元大手芸能プロダクションだったうちの会社を再建していく話 作:pocket129
響子がうちの事務所に所属することが決まってからは激動の一ヶ月だった。
宣材写真、プロフィールの作成。各種レッスン等々。やることに追われ忙しい日々を送り様々な変化があった。
響子は以前うちの事務所で使われてた寮に住居を移し、そこから最寄りの高校に通いながら日々アイドル活動に励んでいる。
それらの中で無視できない大きな問題に直面したわけだがひとまずは置いておこう。
そして今日のデビューライブを迎えることとなった。すこし駆け足気味にも覚えるがうちに来てからの彼女の成長はめざましいものがあり、自信をもって送り出せると考えている。この日のために用意した新曲を披露し華々しく芸能界にデビューする予定だ。
「プ、プロデューサーさん。わ、私変じゃないですよねっ?」
「あ、あぁ。全然問題ないぞ?」
予定……なのだが、二人揃ってガチガチに緊張してしまっている現状を考えるとなかなか前途多難だ。
「ふぅ……大丈夫だ響子。俺たちはこの日のために準備してきた……だろ?」
ライブ衣装に身を包んだ姿を見るとより実感が湧いてくる。響子はこの日のために頑張ってきたんだ。絶対に成功させたい。
それに、アイドルを支える立場である俺がこんな様子じゃいけないと気持ちを入れ替える。きちんと響子への信頼を伝えなければならない。それこそが彼女の自信につながってくれるはずだ。
「そ、そうですよね。私頑張りますっ」
「まだまだ固いぞ? ほら肩の力を抜け」
「は、はい」
これはなかなか大変そうだと考えていたその時だった。
コンコンと楽屋の扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞー」
すると扉は開かれ一人の男が姿を現した。
「ふーん? この子がお前のところの新人? まあ顔はそこそこってところかな?」
不遜な態度を隠しもせずに響子をジロジロと値踏みするように頭からつま先まで眺める。
その視線に響子が不安げな雰囲気を発していることに気付き、彼女をその視線から庇うように立ちはだかる。
「渡良瀬……なんの用だ。挨拶ならもう済ませたはずだが」
「おいおい! 今回お前のとこの新人ちゃんはうちのアイドルのおこぼれをもらう立場なんだぜ? そんな態度とっていていいのかよ!」
こちらをあざ笑うように高圧的に言い放つ。
「くっ…………」
しかし言い返すことができない。
そう。この男。渡良瀬涼也は俺の同期で現在は18プロダクションに所属しているプロデューサーだ。
そして今日の響子のデビューライブは18プロの新人のデビューライブの前座という形で行われるものだったのだ。
「まったく。落ちぶれた弱小プロダクションのくせに、身の程をわきまえてほしいね。 まあ、今回は許してやるから精々引き立て役としてよろしく頼むよ」
言いたいだけ言い捨て、楽屋を去ってゆく渡良瀬。
怒りで頭がいっぱいになりそうだったが、寸前で響子のことが気になり後ろを振り返る。
俺の沸騰しかけた脳みそは一瞬で平静になった。
響子は血の気の引いたような顔で自らの体を抱くようにしながら震えていた。
「ぷ、プロデューサーさん……」
「っ――――」
しまった。と。自らのあまりの不甲斐なさに自責の念に押しつぶされそうになる。しかしそんなものに気を取られている場合じゃない。何よりもアイドルを優先しなくてはならない。
「響子!」
「は、はい……」
俺は彼女のすぐそばに寄り両手でガッシリと響子の肩をつかんで目を合わせる。その瞳は未だに不安げに揺れている。触れる響子の体は冷たく、先ほどまでの興奮交じりの緊張とは正反対の緊張をしていることがわかる。
先ほどの渡良瀬の言葉に心を竦まされてしまったのだろう。どうにか響子に自信と活力を取り戻させなければならない。いったいどうすればと思考を巡らせる。
「プロデューサーさん……私……」
「っ――――!」
心細そうに自分の右手首をなでる姿を見たとき、まず何をすべきかを悟った。胸ポケットから一つのものを取り出し響子に握らせる。
「え……プロデューサー、さん…………あっ――――――――」
着替えの時に響子が俺に預かってほしいと言って渡されたブレスレット。家族との絆。
響子が何のために、何をするためにアイドルになろうとしたのかを今一
「響子を見てくれるみんなを、家族を幸せにするんだろう? なら頑張るんだ。あんなやつのことなんて気にしてる暇はないだろう。響子は響子を見てくれる人を幸せにするんだ」
「でも……今日集まったお客さんは私じゃなくて…………」
「関係ないさ。確かに今日集まったお客さんが目的としているのは響子じゃないのかもしれない。けどそんなことは些細なことだろ? たとえ響子が目的じゃなくてもお客さんたちは立ち去らずに見てくれるはずだ。なら響子はどうするんだ?」
「そんなのっ……当然幸せにしたいですっ! でも……私なんかじゃ……」
「お前ならできると思ったから俺はこの舞台に送り出すことにしたんだ」
「プロデューサーさん……」
「あとは……約束通り俺のことも幸せにしてくれよ」
伝えたいことは伝えきった。少し恥ずかしくなり最後は冗談めかして言ったがすべて俺の本心だ。
結果として多少は響子の精神状態もマシになったのか顔色も幾分かよくなっている。これならきっと大丈夫だろう。
「もう行けるな?」
「……はいっ。もう大丈夫です。面倒をかけちゃってすみませんでした」
「ははっ。響子が頑張れるためならなんでもするさ」
頭を下げ謝罪してくる響子の頭をなでながらそんなことを言う。
「やっぱりプロデューサーさんは優しいですね。えへへ、頭なでられるなんて久しぶり……」
「このくらいのことならいくらでも」
「じゃあ無事ライブが成功したらご褒美、くれませんか?」
「ご褒美? 何か欲しいのか?」
「うーん。何かあるってわけじゃないんですけど」
「……まぁそうだな。なにか考えておくよ」
「やったっ。楽しみにしてますね!」
「なにはともあれ今は目の前のライブに集中しよう」
響子が真剣な表情で頷くのを確認し、共に舞台裏へ向かう。
もう大丈夫だろう。
「じゃあ行ってこい!」
「はいっ!!」
最後にトンと背中を押すと、響子は煌びやかに照らされたステージへ駆け出した。