「逃げないでくださいよ~、うっかり殺しちゃうじゃないですか~」
「クッ、何て禍々しいオーラをッ!」
アザゼルとカテレアが戦いを繰り広げている間、ミカエルとフリードも目まぐるしい攻防を繰り広げていた。
二人の戦闘は極めて単純、ミカエルは上空から光の槍を降らす遠距離戦、対するフリードは重力を無視した動きで校舎の壁を駆けまわり、一太刀浴びせようと目を血走らせている。
フリードは光の槍が降り注ぐ中、牽制代わりに膨大なオーラを乗せた斬撃を上空に放つ。牽制とは思えないほど威力の高い斬撃、当たればひとたまりもないが、場所が悪かった。ミカエルが居る場所は空、そこは地上とは違い、上にも下にも避けることができる。ただ直線にしか放つことができない斬撃を避けることなど造作もない。
対するミカエルは光の槍を主体に置いた物量作戦でフリードを押し潰そうとしている。だが、フリードの一撃はミカエルの攻撃を容易く呑み込むほど高威力だ。そのため物量で押し潰すことが難しく、攻めきれずにいた。物量で駄目なら一撃の質を上げようと考えたが、魔剣の性能を十全に発揮したディルヴィングの一撃と張り合うのは、些か分が悪いと考えを改める。奇策に頼らず、堅実に相手を疲弊させ、隙ができたところに自身の最大の一撃を叩き込む。その為に必要なのは我慢だ。ミカエルは来たるべきチャンスを見逃さないように全神経を集中させ、耐え忍ぶ。
千日手のように繰り返される攻撃と回避。
延々に続くと思えるような攻防だが、戦況は確実にミカエルの有利に働き始めている。
ミカエルの攻撃はフリードの足場となる校舎を破壊し、少しずつその動きに制限をかけていく。流石のフリードも、地面から上空のミカエルの場所まで跳躍することはできない。フリードがミカエルに一太刀浴びせるには、どうしても壁を経由して三角跳びをしなければいけない。
戦況がミカエルの有利に傾いていく中、フリードは一人呟く。
「俺っち、ちょっと気になってることあるんですよ、悪魔の身体は何回もバラしたことがあるから知ってるけど、天使の身体ってどうなってのかな~、て」
フリードは今まで動かし続けていた足を止める。
これを好機と捉えたミカエルは今までと比にならない程、巨大な光の槍を形成し、すぐさま投擲する。
フリードもそれに応えるように魔剣にオーラを集中させ、禍々しい斬撃をミカエルに向けて放つ。
両者の攻撃はすさまじく、衝突した瞬間眩い光と共に爆発する。
「ひゃははっ!身体がボーンって弾けるかと思った!」
爆風の中から、傷だらけのフリードが姿を現す。
およそ正気とは言えない行動にミカエルの動きが遅れる。
普通の思考を持っている者ならエネルギーの塊、爆心地の中を突っ切ってくることはない。だが、フリードの思考は普通ではない。
大きく振りかぶられた魔剣にワンテンポ遅れて回避行動に移る。
禍々しいオーラを纏った魔剣がミカエルを斬り裂き、赤い鮮血が飛び散る。
「ガッ!」
「うわぁ~、天使の血も赤いんだ」
その場の空気に合わない言葉を口にするフリード。その表情は、どこか満足気に見える。
想像以上に傷が深い事に苦々しい表情を隠せないミカエル。
それでもわざわざ身動きの取れない上空に身を投げ出してくれたのだ。
これを逃すわけにはいかない。
取り扱いやすい光の短剣を形成し、反撃に転じる。
その攻撃を躱そうとするが、今フリードがいるのは空中だ。空中での移動手段を持たないフリードでは、この反撃を避けるすべはない。それでも空中で無理やり身体を捻り、致命傷を避けようと足掻く。
「あっはっは!腕が取れちゃった!」
ミカエルの一撃はフリードの左腕を斬り落とす。
常人なら痛みに悶絶するはずの激痛、それを愉快そうに笑う。
空中では分が悪いと考え、魔剣のオーラをジェット噴射のように使い地面に急速降下していく。
ミカエルも魔剣の一撃により地面に落下する。
懐からとめどなく流れる血が傷の重大さを物語っている。戦闘続行するには少しばかり深手を負ってしまった。
対するフリードは懐から小瓶を取り出し、切断された左腕を傷口にくっつける。すると先程の傷がなかったかのように完治する。
