聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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「…」
天乃は、困惑していた。今の、この状況に。
彼女は、ゆっくりと自分の横に座っている少年を見る。彼は、なんとも楽しそうに目の前に座っている男性と歓談していた。
「まさか修也殿がこのフランスに赴いてくれるとは。いやはや昔を思い出すようです。」
「あははは、俺もだよウィリアムさん。昔って言ったら7年ぐらい前のことか?あなたがまだ大佐だか少将の頃だろ?懐かしいなぁ。」
「そういじめて下さるな!あの頃は恥ずかしきことが最も多かった歳月!私も思い出したくはないのです!」
「よく言うよ、今や大将にまで登り詰めてる人が!」
…………………………
………
笑い合う2人、その光景を見て読者諸君らもこう思っただろう。その場にいた天乃と同じことを…。すなわち…

『……何この状況。』

……と。


第13話 指揮官の正体

「…ちょっと修也、これってどういう状況?まったく見えないんですけど…?」

「ん?」

天乃の質問に修也は横目で見てから答える。

「見て分からんか?フランス大将とただの霊使者が歓談している図…」

「そんなもの見れば分かるわよ!あなたとフランス軍の大将様がなんでそんなに親しいのか聞いてるの!」

少し声を張って、天乃はそこが車の中であることを再認識した。そして、同情する男性に頭を下げる。

「す、すいません…取り乱してしまい…」

天乃の行為に鼻髭と顎鬚の目立つフランス軍大将は笑いながら手を振った。

「いえいえ、そのようなことを私は無礼とは受け取りませんのでお気遣いなく。むしろ辛気臭いよりこちらの方が賑やかで私は好きですな。」

「そ、そんな滅相もない…」

尚も頭をペコペコ下げる天乃に修也はため息をついた。

「許可してくれてんだからそこは甘えとけよ。相変わらず頭が堅いな、お前は。」

「あ、あなたに言われたくないわよ!」

そんなやり取りに、ウィリアムは「ホホホホホッ」と愉快に笑う。

「仲がよろしいようで大変結構。しかしこのような素敵な女性をお嫁に取るとはさすが、陽也殿のご嫡男と言ったところ…。《女性運》は強いようで…」

「な…!」

「あー…」

ウィリアムの言葉に天乃は羞恥に顔を染め、修也は面倒くさそうな顔をする。すぐさま天乃は否定した。

「ち、違います!私達は決して!そんな関係じゃありません!」

天乃の答えにウィリアムはキョトンとした顔をする。

「おや、違うのですかな?」

「違います!私達は…!」

「ただのペア関係だよ。ウィリアムさん。」

天乃の言葉の続きを、修也が口にする。

黙る2人に構わず、続ける。

「悪霊を倒すために一緒に行動してるだけの仕事上の関係だよ。…嫁だなんてとんでもないさ。俺とこいつじゃ立ってる立場が違う。」

そう言って、修也はウィリアムに説明する。

ウィリアムは最初こそ少し黙り込んでいたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「なるほど、勘違いという訳でしたか。これは失礼しました。我が非礼を詫びましょう。」

「い、いえ…そんな…」

「別にあなたは悪くないさ、ウィリアムさん。誰だって勘違いは有り得るからな。」

そう言って、修也は車の背もたれに体重を預けた。そして、少し目を閉じた。

ウィリアムも何事もなかったかのように車内に内接されている机の上の菓子を食べ始めた。

そこで、天乃は自分のみが立ち上がっていることに気付き、すぐに椅子に座り込んだ。

それと同時に助手席の人物がウィリアムに小声で囁いた。それにウィリアムは頷き、2人に話しかける

「御二方、どうやら城に近づいてきたようです。準備をお願いします。」

「あ、はい。分かりました。」

「…早いな…」

2人はそれぞれの反応を見せて、出来るだけ身なりを整える。天乃はのけていた胸当てプレートをつけ直し、修也は赤のコートを着なおした。

車内に、自然と緊張が走り始める。

「ちょっと見てみるか…」

修也が窓を開けて顔を出し、車の前を確認する。すると、白亜の壮大な建造物が目と鼻の先に存在した。

そして、修也はこっそり城の中に存在するオーラの大きさを確認する。簡潔に言うと、オーラは城一個、全てを覆い尽くしていた。

「これが…フランス軍の総量…」

いくら国軍とはいえ、あんな巨大な城一個を覆うほどのオーラの大きさはかなり珍しい。

修也の心は、その光景を見て、静かに踊ったのだった。

 

