そんな、四方を囲む壁のそれぞれには《あるもの》が吊られていた。どこか柔らかそうな質感のある肌色の表面に、赤色の液体が伝って流れ落ちる。
…それは、人の死体だった。
服は脱がされ、所々の部位は欠損しているが人としての形は何とか保っていた。それも見ると、まだ呼吸をしている。
…つまり、生きているのだ。
ボロボロになってはいるが、死ぬ直前で何とか留まっている。…そして、その部屋の中央。その空間の中で、唯一動くものが居た。
「…ァァァァァアアアアア!!!」
そんな叫びが地下室を揺らし、同時に1つの死体を殴り潰したことで大量の血が壁に飛び散り、内臓と脳が地面にぶちまけられた。
しかし、その人物はそれだけでは満足できないのか、同じように数人を殴り潰す。そこで、ようやくその者は止まった。
「フゥー…フゥー…フゥー…」
拳から血を滴らせ、荒い呼吸を繰り返す。波打った髪の毛は目にかかり、汗は滝のように流れていた。
彼…ジル・ド・レはもう一度拳を振り上げる。そして…
「グオオオオオオォォォォォォ!!」
獣めいた雄叫びをあげながら、拳を振り下ろす。その直後、凄まじい量の鮮血が飛び散った。
「……」
暗い森の中。
毛布を横たわる体にかけて、空を見上げる少女が一人。意識を飛ばしていたために閉じていた瞼をゆっくりと開ける。自前の碧眼が登り始めた太陽の光と共に瞬く。
「ん…」
微かな眠気を感じながらも上体を起こし、腕を伸ばす…
ガチャッ
「うっ…」
それを妨げるかのような抵抗感を感じて、少女…ジャンヌは途中でその行為を止めた。そして、左手首を見ると同時に思い出す。
「ああ…そっか…」
彼女の左手首に付けられた、鉄製の輪っか。そして、それの先に着いた鎖は目の前で先程の彼女と同じように横たわる、黒髪の青年の右手に伸びていた。彼の右手首にはやはり、輪っかが取り付けられていた。
何故こうなったか。それは数時間前に溯る…
ガチャリッ
「これは…?」
修也が異空間から取り出したものを持ち上げる。洗った食器を片付けた修也はサラリと答える。
「
そう言うと素早い動きでジャンヌから鎖の着いた輪っかを取り上げ…流れるような動きで、躊躇い無く彼女の左手首に嵌めた。
「こう使うんだ。」
「へー…」
ジャンヌは感心するかのようにそれを見つめる。やがて、もういいのか手から輪っかを外そうと…
「…あの、これどうやって外すんですか?」
何度やっても外れず、ジャンヌは修也に問う。それに修也は、
「え?外れないよ?」
何言ってんだコイツは、と言いたげな顔で、またもそう言った。
目を見開き、呆気に取られるジャンヌに気づくことも無く(無視してるだけかもしれないが)修也は自身の右手首にも片方を嵌めた。
「え、貴方は何を…」
「霊力消費しすぎて、今から俺も寝るからな。逃げないように軽く拘束させてもらった。今王城に行かれても困るし。」
そう言いながら修也はそそくさと布を敷いてその上に寝転がり、毛布をかけた。そしてその中に琥珀が素早く潜り込む。
「え、あの…私は、どうすれば…」
「アンタもまだ回復しきってないんだから寝たらいいんじゃないのか?それに俺が起きたら一緒にやってもらうこともある。できるだけ休息は取っておいてくれ。」
修也はジャンヌを見ずにそう告げる。
しかし、ジャンヌは考える。これはチャンスだと。このまま青年が寝ている隙にこの枷を壊し、逃げればいいのだ。
ジャンヌは霊力で短剣を作り出した…
「それ、かなり強固な作りになってるから余計なことはしない方が身のためだぞ。時間は有意義に使え。ああ、それと俺にはちゃんと桐宮修也っていう名前があるから。もう貴方、なんて呼び方はやめろよな。俺もお前のこと呼び捨てにするから。」
「……」
そんな、心の中を読んだかのような的確な意見と速すぎる自己紹介に、ジャンヌは固まる。その意見を口にした直後、驚異的な速さで彼の口から聞こえる安らかな寝息。
最早、ジャンヌは何かを言える訳もなく、ただ固まっていた。
そんなこんなで、先程の場面に戻る。
