幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第66話 東ドイツ軍の奇跡

 キルケSide

 

 

 

 東ドイツの革命政府の政権奪取を可能にした謎の力を探る任務を与えられた私は、東ドイツ対応の外務官へと話を持って行った。

 

 ――――レルゲン外務官。

 

 若くして幾多の難しい案件を処理した実績を持つ俊英であり、眼鏡の奥の怜悧な瞳はその知性を物語っている。

 『革命後の東ドイツ』という難題を任されたにも関わらず、冷静に調査を進め、私の難しい要請も快諾してくれた。

 ところが碌な作戦も決められないうちに東ドイツの対BETA情勢は悪化。

 オーデル・ナイセ絶対防衛戦はすでに破られてしまったのだという。間もなくベルリンは蹂躙され、BETAは西ドイツ本土に来てしまうという衝撃の情報が入ってしまった。

 

 

 

 

 そして現在。

 西ドイツ領国境近くのキルヒ・ホルスト基地において、東ドイツ代表のイェッケルン中尉が大使として来たために会談を行うこととなった。

 対応はこのレルゲン外務官。私は口をはさむことは許されないが、同席することを許された。

 

 「以上。ハイム主席及び革命政府は東ドイツの社会主義体制を終わらせ、東西統一に向けて動くことを決断いたしました。統一ドイツが成ったならば、ドイツが対BETAヨーロッパ防衛の中心となることを望んでいます。どうか前向きにご検討下さい」

 

 東ドイツの大使として来たイェッケルン中尉は、東ドイツの現状と新政権の意向を簡潔にまとめて報告した。彼女の優秀さをうかがわせる、実に良い報告だ。

 それに対し、レルゲン外務官も交渉に手慣れた様子で対応する。

 

 「成る程、それはたいへん喜ばしいことです。そのことは確かに政府上層部に伝えておきましょう。とはいえ、こちらはそちらのテロに大分やられたという経緯がある。そのことに対しては何か?」

 

 「そのテロ活動はドイツ社会主義統一党が国家保安省に命じてやらせたものです。我が『東ドイツ修正委員会』は前政府のその方針を激しく否定し、国家保安省及びテロ実行犯のゲイオヴォルグ部隊を排除いたしました。この事実はこちらの意志を示したと認識いたしますが」

 

 「政治、軍事双方に秀でた国家保安省。それを地方部隊のあなた方が実に見事に倒せたものです。人民政府から政権を取ったのも鮮やかですし、よろしければその詳細をお教え願えませんでしょうか?」

 

 さて、私からの要望を出してきた。答えてくれるか?

 

 「軍機となります。それは統一がなった後、しかるべき公聴会にて話すこととなるでしょう」

 

 やはり秘密か。しかし、向こうの機密もできるだけ引き出すのも外交官の仕事。『穴に潜ったネズミをいぶり出す』の例えの仕事が、このレルゲン外務官はお得意だ。

 

 「それは困りますな。そちらの革命政権はあまりに不可解なことが多すぎる。ある程度こちらの疑問に答えていただいた後でなければ統一の話など不可能です。

 そう、例えば彼女のことなどもね」

 

 彼はパサッと新聞をおいた。その新聞はかつて海王星作戦において東ドイツ軍部隊の第666中隊を取材した時のものであり、そこにはターニャ・デグレチャフ少尉の顔写真が大きく載っている。

 

 「デグレチャフ同志少尉ですか………。彼女に興味が?」

 

 「ええ。この年齢で高い衛士としての技量を持つ彼女。彼女に会わせていただくことはできませんか?」

 

 「…………彼女についても軍機扱いとなります。で、そちらの申し出を断るなら統一の話はできないと? こちらの軍機を明かすまでは動く気はないと?」

 

 「そちらの話を先にいたしましょう。そちらの方が現在、緊急に話し合わねばならない案件。オーデル・ナイセ絶対防衛戦をBETA群に突破された緊急事態の対処です」

 

 「はい。このあってはならない事態を起こしてしまったことはお詫びいたしますが……………援軍は送っていただけるのでしょうか?」

 

 「無論です。BETAが東ドイツを突破したならば次は西ドイツ。これは我が国にとっても防衛戦争なのですから」

 

 そう。もはや西ドイツ本土にBETAを迎えなければならないことは決定事項。

 あとは『どうやってBETAを押し止めるか、どうやって被害拡大を抑えるか』だ。

 非情だが、東ドイツ軍には西ドイツ軍が防衛体制を敷くまでの時間稼ぎをしてもらわなければならない。

 

 「――――ただし」

 

 レルゲン外務官はこの言葉の後、一呼吸置いた。

 

 「現在、貴官の言う通り状況は変わってしまった。事前ではゼーロウ要塞を要とした防衛計画でしたが、要塞は抜かれてしまい、計画は白紙となってしまいました。何もない平原で多数の光線種のいるBETA相手に防衛戦など、無駄に戦力を消耗する愚行でしかない」

 

 「では、どうすると?」

 

 「あえてBETAを東ベルリンに入れての市街防衛戦。これしかないでしょう。多数の高層ビルを利用すれば立派な防衛陣地となります。高所もとれるし、地下鉄を塹壕にすることもできます」