「ほへぇ〜、相変わらず見事なもんだなぁ。」

「当たり前でしょ、フランス王家の由緒正しきお城なんだから。…と言っても、私もここまで凄いとは思わなかったけど…。」

俺の感嘆の言葉に、天乃が同じように見回しながら同調する。

今俺達がいるのはフランス王城の中。その扉をはいってすぐ横に曲がったところにある小さな部屋。まあ言ってしまえば待合室みたいな所か。

「ふむ…」

俺は目の前の机で皿に飾られた色とりどりの果物たちを見下ろす。なるほど、素晴らしい色彩だ。…無性に腹が減ってくる。

…………………………………

…………………

「…よろしければどうぞ。」

ウィリアムさんの言葉に俺は勢いよく顔を上げた。

その言葉を待っていた!

「あ、いいの?」

「ええ、お客人用ですので。」

「じゃ、遠慮なく…」

無論、俺はドカ食いなんてするわけが無い。さすがにそれを王家の城でやるなど無礼というもの。

1つ1つ丁寧に取って、平らげていく…

「…修也、白々しいのは許してあげるからこんな場所でドカ食いはやめなさい。」

「そんなことはしていない何を言っているのかなAHAHAHAHAHAHA(棒)」

…もちろん、あまりにも速すぎて周りからはドカ食いにしか見えないことなど俺は気にしないが。

天乃は呆れたようにため息をついて、ウィリアムさんに話しかけた。

「やはり今は謁見の許可をもらっているところ、なんでしょうか?」

ウィリアムさんは優しく笑う。

「ええ、そうなりますな。…時間もありますし謁見の理由でもある反乱軍について、少しあらましをご説明しましょう。」

そう言って、ティーカップを置き、話し始める。

「お二人共ご存知かと思いますが、およそ半年ほど前に反乱軍…今は《聖旗軍》と名乗っている者共の原点と言えるものが誕生しました。」

「原点…?そのときは聖旗軍じゃなかったのか?」

「ええ、その時は団体の名前などなく、思想が一緒な者の集まり…烏合の衆だったのです。…ですが、そんな奴らも数ヶ月後には見間違えるほど勢力が大きくなっていました。」

「なるほどね。」

果物の果汁で濡れた口周りをおしぼりで拭く。

「最初は一般人のみだった、普通の反政府派が存在。だがそこまで戦力もなく行うのは多少のデモ活動のみ。政府はそれを特に注視はしていなかった。しかし政府が少し目を緩めた隙にそれが急激に肥大。現在のような武力行使を行うに至る、ってとこか。途中にこじつけも入ったけど大体こんな感じか?」

「反政府派の団体なんて思想によって色々なグループがあるからね。それら一つ一つに同じ数の警備隊を設置するってのも無理な話だわ。政府の落ち度、と言われても仕方ないところはあるかもね。」

「…お前それ王家の城で言うことか?」

話を俺と天乃で簡潔にまとめた。

まあ、さすがにどこの政府でも警備隊とか兵士には限りがある。それをあらゆる主要施設なんかにそれぞれ配置させなければならないため、全てを偵察なんかにまわすのはかなり厳しい…というか不可能に近い。