勿論、そこまでの数時間、ジャンヌも早々と寝たわけではない。いかにしてこの場から逃げ出そうと四苦八苦していたのだ。
枷を短剣で壊そうとしたり、枷から手を引っこ抜こうとしたり。更には霊術で枷の先に繋がる鎖を燃やし尽くそうともした。
しかし、結果は見ての通り。諦めたジャンヌは大人しく自身も眠りについたのだった。
『…さて、これからどうしたものでしょうか。』
ジャンヌとしてはこのまますぐにでもここを抜け出して
それに修也が先程言っていた言葉。
『《一緒にやってもらうこと》…とは、いったいなんでしょうか。』
ジャンヌはチラリと修也の方を見る。
まだ数時間という短い時間しか過ごせていないが、彼がどのような人間であるかはある程度なら理解しているつもりだ。
ジャンヌは、人を見る目には自信があった。
『何か悪どいことではないとして…いったい、何かやることがあるというのでしょう。』
この枷を付けられている以上、修也と共に行動することは確定事項だ。それならば、英霊としてこの青年の命は絶対に守らなければならない。ジャンヌはそう、拳を握る。
英霊…いや、全ての霊に共通していえることは、必ず使命を持っていること。勿論本人の野望もあるだろうが、共通して持つ使命が一つだけある。
それは、
ならばこそ、ジャンヌが共にいるこの青年…修也を守ることは当然の義務なのである。
そもそも、1度命を救われているのだ。こちらも命を賭けるのが筋というものであろう。
そんな想いを胸に、ジャンヌは再度修也に目を向けた。
「……!!」
…直後、近づいてくる者の存在を彼女の霊力探知が察知し、すぐに短剣を創り出して構える。勿論森の獣である可能性もあるが、彼女達の周りは修也の作り出した結界のおかげである範囲の霊力を他に探知させない代わりに、こちらも探知出来ないようになっている。
つまり相手は既にかなり近いところまで来ているのだ。これがジルの手下か本人ならば途轍もないピンチ、ということにもなる。
しかし、それよりもジャンヌが気になったのは…
『何故警報音が鳴らないの…?の説明では敵対者が結界の中に入れば警報音が鳴り響くはず…いえ、その程度ならジルは解除できる、ということかしら…』
姿の見えぬ敵に、ジャンヌは静かに迎撃体勢を取った。
だが、そこでジャンヌの肩を何者かが掴む。彼女は反射的に後方に振り向く。そこにあったのは、先程までそこで寝転がっていた修也の顔だった。
「え、あ、あの…」
狼狽えるジャンヌに対して、修也は何も喋らない。ただ、気配の方を向いたまま立ち尽くす。近づいてくる者を警戒していないかのように、微笑みを浮かべながら…
そして、闖入者は姿を現した…
「よっ、十数時間ぶりだな。元気にしてたか?天乃。」
修也は、自身お手製の結界の中に入ってきた人物にそう、務めて笑いながら声をかける。そんな彼の行動についていけないのか、ジャンヌはなおもキョドっているが、修也は気にせず侵入者を出迎える。
やがて、叢の中から輝くような茶髪と銀色の目を持った少女が現れる。その目は、睨みつけるように細められていた。
その目に、修也も少したじろいだ。
「…なんでそんなに不機嫌そうなんだよ。ていうかどうしたんだ、その傷。」
そう言って修也は彼女…神宮寺天乃の体に目を向けた。見ると、彼女の服は所々裂かれている。血こそ出ていないものの、攻撃を受けたことは確かなようだ。
彼女の実力をよく知る修也としてはそれが不思議だったのだ。いったい誰に…
「…貴方よ。」
「…はい?」
天乃が怨念のように吐いた言葉の意味が分からず、修也はコクリと首を傾げた。
「…ねえ修也。貴方が寝る前にした事、順番に挙げて言ってくれない?」
「え?あー、おう。えーっと…まず事情聴取の後に飯食って、お前が来るとき用にお前にだけ結界の警報音ならないようにした…あっ!」
まるで何かを思い出したかのように、わざとらしく口を押さえると、後頭部に手を置いて舌を出した。
「ゴメーン♪外のトラップの解除設定し忘れてた☆てへぺゴバアアアアアアアア!」
