幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第76話 幼女と式典

 アイリスディーナの話を聞いたとき、統一が一ヶ月後というのはいくらなんでも早すぎると思ったものだ。

 しかしその後、様々な事態が起きると英断だったと関心せざるを得ない。本当に彼女は先がよく見える。

 何しろその一ヶ月間、ハイム主席とアイリスディーナの暗殺を狙ったテロが引っ切りなしに来たのだから。さらに”統一反対”のデモも各地に起こった。

 おそらくは元ドイツ社会主義統一党の閣僚と元国家保安省の者が手を組んでおこしたものだろう。連中は暗殺誘拐扇動のプロ。いやはや社会主義国家の権力闘争の凄まじさを悲しいくらい実感させられた。

 幸いだったのはその間、BETAの襲撃は来なかったことだ。もし襲撃があったのなら、守り切れなかったかもしれない。ただ、BETA襲来の誤報は何度もあった。BETA襲来のコード991は厳重に管理されているはずなのに、何度も誤報が来るというのはおかしい。この辺りも東ドイツの闇の深さを感じさせる。 

 ただ、対BETAに関しては襲来が無かったことで、人類はオーデル・ナイセ絶対防衛戦を取り戻した。今現在そこに再び強固な要塞を建設中だ。今度は地中からの奇襲も感知し、対応できるモノにするそうだ。

 

 

 

 

 そんな妨害を切り抜けて一ヶ月。

 人類史上初めてBETAの進撃を押し返したことを記念してベルリンの野外会場で戦勝式典が行われた。同時に東西ドイツの統一調停も行われた。この日より東ドイツ、西ドイツは過去のものとなり、ドイツ連邦共和国が誕生した。

 この日も相変わらずデモは起こり、会場内外に不振な人物や車が出たりした。

 しかしそれにも負けずにハイム主席と西ドイツの代表が統一の調印するのを見届けて、やっと一息つけた。

 私も今日この日より念願だった自由主義国家の国民だ。まあ、『救国の英雄』などという余計な肩書きまでもついてきたが。

 

 統一調停が終わると戦勝式典。私はそこで、あらかじめ予定されていた進行通りに振る舞った。

 即ち私が壇上にて勲章をもらったり、幼い私が軍人であり成したことの大きさに驚く観客に私の能力の一部を明かしたり、そこでスピーチをしたり。

 そして一頻り私の出番が終わると、その場から逃げ出した。本来、式が終わるまで決められた席に座っていなければならないが、カティアことウルスラ・シュトラハヴィッツの死を弔う儀式は気が重かったのだ。

 式典より少し離れた場所に行くと、そこにテオドール中尉がいた。彼は一人で難しそうな顔をしながら式典を見ていた。

 そこでは大写しにされたカティアの写真を背に、神父が粛々とウルスラ・シュトラハヴィッツの弔意を述べている。ついでに両ドイツの団結を促して。

 

 「やってられないな。アイツの死をこんな茶番にするなんてな」

 

 テオドール中尉は大きく写されたカティアの写真を忌々しそうに見て言った。

 そう、これは茶番だ。両ドイツがこれから迎える難局に、国民の不満を和らげるためにウルスラ・シュトラハヴィッツの弔いを感動的に演出しているのだ。

 

 

 東ドイツは政治や官僚体制を完全に西ドイツへ譲ったために、失職する者や権益を失う者が大勢出た。

 その一方の西ドイツも、東ドイツの負の遺産を丸ごと抱えねばならない。即ち多額の財政負担を担ったり、社会主義思想を教育された国民を大量に引き受けなければならないのだ。

 それでも西ドイツは対BETA最前線になるにあたり、東ドイツがBETAと戦ってきた経験や調査記録が必要だ。さらに東ドイツが滅んだ際の難民と対BETA最前線になることの両方の難局を考えるなら、東ドイツを受け入れざるを得ないのだ。

 

 

 「確かにあいつの望み通り、両ドイツは一つになれたよ。でも、こんな白々しい政治ショーに使われるのが、あいつの弔いでいいのかよ! 

 アイリスディーナも、なんでこんなことを許したんだ………!」

 

 確かにテオドール中尉の気持ちはわかる。

 カティアは彼の妹分のようなものだった。つまりテオドール中尉は、リィズに続いて再び妹を亡くしてしまったのだ。

 しかし、私は同時にアイリスディーナの立場もわかってしまうのだ。

 彼女は指揮官であり、東ドイツの運命を担う東ドイツ修正委員会の委員だ。

 指揮官は仲間が道半ばで倒れようと、立ち止まり悲しむことは許されない。

 常に歩き続け、考え続け、最善を探し続けなければならない。

 それが上に立つ者の責務なのだから。

 

