精霊転生 ~転生したけど崩壊した現代でした~ 作:緒方 ラキア
~数十分前~
「ヒバリ~、おみゃーカスミを見なかったかにゃー?」
猫人族独特の言葉遣いで、親友のヒバリに尋ねる。
「えっと・・・カスミちゃんは、リーフさんに魔法を教えに行くって言ってたから、イオタ村なんじゃないかな?」
「また、あの
カスミがリーフに淡い恋心を抱いている事は、すでにヴァリアントの全員が知っていた。本人は上手く隠し通せていると思っているがバレバレであった。
「あんにゃ
「でも、龍脈病のカスミちゃんに普通に接する同族なんていないはずだよ。」
龍脈病患者に対する世間の目は、大抵が良い物ではない。
発症して家族に捨てられた者、酷い差別を受けた者など、最悪の場合命を奪われる事もある。
「世の中理不尽にゃ。」
「そうだね。」
二人は思い出す、ここに来た時のカスミの死人のような姿を、全て裏切られ絶望に染まっていた彼女を。その姿は今でも脳裏に焼き付いている。
「・・・ウニャー!こんな話はおしまいにゃー!!」
暗い話が苦手なクロネが、大声を上げながら話題を変える。
「カスミよりもヒバリ!おミャーの方はどうなったのにゃー!」
「ふぇ!?」
急に自分の事を振られたヒバリは激しく動揺する。
「とぼけるにゃ!おミャーこそ好きな人がいるって言いながら、まだ思いを伝えていない事は知っているにゃ!」
「ひぅ!?」
カスミの事と同じくヒバリも同じようにここの誰かに恋心を抱いている事は、ヴァリアント全員が承知している。しかし、ヒバリの方は何故か話題にならない。
「その様子だと、告白はまだみたいにゃー。」
「だって・・・、私の思いを伝えたって、絶対拒絶される。」
クロネは呆れて頭を掻く。ヒバリのネガティブ思考は今に始まった事ではないが、だとしてもひどすぎる。
だからクロネは、彼女に優しくアドバイスする。
「そんな事ないにゃ、こんなに可愛いヒバリから告白される奴なんて、相当喜ぶに決まってるにゃー。」
「かわっ!?」
「もっと自信持って良いはずだにゃー。」
ヒバリは真っ赤になりながらおどおどしていたが、やがて覚悟を決めた目をするとクロネに告げる。
「・・・わかった、私頑張ってみる!」
「その意気だにゃー!」
すると、ヒバリは腕の翼でクロネの手をガシッと掴んだ。
突然のヒバリの行動に驚いて変な声を上げてしまう。
「んにゃ?」
「・・・あのね、クロネちゃん。」
ヒバリは頬を染め荒い息をしながらクロネに詰め寄る。その目は獲物を決して逃すまいとする肉食動物のようであった。
いつもと全く雰囲気が漂うヒバリに、クロネは危機を感じてその場を去ろうとしたが、ヒバリが腕をしっかり掴んで離れられない。
「私・・・実はクロネちゃんの事がす・・・」
ドゴーーーーーーーーン!!
しかし、ヒバリの言葉は続かなかった。突如響き渡った轟音によってかき消されてしまったからだ。
当然二人の意識は轟音のした方角に目が向く。
「一体なんにゃ?」
クロネがそう呟いたその時、茂みから黒い影が飛び出した。
ゴブリンと呼ばれる魔物であった。
子供ほどの背丈、力、知性しか持たず、魔物の中では弱い存在であるが、群れで行動する。厄介な事に相手の実力に関係なく襲い掛かってくる魔物である。
突然の出来事にクロネは反応出来なかった。
ゴブリンの持つ錆び付いた斧がクロネに降り下ろされる。
だが、その前にヒバリの猛禽類のような脚がゴブリンに突き刺さり、鋭い爪がゴブリンを切り裂き一瞬で絶命させる。
その蹴りは大事な時に邪魔されたヒバリの怒りの気持ちが籠っていた。
「なんでここにゴブリンが?」
二人が疑問に思っていると、愛用の石槍を持ったグアナが駆け寄っていた。異常事態が起こっている事は明らかであった。
「二人共無事だったか。どういうわけかゴブリンの群れがこの辺りにいるらしい。ここは他の者達に任せて、私とクロネにイオタ村に向かう、ヒバリはカスミを呼び戻してくれ。」
二人はうなずいて行動を開始する。
ヒバリは翼を拡げて空高く飛び立つ。クロネはガントレットを装備してグアナと共にイオタ村へ走り出した。
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一方のイオタ村では、
リーフのエナジー・ボールの爆発音が響くよりも前に、ゴブリンの匂いを嗅ぎ取り、正門を閉めて避難誘導を始めたのだ。
現在村人は全員が入れる大きな民家の中にいる。しばらくは安全だろう。
だが、先程から正門を打ち付ける音が大きくなり、すでに時間の問題になっていた。
そして最後の村人を入れた所でヴァリアントのグアナとクロネが合流した。
その瞬間、正門は破られゴブリンが流れ込んで来た。
入って来たゴブリンの数はおよそ100体、恐らくまだ門の奥にも控えているゴブリンもいるだろう。対するメンバーは
