幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第49話 幼女はつらいよ

 店の主人は私を奥の部屋に案内し、ラジオの音を大きめにつけた。これでやっと『お使い幼女』の演技から解放され、主人と本当の会話をすることができる。 

 

 「どこで目をつけられたのか、鈴をつけられてしまってな。まぁ、早期に発見できたのが救いだが、裏口と電話周辺は剣呑な話はナシにしとくれ。この部屋ならどちらからも離れているので大丈夫だが」

 

 いやはやゲシュタポとレジスタンスの闘争そのもののイタチ狩り。

 主人よ、悪しき体制は必ずや打倒される。

 自由を謳歌するその日まで、革命の灯を絶やさずともし続けてくれ。

 

 「承知しました。そこでは私はお母さん思いの勤労幼女を演じましょう。勤労に関しては、私は演じるまでも無くその通りですが。では、私が反体制派の上層部に接触したい訳を話しましょう」

 

 「うむ」

 

 「ひとつは第666戦術機中隊の次席指揮官ファム・ティ・ラン中尉からの手紙を届けること。もう一つは、あなた方が持っているというカウルスドルフ収容所の見取り図を頂きたいためです」

 

 「第666からの使いか。収容所の見取り図は何のためだね?」

 

 「我らの隊長アイリスディーナ・ベルンハルト大尉が国家保安省に捕まってしまいました」

 

 「なにっ!?」

 

 「大尉はカウルスドルフ収容所にいるとの情報があるのです。真偽は定かではありませんが、当たってみるつもりです」

 

 「お前さん、カウルスドルフ収容所に挑戦するつもりか。手紙に関しては、ワシから届けることもできるが…………」

 

 「その場合は見取り図と引き替えとなります。上層部の方と会うことは出来ずとも、それだけは頂きたいのです。我らの同志ベルンハルト大尉救出のため、どうかよしなに」

 

 主人は少しばかり考えていたが、こう結論を出した。

 

 「フム………どちらにしろ、ワシではその判断は出来ん。三時間後、表通りの街頭テレビの辺りにいてくれ。上の方に連絡をとり、使いをよこす」

 

 「承知いたしました。では………」

 

 と、私は自分の格好を思い出した。軍用のBDUだ。ここまでは光学迷彩魔術を使って潜みながら来たが、待ち合わせとなるとこの格好では目立ちすぎる。

 

 「申し訳ありませんが、一般人の服を貸していただけないでしょうか? 流石にこの格好で待ち合わせはまずいです」

 

 「むしろ、幼女がその格好でよくここまで来れたと感心するわい。ここでは子供服も扱っておる。一式貸してやるから着替えて行くがいい」

 

 

 

 

 

 街頭テレビとは、テレビが各家庭に普及していないテレビ黎明期、不特定多数の人が集まる街の随所に設置された無料で視聴できるテレビ受像器である。この辺りの住人はテレビさえ購入できない人間が多いらしく、こんなものが普通に設置してある。

 放送されているのは相変わらずの党のプロパガンダ放送と昨日倒した重光線級のニュース。あの死骸を世界的スター並に写しまくり、『人類初の快挙!』と、我が国の軍の優秀性を宣伝しまくっている。

 そういえば東ドイツ軍を”世界最強”なんて言っていた子供がいたが、これを見れば私でも信じてしまいそうだ。

 クーデターや内乱のことはまるで放送してないが、代わりに別の剣呑なニュースが出た。

 オーデル・ナイセ流域絶対防衛戦に再び大規模BETAの大攻勢が来たというのだ。各要塞陣地の司令部は再び迎撃準備を開始したようだが、戦力の細った人民軍に受け止めきれるかは不明だ。

 それにもし重光線級が出たならば、その光線級吶喊をできるものなど第666戦術機中隊以外いないだろう。早急に内乱を決着してこれに備えなければならない。

 もちろん西方総軍とヴェアヴォロフとの戦闘も起こっているだろうし、アイリスディーナの救出を早めに完了させて手を打たねばならない。

 BETA進撃とクーデターによる内乱。はっきり言ってこの東ドイツは風前の灯火だ。

 

 

 「こんな大変な状況だというのに、こんな格好で何をやっているのだろうな、私は」

 

 街頭テレビをぼんやり見ながら、思わずそんな言葉が出た。

 いや、アイリスディーナ救出の準備だというのは理解しているが、この危機的状況であまりに場違いな格好の自分を見ると、そんな言葉がでてしまう。

 今の私は女の子らしいワンピースにコート。可愛いお靴などを履き、大っきなお帽子なども被って、いとけない天使の如き幼女の格好にて、とある表通りの街角で佇んでいる。

 もちろんこれは、『アイリスディーナを助ける前に、ベルリン観光!』などではない。今のベルリンに観光などするような暢気な雰囲気など微塵もない。戒厳令が敷かれており、どこへ行くにも身分証の提示が必要だ。

 一応、私も持っている。なんと我が国最強、最高の戦績を誇る、第666戦術機中隊所属という輝かしくも誇らしい身分証! これをそこらで警備している国家保安省所属の武装警察軍に提示すれば、最高級の監獄へご招待! 尋問も、贅を尽くした拷問のフルコース! 革命後の王侯貴族の如き最高級のもてなしを受けること請け合いなのだ!

