聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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フランス、ミディ・ピレネーの北部にある住宅街。そこは全て、ある《集団》に占拠されていた。
今では国だけではなく、世界的ニュースにもなっている反政府派組織《聖旗軍》。
住宅街の中にある、最も大きな家屋では毎週のように聖旗軍幹部による活動報告が行われていた。
「…報告は以上です。元帥殿。」
「…ご苦労様です、皆さん。」
元帥、と呼ばれた長髪の男は粘着質な笑みを浮かべて礼を言う。
「元帥殿、期限の日まで残り三日となりましたが、王家はどう出るのか…貴方様はどのようなお考えであの脅迫文をお送りになられたのですか?」
長髪の男は立ち上がる。
「ン〜フッフッフッ、簡単な事ですよ。王家は誰も公開処刑などしない。それは予想通りです。もし万が一、実行されたとしてもそれはそれで好都合です。本当の目的は…」
長髪の男は近くの机に置いてあったチェスの駒の白キングをステージ外に出す。
「我々とあちら側が戦争を起こすとなると、恐らくあちら側は劣勢となり、負けに傾き、兵が来ると必ず裏口から逃亡しようとするはずです。もちろんその時は逃げ切れると、安心しきっているはず…」
今度は黒のビジョップとナイトをステージ外の、白キングの周りに置いた。
「そこを叩くのです。人は恐怖に忠実。生き残るためなら敵前逃亡もやむなし。これが確実でしょう…」
「なるほど…さすがは元帥殿だ!」
「奴らが逃亡した時のことまで作戦内容に入れてるなんて…なんて深い考え!」
「やっぱ俺達のリーダーはあんたしかいねえよ!」
日が沈む中、1つの家屋から歓声が町中に響き渡る。その歓声を背に、長髪の男は沈む日を見つめた。
「今日は解散とします。出て行きなさい。」
「はっ、元帥殿!また明日!」
「「「また明日!」」」
軍隊のような敬礼の後、男達は去っていく。誰もいない部屋で、長髪の男は1人佇む。
その顔には、聖旗軍メンバーには見えぬ角度で…恐ろしいほど悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
『…ま、ただの建前ですけどね。フランス王家などというものが気に入らないのは確かですが…私としては何より…』
その笑みは、さらに濃く、深くなって行く。
『逃亡時に襲った時の顔を…絶望に満ちた顔を見たい!震える唇!眉間によるシワ!…そして、恐怖によって縮まる瞳孔!その全てが揃う時…私は何よりの快感を覚える!』
男は自分で自分を抱き締めた。
『嗚呼、見たい!絶望の顔を!既に何人かの者で試しては見るもののどれも私の欲を満たしてはくれない…!やはり断続的な恐怖では人は慣れてしまう。僅かな希望の後に、絶望に突き落とされる!これこそ至上!少年ならば尚よし!』
男は想像だけでイキそうになる。脚が震える。
これが、この男…英雄《ジル・ド・レ》の本性。口では上手いことを言いながらも、心の中では他人のことなぞ考えていない。全ては自身の性的欲求を満たすためだけに行動している。
『あの者達は実に使えそうです。ま、せいぜい良いように使わせてもらいましょう。』
ジルは、そう考えてニヤリと笑う。その笑みは、なにか良くないことが起こるのを予感させるには、十分すぎるほど邪悪なものだった。


第14話 意味

「今のフランス王家って、つくづく面倒な家系だよなぁ。」

修也の呟いた言葉に、天乃は怪訝そうな目を向けた。

「いきなりどうしたのよ。とうとうとち狂ったかしら?」

「いつも思うけどお前俺の事変人扱いし過ぎだろ。」

「違うとでも?」

「違うわ。」

天乃が眉をひそめて問うと、修也は即答でそれを否定する。

天乃は手にある本に目を戻しながら、ため息をついた。

「ま、いいわ。それでどうしたの?王家のどこが面倒な家系なのよ。」

「家系の歴史に決まってんだろ?」

修也は何気なしにまたもや即答する。

「えーっといつだっけ…あ、そうそう。1789~1799年まで起こったフランス革命で王のルイ16世とマリーアントワネット。あと王家のほとんどが斬首されたわけだろ?そんな中、当時フランスと霊使者協会の唯一の繋がりだった今の王家…ヴァルトレン家も処刑されそうになった所を当時の使媒頭様が国民を説得して何とか生き残ったんだっけ?そんで今は王と王妃っつう座に落ち着いたと…面倒くさくね?」

