幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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ちょっと長めのエピローグです。


エピローグ
Ep1 その後のターニャ


 その後の話をしよう。

 私はあの時の戦功で中尉に昇格した。少尉は二ヶ月程しか在任しなかった。

 あれ以来、大規模なBETAの侵攻は無くなり、重光線級も出なくなった。

 第666戦術機部隊シュヴァルツェスマーケンは大隊へと編成された。

 ヴァルター中尉が負傷のため引退して教官となり、変わりに私がアイリスディーナのバディとなり補佐となった。

 ファムは大尉となり変わらず次席指揮官。アネット、シルヴィアは中尉となってテオドールと共に小隊の隊長となった。

 第666戦術機大隊は光線級吶喊で大いに活躍し、祖国ドイツ防衛に貢献したのだが、あるとき重大な事故が起こった。ある日の任務から小隊長のテオドールが帰還せず、行方不明となったのだ。

 必死の捜索にも彼は見つからず、皆大いに悲しんだが、私は密かに逃亡を疑っていた。私が第666に入った初期の頃に私は逃亡を計画したのだが、その時計画した状況とテオドールが消えた状況がそっくり同じなのだ。

 もっともこの計画は私が魔術によって単独でもBETA群の中を突破出来ることが前提の計画。腕は良くても、普通の人間のテオドール中尉に出来る訳がないので、邪推かと思い直しもしたが。

 

 やがてアイリスディーナが中佐となり作戦指揮官になると、私は大尉へ昇格。かつてのアイリスディーナと同じように独立中隊の指揮官となった。

 私の部隊は幾つもの難しい光線級吶喊を成功させた。私自身『世界最強の衛士』などという称号を得たのは余計だが、ドイツにBETAの侵攻を許さず守り通した。さらにヨーロッパでのイデオロギー対立にも自由主義は勝利し、共産勢力をヨーロッパから駆逐した。

 

 だが1998年、とんでもないことが起こった。第2次ミンスクハイヴ攻略作戦が発令されたのだ。

 アメリカが新しい宇宙駆逐艦を開発し、それによる宙空爆撃や宇宙降下作戦が可能になっったために立案されたそうだ。つまりアメリカは幾度もBETA侵攻を跳ね返して自信を持ったヨーロッパを新戦術の実験のために嵌めたのだろう。

 作戦名は『オーディン作戦』。当然、私の部隊も参加させられた。

 私自ら選抜し鍛え上げた部隊は、重光線級のレーザー迎撃にもハイヴ内での増援に次ぐ増援にも生き残り、史上初めてハイヴの下層にたどり着いた。その他の部隊も100名程が到達し、ハイヴ攻略も目前かと思われた。

 だが、そこでBETAも切り札を切ってきた。人類の間で”母艦級”と名付けられた巨大BETAが襲ってきたのだ。

 私はこの時出された迎撃命令を無視した。これと戦っては最深部まで弾薬も推進剤ももたないことを見極めてそう判断し、全速力で反応炉を目指した。ついてこれない部隊員が数名出ようとも無視して大広間に到達。さらに速攻で反応炉を潰して、取りあえず任務は達成した。

 作戦当初8万人いた欧米連合軍が5千人しか生き残れなかった大激戦ではあったが、史上初めてのハイヴ攻略であり、ヨーロッパでのBETAの脅威は激減した。

 

 だが、やはり明らかな命令不服従は問題となった。(反応炉を潰せばハイヴ内のBETAは全て他のハイヴへ移動するので、生き残りが出たのだ)

 さらに大広間内にあるはずのG元素も反応炉の中身も綺麗に消えていたため、それも問題になった。(例によって存在Xが全て持って行った)

 さらに私自身にも元々の問題がある。元東ドイツ国民は西ドイツの人間と同じ権利を持ったとはいえ、自由主義のシステムには中々ついていけず、落ちこぼれていくものは多い。それらの若者はネオナチなどという組織を作り、ドイツの国家社会主義体制の移行を叫び、違法デモをくり返しているのだ。そして東ドイツ出身でドイツ最大の戦果をあげてきた私はそんなネオナチのヒーローであり、私を御輿にかつごうと熱烈なラヴレターを毎日もらっていたのだ。

 我が愛機『紅のアリゲートル』よ。君は良き友人だが生まれが悪かった。君の出身は共産圏の盟主ソ連。そして共産主義者は蔑称で”アカ”と呼ばれるように、”赤”は共産主義を象徴する色。共産主義国の国旗は赤を基調にする。

 そして私自身『紅の流星』などというアカの広告塔のような二つ名をもっている。

 もうお分かりだろう、私がドイツ国内でどう思われ、どういう立場に立っているか。

 