「やはりこの程度の情報はお持ちでしたか。」

「…まあ、持ってたってより書いてたっての方が近いけどな。」

俺はそう言って軽く笑う。

基本的な情報は天樹から貰った任務書にほとんど書かれていた。聖旗軍の元になる団体が存在していたことなどはさすがに書かれていなかったが。

協会からの基本的な情報にウィリアムさんからの情報を組み入れて先程の仮説を立ててみたわけだ。いやはや、当たってよかった。

「やっぱそいつらが出てきたことで政治なんかに影響あったのか?」

そう聞くとウィリアムは軽く顔を顰めた。

「ええ、それはもう。かつては平穏だった土地でも様々なテロや暴動が頻発。軍は鎮圧にてんてこ舞いです。フランスにいる霊使者に力を借りているとはいえ国民の方が圧倒的数がありますし傷を付ける訳にもいけませんしな。まったく、骨が折れるとはこのこと。」

「大変そうだな。」

あははは、と俺は軽く笑う。それを見て、天乃が俺の脇腹をつつく。

「ちょっと、他人事みたいに言わないの。私達もその戦場に行くんだからね。」

「…人の現実逃避を邪魔しないでくれよ。」

ただでさえ復帰初の大型任務だってのに…なに?いきなり1つの国の国民鎮圧させろって?複雑だし大変だ。

「…勘弁してくれよ、まったく…」

俺は目の前のティーカップに注がれた林檎の匂いがほのかにする紅茶を少し啜る。

『…ちょっと王様か現地の霊使者のお偉いさんと話し合ってみるか…』

人を宥めるとか、暴動を無傷で鎮圧するとかそんな統率力云々が試される任務は俺には向いていない。ただでさえ一部隊を指揮するのを回避するために、この役割に就くと決めたのだから。それだというのにいきなり(指揮官とかはないにしても)人を諭したりする役目を任されたりなどしたら、俺がリスクを犯している意味が無い。

さすがにないとは思うが、可能性は捨てきれないのだ。

「それに国王様にも多少なりとも影響が及ぼされましてな。少し慎重になられたと言いますか…以前は許可証の真偽を確認し、数回の指紋認証で通していたのですが、今はそれを十数回、時には数十回も繰り返す始末でして…」

「人は恐怖に忠実だからなぁ…」

反乱軍なんていたらそら臆病にもなるわな。

「まあ、あなたって傍から見たらチンピラだものね。」

「いや、多分疑われてるの俺じゃなくてお前だから。一応俺王様と顔見知りだし。」

俺からのカウンターに天乃が雷に撃たれたかのような顔をする。あまりに面白かったので写真に収めてしまった。もちろん、天乃は気づいてない。

「普通にショックだわ…!修也よりも怪しいという扱いを受けるなんて…!」

「お前俺の事どう思ってんの?」

まるで変質者のような扱いを受けてる俺の方がショックだよ。

「あなた自分の格好見てからそれ言いなさいよ!それで戦場に行くなんて軽い変態よ!?」

「うるせーよ!人の一張羅馬鹿にしてんじゃねえぞ、このツルっぺた!」

「ちょっ!それどう言う意味よ!」

「今その顔を下に向けて見下ろしたらわかるだろAカップ(ボソッ)」

「あ、あなた!どこから知ったのよ!」

自分の的確なバストサイズを当てられたことにより、天乃は顔を羞恥に染めて叫ぶ。

俺は茶を飲み下して、呟く。

「天樹が嬉々として話してたぞ。あいつ女の服の上から胸見たらバストサイズ分かるんだってさ。」

「何そのいらない才能!…ていうかあなたも忘れなさいよ!むしろここで記憶消してあげるわ!」

「仕方ねえだろ無理矢理聞かされたんだから!…あ、こら、ちょっと待て!お前どこ触って…いやぁぁぁぁぁあああ…!」

「紛らわしい言い方するんじゃないわよ!」

2人はソファの上で取っ組み合う。

時折聞こえる男の悲鳴と騒がしい物音。

それらは、迎えの者が部屋に来るまで止まなかったそうな。

 

