「あれは、並大抵の霊術師では刻むことの出来ない代物。剣士である貴方が気付くことはいくら何でも不可能だった。貴方方の一流霊術師でようやく気付けるレベル。おそらく、我々英霊クラスの霊術師でないと消すことは不可能です。」
「…そりゃどーも。」
俺の皮肉じみた自嘲にも彼女は徹底的に説き伏せ、適当は許さない。心無しか圧も強くなっている。先程までの消耗していた彼女とはまるで別人のようだった。
俺はため息を着くと、大木のはみ出た根に座り込み、横を叩いてジャンヌに促す。それに、少し躊躇いつつも横に座ったジャンヌはそのまま口を開いた。
「貴方の目的は、何なんですか?何がそこまで貴方を駆り立てるんですか?」
「…記憶見てんなら分かってんでねえの?」
「私はあなたの口から直接聞かなければ意味が無いと思います。」
俺のささやかな抵抗も、すぐに説き伏せ、ジャンヌはため息をついた。
「…あなたは、前線から離れた後、ほんの僅かな間かもしれませんがかけがえのない《普通の幸せ》に浸ることが出来ました。それは前線でいる時とは違う、人間としての《本能》…もっと貪りたいと思えるほどのものではなかったのですか?」
俺は相変わらず苦笑しか出来ない。
こんなものはただの逃げでしかない。そんなことはとうにわかっている。
だが、俺には否定も肯定も出来なかった。
「…あなたの年齢。もう十代も終わりに近づいている時期…つまりこれからの人生を左右しかねないところです。それはある意味、最も趣のある時期とも言えます。…なら、その選択は、後悔を禁じ得ない。」
そこで少し言葉を止めると、彼女は胸に両手を当てる。そして、少し悲しげに笑った。
「…戦いに身を投じることは、その分だけ悲しみも産むのですから。」
「…お前の言わんとしてることは…まあ、分かるよ。俺だって、昔はそんな幸せを望まなかったわけじゃない。」
彼の呟きに、ジャンヌはチラリと視線を送る。元々赤かった瞳にはほんの少し影が落ちる。
「将来の夢とか、未来の家庭とか色んなことを考えまくった。…今じゃ、ただの頭お花畑のガキの妄想だよ。」
「…いえ、それは全ての子供に与えられるべきものです。例えそこに、どんな事情があろうとも。」
「……」
そう言う彼女の言葉には、何か大きなものが入った、そんな気がした。上手くは言えないが、彼女の言葉は確かに彼に響いたのだ。
「……そうだな。」
彼はそう同意しながら、ゆっくりと立ち上がる。そして長い息を吐いて、左手を刀の柄に置いた。
「…けど、それがただの子供でなけりゃ、話は別だ。」
ジャンヌが顔を上げると、修也は横目で見ながら…
「7543人。」
「…え?」
そう呟き、ジャンヌはキョトンとした目で彼を見る。修也はその反応を見て視線をまた前に移すと、続ける。
「俺の家…桐宮家に属する家系の人数を総じたら、それだけの人数が俺の下にいることになる。ま、俺はまだ当主でもなんでもねぇが…」
「…ほんの少し前まで、妹さんの伴侶に継がせようとしていませんでしたか?」
ジャンヌの言葉に、「痛いとこを突かれたな」とばかりに苦笑いを浮かべた。
「あれは、まあ…言い訳に聞こえるかもしれんが…」
「構いません。それも聞いておきたかったので。」
言い淀む彼に、ジャンヌはそう告げる。
「…そうして、当主の伴侶としての地位を確立して育児になんかにでも没頭してくれた方が、良いかもな、と。そういう甘い考えを持ってたんだよ。…そうしてくれた方が、厄介事もなく、命の危険も大幅に減る。」
彼の、確かな本音が草原に微かに響き、優しい声色がジャンヌの鼓膜を揺らす。
そう言いつつも、彼の口には自嘲にもとれる笑みが浮かんでいた。
「…けど、よくよく考えたら、そんなことは有り得なかった。あいつは…翠は、いつだって他人の事を思える、優しい子だ。他人を…ましてや愛する者たちを見送るだけなんてことは、出来るはずもない。」
「似た者兄妹ですね。」
クスリとジャンヌが微笑みを浮かべると、彼は幾度目かの苦笑を浮かべる。
「俺のは、違う。翠が100を見るのなら、俺は99しか見れない。いつだって、切り捨てるべきやつを探してる。…嫌な奴だよ。」
「根本的なものが違う。」そう、彼は呟いた。
「それは、上に立つ者として当然のことです。」
ジャンヌは思い出すかのように、呟く。
「私の場合は、その1が私だった。
