私は現在、アラスカへと向かう飛行機に搭乗している。この機体は軍用であるにも関わらず、何故か隣にスーツ姿の胡散臭い東洋人がいる。
「まったく、革命の日に出会ったお前と、こんなに長いつき合いになるとは思わなかった」
「いやまったく。人の縁とはわからないものですなぁ」
「…………お前の面の皮を皮肉ったんだが。無駄か」
私の横に座るこの男は鎧衣左近。日本帝国情報省に所属するエージェントだ。
初めて出会った時には田中一郎などと名乗っていたが、その後奴の身元を洗い、その背後を掴んだ。
ところが奴はそれを突きつけてやってもまるで動じず、ドイツと日本帝国や国連日本支部との”繋ぎ”を買って出た。
そして今回、国連の日本支部の要請で日本に招かれ、香月夕呼博士という者が主導で行っている計画に協力することとなった。このアラスカでの任務が終了したら行く予定だ。
「ところでデグレチャフ少佐。キリスト恭順派関係のことについて一つ聞いてよろしいですかな。貴官はあの組織には随分苛烈に当たっていますね?」
「ふん、神の命令など狂ったものに決まっている。それに喜んで従う連中など虫酸が走る」
「はっはっは。神に最も愛されていると名高いデグレチャフ少佐にしては過激なご意見ですな。ですが、かの有力メンバーだったフォルクナー・ゲッフェン氏の減刑には随分骨を折ったようですな。これは何故に?」
「他国のエージェントにタダで情報を渡すアホがどこにいる? その辺り、つき合いの長さで踏み越えられると思うな」
「これは失礼。では、5千ドルでは?」
「足りんな」
「ふむ、ちなみにいくらのお値段をつけられるので?」
「いくら出しても足りん。私はこれに答える気はない」
最近ヨーロッパでは”キリスト恭順派”などというテロ組織が暴れ回っている。これはネオナチなどという違法デモ止まりの子供のお遊びとは違い、破壊活動によってヨーロッパ各地に深刻な被害を与えている。
奴らの教義は、『BETAは神の使いであり、全世界を無に帰すことこそ神のご意志。それに逆らう者は神の冒涜者』などという、本物の神の冒涜者である私でさえ理解不能の教えである。
テロ実行犯である恭順派の人間はBETAの恐怖に精神をやられ、避難先の国で差別などの迫害を受けて人間不信になった哀れむべき連中だ。だがこれだけの組織を作るには相当な資金が必要なハズだ。しかしこんな教義を掲げる連中に金を出す人間などいるわけがない。
いったいどういうことだ?
「もしかして奴ら、どこかの金持ちでもたぶらかしたか? 『神の使いのBETAにかしずき財を捧げれば、真のキリスト教徒として天国行きの一桁ナンバーを手に入れられる』とか何とか」
「はっはっは。テロ組織に資金を流すような金持ちがいたら、欧州中の情報部がつかみますよ。それに資金があっても、奴らの使う武器や戦術機は簡単には手に入らないはずです。
故に私は”彼の国”が関わっていると考えます」
彼の国とはアメリカだ。直接国名を言わないのは一公人として特定の国家を貶める発言など出来ない私を慮ってのことだろう。
「………………ふむ、”分かりやすい悪の組織を育て、諸国にダメージを与えつつ悪名を高めさせる。程よい所で彼の国はヒーローよろしく悪の組織を成敗。彼の国は一躍諸国に発言力を上げる”、か。
確かにシナリオとしては筋が通っている。”彼の国陰謀論”が流行る訳だ」
「流石ですな。私の一言だけでそこまで考えを巡らせるとは」
「陰謀論としては面白い。しかしそこまでやるか? 仮にも彼の国は自由主義圏最大の大国だ。そしてそんなことをすれば人類の対BETA戦力が低下してしまう上に、下手をしたら人類同士で戦争だ。共産圏の国に仕掛けるならあり得なくも無いが、同じ自由主義国家にそこまでのことをやるとは思えん」
この時、私はアメリカを甘く見ていた。この一年後、鎧衣の祖国の日本で反体制派の若手将校を使い、このシナリオ通りのクーデターを演じさせたのだから。
「あるのですよ。彼の国にはそこまでのことをやる理由が」
「なに?」
「残念ですが、これ以上のことは私の口からは言えません。博士に会ったとき、彼女の口からお教え頂いて下さい」
アメリカが現在”第5計画推進派”などという、目的のためなら手段を選ばない危険な連中が主流派となっていることを知るのは、この後のことだ。
「まぁいい。それより今回の本来の仕事の話をしよう。連中、この新戦術機開発評価に必ず動くのだな?」