話し終わる前に、天乃は手に溜め込んでいた霊力弾を放出。直撃した修也は、十メートルほど離れていた木まで吹き飛ぶ。かなりの太さの木が揺れ、落ち葉と幹が彼に降り注いだ。
「ちょ、修也君…?!」
「…とりあえずこれでチャラにしてあげる。感謝なさい。」
「…おう…」
天乃の言葉に2本の指を立てて、震えた声で返した。
先程の衝撃で出来た落ち葉や幹の山にジャンヌは駆け足で駆け寄る。その後すぐに、修也は埋もれていた顔を出して、上体を起こした。
「だ、大丈夫ですか…?今とんでもない威力の霊力弾が…」
「あー、気にすんな。いつもの事だから。」
そう言いながらも、ジャンヌは彼の体から赤い線が消えるのを見逃さない。どうやら、肉体強化はギリギリ間に合ったようだ。
「…ところで、さっきから貴方の傍にいるその人…随分変わった霊波の形ね…まさか…?」
「ああ、お前の考えてる通りだよ。」
修也はゆっくりと膝に手をついて立ち上がる。彼が首を数回鳴らしてから天乃は口を開いた。
「なら、その金髪美女が私達の探してたジャンヌ・ダルクその人で間違いないのね。」
「ザッツライト。さすが勘が鋭いな。本部にはちゃんと俺の手柄で報告しといてくれよ。」
「そんなもの自分でしなさい。というより貴方そんな手柄にこだわるタイプだったかしら?」
「嘘嘘。ジョークに決まってんだろ?欠片も興味ねえよ。」
そんなからかうような修也の言葉に天乃は呆れの含んだため息をつくと、ジャンヌの方に向き直った。
そして、まるで騎士のように整った一礼。
「初めまして、聖女ジャンヌ。私は日本の霊使者協会から派遣された剣士、神ぐ…じゃなかった。桐宮天乃と申します。以後お見知り置きを…」
「あ、いえいえ。そんなに畏まらないでください。今の私はこの世を守るために現界した一英霊に過ぎません。兵隊1人と何ら変わらないのです。どうか気を休めて…」
「いえいえそんな…」
そんなやり取りをしながら、歳の近い少女2人が頭をペコペコしている。非常に面白い光景だった。同じ動きをする赤べこが向かい合っているかのようだった。
「頭が硬ぇ同士の会話だなー…」
その光景を見てそんな言葉を、修也は漏らした。
「さて、と…」
自身の霊力を流し込み、手首に嵌めていた枷を解除して、修也は順に2人を見る。まずは、どう見ても寝不足であろう天乃から。
「…なぁ、お前大丈夫か?俺と別行動になってからも一睡もしてねえんだろ?」
修也の問いに「フンッ」鼻を鳴らす。
「さすがに2時間ほどの仮眠は取ったわ。いくら私でもそこまで動き続けるのはきついし。」
「…さいですか…」
果たして2時間の仮眠だけで満足に動くことは可能なのか、ということは非常に気になったが、彼は口に出さない。
彼女自身が可能と言うなら、可能なのだろう。
修也は天乃から視線を外し、その横にいるジャンヌに目を向けた。見ると、どこかそわそわしている。
「ん?どうしたんだジャンヌ。そんなに鎖縛りプレイから解放されたことが不満か?聖女様の癖にお前も随分変わった趣味だな。」
「ち、違います!そういう訳じゃありません!《ぷれい》とやらのことはよく分かりませんでしたが…」
「え、じゃあなんで否定したの?」
「卑猥なことを言われてる気がしたからです!」
ほう、流石は英霊だ。《そっち方面》の勘の鋭さも一流のようである。
修也はよく分からない方向でジャンヌに感心した。
「わ、私が言いたいのは、何故今すぐにでも戦争が始まりそうだというこの状況で、フランスの救援に向かわないのか、ということです!」
修也はその言葉に顔を顰める。どうやらその問いには天乃も気になっていたのか、横目で彼を見つめる。
ジャンヌは1歩前に踏み出した。
「もしかしてジルを相手にすることに躊躇いを覚えているのですか!?それとも相手の国民を殺すことを!?どちらにしても英霊である私が相手の支柱であるジルをあちら側に強制退去させればいいだけではないですか!何を躊躇うことが…!」
ジャンヌの必死の提案の呼びかけ。それに、修也は…