「嫌ああああああああぁぁぁ!私は会わないわよ!客人になど会わない!こんな状況で私に会おうなんて物好き、敵か暗殺者か悪霊ぐらいよ!」

「ちょっ、王妃よ!落ち着いてくだされ!…それら全て敵でございますぞ!」

城内の奥。どの部屋よりも大きく、美しく、壮大な部屋にそんな悲鳴にも似た声が響き渡る。それの発生源は、階段を登ることで辿り着ける、一層際立つ一つの椅子…玉座の前にいる女性だった。その様子を見て、入ってきた3人はそれぞれの反応を見せる。

ウィリアムは「やれやれ」と言いたげに首を振り、天乃は緊張と困惑が同時に来ているのか面白い顔をしている。修也に関しては見てすらいなかった。眠たそうに瞼を閉じかけている。

天乃は必死に悲鳴をあげる女性の全体を何とか確認する。

年齢は40代と言ったところだろうか。薄いが顔にシワが走っている。しかし尚も美貌は健在で、かつてはどれほどの麗人だったかが見て分かる。装飾品は少しのネックレスと左手薬指に填めた指輪のみ。体は所々宝石が縫い合わされた豪華な服に包まれている。そして、最後に頭の上のティアラに目がいった所で、女性が叫ぶ。

「おい、貴様らァ!」

「は、はい!」

天乃は背筋を伸ばして返事をする。

「ええい、礼儀正しくしても無駄よ!あなた達があいつらの刺客であることは分かっているわ!さあ、正体を…!」

「落ち着いてくだされ、サレス王妃。」

王妃が言い終わる前に玉座の後ろから人影が現れる。よく見ると、玉座の後ろには四角い出入り口のようなものが存在した。

『あっ、あそこから出入りするのね…』

初めて知ったことに、天乃は少し興味を抱いた。しかし、それもつかの間。またもや声が響く。

「参謀、何故止めるの!?あんな街のチンピラみたいな格好をした者が、暗殺者じゃなくなんだと言うの!?ちょうど横の女性も軽装で動きやすそうだし!」

「酷い言われ用だな…」

修也は頭を掻きながら面倒くさそうに呟く。

「お気を確かにお持ちください、王妃。彼らは敵ではありません。」

ウィリアムが前に出て弁明しようと試みる。王妃と呼ばれる女性は彼らを直視した。

「確かに男性の方は趣味の悪い格好をしており、女性の方は暗殺に適した格好をしておりますが…」

「いや、あんたも大概の言い様だな。」

修也からの待ったがかかるが、ウィリアムは気にせず続ける。

「お二人共我らフランス国軍の助力のために参上して下さった方々です。そして…」

ウィリアムは修也に目を向けるよう進めた。

「彼は、陽也殿と修那殿のご子息でございますぞ?」

ウィリアムの言葉に王妃は驚きに目を見開く。修也の脳天から爪先を何往復も見つめる。そして…

 

…ドンッ!

 

凄まじい音と共に玉座からその姿が掻き消えた。と、同時に天乃の横から凄まじい風圧が襲い掛かる。あまりの衝撃に部屋に飾られている絵画が揺れている。

しかし、王妃はそんなことには興味もないのか…

「えーーーー!本当に修也君なの!?身長とか声とか全然違うじゃなーい!…かなりお父さんに似てきたかしら?」

「……3年もあったんだからそりゃ変わるだろっ…」

修也は苦しそうに呟く。王妃は彼の頬を引っ張ったり、思いっきり抱きしめたりしていた。

「…うん、確かに目と髪の色。それに引っ張り心地とか抱きしめ心地は修也君ね…。」

「いや…あんた俺のことどうやって判別してんの…覚え方が特殊過ぎんだろ…ムギュッ。」

喋る途中で抱きしめられて、修也は可愛らしい声を出す。

「あら、口が減らない所も相変わらずね。そういう所もお父さんそっくりだわ…」

「…むぐむぐ…ぐるじい…」

修也は王妃の腕から抜け出そうとするが、彼女の腕力がそれを許さない。ガッチリと彼を捕縛する。

そこで、天乃が何かに気づいたかのような反応をした。

「はっ、そうか…あそこまでのスピードを出してどうやってコントロールしてたのか不思議だったけど、《分子操作》で風属性の筒をターゲットまで作って、その中に入り足裏から風属性をさらにバーストしたのか…。さらに風の壁で急制動をかけて止まったのね…確かに体にダメージはないわ…」