 さて、ミンスクハイヴ攻略の功によって階級は少佐になった。

 だが作戦後の部隊編成時、私は外されてどこにも所属せず部下も一人もいない状態になってしまった。

 今までは対BETA戦の能力の高さ故に危険な信者を多く抱える私を切れなかったのだが、ミンスクハイヴ消滅によってヨーロッパのBETA脅威は大きく減衰した。

 そのため私は部隊編成から外され、購入した家で半ば蟄居のような状態になっている。

 だが、そんな私にも尋ねてくる人間はいる。

 

 

 

 「どうして何も言って下さらないのです」

 

 などと自宅で私に問いかけるこの青年はハンス・リヒター。私を英雄視する元東ドイツ人青年団のリーダーだ。(おそらくネオナチ)

 何も言わないのは、この家には連邦情報局の要請で、幾つか盗聴器が仕掛けられているためだ。今の私はこういった反体制な人間のあぶり出しに使われるぐらいしか価値はない。

 

 「『重光線級撃破』『母艦級撃破』『ハイヴ攻略』貴女は人類の誰もが成しえない業績を三っつもやり遂げた! 僕たち元東ドイツの人間には『紅の流星』は希望なんです!」

 

 『紅の流星』はヤメロ。社会主義の広告塔そのものだ。

 しかし、己の感情をそのままぶつけてくる感覚。これが若さか…………って、私とこのハンス君は同じ年齢なんだよな。何故こうも子供に見えるのだ。

 この世代の東ドイツ出身者の者達は、ドイツ統一は子供の頃であり、社会主義の理想面だけを教えられてきた世代。社会主義の理想をそのまま信じ、資本主義社会になじめない者が多くいるのだ。

 その結果がネオナチ。

 

 「覚えていませんか? 僕と貴女はまだ東ドイツがあった頃、一度会っているんです」

 

 うん? その頃はお互い年端もいかない幼女と幼児のはず。その頃から部隊で光線級吶喊に明け暮れていた私とただの子供に接点などあるはずがないが。

 

 「ベルリンの街角で立派な軍服を着ていた貴女と、子供の僕はぶつかりました。

 あの時は『部隊付きの雑用をしている』などとおっしゃっていましたが、あの頃から実戦に出ておいでだったのですね」

 

 そういえば、そんなことがあった気がする。

 

 「驚きました。統一の式典で表彰される貴女を見て。

 あの時ぶつかった彼女が憧れていた『シュヴァルツェスマーケン』の一員であったことに」

 

 そうだな。私のせいで、あの息子思いのお父さんを泣かせているなら悲しいことだ。

 

 「東ドイツ修正委員会の無能のせいで、東ドイツはあまりにも不利な条件で統一をした! これでは西ドイツに吸収されたも同然です! 今こそ歴史の自己批判をし、自己啓発をすべきです!」

 

 意味がわからん! このヨーロッパはBETAの驚異が大きく減衰したのだからおとなしく働け!

 

 「欧州のBETA戦最大の英雄の貴女が動けばこの国は変えられる! 広がる格差を糺すには、再び国家社会主義が必要なんです! 元東ドイツ人の正しき労働者の希望の光になって下さい!」

 

 労働改革は軍人ではなく政治家の領分。あと、正しき労働者はデモなどで貴重な労働時間を潰したりはしない。

 しょうがないので、私はハンス君に決まり切った返事を返すことにした。

 

 「私は動く気はない。軍人として政府の決定に従う」

 

 「どうして…………」

 

 「私はただ、ドイツを間違った方向へ導きたくないだけだよ」

 

 

 とまぁ、こんな調子でしばらくはネオナチのあぶり出しに使われていた。その過程で情報局の連中と仲良くなったのだが、やがて情報局要請の新たな任務が与えられた。

 場所はアラスカのユーコン基地。ソ連とアメリカが国境を接する地で東西の陣営を超えて技術交流を深め、戦術機開発をするそうだ。

 そこで私の歴戦の腕を買って、テストパイロットに任命したそうだ。もっともこれは表向きの話。情報局要請の裏の任務もちゃんとある。

 その後には日本へ行き、国連主導の大規模BETA反攻作戦に加われ、とのことだ。ヨーロッパ以外のBETA戦線は、人類は敗北に次ぐ敗北によって年々人類の生存圏を奪われている。その状況を覆すため、上層部は国連に私を貸し出すことを決定したそうだ。

 

 

 やれやれ。このままアカ狩りの手伝いのような真似をさせられる位なら海外で起業でもしようかと思っていたのだが、まだまだ軍との縁は切れないようだ。

 

 

 

 

 

 




長くなったのでもう一話続きます。

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