「チッ…」
…回答とは呼べない、辛辣な舌打ちを打つ。そして、険しくなる表情。そんな彼の様子に、ジャンヌだけでなく天乃も表情を驚きに染めた。
ここまで彼が嫌悪を表情に出すのは、非常に珍しい。
そして…
「……!」
ジャンヌは彼から向けられる視線に悪寒を覚える。いや、《恐怖》とも呼べるのか。
修也はジャンヌを見下すように見つめ、ため息をついた。
「…私が全て引き受けますってか。なるほど、さすがは英霊。随分達者な
その言葉のあと、修也の視線は更に冷ややかさを増した。
「けどな、ひとつだけハッキリと言わせて貰う。…
「なッ…!!」
そんな修也の正面からの罵倒に、ジャンヌは怒りで顔を赤くした。いくらジャンヌでも、これ耐えることが出来ない…
「反論したいならすればいい。けど、お前だって分かってるんだろ?俺の言ってる事が、正論であることぐらい。」
「えっ…」
そんな言葉に、ジャンヌは口を止めた。無意識な何かが、彼女の行動を遮ったのだ。
「…お前の霊力。あんなにもぐっすり眠ってたからかなりの霊力が流れ込み、作り出され、それ相応の回復をするはずだった。…が、結果は違った。」
修也は手をゆっくりと持ち上げて、掌の上に純粋な霊力の塊…霊弾を作り出す。
「お前の霊力は、長時間の休息を取り
「…そんな…」
ジャンヌは、今まで気にしていなかった、自身の内包霊力量を確認し…そして。力なく膝から崩れ落ちる。
修也は握りつぶすように、霊弾を自身の中に吸収した。そして、腰に手をやり座り込むジャンヌを見下ろす。
「…理解出来ただろ、今の自分の状況を。」
その言葉に、ジャンヌは悔しさのあまり唇を噛む。意味の無い行動であることは分かっていたが、しかしそうせざるをえなかった。
3人の間を、どこか冷たい風が吹き抜けた。
一方、その頃…
「今日は御足労願い感謝します、雨久さん。」
そう言って、現フランス女王・サレスは椅子に座り込む。
「いえいえこちらこそ。我々をこのような高貴な所をお招きいただき恐悦至極。女王陛下の慈悲、しかと受取りました。」
サレスの目の前に立つ人物はそう言って手を胸に置き腰を折り、一礼する。
「世辞はいりません。…座りなさい。」
「はっ…失礼します。」
サレスに促され、男は向かいのソファに座り込んだ。サレスは側近から書類を受け取る。
「しかし、まさか反乱軍の者共が侵攻のタイミングを早めてくるとは…」
「別に、そこまで驚くことではないでしょう。相手は悪霊。それも英霊が加わっているのです。計算通りに動くことはほとんどない。むしろ想定内だわ。それに…」
サレスはチラリと男に視線を向けた。
「あなたの部隊なら対処することも可能でしょう?」
そんなサレスの言葉に、男は自信満々の笑みを浮かべた。
「…ええ、もちろん。」
男の名は、
霊使者協会ランキングはA級6位。
協会をとりまとめる五元老の1つ、雨颯家直属の傘下家系でもある雨久家の現当主である。
その実力はかなりのもので、派遣されたフランスで現地の霊使者達をとりまとめる《監督官》を任されている。
齢30代後半で妻子もおり、まさしく《勝ち組》とも言える男である。
「…それにしても、随分と情報が早かったですね。我々が見張らせているので、相手もかなり慎重に動いていたのに…まさか軍の方々が先に気付かれるとは。」
「いくら我々でも戦力は劣るにしても、統率力はあなた方に引けを取りません。偵察など、我々のお手の物です。」
そう、サレスの横にいたウィリアムが真剣な面持ちで告げる。それに、康文は「なるほど…」と言いながら納得していたが…
「本当にそうかァ?」
…康文の横に座っていた長髪の人物がそれに、そう反応する。
「…なにか?」
サレスはその人物に横目で意識を向けて、そう問い返す。長髪の人物は喉を鳴らして笑い、問う。
「この任務には
長髪の人物はじろりとサレスの顔を覗き込んだ。
「…まさか、アンタらが匿ってる訳じゃねえよなァ?」
その問いに、サレスは黙り込む。そして、軽くため息をつくと…
ビュオッ!