鎧衣は私を日本へ招くための手土産に、ユーコン基地で行われる新戦術機開発テストに恭順派が介入しようとしていることを掴み、情報局に告げた。
私の本当の任務はテストパイロットなどではなく、その恭順派の人間を捕まえることだ。
私が情報局員のようなこの任務に当たっているのは、情報局員にテストパイロットが務まる程の腕の衛士がいないこともだが、もう一つの情報のためだ。
「ええ。可能性は大いにあると思われます。いえ、それだけではなくかなりの大物も現れる可能性があるでしょう。神に愛されていると名高いデグレチャフ少佐が出られるなら、あぶり出すことも可能かと」
謎の光がベルリンに現れた日、私がベルリンで母艦級を倒し、前線のBETAが一斉に引いたためにそんな噂が流れている。いや、確かにその光は私が発生させたものだが、こんな不名誉な称号が付く位なら別の方法を考えるべきだった。
「そうか。ではもう一つ。私の元上官のテオドール・エーベルバッハがそこに所属しているという噂の真偽は?」
テオドールはある時、任務中に行方不明となった。私は彼の義妹のリィズと彼の妹のような立ち位置だったカティアの死が、彼に何かをもたらしたことによる脱走ではないかと疑っていたが。
「”獣の数字を持つ偉大なる同志”とやらが恭順派の高い位置にいるそうなのです。どうしても確実なことがわからないのは、本当にデマなのか、若しくは組織のかなり中枢にいるのか」
獣の数字……………666か。第666戦術機中隊は東西の軍の編成時に解体されたが、革命と祖国防衛の中心的な存在であり多大な戦果をあげたためため、その元メンバーは半ば伝説となっている。某かのリーダーに戴くには絶好の人材だろう。
「わかった。後は現地にやってくる幹部を締め上げて聞くことにする。いや、私が出るならテオドール自身が来るかもしれんな」
「はっはっは。では、ご武運をお祈りいたします。私はこのまま日本へ戻ります。祖国も連中のせいで大分きな臭くなっているようですからな。私共の仕事もお忘れなきよう」
「ああ。この件が終わったら、必ず日本へ行く。そこで香月という計画の責任者と会い、協力をすれば良いんだな?」
「ありがとうございます。香月博士と少佐が手を携えていただけるなら、必ず計画は前進し、BETA殲滅に大きく向かいますよ。では、日本でお待ちしております」
私は空港に降りて鎧衣と別れ、ユーコン基地に向かった。
ここの気温は暑く、空は本当に澄み渡るような青さだ。核の冬で一年中寒々しいヨーロッパとはえらい違いだ。
正直、祖国ドイツを長く離れらるのは幸運だ。アイリスディーナが国連に行ってしまったせいで、残った私が元東ドイツ派の領袖などに祭り上げられてしまった。
私以上に実績も戦果もある者など存在しないので仕方ないのかもしれないが、その元東ドイツ派というのは、トップの私の意向と悉く逆方向へ進もうとするのだ。
何しろ支持層がネオナチなどというガキ共で、私がソ連製のアリゲートルで膨大な戦果を立てたことを理由に、社会主義の優秀性を叫び社会主義体制の復活を目指しているというのだから。
奴ら、私たちが何のために苦労して革命などを起こしたと思っているのだ?
まったく、やはりあの機体はブレーメ少佐の呪いがかかっていたか。社会主義の亡霊を呼び起こしてしまうとは!
私は情報局が発行した身分証を取り出し確認した。
「ターシャ・テクレリウス少尉。今年配属の新任衛士か」
テストはどこかの中尉が主導でやるそうなので、私の名前と階級は少々尊大すぎる。そのために情報局が仮の身分を用意してくれた。
「思えば少尉など、英雄に祭り上げられたせいで二ヶ月しか経験しなかったな。この任務では英雄などという称号から解放されて一衛士として気楽にやるか!」
本当に英雄の称号は重い。どこに行くにも英雄としての立場を求められ、危険な任務で相応の戦果を期待され、それに応えなければならない。
だが、この任務の間だけは、私は腕はいいが実戦経験のないただの新任衛士だ。
いや、素晴らしい! 一日十二時間、月三日は一日中私人になれるとは、何とも夢のようだ。
そんな気分でユーコン基地統合司令部ビルの門をたたき、責任者の大佐へご挨拶。
「ターシャ・テクレリウス少尉、ただいま着任いたしました」
「うむ、デグレチャフ少佐。ヨーロッパ最大の英雄を迎えられるとは光栄だ」
………………まぁ、流石に基地の最高責任者には私の本当の素性は話してあるか。だが、現場の衛士には私のことは知られていないはずだ。
現地の友人でも作って仲良くいこう!