呆気に取られる修也を他所に、そう呟いたジャンヌは、咳払いの後「失礼、脱線しましたね。」とそう濁す。
「とりあえず、俺が強くなりたい理由を強いて言うなら…」
そう言って、彼はジャンヌの方に向き、満面の笑みでこう告げた。
「その《99》の幅を広げたい。」
「1を救えるなら10を。次は100を。その次は1,000を。出来る限りの人を救いたい。」
彼は重く、強く、そう述べる。
「…俺じゃあ、全ては救えない。そんなのは例え英雄と言えど無理な話だ。」
かつて存在した英雄達は、彼等と相反した者…自分なりの《正義》を持った者達を撃退し…否、
人は自分と真逆のものを《悪》として定めなければ行動できない。誰かを助けることは、誰かの味方をしないことと同義。
「なら、助けるものが一部だとしたら、俺はその割合を増やしたい。…たとえ、それで俺の青春が、人生が歪んでも。」
「俺は、俺の大切な人達がずっと笑えるなら、本望だ。」
修也は、赤い目を爛々と輝かせながら、そう宣言する。彼の断固とした決意に、ジャンヌは目を瞬かせ…
「…フッ…フフフッ…フフフフっ……」
自分の宣言を笑われたのがバツが悪かったのか、修也は微かに不服そうにする。ジャンヌはそれに対して謝罪で返した。
「すいません…」
彼女は涙を拭いつつ、修也に微笑みかけた。
「修也君は、琥珀さんの時といい、よくそんなにハッキリと自分の意志を吐き出せますね。」
「ああ。だってそっちの方がカッコよくね?」
「ええ、私もそう思います。」
不敵な笑みと茶化すような言葉遣いの修也に、ジャンヌは濁しもせずそう返す。
これには、さすがに不意打ちだったのか、修也は頬を薄く染める。
「お、おう……」
その様子に、ジャンヌは微笑み、そして嬉しそうに声を弾ませた。
「そうして、自分の意志をしっかりと持ち、そして言葉にできること。それはある意味大きな才能であると言えます。そうでないと、人も、運も…霊だって付いて来ません。」
そして…彼女は満面の笑みをうかべ、呟いた。
「貴方の口から、その言葉が聞けてよかった。」
「自己の欲望のため、非道に走る人間なら今この場で火刑にでも晒してやろうかと思いましたが…」
「お前がそれ言うとシャレがシャレになんねえからな?」
ジャンヌのジョークに身を震わす修也に彼女は再度笑いかけると、
「…ですが、人の幸福のためにあゆみ続け、尽力するのでしたら、私が否定し、拒む理由もありません。」
そう言って、そのまま頭を垂れ、騎士のように片膝をついて、宣言する。
「…契約、承りました。我が力、とくとお使いくださいませ。」
それに、修也は何も答えない。
ただ、1度だけ頷くと、安堵したかのように方をなでおろした。しかし、その後すぐに心配そうに顔を曇らせた。
「でも、いいのか?その、忠誠って…」
「…?…ああ」
ジャンヌは少しの間、疑問には思ったもののすぐに合点が行き笑いながら告げる。
「…無論、主への信仰は続けさせてもらいます。それに、生前忠誠を誓った彼の王にも、死して、こうして英霊となった後に仕えることは霊としては不可能でしょう。我々霊は主となる人間がいなければ、そのうち消えてしまうかもしれないほど、脆いものです。」
「…そか、ならいいんだ。」
その言葉に、修也はようやく安堵を表情に見せ、それにはジャンヌの頬も緩み、互いに笑いあった。
そして、ジャンヌは顔を引きしめて、再度問う。
「我が主、最後にひとつお聞きします。」
「…?どした?」
「…貴方は、何故他人のためにそこまでの無茶が出来るのですか?大切な者達とはいえ、自分の人生というとてつもなく大きな物を捨ててまで、何故貴方がそこまで…」
それに彼はすぐには答えなかった。
少し間をあけ、クスリと笑い、彼は返答する。その目に、確かな決意を点して。
「…簡単なことだよ。」
「《どれだけ大きなものでも切れる》ほどの人達だから、《大切な人達》なんだと俺は思う。…それだけだ。」
その言葉と共に、彼女は笑みを漏らす。そこに、後悔などは微塵もない。あるのは満ち足りた、彼女本来の笑顔だけであった。
「…我が忠誠、この身が果てるまで、あなたに捧げましょう。」
「あう…ッ!!」
背中から大木に叩きつけられ、肺に溜まっていた空気が漏れ出るような感覚に襲われ、思わずそんな声を出す。
彼女はすぐさま背の治療を施すが、しかし多少の時間がかかりロスが生まれてしまっている。