修也の言葉に、天乃はフンッと鼻を鳴らした。

「そこまで面倒かしら?結構わかりやすくて端的だと思うけれど…要は霊使者協会が他国との仲人としては当時の王家のポジションに立つような家系の人達が必要だったからフランス国民を説得したってだけでしょ?」

「今の王家はほとんど政治的権限ないらしいし」と、天乃は付け加えるように呟いた。

「そこだよ。今は王家に権限なんてほとんどない。なのに政治的地位は《国王》っていう座に落ち着いてる。それって本当に身分制廃止されてんのか?」

「そこは気持ちの持ちようでしょ。確かに裕福な暮らしをしてるにはしてるでしょうけど、言ってしまえば大臣なんかの官僚とほとんど同じくらいの生活だからね。印象としては、《ちょっと金持ちのお隣さん》ぐらいの感覚なんじゃない?それに日本にだって天皇皇后陛下はいる訳だし?政府的にも霊使者協会みたいなよく分からない団体の窓口があるのは何かと便利でしょうしね。」

「ああ、全くその通りだ。よく分からない団体の次期頭領様。」

「あなた次言ったら首から上が無くなるからね?」

突きつけられた剣に、修也が降参するかのように両手を上げる。

天乃が剣を下ろすと、二人は同時に大きくため息をついた。

「…なんでこうなったかな。」

修也は真上に広がる満天の星空と、横目で見える明かりの着いた建物を見て呟いた。

「…あなたのせいだけどねー…」

「言うなよ、虚しくなるだろ…」

修也に振り回されたことで疲れたのか、力のない天乃の声に、修也の声が重なった。

二人が野宿するハメになった、そのあらましを簡単に説明しよう…

 

まず、ジャンヌ・ダルクらしき英霊捜索の命令を出されたあと、修也達はかつて英霊級の霊力を観測した事と、それを観測した場所の地図を受け取る。

ちなみに、ジャンヌ・ダルクという確証はどこにもない。ただ、発生源が彼女の生まれ故郷である、ドンレミ=ラ=ピュセルの近くだったから、そう仮定した。

ただ、この依頼で難しい点が観測したのがおよそ3年前であるということ。

それまでは、現地の霊使者達が大部隊を率いて血眼になって探したものの、見つからなかった。

ま、そんなこんなで3年経ちまして、今のような大ピンチになったと。何故今頃探してくれと言い出したかと言いますと、英霊とね、英霊をぶつけると、もしかしたら勝機が見えるかもしれないとそういうことですね。

まったく、都合のいいことをおっしゃいますわ。

すると修也君がね、「今から行ったら時間短縮になるだろう」と言ったわけです。もちろん天乃はそれに賛成。2人は王家の方々に惜しまれながら転移したわけです。

…ここで問題発生。

もちろん転移霊術を使うのだから、普通なら人気のない周りの森なんかに転移すると思うでしょ?

…これが盲点。天乃は修也を信頼するべきじゃなかったね!なんとこの男。わざわざもらった資料に書かれた座標きっかりに転移した。そりゃあ村の真ん中に当たるわけだから人には丸見え。農作業してる人なんかいきなりいきなり目の前に人が現れるんだから腰を抜かしても致し方ない。

まあ、何やかんやありまして、修也と村長の言い合いの結果、修也なんと引き下がり、妖術の使い手という認識のまま野宿させられたわけです、ええ。

二人は夜を外で過ごすのであった…今宵はここまで(シャーー……)←幕の閉じる音

 