「それは・・・フェニックスの」
「だいせ~かい、貴重な物なんですけど、この前教会に行った時に頑張ってくすねてきたんですよお」
その言葉で先日教会を襲撃したのがフリードだという事を察する。
この男、単身で教会に潜入し、聖剣だけでなくフェニックスの涙も強奪していたのだ。手癖が悪いというレベルじゃない。この様子じゃ、まだ何か隠し持っている可能性すらある。
ミカエルは光の熱で傷口を焼き止血する。応急処置としては十分だが、これから戦闘をするには処置が足りなさすぎる。
魔剣ディルヴィング、パワー重視とはいえ、たった一撃で熾天使を重傷に追い込むその力は紛れもなく伝説の魔剣だ。
「さあ、そろそろ―――――」
フリードが言葉を言い終える前に、背後から袈裟斬りが放たれる。背後からの殺気を敏感に感じ取ったフリードは振り向きざまその一撃を受け止める。
「おやおやおや、誰かと思えばジークじゃないですか」
フリードの背後から奇襲をかけたのは、先程まで魔法使いを掃討していたジークだった。
そんな軽口に付き合うことなく、続けて下段から斬りかかり、そのまま回転し横薙ぎに繋げる。その攻撃をステップを踏むように軽々と避けるフリード。
「下がりなさい、ジークフリート!貴方の手に負える相手ではありません!」
ミカエルは怒声のような大声をあげ、ジークに下がる様に指示するが
「有馬さんから、貴方の護衛をしろと指示されています」
それだけ告げ、己の武器、魔帝剣グラムを握り直し、再び斬りかかる。
だが、魔剣の性能をフル活用できるフリードと魔剣の性能を十全に活用できないジークとでは戦いに差ができるのは当然のことだ。
攻撃の合間に放たれる反撃、その途方もない余波だけで身体が吹き飛ばされそうになる。それでも足に力を込め、吹き飛ばされないように踏ん張り、攻撃を続ける。直撃すれば即死、掠っても重症は免れない。そんな攻撃を表情一つ変えず、淡々と避け攻撃に転じる。
「あっれ~、前会った時はこんな地味な戦い方でしたっけえ?」
フリードが圧倒的に性能面で勝りながらもジークを攻めきれない理由、それは戦闘スタイルに合った。堅実で機械的、それでいて取捨選択がうまかった。避けるべき攻撃と防ぐべき攻撃、攻めに転じるタイミングと守りに転じるタイミング、それ等の判断能力の差が、未だジークが無事でいる大きな要因だ。ミカエルも判断能力は高いが、いかんせん頭が固すぎる。フリードのような突発的行動をする相手をするには、少し頭が固すぎた。だからこそ、ありえない行動に後れを取ってしまった。その点、ジークはそう言った行動には慣れっこだった。有馬の運動の力は並ではない。普通ならできない避け方、攻撃方法を平然と行う。そんな相手と手合わせをし、行動を読むには普通の考えを捨て、あらゆる可能性を視野に入れることが必要だった。そして身に着いたのはいかなる状況でも動揺することのない精神力と冷静な判断能力。
「でも、ちょっと機械的過ぎじゃなあい?」
それでも性能面では今のフリードに遠く及ばない。ジークができるのは足止め程度。
力任せに振るわれた一撃に両腕の感覚を持ってかれる。
「俺ちゃんは前のジークの戦い方の方が好きだったぜ?」
がら空きとなった懐に、体重の乗った蹴りがいれられる。
咄嗟に後方に跳び、少しでも衝撃を和らげようとするが
メキメキ
不穏な音が鳴る。
余りの威力に勢いよくミカエルの場所まで吹き飛ばされる。
「大丈夫ですか!?」
明らかに鳴ってはいけない音が鳴ったことに動揺を隠せないミカエル。
それでもジークは気にすることなく、役目を終えたように呟く。
「問題ありません・・・もう、間に合いましたから」
突如、校庭に雷鳴が響く。
「ジーク、待機」
現れたのは白いコートを身に纏う死神、有馬貴将。
何故このタイミングで現れたのか。
今までどこに居たのか。
問いただしたいことは山ほどあるが、それでも今は現状打破することが最優先だ。
無造作に構えられたナルカミの刃、その中心には得物を喰らわんとする雷が形成されている。
――――来る!