「……あのさ、王妃の行動の内容を解かなくていいから助けてくんない…?窒息しそうなんだ…ムギュッ…」

 

「おほん…お見苦しい所をお見せしましたな。改めて名乗らせていただきましょう。」

そう言うと、玉座の後ろから出てきた老師は修也達に王妃を見ることを促す。

「こちら、第6代フランス国王《ウェールズ・ヴァルトレン》様の妻でおられます、王妃の《サレス・ヴァルトレン》様でございます。」

王妃は穏やかな笑みを浮かべる。

「改めまして…ごきげんよう、お二人共。本日はわざわざ遠い日本からお越しくださり、ありがとうございます。」

「こちらこそ、霊使者協会へのご依頼ありがとうございます。サレス王妃。」

「…ありがとうございます。」

天乃の礼と共に、修也は言葉だけ同調した。

その様子を見た天乃が、修也を横目で見る。

「ちょっと、ちゃんと頭下げなさいよ。王妃様と面向かっているんだからね?」

その注意に、サレスは笑う。

「おほほほほ、良いのよそんなに礼儀正しくしなくても。王妃、なんて言う肩書きもほとんど《名ばかりのもの》だしね。それに…」

サレスは優しい微笑みを浮かべた。

「…そんな状況で彼にまともな挨拶をしろと言っても、無理な話でしょうし。」

「ですねぇ…」

 

「修にぃ、肩車肩車!それに久しぶりに来たんだから高い高いしてよ!」

「だー!うるせぇよロン!今お前の母ちゃんと大事な話してるから後にしろ!」

「ろ、ロン…修也さんに迷惑かけたら、ダメッ…!あ、こら…シクルも修也さんのお召し物を掴んじゃダメ…」

「だー…ぶー…」

 

「この子達は私の子供でね。昔から修也君には良くして貰ってるのよ。」

「…あなたの交友関係ってどうなってるのよ。フランスの官僚さん達と随分友好関係築いてるし。」

「話すと長くなるからあんま話したくねえ…と言いたいとこだけど、まあ隠す必要もないし話しとくか。」

修也は肩に乗る少年に向けていた視線を天乃に移す。

「簡潔に言うと昔から親父がフランスの王様と仲良かったんだよ。そんで俺もフランスに来た時よく顔を合わせたりしてたしな。ウィリアムさんは親父に恩があるらしいし。」

「はい、陽也殿には感謝してもしきれぬほどの恩がございます。その時のことは今もハッキリと思い出せます…。」

ウィリアムの反応に、修也は苦笑する。

「聞いての通りほぼほぼ親父繋がりだ。俺はなんもしてねえよ…ロン、髪を引っ張るな。」

修也は少年に軽く声をかけた。それに少年は楽しそうに笑った。

 

サレスの子供達はそれぞれの場所に座る。

サレスは赤ん坊を抱えながら話し始める。

「任務の話の前に、子供達の紹介をしておきましょう。…アリシア、いらっしゃい。」

「はい、お母様…」

アリシアと呼ばれた金髪碧眼の少女は立ち上がるとスカートの裾を掴んで礼をする。

「アリシア…ヴァルトレン。12歳です。以後お見知り置きを…」

「よく出来たわね。」

サレスはクスリと笑う。

「この子は昔から気が弱くて人見知りでね。第一王女なのだし、もう少ししっかりして欲しいけれど。」

サレスの言葉にアリシアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。あまり人に自分のことを知られたくはないらしい。