「で、これから何か策はあるの?とりあえずドンレミ村に入らなきゃジャンヌ・ダルクらしき英霊を探すことも出来ないんだけど?」

天乃の問いに、修也は焚き火の上で吊るした鍋の中身をかき混ぜながら返答する。

「あったらもう実行してるよ。ないからこうして村の近くで火ぃ炊いて飯作ってんだろ。」

「…むしろフランスの存亡を賭けた依頼を既に失敗しかけてるこの状況でご飯を作ってるならかなり異常だと思うけれど?」

「腹が減ってはなんとやらだ。…ほれ、できたぞ。」

修也は野営用の簡素な皿に鍋の中身を注いで、丸パンと共に渡す。

「ありがと…」

天乃は素直にそれを受け取って、スープをスプーンで掬い、啜った。

「…おいしい。」

スープの具は、非常食の香草と干し肉という簡素なものだった。しかし、しっかりと味がついており冷えた体を芯から温める。

「…相変わらず、女子力高いわね。」

その言葉に、修也は苦笑する。

「ウチは、爺さんも翠も家事できねえからな…お袋が死んでからは、俺か家政婦が作るしかねえんだよ。」

「ああ、そういえば家政婦さんが居たわね、あなたの家。…ちゃんとご飯いらないって言ってるの?」

「今あいつ有給消化中だよ。…ていうかなんも言わなきゃいつまで経っても休まねえから、無理矢理有給命令出したんだけどな。」

「あの子真面目だものねー…ちなみに、何日?」

「桁が違う。4()()だ。出したのが3月の頭とかそこら辺だから…もうそろそろ出禁解除される頃だろ。」

「…あなた、出入り禁止にしてたの?家政婦なのに…」

「そうしないと家で家事やるんだもん、あいつ」

そんな言葉を、ため息と共に吐き出した。

その直後、修也のポケット内から振動が彼の体に伝わる。

「メール?」

修也はロックを解除して、メールを開封した。それは、新からのメッセージだった。

《やっほー!久しぶりの大型任務ハッスルしてる?ま、君のことだからどうせまた無茶して天乃君を困らせてるだろうけどね!ちゃんと任務完遂して戻ってくるんだよ!》

「…あいつ…」

その文面に、修也は苦笑した。

新は、修也の事を修也以上に理解している人間の1人だ。おそらく、修也が色々やらかしていることを考慮して、このメールを送ってきたのだろう。

「…これだから、あいつは嫌いになれねぇんだよな…」

凄まじい予想と洞察力、そして友や仲間を思う気持ち。それらを有すが故に彼についていくものは多いのだ。

「…頑張らねえとな。」

彼はスマホを閉じようと…

「…ん?」

したところで、気づく。新の文面には、まだ続きがあったのだ。修也は指でスライドし、長い間の後、その言葉を見つけた。

《そうそう、最後に君にこの言葉を送ろう。【虎穴に入らずんば虎子を得ず】》

修也はその言葉に、新からのメッセージらしき何かを感じた。その文の真偽は、なにかまだ分からない。だが…

「…ま、なんもしなけりゃ始まらねえわなぁ…」

そのメッセージは、修也の背中を静かに押す。

ワンテンポ置き、修也は腰のポーチから折り畳んだ紙を取り出す。それを見事な手際の良さで広げていく。

天乃もそれに合わせて手に持つ本を霊術で作った異空間に収納した。

フランスの国土を示した地図のようであるそれの、南側を修也は赤いペンで囲んだ。

「まず俺が今調査したい場所だけど、この国に来た時に感じたデッカイ霊力の塊…それに近いここら一帯を調べたい。」

「それはいいけど…ここは聖旗軍の縄張りよ?敵の本拠地に乗り込むことになるけどそれはいいの?」

「…そこが問題なんだよなぁ。俺ら2人は多分前の戦闘で聖旗軍に顔が割れてる。そんな奴らが街中堂々と歩いたり聞き込みとかしてたら大問題だし、普通にコソコソやったとしても見つかったら敵軍一気に攻め込んでくるだろうしな…やるにはリスクがデカすぎんだよな。」

修也は頭を掻きながら呻く。

基本的な霊使者の心情…心構えと言うべきか、彼らは任務中の《一般人への攻撃》は厳禁としている。それは修也も、次期頭領である天乃すら例外ではない。勿論、自分から向かって来る奴は気絶させるなどすることはあるが。しかしまぁ、2人があまり一般人と戦いたくないのは変わらないわけだ。

修也はしばらく考え込んでいたが…

「…うん。」

数秒後、一つの案を提示した。

「ここからは別行動にしよう。」

その言葉に天乃は驚きに目を見開き、すぐに苦笑する。

「…また随分と、思い切ったわね…一人で敵の本拠地に乗り込むなんてリスクが増えるだけじゃない?」

修也はそれに首肯で答える。

実際、一人で行動するという事は動きやすくなるというメリットと同時に、戦力が減少、下手すれば半減以上ということもあり得る、危険な行為なのだ。

しかし…

「けどま、これが一番いい方法なんだよ。隠密行動は1人の方がやりやすいしな…」

そう言いながら修也は地図を折り畳んで腰のポーチに戻す。

「あと、当然だけど南には俺が行く。」

「え…!?ちょっ、ちょっと!勝手に決めないで…!」

修也の決定に猛抗議しようとする天乃を、彼は呆れた目で見つめた。

「お前なぁ…まだ未決定とはいえ協会の次期トップなんだろ?これは命を落とす可能性が高くなる賭けみたいな案だ。そんなんに首突っ込んで死ぬなんざ笑い話にもならねえ。俺が言えたことじゃないけど…お前は俺以上に自重しろ。」

