幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第47話 ベルリンに向かって

 撤収作業は完了した。あとは武装警察軍の手がまわる前に急いで脱出するだけだ。だがその前に、私はファム中尉と二人で善後策を話し合った。

 

 「やはりベルンハルト大尉の救出は急がねばなりません。向こうの旗色が悪くなれば当然人質にするでしょうし、場合によっては殺害もするでしょう。勝利した後の市民の呼びかけも、長くBETAからこの国を守ってきた実績のある彼女でなければおぼつきません。

 しかし、まともにモスクワ派と正面から戦わなければならなくなったハイム閣下との合流も急がねばなりません。彼が負けてしまえば元も子もありませんから」

 

 「そうね。で、どっちに行くべきだと思うの? 私は、重傷のクリューガー中尉を預けられるハイム閣下の方へ行くべきだと思うけど」

 

 「ええ、ファム中尉は皆を率いてそっちへ行って下さい。やはり向こうの方に戦術機部隊は必要ですし、指揮車両の情報を活かせるのもそちらでしょう。ベルンハルト大尉救出は私一人で行います。ベルリン行きの許可を下さい」

 

 これが私の出した結論。先程の戦闘で確信したが、やはり航空魔導師は人間相手ならば圧倒的だ。私一人で収容所に潜入し、救出することは可能だろう。

 

 「あなた一人で? あのカウルスドルフ収容所からベルンハルト大尉を………いえ、あなたなら何とかできるのね?」

 

 私は「もちろん」と答えた。彼女にはノィェンハーゲン要塞から、かなり私の魔術を見せてきたので話が早い。

 

 「わかったわ、ベルンハルト大尉の救出はあなたにまかせます。ただ、ベルリンに着いたら、先に向こうにいる反体制派の人達と接触して欲しいの。襲撃のことや、こちらの状況を知らせる手紙を届けてもらいたいから。

 それにカウルスドルフ収容所は重要な政治犯の収監所。彼らの仲間も多く囚われているので、深く情報収集を行っているわ。その情報を貰って、ベルンハルト大尉救出の役に立ててちょうだい」

 

 それはいいことを聞いた。アイリスディーナの囚われている位置を探るのに何回か潜らねばならないと覚悟していたが、いきなり突入もできそうだ。

 

 

 

 

 

 

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 ベアトリクスSide

 

 

 

 「別働隊からの連絡はまだ?」

 

 「はっ、中継連絡員によれば、まだ待機地点に到着していないそうです」

 

 ……………遅いわね。第666戦術機中隊の捕獲は予想以上に迅速に完了した。損害も無しとの報告で、正に理想的にすぎる程に完璧だった。

 ところが、その後がいけない。別働隊の待機地点への移動がやけに遅いのだ。おかげで西方総軍への攻撃ができないでいる。

 ハイム率いる西方総軍は、現在ベルグ基地まで後退し、そこに陣を敷いている。ベルグ基地はベルリンから最も近い基地であり、補給の中継点の役割が強い拠点だ。我々がベルリン派と戦っている間に占拠したようだ。

 向こうは完全な防御陣形を敷いており、こちらへ積極的に攻めようとはしてこない。だが、逆にこちらの方から何の策も無く攻めれば、多大な損害が出てしまうだろう。故に挟撃作戦で一気に屠りたいのに、後背へまわる別働隊が遅れている。

 もうすぐ日が暮れる。戦闘が夜になれば、勝利したとしても敵を取り逃がす確率が高くなり、好ましくない。それにゲイオヴォルグのベルリン制圧の支援に遅れてしまう。

 

 「………これは懲罰モノね。こんなノロマはウチの部隊で育てた覚えはなかったはずだけど」

 

 私が別働隊の隊員の再教育のメニューを考えていた時だ。副官が私を呼びにきた。

 

 「ブレーメ少佐、シュミット長官から連絡です。何か不都合があったようです」

 

 「シュミット長官から? まずいわね。いまだハイムと戦端を開けないことにご不満かしら」

 

 と思ったが、事態はさらに上の深刻なものだった。

 

 『ブレーメ少佐、前作戦でなにか不都合があったのか? 予定時刻が迫っているのに、いまだゲイオヴォルグから連絡が来ない』

 

 「…………? いいえ、作戦は完璧に遂行したとのことです。第666中隊全員を損害無く捕らえ、ターニャ・デグレチャフを送り、早急にベルリンに向かうと4時間前に連絡がありました」

 

 『私のところにもその報告は来ている。だが、では何故連絡してこない? 80名もの兵士をベルリンに入れられるタイミングは一度しかない。カーフベル大尉はこんな残念な人間ではなかったと思ったがね。ブレーメ少佐、そちらの方から急かせろ』

 

 「………了解しました。ただちに連絡をつけます」

 

 ゲイオヴォルグまでもベルリンに現れず、連絡が来ない? 

 カーフベル大尉からは、確かに第666戦術機中隊及びターニャ・デグレチャフを捕らえたと連絡があった。アイリスディーナもベルリンへ送って寄こした。

 なのにゲイオヴォルグも別働隊も行方不明?

