幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第5話 私の政治将校様

 

 

 諸君、ご機嫌よう。私はターニャ・デグチャレフ。忌まわしきコミーの先兵に成り下がった私を笑ってくれ。

 あの後アイリスディーナ大尉殿にコッブス基地に連れてこられた私は、一月に渡る集中訓練の後に衛士となり、目出度く第666戦術機中隊の予備要員となった。…………何を寝言を言っているのかと思っているだろうが、本当だ。いくら衛士の速成が奨励されているとはいえ、二年は確実にかかるものだ。それも規定の年齢に達した少年少女での話だ。

 だが、大尉殿に『一月後に戦術技、戦術機操縦のテストをまとめてやる。受からなければ逃亡罪で強制労働キャンプ送りだ』などと期待されれば頑張らないわけにはいくまい。多少魔導で私や戦術機をドーピングして、見事衛士資格をもぎとった。

 そしてどういう政治マジックか、政治将校殿も上層部も説き伏せて部隊に編入。戦術機バラライカを拝領した。最も階級は上級兵曹。正規の訓練を受けていない私にはこれが精一杯なのだろう。兵曹なぞに”上級”がつくのは、”それで特別に戦術機に乗せてやる”、という意味だ。

 

 さて、我が親愛なる大尉殿と党が、まだ搭乗資格の階級さえ得ていない私にもったいなくも預けて頂いたMiGー21バラライカ。我が友であり愛馬であり伴侶たる汝。私は彼をエレニウム九五式宝珠による魔術で強化可能だ。スピード、パワー、ジャンプ力、突撃砲の威力を大きく上げることができるのだ………が、大きな問題がふたつ。

 ひとつはこれを起動する時、神を讃える聖句を唱えてしまうのだ。知っての通り、社会主義国は宗教の完全否定の国。そして管制ユニット内は常に録音され、政治将校殿がチェックしている。つまり起動の言葉で強制労働キャンプ送りだ。

 もうひとつは、私がバラライカの能力をはるかに上回る機動をしたとしよう。またまたそれを見た政治将校殿はこれを西側の陰謀に結びつけ、私をどこぞのスパイだと上に報告するだろう。自分の理解できない事は全て陰謀に見えてしまうのが社会主義国というものだから確実だ。

 結論。どこぞの育ちのいいお坊ちゃんが如く先任方の言うことをよく聞き、間違ってもヒーローになろうなどと考えてはいけない。前世の『白銀』の復活なぞもっての他だ。

 

 

 

 「来たか、ターニャ・デグレチャフ同志上級兵曹。………やはり貴様の衛士強化装備姿は冗談だとしか思えんな」

 

 そう仰ったのはグレーテル・イェッケルン中尉。第666戦術機中隊の政治将校様だ。政治将校とは国家人民軍から派遣された隊員で、部隊の思想教育、及び思想に問題ある隊員はいないかの監視役だ。彼女は(余計なお世話な)私の政治指導を担当してくださり、私は着任の挨拶に伺っているところだ。

 メガネをかけた長い髪の、まだ少女の面影を残した可愛らしい容姿。だが、その顔は気むずかしく引き締められている。もったいないことだ。

 

 「貴様が先に受けたテストは一般のそれではなく、特務部隊審査のものだ。ベルンハルト同志大尉からの提案でちょっとした”賭け”をしたのだが、まさか本当に受かるとは思わなかったぞ」

 

 だろうな。アレが一般衛士のものなら、この世界の住人はどんな超人かと思ってしまう。

 

 「ありがとうございます。これも先任方、及び政治将校殿のご指導の賜物です!」

 

 何も教わってないが、そうだ。そうなのだ!

 

 「フン、如才がないな。ところで貴様は義勇軍からの脱走の疑いがある。義勇軍は正規の軍ではない。あくまで不正規の集まりであるため、軍事法は適用されない。が、任務についてからの脱走は処罰の対象になる」

 

 「そう思われるのは自分の不徳の致すところです。救って頂いたベルンハルト同志大尉殿には感謝の言葉もありません」

 

 アイリスディーナの無理ありまくりの説明に、私にカマをかけてきてるな。そう簡単にシッポは出さんよ。

 

 「………まあいい。少々黒かろうと、一ヶ月で特務部隊審査に受かってしまう貴様の能力は貴重だ。戦死が続き戦力の低下した現在、上手く使ってやるから有り難く思え!」

 

 「は! 社会主義と人類勝利のため微力を尽くします!」

 

 政治将校殿のお言葉に力強く敬礼!

 でもウソです。逃げる気満々です。

 

 「うむ! 崇高なる社会主義理念は人類が生み出した最高の政治理念。その挺身にあたれることを光栄に思え。同志上級兵曹!」

 

 「はっ、同志中尉!」

 

 実は全然同志じゃありません! でも社会主義者っぽく見えるんでそう言っときます。

 共産主義、社会主義などというものは、国を平等にするために悪魔に全てを売り渡す、という思想であって、私のように愛も富も欲しがる欲深な普通の人間には地獄でしかないのですよ。あなたのように統制すること、されることを喜ぶ人間には楽園でしょうが。

 

 

 そうしてしばらく彼女と言葉を交わしているうちに、彼女に思うことができた。

 それは『真摯な彼女の職務精神』…………………などではなく、『この政治将校、チョロイな』ということだ。

 真面目ではあるのだろうが、言葉の矛盾点を察知する能力も低いし、問い詰める方法も威圧一辺倒で芸がない。アイリスディーナは何某か悪巧みをしているフシがあるが、この政治将校殿のお膝元ならさぞかしやりやすかろう。

 

 「よかろう、ターニャ・デグレチャフ同志上級兵曹。貴様の思想は問題ないと判断する。貴様の先の予備要員は問題有りまくりだったので、少し安心した」

 

 「はっ、 光栄であります!」

 

 私と同時にここに来たカティア・ヴァルトハイムという娘のことか。西ドイツから亡命してここの中隊に配属されたようだが、『西と東、仲良くしましょう!』という、孤児院の良い子を思い出すような理想を吐いて政治将校殿を困らせているらしい。愚かなことだ。社会主義国家なぞ、人間でいえば友達を作れない性格の筆頭の様なものではないか。

 

 

 「もう退がってよいぞ、同志上級兵曹。……ああ、最後にひとつ。我らが第666戦術機中隊は我が国最強の部隊と世界から目されている。貴様がその一員となった以上、貴様の不始末は国の不始末となる。そのことを覚えておけ」

 

 ―――――――!!

 

 …………つまり私が脱走し、亡命した場合、国の威信を賭けて地の果てまで追いかけて粛清するということか? 最強の第666部隊が?

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………愚かは私だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 

 





 曹長、軍曹、兵曹と、曹官の下っぱ。
 ほとんど一般兵です。

 下っぱターニャちゃんの奮闘記が読めるのは『幼シュヴァ』だけ!

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