「…!!」
同時に長髪の人物の前をウィリアムの引き抜いた剣が走り後ろに飛び退る。
「野蛮人が…無礼を知れ…!」
「んだよ爺さん…死にてえのかァ…?」
2人は一定の距離で睨み合い、凄まじい量の霊力が応接室を揺らす。各々の武器に手をかけ、そして…
ヒュッ
「…!」
長髪の人物の首元に小さなナイフが突きつけられる。
見るといつの間に移動したのか、康文が後ろから自身の武器を突きつけていた。
「おい、暴れるなと言ったろう。ここは戦場じゃない。それも一国のトップの前だ。これ以上雨颯家に恥をかかせるな、氷牙…。」
康文の静かな、しかし重圧のある声に、構えていた氷牙と呼ばれた少年は、先程が嘘のように霊力を引っ込め「へいへい」と軽く返事をしながら、再度ソファに座り込んだ。
その後、康文は深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。ウチのダメ息子が…再度教育しますので…」
「…問題ありません。先に仕掛けたのはウィリアムです。こちらからも少しきつく言っておきます。」
そう言いながら、サレスは視線を書類に戻した。
「それよりも、書類からは戦力は充分に揃っていると取ってもよろしいのですね?」
「え、ええ…。」
「ならばもう問題ありません。これ以上話し合うことはないわね。退出しても構いません。…私達の国の守護、お任せ致します。期待してますよ。」
そんなサレスの言葉に、康文は一礼して答える。
「ハッ!必ずや!」
それに、サレスは無表情のまま、頷いたのだった…
「どう思われますか?修也殿のこと…」
「どうもこうもないわ。我々には彼に頼るしかもう手はない。いくら霊使者が力を集めても急造のものでは英霊に勝つことは不可能に近いのだから。」
「…しかし…」
ウィリアムはひとつの書類を手に、少し言い淀む。それは、修也が作り出した使い魔に運ばせたひとつの手紙。それには反乱軍の侵攻開始日の変更と、英霊ジャンヌ・ダルクの保護の成功の旨が書かれていた。そして…
「…侵攻開始に間に合わないのは、まずいのではないですか…?」
「…」
それには、《ある事情》で侵攻開始に間に合わないかもしれない、とも書かれていたのだった。
それに、サレスは苦い顔をする。
しかし、信じることはやめない。今は彼の力と、英霊ジャンヌの力のみが頼みの綱なのだ。信じることしか手はない。
「さあ、フランス史上最大最高の博打打ちの始まりよ…!」
「…変わりません。」
「…なに?」
ジャンヌの吐いた言葉に修也はピクリと片眉を動かし、反応する。
ジャンヌはゆっくりと立ち上がり、そして修也をまっすぐ見据えた。
「私のすることは変わらない、と言ったのです。確かに、今の私は戦力としてはちっぽけなものかもしれない。だけど、
「そんなことは俺が認めない。それはお前の命を軽々と相手に渡して強化してるようなもんだし、何より下手をすればお前の命をなんの意味もなく犠牲にすることになる。」
「それでもいい!それが、
「ふざけんじゃねえッ!!」
修也の怒号が響き、彼はジャンヌの胸ぐらを思いっきり掴む。ジャンヌの顔を自身の顔に引き付けた。
「お前それが自己犠牲だとか時間稼ぎの囮だとか思ってるだろ!?けどそれはそんな格好いいもんじゃねえ!ただの《無駄死に》だ!」
「べ、別に私は…ただ出来ることを…!」
「あいつらに降ることがか!?なら教えてやる!その行動に意味はねえよ!それは生きること、戦うことを放棄した奴がやることだ!」
修也は声量を落とさず叫び続ける。彼が声を発するたび周りの木々が震える。
