元大手芸能プロダクションだったうちの会社を再建していく話 作:pocket129
結論を言うとライブは大成功。舞台袖に笑顔で帰ってくる響子の姿を見てそれを確信した。
そのこと自体は非常に喜ばしいことなのだが、
「…………」
現在事務所の車で寮に向かっているところなのだが、先ほどから響子の表情は暗い。
まあそうなった理由も気持ちも理解できることなのだが、懸念していた通り競争の厳しいこの業界で生きてゆくには響子は優しすぎたのだろう。
具体的にはライブの時までさかのぼるのだが、
舞台袖。ライブをやり切った後の充足感にほほを紅潮させている響子と並んで18プロの新人、「島村卯月」さんのステージを眺める。堂々とした演技。大手の事務所ということでレッスンなどもしっかりしているのだろう。新人とは思えないレベルの高い演技もさることながら、最も目に付くのはあの笑顔だろう。
活躍しているアイドルたちと比べて、特別優れている容姿をもつわけではないのだが、あの笑顔は不思議と人を惹きつける。アイドルとしては容易には得難い非常に大切な才能だろう。有望な人材を見つけたものだと対立する事務所ながら感心する。
『ありがとうございましたー!!』
無事ライブも終え、歌っている時とはまた違った満面の笑顔で裏に走ってくる。
「プロデューサーさんっ! 私のステージどうでしたかっ!」
うちの事務所に対してはあんな態度をとる渡良瀬でも、担当アイドルには慕われてるのだと感心したときだった。
「なんだ今のステージは!」
「きゃっ……」
渡良瀬の怒号が響き渡る。あまりに突然の怒りに戸惑う。
「普通もっと盛り上がるだろうが! それをお前は……前座と同じくらいにしか盛り上がってなかったじゃねえか!どれだけ才能ねえんだよ!!」
「ひっ……ごめ、ごめんなさ………」
「あぁ!?」
目の前で繰り広げられる光景に響子は黙っていられなかったのだろう。
二人のほうへ駆け出して行った。それを追うように俺もそちらへ向かう。
「そんな言い方……あんまりにも卯月ちゃんがかわいそうじゃないですか!」
「あぁ? 部外者が口を挟まないでくれますかねぇ……たまたまうまくいったくらいで調子乗ってんじゃねえぞ?」
島村さんをかばおうとする響子に対してドスを利かせた声で食いつく渡良瀬。
「それになぁ――――」
「っ――――」
「そこまでだ。うちのアイドルにこれ以上ちょっかいかけるようなら、俺のプロデューサー人生をかけてでも事務所諸共お前を叩き潰す。それができる程度の力とコネは残っている」
「……チッ。行くぞ島村」
「……はい」
俺の言葉の真偽はともかくリスクは感じたのだろう。不本意そうな態度を隠すことなく引き下がる。
「……はぁぁぁ」
姿が見えなくなってから深くため息をつく。さっき言ったことなんて半分はハッタリだ。素直に引き下がってくれてよかったと安堵する。
だがそれ以上に。
「プロデューサーさん。すみません」
「気にするな。業界人としてどうかは別として人としては正しいことを響子はしたんだ。立派なことだよ」
「ありがとうございます。……いけませんねっ。せっかくライブが成功したのにこんなに暗くなってちゃっ!」
「そうだぞ。お前は今日この世界への第一歩を踏み出したんだ。もっと喜ばなくちゃな」
「はいっ!! そうですよね!」
未だどこか陰が見えるが、それでも元気にふるまおうとする姿はどこまでも健気だ。
あまりに厳しいこの世界で響子の優しさが失われないためには今まで以上に大切に守っていかなければならないと覚悟する。先ほどの渡良瀬との衝突はそのための第一歩だ。響子が成長していくように俺自身も強くなっていこうと心に刻み、帰り支度を始めた。
そうして今に至るわけだ。
俺と二人だけになったことで、より島村さんの一件を思い出してしまうのだろう。響子の表情は暗い。
しかしこれ以上何かを言ってやることもできず、会話のないまま寮に到着した。
「あの、プロデューサーさん」
「ん? どうした?」
そのころにはすこしは響子の様子もマシになっていたが疲れもあってかいつもより落ち着いた雰囲気だ。
「えっと……ライブ前お話したことなんですけど……ご褒美の件について……」
「あぁ。欲しいものが決まったのか? なんでもとは言えないが言ってみな?」
「えっと、ものとかじゃなくてですね。その…………あ、あぁっ! おなかすいていますよねっ、先にご飯の用意しますねっ」
「あ、あぁ」
「ごちそうさま。それで結局何を――――」
「プロデューサーさんっ。汗かいちゃいましたしお風呂入りたいですよねっ! お風呂も沸かしてありますから入っちゃってくださいっ」
「お、おう」
「プロデューサーさんっ。えっと……そのぉ……」
「あ、そういえばご褒美の件だけど」