「さて、じゃあ次は…ロン、ご挨拶を」

「はーい、お母様!」

言うと、少年は元気いっぱいに叫ぶ。

「ロン・ヴァルトレン!6歳です!一応だいいちおうじ?なんだそうです!」

「…お前絶対第一王子の意味分かってないだろ」

「当たり前じゃん!」

修也の言葉にロンは胸をそって思いっきり威張った。その様子を見て、修也は苦笑した。

「威張らないの。…この子はアリシアと違って元気なのはいいけど少し自由すぎるのよね。もっと自制して欲しいわ。」

「歳を重ねたら自然と身につきますよ。」

天乃の言葉にサレスは「だといいわねえ」と苦笑した。

「それで、この子はシクル・ヴァルトレン。第二王女で、先月1歳になったの。」

そう言うと、サレスは優しい微笑みを再度浮かべた。

「それじゃ、そろそろ任務の話をしましょうか。反乱軍の話はウィリアムから大体聞いたでしょう?」

「ああ、今に至るまでは、な。」

修也の答えに、サレスは頷く。そして、子供たちに話しかけた。

「アリシア、ロン。これから少し難しい話をするから部屋に戻りなさい。ウィリアム、シクルをお願い。」

「承知しました。御二方、どうぞこちらへ」

「えー、修也と遊びたい!ヤダヤダ!」

「ろ、ロン…」

膨れっ面を作ってロンが駄々をこねるので、アリシアが宥めようとする。

修也は苦笑して、話しかけた。

「話が終わったら遊んでやるから。今は部屋でいろ。アリシア、お前も来るといい。」

その言葉に、ロンは満面の笑みで喜んだ。

アリシアも、瞬時に顔に笑顔ができたがすぐに隠すように礼をした。

そんなこんなで、4人は部屋を後にした。

修也は卓上にある茶を啜る。

「…でかくなったな。」

サレスは笑う。

「でしょう?3年もあれば当たり前だけどロンなんて身長がすごい伸びたのよ!?ちょっと感動したのを覚えてるわ…」

「俺もびっくりしたよ…」

修也はティーカップを受け皿の上に置いた。

「子供達もいなくなったし、始めるか。」

「ええ。そうね。」

そう言うとサレスは優しい母の顔でない、鋭い眼光の王妃としての顔になる。その顔は、天乃の背筋に少し冷たい何かを走らせた。

「まずはこれを見て欲しいわね。」

サレスは側近の老師…参謀からあるものを出させる。卓上に置かれた、紙。

「…手紙、かしら。」

「アァ…だな。」

天乃と修也はフランス語の(二人には霊器物の効果で日本語に見えてはいるが)文面に目を通していく。そして…その内容に、目を剥いた。サレスは悲痛そうに顔を歪めて、頷いた。…手紙の内容は、こうだ。

 

《我らは神・イエスの名のもとに愚かなフランスへ粛清することを決めた。卑劣な手で人をも貶めるような国は存在するべきではない。我らの怒りを沈めたいのなら1週間の内に醜き王族を全て処刑せよ。さもなくば、我らは貴国に攻め込むであろう。》

 

「これが送られたのは…?」

天乃の問いにサレスは答える。

「…つい三日前よ。」

「な…!!」

天乃は驚きに目を見開く。そして、焦りを感じる。

「つまりあと三日で戦争が引き起こされるということ…?あの、これ協会の支社には…」

「もちろん伝えてあるわ。もう戦闘体勢を整えていると返事も来てる。」

その言葉に天乃は安心したようにため息をつく。

「よかった…ならあとは住民の避難だけ、ということですね。修也、私達も準備を…」

天乃は珍しく黙っていた修也に声をかけようと横をむく。

…そこには、目を見開いた修也の姿。手紙を見たまま驚きに顔を染め、先程と同じ体勢だった。

「修也…どうしたの…?」

天乃の声に、答えはない。ただ、修也は一言だけ囁くように呟いた。…嘘だろ、と。

天乃はその声に疑問を覚えて修也の視線と同じ場所を見る。どうやら、どうせ知らないものだろうと彼女が見る必要も無いと切り捨てた、差出人の名を見ているようだ。

『一体何が…』

天乃は差出人の名を確認する。…そして、修也と同じようにまたもや驚きに目を見開く。

彼らが驚いた差出人。それは…

 

「ジル・ド・レ……?」

 