「大体な、お前が降って時間を稼いで、それで終わりだと思うなよ!お前が降れば間違いなくジルの野郎はお前を
そこで、流石に疲れたのか修也は一呼吸置く。そして、先程とは二段階ほど静かな、しかし確かな声でまた話し始める。
「…お前の命はもうお前の価値観だけで使える様なもんじゃねえんだ。それだけ、お前の力は世界に影響を与える。それに…」
修也は胸ぐらを掴む力をさらに強める。少しだけ、ジャンヌの服が破ける音がした。
「お前が自分を犠牲にすることが神様に与えられた人生だと…使命だと……?そんな奴が神様なら、俺が神を否定する!お前は霊とはいえたった一つのかけがえのない命に変わりはないんだ!…そんな生き方は、命の使い方は、俺が
そう吐き終えると、修也は少し俯き荒く息をする。まるで、その内に溜まっていたもの全てを吐き出したかのような言葉の奔流を受けて尚、ジャンヌの顔は穏やかだった。
そして、胸ぐらを掴んでいた修也の手を、両手でそっと包み込む。
「……あなたが本気で私のことを気にかけてくれていること、痛いほどわかりました。あなたの今までの人生は知りませんが、あなたのその生き方は間違っていない。それだけは、よく分かります。…しかし…」
そこでジャンヌは包み込んだ両手に力を入れる。それは、英霊にしては弱々しく、女の子らしいものであった。しかし、彼女の苦悩が現れるかのように震えていた。
「…ならばどうしろと言うのです…!今の私は本来の力を発揮できない。この国を守りたくても、それを出来る力がない…!私には…この手しか…」
ない。そう言おうとしたジャンヌの口を、修也の空いている手が塞いだ。
修也は、俯かせていた顔を上げる。そして、告げる。
「…手ならある。」
修也はジャンヌから手を離し、地面に下ろした。
「…付いて来い。」
修也はそれだけを言って静かに雑草を踏みつけながら、木々の合間を縫って歩いて行く。そしてジャンヌも最初は止まっていたが、後ろにいた天乃に背中を押されて一緒に歩き始めた。
…しばらくして、修也は唐突に口を開いた。
「ジャンヌ、お前俺が寝る前に言った言葉、覚えてるか?」
「え?…えーっと…」
ジャンヌは修也の言葉の中で、気になった部分だけを抜き出した。
「《それに俺が起きたら一緒にやってもらうことがある。出来るだけ休息は取っておいてくれ》。…そう言ってましたよね。」
「…よく俺の言って欲しいセリフを1発で抜き出したな。…まあいいや。」
修也はなおも足をとめない。
「まさか、今はそれをするための場所に向かってるの?」
「勘のいい奴が二人もいると俺のセリフが無くなるな。」
天乃の指摘に修也は遠回りな肯定をした。
「流石にその話の流れで、今移動しているとなるとそれしか考えらんないでしょ?」
「あー、はいはい。そうですねっ…と。」
修也はそう言って最後の雑草を掻き分けて、剥き出された砂地に足を踏み出す。
それに続いてジャンヌと、天乃も足を踏み込んだ。そして…
「こ、これは…!」
「…ッ…!」
そこに刻まれた《呪印》らしきものを見て、2人は驚きに表情を染めた。
それは、あらゆる知識書を読み尽くした天乃にすら理解出来ない複雑な刻印。それが赤々と光を発して日中ながらも闇に落ちた木々を照らしていた。
そんな、血液にも似た色の光に照らされながら立つ修也の髪とコートを吹き抜ける風が揺らした。
そして、一言。
「…さあ、
さてさて、少し間が開きましたがどうでしたか?
面白かったら幸い…というか俺の中ではかなり面白くしあがったかなーと。まあ全然進んでないけど。
それでは感想と評価オナシャス!アデュー♡