そんな気分でエントランスホールへ行ったのだが、
「やぁ、貴女がヨーロッパ最大の英雄、世界最強の衛士のターニャ・デグレチャフ少左か。轟く武名に反し、本当に小娘にしか見えませんな」
屈強そうなトルコ軍出身のリーダーの衛士にいきなりばらされた。
全然仮の身分が機能してないではないか。何をしている情報局!
「いやあ初めまして! ヨーロッパ伝説の衛士様がこんな可憐なお方だとは!是非、お近づきに一杯奢らせて下さい」
などと軽薄そうなイタリア衛士に言われた。
「あなたの戦闘経歴、初めて調べた時は驚愕いたしました。是非その伝説の腕前、生で拝見させて下さい」
と、目を輝かせたスウェーデン出身の女性衛士。本当にヨーロッパじゃ顔が売れすぎた。
「へっ、こんな小娘が『ヨーロッパ最大の伝説』か。面白えじゃねぇか、アタシも生で拝見させてもらうぜ。実戦でな!」
君にだけは小娘と言われたくない。ネパール出身の背の低い少女衛士に言われた。
「いえ、人違いです。私はターシャ・テクレリウス少尉。英雄などと呼ばれるあの方ではありません!」
と私は言い張ったのだが、
「あんた、まさか正体を隠しておきたかったのか? だったらその胸元の勲章くらい外したらどうだ。その年でそんなものを貰える衛士なんて、あんたくらいしかいないぞ?」
などと、日系アメリカ人の青年衛士に突っこまれた。
くっ、確かにその通りなのだが、どうにもこの”ウルスラ・シュトラハヴィッツ勲章”は私にとって離れがたいモノなのだ。そうか、コレが私の目印になってしまっていたのか! これではチャンピオンベルトを巻いていながら『ボクシング初心者です』と言うようなものだ!
その後、演習中にいきなり武御雷という日本の戦術機で切りかかってきた日本のお姫様衛士も来た。
私を『欧州社会主義を滅ぼした悪魔』と目の敵にするソ連の姉妹衛士も来た。
そんなメンバーで新戦術機の起動試験をやったのだが、何故かその後、実戦の運用試験としてソ連のカムチャッカ半島へ渡った。
いやおかしいだろう、これは!
私は東ドイツの共産勢力を潰した一件でソ連を刺激することを懸念されたのでそこまでは行かない予定であったのに、何故か行く事になってしまったのだ!
針のむしろの中で新型戦術機や電磁投射砲の実働実験をしたのだが、そこで防衛線が大きく崩壊したりした。
防衛線が崩れる中を実験機の不知火・弐型で大いに暴れて押し返し、新たな英雄の称号が付いたりもした。
崩壊する基地の中で、ETAの大軍のただ中に取り残された篁唯依中尉とユウヤ・ブリッジス少尉を助けに行ったりもした。
またさらにキリスト恭順派のマスターになったテオドールと出会い、衝撃の真実を語られたり、悲しき別れをしたりもした。
日本に渡りオルタネィテヴ計画に協力したときもまた、これまで以上の陰謀や戦いに巡り会い、幾度も窮地に陥いり、生還して逆転して新たな伝説を生んだりもした。
いくら戦っても戦いは終わらず、勝利を重ね続けているのに戦いは厳しくなる一方。要は前世とまったく同じだということだ。
そして現在。手伝いで来たはずなのにいつの間にか国連軍の衛士になっており、香月夕呼博士の部下になってしまっている。BETAの横浜基地襲撃で激減した彼女の直属部隊の隊長などにされてしまい、BETA最大の拠点オリジナルハイヴの攻略を命ぜられている。
くそっ、今度こそ本当にこれで戦いがなくなる……………のは無理でも、楽になればいいな!
私の戦いはこれからだ!!
〈了〉
ご愛読、ありがとうございました! これにて『幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて』は完結です!
マヴラブSSなのにエタらずに終わらせられて本当に奇跡みたいです!