修也の言葉に、天乃はぐうの音も出ない。彼の言葉は全て正論だった。その言葉が彼女の主張を全て押しつぶす。

『…私、今回の任務で何も出来てない…』

首を俯き、気を落とす天乃の姿を見て、修也はため息をつく。

「…勘違いすんなよ。別にお前が邪魔な訳でもないし、役に立ってないわけでもない。これが一番合理的ってだけだ。…それに、お前今まで団体任務しかやった事ないんだろ?なら、まだ慣れてる俺の方がまだマシってだけだ。」

修也の慰めに、天乃は「うん」と返事はするが、まだ納得していない様子である。修也はもう一度ため息をつくと、立ち上がり置いていた刀を腰に差す。

「お前にはジャンヌ・ダルク…らしきものだけど、それを見つけたら…っていうか戦争が始まったら色々やってもらうことがある。その時に役に立ってくれたらそれでいい。…それでも嫌だってんなら今すぐ日本に叩き返す。…どうするか今すぐ決めろ。」

修也の最後の言葉に、天乃の体が一瞬震える。その後しばらく震えていたが…

すぐに地面を叩いた。そして凄い勢いで立ち上がる。

「あー!もう分かったわよ!私はここで待ってればいいんでしょ!何よもう、そんなの間接的に『この役立たず』って言ってるようなものじゃない!」

「いや、ちが…」

「違くないわよ!ほんっともう、それなら直接言ってくれた方が良かったわ…!…ただし!」

ビシッと天乃は修也の顔を指さした。

「あなたに手柄を全部取られるのは癪だから私もこの村周辺を捜索させてもらうわよ!それぐらいはいいでしょ!?ちなみに拒否権はないから!」

「……」

嵐のような天乃からの主張に、しばらく修也は呆気に取られていたが…

「プッ…ククッ…はははっ…」

…何がおかしいのか、唐突に笑い声を出す。天乃は首を傾げる。目元に涙を浮かべ、修也は言う。

「いや…やっぱりお前はこうでなきゃなって思っただけだよ。そんでその怒り方見てると、昔のことも思い出してな…いやー、笑った笑った。」

「ちょっと、昔は関係ないでしょ!」

天乃の軽い拳が修也の腹に当たる。それを修也は笑って受けながら、呟くように囁く。

「さて、ここからが本番だ。しっかりと調査してくれよ、天乃?」

「フン、それはこっちのセリフよ。範囲が広すぎるなんて理由で見落とさないでよね、修也。」

「あぁ、勿論だ。」

そう言って、2人はハイタッチを交わす。軽やかな音が鳴り響き、その直後2人は別の方向に向いた。修也は南に天乃は北に。それぞれ足を踏み出し離れていく。

修也は森に入った直後に転移霊術を起動、目的地近くまで転移する。天乃は1歩1歩静かに踏みしめて次なる目的地を目指す。

…そう、全てはフランスの、フランスに住む人々のために。

彼らの命を賭けた戦いの本番は、ここからなのである。

 

 

フランス南部 郊外

 