 

 「なっ! 東ベルリンを陣地にするですと!? そんな非道が許されると!?」

 

 「それを起こさないためのオーデル・ナイセ絶対防衛戦だったのでしょう。

 それをこうも短期に破られた以上、非情な手段を取らざるを得ないのです。

 『何もない平原でBETAの攻勢を受けるとなると、西ドイツ全軍を持ってしても一日も持たない』と我が国の参謀連中が言っておりました」

 

 「しかし…………ベルリンには今だ多数の市民が!」

 

 「急いで脱出させて下さい。こちらからもバスを送ってもいい。間に合わなかった市民は諦めて下さい。これはヨーロッパ全土の命運が掛かった一戦。非情な決断も必要なのです」

 

 「そんな………そんなことを主席も同志少佐も決断するとは…………」

 

 「彼らにはこう伝えて下さい。『もし、東ドイツ軍だけで光線種の無力化を成せたならば、ベルリン郊外で防衛戦を行うことを了承しましょう』とね」

 

 イェッケルン中尉は悔しそうに歯がみをしている。正直、私も市民を守り切れないことには悔しさを感じている。

 しかし、非情であろうと仕方のないことなのだ。

 どのような精強な軍であろうと、多数の重光線級、光線級のいるBETA梯団を何の防衛陣地もない平原で押し止めることなど不可能なのだから…………………

 

 

 ――――ピピピピッ

 

 

 と、突然にこの会議室の内線が鳴った。

 この会議室は現在東ドイツの使者との会談中のため、非常時や緊急の連絡でなければ鳴ることはない。

 つまりとうとう東ドイツ軍は破られ、ベルリンにBETAがなだれ込んだというわけか。

 

 「………………遅かったようですね。貴国の革命軍がこんなにも早く新しい体制を敷いていただけたことは評価いたしますが…………それでも遅かった」

 

そんなレルゲン外務官の声を背に、内線を取って報告を聞いた。

 

 

 

 

 「―――――――!? なんですって!! 確かなの、それは!!?」

 

 私は会談中にも関わらず、その信じられない報告に思わず声をあげた。

 私はできる限り気を静め報告を聞くと、レルゲン外務官のもとへ駆け寄った。

 チラリと見たイェッケルン中尉の顔は悲痛を必死にこらえているようだったが、これを聞いた時にどんな表情をするのか見物だ。

 レルゲン外務官の耳に口を寄せてその内容を話した時、彼は私のように叫び声など上げなかったが、大きく目を見開いて二、三度深呼吸をして気を整えた。

 

 「イェッケルン中尉、朗報です。東ドイツ軍は重光線級を含めた全光線種の殲滅に成功。航空爆撃機の出動によってBETA第一陣の殲滅に成功したそうです。

 そして我が西ドイツに追撃戦の兵力を要請し、我が政府はそれに応じるとのことです」

 

 「な!! あれだけの光線種の殲滅に成功!? いったいどうやって…………」

 

 イェッケルン中尉にとっても意外なのか。やはり東ドイツは未知の力がある。

 『防御陣地の無い平地で無数の光線種を殲滅し、BETAを押し返す』

 いったい他のどんな国がこんなことを出来るというのだ?

 まさか、本当に世界一?

 

 「イェッケルン中尉、当面の危機は脱したようなので他の議題も話しあいましょう。統一に関してですが…………」

 

 こんな信じられない報告を聞いた後だというのに、交渉を進められる所はさすがに俊英と名高いレルゲン外務官。

 しかし東ドイツ軍の光線級吶喊はどうなっているのだろう?

 こんな戦果を上げることは、世界中のどの軍も不可能だ。

 たった今、それ程の奇跡的なことを東ドイツ軍は成し遂げたのだ。

 こうなると、政府も東ドイツの対応を再び見直さねばならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 その後、政府関係者もイェッケルン中尉との会談を希望したために、休憩に入り仕切り直すこととなった。

 彼らが到着するまでの小休止の間、私は別室にてレルゲン外務官とコーヒーを飲みながら話し合った。

 

 「驚きましたね、東ドイツ軍の意外な強さには」

 

 「ああ。参謀連中は皆東ドイツ軍が全滅した後のことしか決めてなかったので、これからが大変だ。無論、政府や我々外交部もだ」

 

 「しかし、これで『革命後の東ドイツの裏にアメリカがいる』という線は薄れましたね。やはり、現在の東ドイツ軍自身が強い、ということでしょうか?

 第666中隊の一員であり革命政府の有力メンバーのイェッケルン中尉もこの結果に驚いていました。彼女も東ドイツ軍の強さの秘密を知らないように思えましたが」

 

 「…………きっと、我々が思いもよらないような理由があるのだろうよ」

 

 レルゲン外務官は私の方は見ず、先程の新聞に載っている東ドイツ軍の子供衛士『ターニャ・デグレチャフ』の写真を睨むように見ながら言った。

 

 「…………………………レルゲン外務官?」

 

 

 その子の写真を見るレルゲン外務官の目は、何故かひどく険しいもののように思えた。

 

 

 

 


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