天乃は消え入るかのような声で囁いた。

 

ジル・ド・レ。別名《青髭》

かつてはフランスに仕える有能な軍人だった。階級は元帥。救国の聖女とされるジャンヌ・ダルクらと共にオルレアン包囲戦で勝利を収め、《救国の英雄》と謳われた。

しかし、崇拝するジャンヌが捕えられたことによりその性格が一変。錬金術に没頭するようになり、さらに《黒魔術》なるものを扱うためとして、部下を使い何百人もの子供を殺害。さらに性的欲求を満たすために150~1500人もの少年を凌辱、殺害。

最後は首絞刑となり、没落。

フランスの英雄であり、歴史的大犯罪者である。

 

「嘘でしょ…これが本当ってことは…」

天乃は声を震わせる。

「英霊が現れた…ってこと?」

「そうなるな…」

修也は初めて冷や汗を流した。

 

《英霊》

普通の霊では話にならない霊力と戦闘力を有した、規格外の霊のことである。それらは全てかつて活躍した歴史的人物や伝説上の者達であり、一人一人その人物にあった《神器》を所有している。…普通ならば、出現することすらありえない。希少な存在であった。

 

「…それが本当にジル・ド・レ本人なのか、もしそうならこれはフランス最大の危機と言えるでしょう…。こちらにも強力な軍が存在しますが、派遣している偵察によれば、あちらは人と霊を合わせた数万の兵を所有しています。良くて互角…と言うとこでしょうか。」

サレスは悲痛な顔を浮かべて、下を向いた。

「で、ですが…ジル・ド・レが本当に存在するかどうかは…」

「この国に着いた時、とてつもない量の霊力を南側に感知した。…恐らく、英霊で間違いねえだろ」

天乃の考えに、修也は即座に否定を入れる。天乃はさらに焦り始めた。

『ジル・ド・レが本当に存在している…?ならばその配下の霊達もかなり強力なはず…何か手は…』

彼女の思考はさらに加速されていく。

霊使者は悪霊退治のエキスパートだ。霊の倒し方、払い方を最も熟知している。

…しかし、あまりに戦闘能力の離れた相手には戦えないのは人と同じである。恐らく、フランスに居るものだけでは劣勢となる。

しかも、日本から大勢の援軍を転移させてはいきなりの戦力増加に敵が動きだし、避難が遅れる可能性も大いにある。

『どうすれば…』

天乃の思考が絶望に染まりかけた…その時。

 

ダァンッ!

 

凄まじい音をたてて、修也が机を叩く。天乃の思考が一気にクリアに戻る。天乃は修也に視線を戻す。その顔には、冷や汗など残ってなかった。

「まだ終わってねえぞ…」

ただあるのは…昔から見てきた、不敵な笑みのみ。その目は、赤く爛々と光っている。

「なあ、王妃。あんたなんで俺たちを呼んだ…?」

修也は今更な、しかし最も重要な問を口にする。当たり前過ぎて、天乃すら見落としていた盲点。そう、いくら五元老の二家系が二人を殺そうと思っていても、戦争でフランスが堕ちかけているとなれば、話は別だ。それこそ、もう少し大人数の、高ランクの霊使者を派遣するなりしてから、修也達を派遣するだろう。