それも当然。彼女は前日に確かな休みも取れずに、その状態で堕天使などというある意味規格外なものを相手にしているのだ。
修也と離れてたったの5分ほどしか経ってはいないが、それでも彼女の戦闘には少しの狂いが生まれていた。
というのも、今の堕天使は少しばかりフォルムが違った。
大まかなものは変わっておらずとも、まず目を引くのは、体内から漏れでる瘴気だ。
あの後、天乃が堕天使を(結果的に)怒らせた後出現した、高密度の霊力の瘴気はその後も維持され続け堕天使の厄介さに拍車をかけた。
特に近接戦闘では剣を交える間にあの瘴気が触手となり攻撃を加えたりしてきて非常にやっかいとなっていた。
そして、極めつけはその《表情》である。
ほんの数分前までは無機質とも言える感情も読み取れないような表情であったが、いまは、見るからに怒っていた。
憤慨という言葉は、今の状態にピッタリかもしれない。
まあ、そこはいい。問題はそれによって堕天使のパワーが大幅にアップしている事だ。
堕天使はゆっくりと天乃に近づくとその大剣を大きく振りかぶり、そのまま振り下ろす。
これに天乃は難なく対応。しかし、剣が接触した瞬間、彼女の腕に雷撃を食らったかのような凄まじい衝撃が駆け巡る。
彼女はそれに耐え抜き、カウンターで技を繰り出すも、その刃は傷一つ付けられない。
その隙を突いた右足の蹴りが、天乃の横腹を襲う。
それも何とかすんでで横飛びをして威力を殺すも、それで止まるはずもなく、大きく吹き飛ばされる。
何とか止まれたところで、右目に液体がこぼれ落ちてくる。何かと思い手で触ると、そこには何処か見慣れた赤い液体。どうやら先程の攻撃で頭を地面か何かで打ったらしく、そこから血液が流れ出しているようだ。
そう、彼女のこの戦い方は少しの欠点がある。それは今回のように、規格外のパワーを持った相手と対する時、受け流すことで自身に結局ダメージを負ってしまうのだ。さらに、攻撃も高いパワーを誇らないため、肉体を強靭化されては、攻撃が通用しないこともあるのだ。
それは霊や人間相手であればそれこそ無類の強さを誇るが、英霊クラスとなると話は別なのである。
『まずいまずいまずいまずいまずい…』
この時、初めて彼女の思考をそんな言葉が埋めつくした。勝つビジョンが浮かばない。それはつまり、戦いにおいては敗北を表す。
改めて、堕天使を見る。ゆっくりと近づいているものの、その分隙はなく、間合いに入れば斬り捨てられることは明白であった。
だが、天乃は諦めない。どうすれば堕天使を攻略できるか、思考を張り巡らせた…。
「…そっか…」
そこで、天乃はひとつの結論に至る。
思いついた、のではない。
彼…修也は、確かに天乃に堕天使の相手を頼んだ。自分が儀式に行くためにと。
だが、彼の作戦は…その中での彼女の立ち回りとしての最終目的は、勝つことではない。彼女が任されたのは、ただの時間稼ぎ。勝つ見込みはなく、その必要も無い。ならば…
「…とことん付き合ってやるわよ。」
どのような攻撃も受け流し続ける。攻撃をする必要は無い。隙は決して作らず、最小限の行動で相手の技を読み切る。幸い、パワーが大幅にアップしたことで攻撃のリズムは単調になっていた。
これならいけると彼女は確信する。
だがしかし、腕も限界であることは確か。たとえ、霊術で回復してもいつまでもは続かない。
だが、それでも…
「……
そう言って、血を拭ってから剣を構え直す。
堕天使はそれを更に恨めしそうな顔で見つめた後…
「……ゥォォォオオオオオ!!」
獣じみた言葉を発しながら突進を開始。天乃は剣を静かに横に倒した…
…と、そこで。
彼女はあることに気づく。スカートのポケット。そこに入れた《何か》がまるで鼓動のように振動しているのだ。やがてそれは、振動の間隔を早めていき、そして…
ヒュバッ!!
ポケットの中からひとりでに飛び出し、彼女の2歩前ほどの空中で留まり、そして振り下ろされた堕天使の大剣を…
何と軽々受け止めたのだ。
これには堕天使も目を剥き、驚きを隠せない。
それは天乃も同じで、何が起きたのか一瞬分からなかった。しかし、その後すぐに《それ》がなんであるか、気づく。
「これって…ドンレミ村で見つけた」
そう、それはドンレミ周辺の調査の時に見つけた特殊な波形を持つ、焼け焦げた布切れ。いずれ処分しようと思い、たまたまスカートのポケットの中に入れていたのだ。
やがてその布は回転を始め、そして…
ドォウッ!!