 『消えた部隊』なんて戦場の怪談によくあるけど、実際起こったら本当に冷や汗モノね。特に重要作戦の最中だと。

 私は微かな悪寒を感じ、副官を呼んで命令した。

 

 「ヘルツフェルデ基地に調査隊を送りなさい。そこからゲイオヴォルグと別働隊の足取りを追うの。おそらく何某かあったに違いないわ。両方が連絡不能の状態になる程の事態だから、腕利きを送るのよ」

 

 「はっ! 了解しました」

 

 副官が去ると、私はこの事態になにがあったのかを考えた。

 考えられるのは人民軍の妨害。基地からの撤退途中に、第666中隊の捕縛を知られてしまい、それを取り返そうとした人民軍ともめている、といったところか? だが連絡が無いのは?

 

 

 「………失う時間は、二日じゃ済みそうもないわね。一刻も早く国家を掌握し、次の段階へ進まねばならないというのに。どうしてこう、予定通り進まないのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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ターニャSide

 

 

 

 

 軍用車に荷物を入れた。私が運転できるよう座席を調節したり、高ブーツなどを用意した。これでベルリンに向かうのだ。もっとも、ベルリンの潜入は空を飛んでいくつもりだが。

 見送りはいいと言ったのだが、ファム中尉がいる。私のことなど構わず、すぐに隊を率いてハイム少将の元へ行くべきだろうに、本当にこの人は優しすぎる。

 

 「ひとりで大丈夫なの? 許可を出しておいてなんだけど、やっぱり誰かついていった方がいいと思うわ。整備兵の誰かを運転手につけるとか」

 

 「いえ、車の運転も問題無くできるので大丈夫です。整備兵の方も、少しでも早く戦術機を戦闘可能な状態にするのに必要でしょう。ベルンハルト大尉の喪失とヴァルター中尉の負傷で、戦力のガタ落ちした状態ですので、これ以上割くわけにはいきません。ベルンハルト大尉のことは私に任せて、急いでハイム少将と合流してください」

 

 それにしても、この襲撃はブレーメ少佐の指示か? あれだけの人数の精鋭を、この内戦の最中こちらに送るとは凄い手腕だ。アクスマン中佐からリィズ・ホーエンシュタインを寝返らせたことといい、アイリスディーナを捕らえたらすぐにベルリンに送ったことといい、癪なくらい有能だ。

 この才能をBETAに向けてくれれば、これほど心強い衛士はいないというのに本当に残念だ。

 

 

 「そうね。一人であの場を制圧したあなただもの。何とかするでしょうね」

 

 そう。本当に空を飛べるというのは圧倒的なのだ。これ程不利な状況に追い込まれたにも関わらず、相手を全滅させてしまった。本来は相当な手練れであろうあの特殊部隊も、高所のとれない開けた場所では頭上をまるで警戒していなかった。空から爆裂術式入りの弾を降らせるだけで簡単に殲滅できた。

 故に私が空を飛べることは仲間内にも秘密だ。いずれは知られるかもしれないが、知られて対抗策をとられるのは遅い方がいい。

 

 「もっともリィズ・ホーエンシュタインが真実を言っていれば、ですけどね。こちらを誘い込むための罠ということも考えられます」

 

 「………ターニャちゃん、ものすごく甘いことを言っていい?」

 

 「はい?」

 

 「私ね、リィズちゃんは本当のことを言ったんだと思うわ。もしベルンハルト大尉の居場所を私たちが知らないままだったら、あのファルカって子を厳しく尋問しなければいけないもの。それこそリィズちゃんに騙された分も含めて。

 リィズちゃん、きっとそのために最期に喋れる時間を使ってベルンハルト大尉の居場所を吐いたと思うのよ。本当はテオドール君と最期まで話したかったでしょうに」

 

 裏切りを受けてこんな目にあわされたというのに、相変わらずファム中尉は甘く優しい。リィズを信じるようなことを変わらず語る。

 

 「本当に甘いお伽話のようですね。現実は最期にしょうもない罠で私たちを嵌めようとしてるだけかもしれないのに」

 

 戦争はどこまでも残酷な現実だ。騙し騙され、殺し殺されの連続。勇ましいお伽話になるのは、悲惨な記憶の薄れたずっと未来のこと。

 

 「ごめんね。でも、今でも私、リィズちゃんのことを信じてあげたいのよ。ベルンハルト大尉に代わって中隊の指揮を執らなきゃいけない立場としては、失格なのはわかっているんだけどね」

 

 「そうですね、確かに指揮官としては失格です。そんな甘さはこの場限りにしておいて下さい」

 

 「………ええ」

 

 ファム中尉は寂しそうに笑った。

 

 本来、この国にはファム中尉のように優しいお伽話を語れる人間がもっと必要なのだろう。

 

 リィズ・ホーエンシュタインも、もっと早くに彼女に出会えたなら、きっと優しい人間になれたかもしれない。

 

 だがこの国のこの時代は、そんなお伽話を語る人間をたやすく踏み潰す。

 

 優しい人間の壊れた果てがリィズ・ホーエンシュタイン。

 

 

 それでも―――――

 

 

 「それでも、貴女の優しさに救われてきた人間は数多くいます。私の姉貴分も貴女に会わせたかった。では、お互い微力を尽くしましょう。我が国の未来のために」

 

 

 

 私はベルリンに向かって出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 




第5章完結!
ターニャは単独行動にてベルリンへ
そして次章はいよいよ革命編!

幼女革命戦記にご期待ください

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