「う、ううううぅ……プロデューサーさんのイジワル……」
「何故っ!?」
聞いてみるとライブ前にしたみたいに頭を撫でてほしかったそうで、
「この年になって頭をその……撫でて欲しいなんて子供っぽくて恥ずかしかったんですっ!」
とのことだ。
そうして響子は俺の膝に頭を乗せ、ソファで横になりながら頭を撫でられているのだが、
「えへへ……やっぱり甘えさせてくれる誰かがいるって素敵なことですね……」
「俺なんかでよければいくらでも甘えてくれ。ただでさえ響子は親元を離れて暮らしているんだ。たまにはこういう日があったっていいだろう」
「……あんまり甘やかしすぎると離れなくなっちゃいますよ?」
「ははは。それならなおさら甘やかさないとな。響子が俺のもとからいなくなっちゃった時が今度こそ俺のプロデューサー人生の幕引きだろうしな」
一時はやめる寸前のところだったんだ。そんなさび付いた歯車にオイルをさしたのは紛れもなく響子の存在だ。
なればこそ、この結論は至極当たり前のことだろう。
だろうに、そんな俺の言葉を聞いてか少し寂し気な表情をする響子。
「話は変わるんですけど」
「なんだ?」
「卯月ちゃんのこと……いいえ18プロのことです」
「…………」
やはりまだ気にしていたか。
「プロデューサーさんは知ってますか? 元28プロ所属のアイドルの方々、最近あまりいい話がなくて、ネットでは叩かれてる子も多くいますし、雑誌とかでも……」
「……この業界では珍しいことじゃないさ」
「でも、28プロにいたころはこんなにもひどい評判を立てられることなんてなかったはずです!」
確かに響子が言っていることは事実だ。
うちに所属していたころは社長や俺たち社員は、そういったゴシップなどが出ないよう細心の注意を払っていたし、もしも問題が起こった場合にも徹底的にアイドルたちを守ってきた。
だからこそアイドルたちは自由にのびのびと輝けるのだと信じていたからだ。
しかし、18プロは違う。あそこは会社の利益重視で、言い方は悪いがアイドルたちを使い捨ての道具として扱っている節がある。そんな現状を看過できるはずはないのだが、異を唱えるにはあまりに今のうちは力が足りない。なにかを訴えたところでもみ消され、逆に潰されるのが関の山だ。
だが、
「プロデューサーさんはいいんですか!? 大事に育てた女の子たちがこんな扱いを受けて!」
「……いい訳がない。だけど、今のうちじゃ……」
「それなら取り返しましょうよ! 元28プロのみんなもそれを望んでいるはずです!」
「できればとっくにやってる!! 力のないうちがそんなことをできるほど大人の世界は甘くないんだよ……」
「大人って何ですかっ! 今のプロデューサーさんはただ諦めてるだけです! それに今は…………わたしがいるじゃないですかっ!! まだまだひよっこで頼りないかもしれないけど……私だって守られるばっかりは嫌ですっ。プロデューサーさんの力になりたいっ!」
俺の叫びに響子は真正面からぶつかってくる。自分を頼ってほしいと、そして俺を助けたいと、そう言ってくれる。
出会ってから響子には諭されてばかりな気がする。今回も俺は響子の言葉を突っぱねることができない。言葉のなかにある深い優しさと慈しみ、それは心の奥までしみこむように届く。
響子なら……出来るのかもしれない。
「響子…………それを成し遂げるためには今日みたいにほかのアイドルを蹴り落としていくようなことも必要になってくるもしれない。それだけ苦しい道だ。お前にそれを乗り越える覚悟はあるのか?」
「……お断りです」
「…………」
「誰かを不幸にして得られる幸せなんて絶対にダメです。今日みたいなことがもう起こらないために、私は見るだけで幸せになれるアイドルになります。プロデューサーさんも、卯月ちゃんも、あの卯月ちゃんのプロデューサーさんだって幸せにしてみせます!」
「……いいだろう。響子の提案に乗ろう。だが、やると決めたからには絶対に諦めない。お前がいくら苦しむことになっても絶対に諦めさせない。何度でも立ち上がってもらう。いいな?」
「は……はいっ!! 約束ですっ!!」
満面の笑顔で自らの小指を差し出してくる響子。それに応え、こちらも小指を差し出し響子のそれと絡ませる。
この一か月。響子と作り上げた絆は確かに本物だった。だが、今日この時から俺にとって響子はただ守るべき相手ではなく共に道を歩む相棒となった。
この選択が正しいものだったのかはわからない。しかし、これから目指すべき指標と、確固たる決意はできた。
ならばもう迷うことはない。
必ずあいつらを取り戻す。
ここまで読んでいただき感謝です。
もし興味を持っていただけたのでしたら、どうか完全版に期待して待っていてください。
尚書くとは言っていない模様。
では失礼しました。