「おミャーら、覚悟は出来たかにゃー?」
「当然!」
「こんな事でビビってるようじゃ、傭兵なんてやってられないからな。」
全員の気合いは充分に高まっている。
「よし、全員村人を死守する。だが、全員生きて帰るぞ!!」
グアナの掛け声に気合いの籠った返答を返し、五人はそれぞれの武器を構え走り出した。
立ち向かってくる五人にゴブリンは容赦なく襲い掛かる。
しかし、五人はかなりの実力と経験を積んでおり、ゴブリン程度で遅れを取るような者達ではない。
「おらーーーーーーー!」
「ウニャーーーーーー!」
カツの
クロネのガントレットの鋭い爪がゴブリンを切り裂き一瞬の内に肉塊に変える。
二人の後ろに回り込み、攻撃を仕掛けるゴブリン。
しかし、後ろから放たれたカクニの矢が後頭部に刺さり絶命する。
ポークは
「はぁーーーーーーー!!」
グアナは石槍を振り回し群れのど真ん中に飛び込んで、次々とゴブリンを狩ってゆく。
しかし、ゴブリンの勢いは止まらず数は増していく。
元々知能も低いゴブリンは、次々に飛び掛かっては命を狩り取られる。
「数が多すぎる。」
「キリがないにゃー。」
剣で切り伏せる、そしてまた出てくる。矢が貫通し屍にする、そしてまた出てくる。槍で貫く、そしてまた出てくる。斧の脳天に降り下ろす、そしてまた出てくる。爪で身体を切り裂きく、そしてまた出てくる。
ただひたすらそれを繰り返す。
次から次へと襲い掛かってくるゴブリン。いつの間にか前衛の四人は返り血をかなり浴びている。
足元もゴブリンの死体で埋め尽くされて、動きずらくなってきた。
それでもゴブリン達は止まらない。仲間が倒れようと、深手を負ったとしても。
これは明らかにおかしい。
普通ならゴブリンがこんなに大きな群れを成すなど聞いた事がない。大抵は50体ほどの群れを成して行動する。
そして、ゴブリン達の様子もだ。まるで何かに怯えているように必死の形相で襲い掛かってくる。
しかし、こちらも負ける訳にはいかない。
五人は必死にゴブリンを減らしていく。
そんな中、クロネはゴブリンの流した血に足を取られ体勢を崩す。
そんなクロネに、一匹のゴブリンが飛び掛かり錆びた剣を降り下ろそうとしていた。
周りの四人も気付いたが、自分の相手をするゴブリンの対応で、援護など到底できない。
クロネの周りもゴブリンに囲まれ逃げ道はない。
まるでスローモーションのように見えた、今までの出来事が頭をよぎる。こんなところで死にたくないと。
そしてゆっくり剣は降り下ろされ・・・
ザクッ
・・・る前に苦無が飛び掛かっていたゴブリンの眉間に突き刺さる。苦無の刺さったゴブリンは地に落ち、苦無を抜き取ろうともがき続ける。
「えっ?」
クロネは思わぬ事に驚く。それはゴブリン達も同じであった。
そしてゴブリン達は苦無の飛んできた空を見上げる。
その瞬間、空気を切り裂くような音が響いたかと思うと、クロネの周りのゴブリンは吹き飛ばされる。
そこに、
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「「「ボス!」」」
「来てくれたか!」
リーフは背負っていたカスミを下ろし、触手をしならせおもいっきり振るう。
バチンッ!と音を立て五人の周りにいたゴブリンを凪ぎ払う。
突然の援軍に、戸惑い固まっていたゴブリン達は、リーダーらしきゴブリンの鳴き声でリーフを殺さんと走り出した。
「ボス!これを!」
ポークがリーフに向かって、身に着けていた予備武器の
くるくると回転する
【我が身を流れる緑の力よ、光の礫となりて、降り注げ。】
【エナジー・レイン】
カスミの魔力の玉が空高く放たれ、弾けてゴブリン達に降り注ぐ。
全ての礫はゴブリンに命中し動きを止める、あるいは急所に命中しそのまま崩れ落ちる。
リーフは動きが止まったゴブリンに
カスミの魔法が降り注ぐ中で、リーフは確実にゴブリンを討伐していく。あれほど湧き出していたゴブリンがどんどん少なくなっていった。
次第にゴブリン達も勝てないと悟り初め、後退りする者が多くなっていった。
そして、リーフがリーダーらしきゴブリンの首を切り飛ばすと、残りのゴブリン達は一目散に後ろを向いて逃げ出した。
「みゃー達の勝利だにゃー。」
「ああ、そうだな。」
その場にいた者達は武器を下ろし、危機を脱したと安心する。
しかし、リーフは違った。
「何をしている、まだ終わってない!!」
リーフの言葉に全員が驚く。その答えはすぐに現れた。
正門をくぐり抜けようとしていたゴブリン達が、正門から現れた何かに潰されたのだ。
その場の全員が硬直するほどの衝撃を受けた。
そいつは、体長5メートルほど、黒い肌に血走った8つの目、あらゆる生物や死体をを食いつくすとされ、ベテラン冒険者でも手を焼く魔物。
「・・・『グール』。」
リーフが転生してから森で初めて出会った最悪の魔物がそこにいた。