修也は静かな、暗い森を炎の霊術を使って照らしながら歩いていく。ここはフランス南部、ミディ・ピレネー地域圏の中にある小さな森。そこに修也は一人でいる。

勿論夜の森ゆえ人は少なく、彼も一抹の寂しさを感じずには居られない…

「いやー、このような雰囲気は落ち着くな!夜の静かな時間というのは実に素晴らしい!」

「そんなこと感じてんのはお前だけだよ、琥珀。」

修也は面倒くさそうに返答する。

彼の相棒であり従霊…琥珀は修也に振り向きながら器用な後ろ歩きで話す。

「しかし…我が主よ。1つ聞いておきたいことがあるのじゃが…」

琥珀の言葉に修也は横目を向ける。その反応に…琥珀は、どこか悪鬼めいた笑みを浮かべる。

「…お前様、この任務について、一体あの小娘に何を隠しておる?」

「……」

その問いに、修也は答えない。ただただ、前を向き森の中を前進していく。

《小娘》、というのは勿論天乃のことである。彼は絶対の信頼を置かなければならない相手に隠し事をしていると、琥珀は言っているのだ。

「そりゃあ、誰にだって隠し事はあるもんだろ?ましてや異性に知られたくないことなんて山程…」

「誤魔化すな。」

茶化そうとする修也の目を、琥珀は鋭い視線で射抜く。

「わしは真剣に問いを投げておる。それに不真面目な回答をぶつけるなど…主であっても許すことはできん。」

その、吸血鬼の王に相応しい冷たい視線に…

「……」

琥珀は本当に真剣なのだと、今更ながらに彼は気づいた。おそらく、琥珀は修也が真剣に答えるのを待っている。しかし、彼は…

「…フフッ…」

答えるのではなく、少しの笑みを漏らした。

その様子を見た途端、琥珀の霊力が跳ね上がる。どうやら、戦闘態勢に入りかけているようだ。

「…何がおかしい」

あまりの気圧に、周りの木々が軋む。髪がどういう原理か、僅かに浮いていた。

普通のものなら、その霊力の圧力のみで気絶するであろう中、修也は「いや」と笑いながら返す。

「お前が天乃と仲良くやってくれてんだなと思ったら安心してさ。しかもそんなあいつの身を案じるぐらいに…」

「なっ…!」

その発言に、琥珀の霊力は嘘のように霧散する。そして、誤魔化すようにそっぽを向いた。

「ふ、ふん!わしだってあの小娘の身を案じてはおるが…別に仲良くはしておらん。少しばかりの《助言》はしたが、あくまでやつは他人じゃ。正直、どうでも良い。」

その琥珀の、照れ隠しのような言葉に、修也はニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「んー?じゃああいつの事は嫌いか?」

「えっ…あっ…いや…」

琥珀の、その否定も肯定もできない反応に、修也は笑う。

「あははは。いや、すまん。反応が面白いからついからかっちまった。」

あははははとなおも笑い、涙すら浮かべながら修也は琥珀を見る。そうしていれば年相応の女の子に見える吸血鬼に、修也は笑いかけた。

「…天乃のやつは人から好かれることはあっても嫌われることはそうそうねえからな。あるとしたらそりゃ、家系ぐるみで中の悪ぃやつぐらいだ。」

実際、その通りだった。彼女にはどこか人を引きつけるような魅力がある。かつて、幼い修也はそれを魔眼ではないかと疑った程だ。当然、それには妖が含まれても別に驚くことではない。

その言葉に、琥珀はなおも照れくさげにそっぽを向いている。修也はそれをおかしく思いながらも…しかしすぐに、本題に入った。

「そういや、隠し事の件だが…」

その話になると琥珀は見違えたように首をあげる。普通ならば視認できないほど凄まじい速度で。

「そう、それじゃ!危うく本題を忘れるところじゃった!さあ話せ!全てを!」

「…質問した方が忘れるってどういうことだよ。」

琥珀の言葉に修也は頭が痛そうに抑える。だが、それもどうでもよかったのか修也はすぐに話を続けた。

「…内密に、っていうかあまり知られたくなかったんだが…まあ、記憶共有してるお前に隠すのも無理な話か。」

「どうせまだ見てないんだろうけど」、と彼は呟く。琥珀は妙なところで個人のプライバシーを守るからだ。

「…今回のこのフランスでの任務な、実は俺が前々から天樹に頼んでおいたことなんだよ。」

その言葉に、琥珀は幾許かの衝撃を受ける。それは修也にも伝わっているのか、彼は苦笑した。

「まあ、こんな大掛かりな任務だとは思わなかったけどな…近いうちにフランスでの任務が入るように天樹に頼んでおいたんだ。」

「…何故、そのようなことを?」

いくら記憶や様々なものを共有しているにしても、琥珀には主人の思考ばかりは理解できない。

以前話したように海外からの依頼、申請はそれだけのリスクが伴う。たとえそれを専門とする部隊に属していても、進んで行くものは少ないだろう。

何故彼はそのようなリスクをおかしたのか。彼女にはそれが分からなかった。

「…俺な、人を探してんだよ。」

彼女の主は淡々と話し始めた。

「…この国で、1回だけ。人に助けられたことがあるんだ。俺が罪を犯して、戦えなくなった時に助けてくれた人。」

「身体だけじゃなく、心も助けてくれた」と彼は言う。

「俺が自棄になって、城からこの森に抜け出して…戦えない時に悪霊に襲われた。その時に、彼女は助けてくれたんだ。」

漫画みたいな話だけどな、と彼は笑いながら話す。

「俺は、彼女に礼を言いたい。あの人は覚えてないかもしれないけど、ちゃんとこうして一人で戦えてるって伝えたいんだ。」

その横顔は、いつもの日常生活や戦闘時のような澄んだ大人のものでは無い。どこか、年相応の、子供のような表情で…

 