「ぬッ…お…ッ!!」
そのまま堕天使を10メートルほど吹き飛ばし、やがて回転も止まる。
「…何が…」
しかしそこで、彼女は気づく。今まで堕天使の瘴気が原因で感じられていなかったが、彼女の背後からとてつもない力の《何か》が近づいてくることに。
《それ》は確かな足音と共に近づいてくると、ピタリと天乃の真横で足を止めた。
天乃はその人物を、横目で確認した。
横目でみても、彼女の美貌は確かなものであった。艶やかな、絹のような輝きを纏った金の髪に、鋭くしかし美しく輝くブルーの瞳。透き通る白い肌に、スラリと伸びる手足。
そして、たとえ重装備とは言えない、しかし頑丈そうな胸当てや手甲、ブーツと、白を基調にしたワンピースが目を引く。
そして、その霊力量は天乃のそれを大きく上回り、一抹の恐怖を覚えた。
…しかし、それも次の人物の声を聞くまでであった。
「どうだ、ジャンヌ。」
「ひとまず標的は吹き飛ばしましたが、未だ存命です。」
「そか、まあ、俺もやられっぱなしじゃ気がすまねえし、一緒にやるか。」
「それが得策ですね。」
2人のやり取りが落ち着いた後、天乃は後に現れた人物に話しかけた。
「しゅ、修也…あなた…」
「おう、天乃。お疲れさん。生きてて何よりだ。」
そんな気楽な彼の声を聞いていると、自然と力が抜けて、彼女は膝から力が抜ける。修也はそれを何とか受け止めた。
修也は天乃を近くの木に寄りかからせて、声をかけた。
「…悪かったな、キツい役目押し付けちまって。」
その言葉に、天乃は修也の左胸を右拳でポスリと叩くと、ニコリと笑いかけた。
「…そう思うなら、終わった後にネックのダブルチーズバーガーセット、奢りなさいよね。」
「…了解。」
これには、彼も苦笑して、素直に頭を縦に振った。そして、右拳を突き出しながら「それと…」と付け足す。そして、修也はその拳に自分の右拳をコツリと合わせた。
「…勝ちなさい。」
「…応よ。」
そう言って、2人は笑い合う。
そこに、さらに激昴した堕天使が襲いかかる。凄まじい速度で接近すると大剣を振り下ろした。
…しかし、その刀身はいつまでも修也には落ちない。それもそうだろう。彼が黒い刀でその剣を受け止めているのだから。
…それも、
さらに、修也はその刀を押し込むと、堕天使は一気に跳躍し、距離を取った。どうやら、先程の現象に理解が追いついておらず、未だに落ち着きがなかった。
そして、修也は刀片手に立ち上がると、天乃に防膜を張り、堕天使と相対する。
一方、ジャンヌは手を自分の目の前に翳したかと思うと、その手のひらのまえには先程天乃を守った光る布切れが1枚。
やがてその布切れの光は徐々に増していき…
…ゥオウッ!!
カッ!!!
空から無数の流れ星が落ちたかと思えば、その瞬間に4人の視界は光に包まれる。
「…何だ…」
やがて視界が晴れた修也は微笑し、興味深そうに呟いた。
「どこに隠してんのかと思ったら…そういうこと。」
ジャンヌの手には、確かな形の円柱の棒が握られていた。しかしそれはただの円柱ではなく、その先端は尖っており、さらに特徴的なのは、その過程。円柱に付けられた布は正しく、彼女の生前のシンボルとも呼べるものを確かに表していた。
かつての蛮勇達はこれを見て、救国へと奮い立ったのだ。
…そう、《聖旗》である。
彼女は握り心地を試すようににぎにぎすると、やがてその2m程もある旗を地面から離して大きく数度まわして、しっかりと堕天使に向けて構えた。
それには、もはや貫禄さえ伺えた。
「…話は後ほど。今優先すべきは…」
「ああ、そうだな。」
修也はジャンヌの言葉に頷くと、ゆっくりと刀を同じように堕天使へと構えた。それを堕天使はさらに煩わしそうに歯ぎしりもしながら見つめる。
やがて両陣営は数秒ほど睨み合い…
………ドドドゥッ!!!
同時に地を蹴った。
両陣営の獲物が違う力の方向を向きながら交わりあった。
そして、修也の斬撃と、ジャンヌの打撃は…
堕天使を紙細工のように吹き飛ばした。
どうでしたでしょうか。最近というか、やはり修也視点とかが多くなっちゃうんでそろそろ王都側の様子も描きたいですね。他にも描きたいですエピソードとかあるんで無い頭捻って絞り出します。
では、また次回!