身構え、両足に力を込める。
放たれた雷は獰猛な猟犬のように襲い掛かる。
悪魔でさえ塵すら残さない一撃。いくら魔剣の力を解放したフリードと言えど、その身体は人間と変わらない。少しでも被弾してしまえばひとたまりもない。そんな高威力の一撃でさえ厄介極まりないにもかかわらず、自動追尾までする。とんでもない性能に笑いすら込み上げてくる。
全身をバネのようにしならせ走る。半ば強引にナルカミの追尾から逃れたことに息をつく暇もなく、地面から隆起した物体が襲う。それがすぐにIXAの遠隔起動であることに気がつき、獣の如き敏捷と魔剣を駆使して何とか避ける。安堵する間もなく、先回りしていた有馬がナルカミを横薙ぎする。瞬時に身を投げ出すようにして避ける。地面に転がりながらも牽制代わりに魔剣のオーラを乗せた斬撃を放つ。少しでも追撃が遅れればと苦し紛れに放った一撃、その攻撃に対して防御するどころかスピードを維持したまま斬撃に突っ込んでくる。直撃する、誰もがそう思う中、ジークは唯一人呟く。
「躱しますよ、有馬さん」
斬撃が直撃する寸前、僅かに身体を逸らし斬撃を回避する。常軌を逸した躱し方に相手のフリードも目を見開く。牽制とはいえ、当たればタダじゃ済まない一撃だ。まるで恐怖を感じないような動きにミカエルも恐怖を覚える。それと同時に先程の会談の言葉が甦る。
『俺の予想ではあいつの牙は俺達にも届きうるぞ?』
あの時のアザゼルの言葉が過大評価でもなんでもない事を悟った。
聖書にしるされたコカビエルを短時間で撃破、数々の任務を苦も無くこなす。
今まで直に有馬の戦闘を見たことがなかったミカエル。だが、この戦闘を見て理解した。有馬貴将は自分たちに害をなすには十分の実力を持っている。
「喰らえ、ディルヴィング」
防戦一方のフリード、彼は意を決したように最後の切り札を使う。
ディルヴィングから膨大と言う言葉では生ぬるい程の魔のオーラが噴き出す。それはやがてフリードを包み込む。空気が一変する。
「ふへ、ふひゃ、ガク、グゲギキキキキッ!」
フリードは、人の言葉とはかけ離れた声を上げながら、今までのスピードを平然と超えた速度で風を裂くように有馬に突進する。
「防御壁展開」
IXAを盾にその突進を受け止める。
IXAと人がぶつかったことによって言葉にはできない音が校庭に響く。それと同時に校舎が爆発する。IXAの防御壁に押し負けたフリードが弾け飛ばされたのだ。
「・・・
有馬はボソリと何か口にするが、戦闘の音にかき消され何を呟いたのか誰も聞き取れなかった。
IXAを近接形態に変え、校舎から這い出てきたフリードに鋭い連突を放つ。フリードはその連撃を全て防ぐことは難しい事を察知し、急所だけ魔剣で庇い連撃をやり過ごす。多くの血を流したせいかフラフラとした足取りをしているが、それでも戦意は衰えていない。それを示すように振り下ろした魔剣は校庭の形を変えるほどのクレーターをつくりだす。大ぶりな一撃なだけあり、掠りもしていないが有馬を回避に追い込んだことによって十分な距離が開けられる。
フリードはその空いた距離を一瞬で詰め一撃を入れるが、単調な攻撃はIXAで容易く防がれる。鍔座り合うディルヴィングとIXA、このまま押し潰そうと力を込めるが有馬の左手がぶれるのを目の端で見える。命の危険を感じ、すぐさま魔剣を戻し横に構える。その行動が正しかったことはすぐにわかった。頭を殴りつけられたような衝撃が身体を巡る。その衝撃で反撃がされたということを理解した。
有馬は右手でフリードの魔剣の一撃を防ぎ、その間にがら空きとなった頭部に左手のナルカミで斬り掛かったのだ。片手で両腕の一撃を軽々く受け止め、さらに反撃まで行う。その膂力は何たるものか。