…しかし、それをしなかった。…つまり、どういうことか。

王妃が、要求したのだ。それだけでいいと。

《桐宮修也とそのペアのみをよこせ》と。そう、協会に依頼したのだ。

「俺たちに依頼したのは《直接的な戦力増加》のためじゃない。…正確にはそれもあるが、もっと大部分を占める大きな理由がある。…それを教えてくれ」

修也の仮説にも似た言葉に、王妃は沈黙する。しかし、すぐに笑みを作った。

「まさか、依頼する前に核心まで行かれるとはね…キチンと依頼するはずだったんだけど。」

「今からすりゃいいだろ、そんなもん」

修也の言葉に、サレスは「それもそうか」と舌を出した。

その直後、サレスは顔を引き締めた。そして、手を前方にかざす。その姿はまさに、戦場にて、命令を下す王そのもの。

「王妃、サレス・ヴァルトレンの名において霊使者桐宮修也、及び…えーっと…」

「あ…私の名前ですか…えーっと…」

さすがに本当の名前は言えないことを考慮してか、どのような名前にするか悩む天乃。

その2人の光景に、修也は面倒くさそうに頭を掻く。

「あー、しまんねえな!こいつ、俺の妹の桐宮天乃。」

「はあっ!?」

「はい、これで行こう!異論は認めん!」

天乃の講義の声に修也は知らん振りをした。

サレスは目をぱちくりしていたが、すぐに顔を整えた。

「…桐宮天乃に命令す!ここ、パリから東に向かい…」

 

「ドンレミ=ラ=ピュセルより、聖女ジャンヌ・ダルクを発見せよ!フランスの命運は、貴殿らにかかっている!」

 




「ほっ、よっ、とっ…」
「すげーすげー!俺まだ10も出来ねえのに!」
リフティングの回数を修也が増やして行くにつれて、ロンが歓声をあげる。
天乃はそれを遠くの手すりにもたれかかって眺める。
彼…修也の周りには、自然と人が集まる。それは、老若男女関係なく。
大罪を犯したことにされても尚、彼の家の道場に入門する者の数は一向に減らないのがその証拠。
王城に入ってきた風で、少し中庭の草が揺れた。と、同時に天乃の横に人影が1つ。天乃はその姿を見て、目を見開く。
今まで修也の中にいた黒髪黒目の吸血鬼・琥珀。
彼女と喋ったことがない天乃は反応に困る。しかしそこで、琥珀から喋り出した。
「見すぎじゃぞ、我が主の幼馴染よ。」
「な…!そ、そんなつもりは…」
天乃の反応に、琥珀は薄く笑う。
「ぬかせ、貴様の視線の過半数は我が主に向けられておることは重々承知。わしは主と感覚を共有しておるからな、それぐらいは分かる。」
「な…!」
琥珀の言葉に、天乃は項垂れた。
そこから、少しの間。
もう一度風が拭いたあと、琥珀は喋り始める。
「…貴様からの好意。恐らく我が主は感ずいてはおらん。ただの友人、幼馴染としてしか、貴様を見ておらん。」
「…ですよね。あいつ、鈍感ですから。今も…昔も。」
苦笑する天乃に、琥珀は主人に似た、不敵な笑みを浮かべた。
「じゃが、お主に特別な感情…それを持っているのは確かじゃ。わしは恋なんぞしたことが無いからよく分からんが、《それ》は確かに貴様への印象を高めている。」
驚きに目を見開く天乃に、主人の元へと歩き始めた琥珀は、横目で天乃を見ながら薄く笑った。

「せいぜい努力せい…我が主の、元《婚約者》ならな…」

「な!どこでそれを…!」
天乃は羞恥に顔を染めた。それを見て、さらに琥珀は笑いながら、天乃から遠ざかっていく。
天乃は自分でも顔が熱くなっていくのを感じる。
『お主に特別な感情…それを持っているのは確かじゃ。』
天乃は琥珀の言葉を思い出す。
修也は、天乃に恋心を持っているのかはまだ分からない。だが、それに似たものは持っているという。なら…
「…もうちょっと、頑張ってみようかな。」
天乃はそう言って、頬を少し染めて微笑んだ。

…二人の話を聞いた人物が一人。
お手洗いから戻ってきた、一人の少女。
アリシアは、可愛らしく頬を膨らませ、軽い《嫉妬》を覚えた。
そして…
『…私だって…私だって、負けないんだから…!』
アリシアは、そう言って中庭の修也の所へ戻って行った。

「へクシッ!」
盛大なくしゃみに、修也は鼻をすする。
「修にぃ、風邪?気をつけた方がいーよ。」
「あー、そうだな…気を付けるわ。」
…いつの間にか、自分を巡る少女達の戦いが知らぬところで始まっていたのを、彼は知る由もなかった。

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