 「カティアは統一の象徴になることを望みました。故にこれは彼女の責務の一つです。

 ベルンハルト少佐も内心はどうあれ、やらざるを得ないのでしょう。統一という難題を成すには、使えるものは何でも使わねば成せないのですから」

 

 「お前を英雄なんてものに祭り上げたのもそれか? 何だあのスピーチは! きれい事が白々しくて、耳が腐るかと思ったぜ」

 

 痛いことを言う。

 私はアリゲートルで空中陽動をしたこと、巨大BETAを倒したことの功績で壇上で勲章を授与され、その際にスピーチをした。だがこのスピーチは私の言葉ではなく、あらかじめ用意されていたものだ。

 内容は『統一を望んだ聖女ウルスラ・シュトラハヴィッツの意思を継ぎ、困難にも負けず両国手を取り合って頑張りましょう』というものだ。

 確かにカティアの意思はそういうものではあった。間違ってはいない。しかし用意された言葉で私が語ると、どうしても嘘寒いものになってしまった。

 

 「私はとっくに腐ってしまいましたよ。事前に何度も練習させられましたからね」

 

 「チッ、何が”新たな英雄”だ。だったらその場でカティアも助けてみやがれ!」

 

 そんな捨て台詞を残してテオドール中尉は行ってしまった。

 

 

 「…………今のは効いたな。まったく本当にその通りだ」

 

 私は着ている立派な軍服と、それに飾られている勲章を見た。

 

 本当に滑稽極まりない。

 

 これは役割。この間抜けな衣装も勲章も、茶番の小道具。

 

 統一の痛みから国民の目を背けさせるための茶番に、大した意味など考えるべきではない。

 

 「だとしても、カティアを守れなかった私には痛々しいことこの上ないな。こんな茶番の役者になったせいで、”悲しみ”というのが何なのかわからなくなってしまったよ」

 

 まだ風は冷たかったが戻る気にもなれず、ぼんやりカティアの大写真を見ていた。

 そんな私のもとにヒョッコリ声をかけてきた者がいた。どうやら私を探しに来たようだ。

 

 

 「ターニャちゃん、どうしたの。式典を抜け出して、こんな所で黄昏れて」

 

 「ああ、ファム中尉…………ではなく、大尉になられたのでしたね。昇任お目出度うございます」

 

 彼女は大尉となり、変わらずアイリスディーナの大隊の次席指揮官を務める。

 

 「ありがとう。ターニャちゃんがここにいるのは、やっぱりカティアちゃんのこと?」

 

 「ええ。誰もが皆、私の不手際を許してくれました。しかし、やはり『守れませんでした』で済む問題ではなかったと思います。今でも自分が許せません。

 私にこれを付ける資格など、あるとは思えないのです」

 

 私は胸元の勲章を指して言った。

 この勲章の名称は『ウルスラ・シュトラハヴィッツ勲章』

 東西ドイツ統一の記念に新しく新設された勲章で、祖国防衛に多大な功績のあった者に授けられる物だそうだ。

 もっとも今の私に、二人の彼女の名を思い出させるこの勲章は重い。あまりに私が身につけてならない物のように思えてしまうのだ。

 

 「付けておきなさい。カティアちゃんならきっと、貴女に一番に自分の名を持った勲章を付けて欲しいと思うから」

 

 「……………よろしいのでしょうか?」

 

 「ええ。今は重くても、いつかそれを背負えるくらいに強くなりなさい。BETAとの戦いはまだまだ続くし、これからも貴女の力は必要だからね。

 それに私。カティアちゃんは救えなかったけど、貴女に感謝してるわ。もし貴女がベルリンに行かなかったら、私の家族やベトナム街の仲間が助からなかったかもしれないもの」

 

 「…………ああ、そう言えば一般区にはアジア系の人達も多くいましたね。あそこにファム大尉のご家族もいたんですか」

 

 「ええ。誰だって精一杯やっても助けられない人達はいる。でも、助けられる人達もいる。貴女は確かに多くの人を助けた。それを忘れないで」

 

 「ありがとうファム・ティ・ラン。行きますか。みんなの所へ」

 

 「ええ」

 

 

 この東ドイツに転生した当初、コミーの国などに生まれた不幸を思いっきり嘆き、逃亡を図った。

 だが今は、このどうしようもない国にも少しだけ愛着を持っている自分がいる。

 カティア、君の夢見たドイツの先に私達は行く。

 もし、かなうのなら、もう一度この国へ生まれてきてくれ。

 必ずこの国を守り通してみせるから。

 そしてこの国の深い闇のような部分も、灰色ぐらいには掃除しておく。

 

 

 私は大写しになった彼女の写真を一目だけ見て歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 




今回で終わらせる予定だったのですが、エピローグ部分が増えすぎたので分けます。もう少しだけお付き合い下さい。

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