 ……………はい、もちろん見せられません。今の私に身分証など存在しないのだ。不審な行動をして、そこらにいる武装警察に質問されるようなことは避けねばならない。

 この目立つ大きなリボンのついた帽子だけでも取りたいのだが、これが反体制派の使いへの目印らしいので取るわけにもいかない。

 

 それにしても指定された時刻から30分もこうしているのだが、未だに反体制派は接触してくる様子がない。おそらく私をどこからか観察して、危険がないか調べているのだろう。

 しかし戒厳令の最中、こんなところで幼女が一人で立っているのはつらい。武装警察の方は無視してくれているのだが、時々親切な人などは私を心配して声をかけてくれるのだ。まったく保護者が欲しくてたまらない。

 

 「そこの子供、こんな所でどうした。親はいないのか?」

 

 おっとまた親切なお節介様がさみしい幼女に声をかけてくれる。私はとびきりの幼女スマイル、天使の声色で、やさしいお姉さんにこう答える。

 

 「あ~~大丈夫ですぅ。お父さん、ここで待ってろって大切な用にいきましたぁ。もうすぐ帰ってくるので、心配いりませぇん」

 

 「…………同志上級兵曹か? 何だその気持ち悪い声と顔は」

 

 声をかけたその人はイェッケルン中尉!? 

 そういえば、この人はベルリンにいるんだった!

 この『幼女天使』と化した私を見られてしまった!!

 

 「い、イェッケルン中尉こそ……。中尉もいわゆるイメチェンなどもするのですね。お似合いですよ」

 

 そのイェッケルン中尉は、普段と大きく見た目を変えていた。ふわりとした、一般の大学生が着るようなコートを着ており、髪型もポニーテイル。眼鏡も外し、化粧もいつもと違う感じだ。

 

 

 ――――『いつもと違う大人びた雰囲気の彼女に、私の胸は熱く高鳴った』

 

 

 ヤバイものを見てしまった気分で、そうなっただけだが。

 

 「するか馬鹿者! そんな西側の言葉を………。政治総本部に、国家保安省のクーデター部隊が踏み込んで来たのだ。襲撃に来たのはベルリン派だが、それを駆逐したモスクワ派はそのまま本部を押さえてしまった。本部の政治将校を全員拘束しようとしたので、格好を変えて逃げている最中という訳だ」

 

 「そ、そうですか。ご無事で何よりです」

 

 確かに彼女が無事なのは良かった(半ば忘れていたが)。

 しかし、まずいところで出会ってしまった。何しろ今、私は反体制派の人間と待ち合わせなどをしているのだ。

 政治将校は正しい社会主義を愚昧な人民のみなさんにご指導、ご鞭撻していただくのがお仕事。そしてイェッケルン中尉は、この上なく仕事熱心なお方。自身も逃亡中とのことだが、もし反体制派組織の人間などを見つけたら、自分の身もかえりみず…………以下略。

 

 「どうした同志上級兵曹、顔色が悪いぞ。やはり現在、そちらの状況は芳しくないのか?」

 

 ええ、最悪です。目前にある障害物が、これからの予定を粉々に粉砕しそうなのです。

 これから起こる政治将校と反体制派組織のキャットファイトを想像すると、クラクラします!

 私がイェッケルン中尉に何と言おうかしどろもどろしていると、不審な男が私たちに近づいてきた。そして、

 

 「第666戦術機中隊のターニャ・デグレチャフ上級兵曹。間違いないか?」

 

 などと、声をひそめてその男は聞いてきた。

 まさか反体制派の使い!? 何故にイェッケルン中尉と話している最中に接触する!

 反体制派というのは、無能どもの集まりか!?

 無能とカタブツの争いからさっさと逃げよう!

 と、私が隙をうかがっていると、

 

 「ああ、間違いなくウチの上級兵曹だ。ついてこい。ああ、その目立つ帽子は外しておけ」

 

 などとイェッケルン中尉の方が答えた!?

 

 なんと、彼女は反体制派の同志になっている!!

 

 

 一体何があった、政治将校!!!

 

 

 

 

 

 

 

 




忘れ得ぬ上官グレーテル・イェッケルン中尉

ベルリンの街角にて
互いに艱難辛苦を乗り越え
再び巡り会う

再会した彼女は
新たなる志を秘めていた!

共に闘う同志となるか!?

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