ピクッ

 

琥珀の耳が少し揺れ、修也も同時に足を止める。そして、周りの草からは複数の音。

「…囲まれたか?」

「…そのようじゃな。」

修也の表情はいつもの全てを射抜くような鋭さに変わり、辺りを軽く見回している。

「10人ってとこか…案外少ねえな。」

「…散らすか?」

動こうとする琥珀。それを修也は手を彼女の前にかざして静止する。

彼女は何故?とアイコンタクトを送る。それに修也はまだその時ではない、と目配せした。

しかし、修也ももしもの時に備えて腰には刀を差している。

2人が止まっていると、囲む複数の中から1人ゆっくりと近づいてくる。それに呼応するかのように修也は1歩前に出た。

修也と男は対峙する。男の髪は金髪青眼、肌は白。なるほど、西洋人ならではの顔のパーツをしていた。

「お初にお目にかかります、霊使者殿。私はアルバ・トゥールという者。一応、聖旗軍幹部の1人となっております。以後お見知り置きを…」

男は1度礼をすると、そう名乗る。

聖旗軍。

今まさに修也達が止めようとする団体の幹部であると彼は言った。

何かの罠か、と琥珀は危惧するが…

「そうか、俺の名は桐宮修也。よければ覚えておいてくれ。今宵は聖旗軍幹部様がなんの用かな?」

そう、何気なく話を合わせた。

『主よ、どういうことだ?ジャなんとかの捜索はいいのか?』

琥珀の念話に、修也は横目でシーッと人差し指を口の前に立てる。そうして…

『ジャンヌ・ダルクな。それと…安心しろ。《予定通り》だ。』

そう、呟いた。

琥珀は、黙る。

主が《予定通り》と言ったのだ。ならば付き合うのが従霊の役目というもの。

「それではキリミヤシュウヤ様…」

「修也で構わない。呼びにくいだろう。」

その言葉に、幹部の男…アルバは少し目線を上げるが、すぐに礼をした。

「それでは…シュウヤ様。我らが元帥、ジル・ド・レ閣下がお目にかかり、話をつけたいとご所望しております。どうかついてきて下さいませ。」

………

…………

普通ならば、罠と思い、誰も行かない誘いであろう。それはそうだろう?何故ならこれは相手の懐にわざわざ入りに行くようなもの。普通ならば、受けるわけがない。

…しかし、忘れてはならない。いまその申請を受けたのは自他共に、長年共に暮らす家族や幼なじみですら認める、超無軌道人間なのだ。修也は、少しの間の後…

「ああ、その誘い喜んで受けよう。」

彼の顔は、真剣さしかなかった。まさに敵地に乗り込む蛮勇そのもの。

しかし…

「フゥ…」

それを見て、琥珀は少しだけ苦笑する。何故なら、彼の今の感情が彼女には手に取るようにわかる。それは…

 

無限の嬉しさと、好奇心。

 

彼の心は踊っていた。今までにないほどに。

「まったく…仕方の無い奴よ…」

そうため息をついてから、琥珀は先に進んでいく主を追いかけた。

 

 




ミディ・ピレネー地域圏の北側。聖旗軍の統括地となっている住宅街のさらに片隅。
そこにあるは小さな小屋と、その前に立つ門番のみ。ここは普段から誰も寄り付かないような場所。そんな所にたつ小屋の中に…
「フゥー…フゥー…フゥー…」
荒い息を繰り返す少女が軟禁されていた。手首は手錠のようなもので天井と繋がれ、足は同じようなもので床に繋がれている。
彼女の髪は暗闇でも差し込む月明かりで金色に光り、白い肌には淡い光が差し込む。そして、その目は儚く今にも消えそうな光が強くまたたいている。彼女は、閉じ掛けのまぶたながらも、ギリリッと歯ぎしりをした。
そして…
「今度こそ…必ず…!」
…そう、呟いたのだった。

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