ナルカミから放たれる雷、それを驚異的速度で躱すフリード。最初の巻き戻しのような光景、その事に違和感を覚える。しかし、その考えに結論を出す前に地面からIXAの遠隔起動が襲い掛かる。最初と同じタイミング、まるで避けられることを望んでいるかのような攻撃。意図の読めない攻撃に困惑しながら避ける。そこにはやはり先回りしていた有馬がみえる。変わらない太刀筋で振るわれたナルカミ。あらかじめ予想がたっていた攻撃を今度は辛うじて受け止める。攻撃を受け止めたことによって今まで忙しく動いていた脚が止まる。
「ジーク、43」
独り言のような呟き、それが何を意味するのか。それを理解する前にフリードのそばに影が迫る。
その影の正体はリタイアしたと思われていたジーク、何処からともなく現れ、予定されていたような動きで鋭く、的確な斬撃が叩き込まれる。肩から燃えるような痛みと共に理解した。有馬が狙っていたのは自分が脚を止めること、その為にわざわざ最初と変わらない攻撃を焼き回したことに。
痛みによって態勢が崩れる。そこに鋭い蹴りが放たれる。まるで腹部で爆弾が爆発したかのような痛みに悶絶しながらも有馬から目を離さない。
だが、それが限界だった。
限界が来たのか、徐々に禍々しいオーラが鳴りを潜めていく。
「グギッ、モド・・・キエ、キエ、グジュゥラァァァァァ!?」
魔剣から放たれていた禍々しいオーラが霧散する。それによってオーラを身に纏っていたフリードが姿を現す。その姿は満身創痍で、身体のそこら中に血が付着していた。
傷の深さからして、今まで戦うことができたのは並々ならぬ戦闘意欲とモチベーションがあったからだろう。
「あ~、やっべ。意識半分飛んでたわ。使い勝手が悪いなんてもんじゃあない、下手すりゃコロコロされてるよ。てか絶賛死にかけ?この傷で生きてることにビックリしちゃいますわ」
口から血反吐吐きながらも軽口を吐くフリード。
その様子から先程までの戦意は一切感じられない。
「遅い」
「すみません」
対する有馬とジークだが、先程の攻撃のタイミングが遅かったようで動きを修正するように言われている。
ジークの傷は軽いものではなく、骨が折れ呼吸をするだけでも苦しいはずなのだが、この少年は有馬からの指示を忠実に守っていた。
有馬がこの場に現れてからジークに言った言葉は『待機』、休んでいろとは一言も言っていない。だからこそ、痛みに耐えながら新たな指示が出るまでミカエルのそばで待機し続けていたのだ。
「あれで遅いってバケモンかよ。もう少し早かったら俺の首ちょんぱされてたっつうのに」
そう、本来ならあの一撃で完全にフリードの息の根は止まるはずだった。
有馬の指示を受け斬り掛かったジークだったが、その動きは怪我のせいもありワンテンポ遅れが生じていた。その為、フリードは眼の端にうつったジークの存在に気づきギリギリ命をつなぐことができたのだ。
怪我をしていたから仕方がない。そう言えばそれで終わりかもしれないが、そんな事は指示を受けた本人が許さない。あの人から指示を受けた、それは自分ができると思ったから下した指示。それを裏切るのは許されることではない。指示一つ満足にこなせないようではこの人に追いつくことができるはずがない。
そう言う思いから表情にこそ出さないが、心の内では猛省している。
反省しなければ。
「あ~、これ以上血ィ流すとまずいから逃げさせてもらうわ」
「おいおい、そんな事言わずにもう少しゆっくりしてけや」
ここで現れたのは先程までカテレアと闘っていたアザゼルだった。
その眼は少しでもおかしな真似でもしようもなら殺すという意思が感じられる。
そんな危機的状況でもフリードはへらへらした表情をやめない。
「んじゃ、バトンタッチってことで」
フリードが言葉を言い終えた瞬間、白い閃光がアザゼルを地面に叩き落とす。
「ああ、後は任された」
アザゼルを叩き落としたのは、護衛として会談に参加した白龍皇、ヴァーリだった。