幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第45話 おひめさまになった日

 リィズSide

 

 

 ガ―――ン! ガガ-――!! ガガガガガガガガガガガ!!!

 

 私とお兄ちゃん、そして何故か私の副官のファルカが、さっきまで仲間だった『ゲイオヴォルグ』に追われ、格納庫内を逃げ回っている。

 理由はゲイオヴォルグの指揮官が、お兄ちゃんを殺そうとしたこと。それだけは絶対許さない!

 だから突撃銃を乱射して、お兄ちゃんと逃げた。ついでにファルカも。

 

 「ファルカ、どうして私たちと一緒に逃げたの? これじゃ、あなたも裏切り者よ」

 

 「だって…………先輩といたいから。私、どうなっても先輩といます!」

 

 もちろん、こんな言葉を信じるほど愚かじゃない。この子は確実に私の監視任務を受けている。ここに来たのも、その任務のためだろう。後で私たちの居場所を報告するのかもしれない。

 

 「さっき窓の外を見たが………死体が大量に広がっていた。あれもゲイオヴォルグなのか?」

 

 と、お兄ちゃんが聞いてきた。

 

 「ゲイオヴォルグは格納庫内だけじゃなく、外も完璧に包囲していたはずだよ。ターニャちゃん、あれ全滅させちゃったんだね。私達を追ってくるのも少ないし、さっき外に行った部隊とまだ戦っているみたいだね」

 

 まったく、とんだ計算違い。

 ターニャちゃんが、ここまで化け物とは思わなかったよ。

 外で骸になったやつら

 

 『ここで幼女に虐殺されて終わる』

 

 そんなこと、思ってもみなかったろうね。

 

 

 

 ガチャン!

 ガガガガガガガガガガ!!

 「ぐぁぁぁぁぁ!!」

 

 あ、向こうの方で銃撃戦が始まった。

 ターニャちゃんだね。

 すごいな。出て行った部隊、もうやっつけちゃったんだ。。

 

 そしたら、私たちを追ってくるゲイオヴォルグ、3人だけになった。

 そいつら、みんな面白い顔をしていた。

 人が絶望するときの顔はやっぱり面白い。

 

 

 お兄ちゃんに「一緒に逃げて」っていってみたけど、

 

 「ターニャがここまで減らしてくれたなら、みんなを助けることが可能だ。お前はその子と二人で逃げろ。流石にお前がここまで裏切ったんじゃ、一緒にいられない。でも、事が終わったら、必ず一緒に暮らそう」

 

 だって。

 

 やっぱり、向こうへ行っちゃうんだ。

 

 ああ、悔しいなぁ。悲しいなぁ。もっとお兄ちゃんと一緒にいたかったなぁ。

 

 ターニャちゃんって、本当にどこまでもおじゃま虫だよね。

 

 『突撃銃で兵士を死体に変えて、楽しそうに遊ぶ幼女』

 

 あはは、想像してみると、BETAとはまた違った怖さがあるね。

 

 私が騙した人達も、拷問した人達も、殺した人達も、みんな私のこと、そんな風に見えてたのかもね。

 

 きっとあの子なら、お父さんお母さんを殺した相手に抱かれるなんて、一生知らずに生きていけるんだろうな――――

 

 

 

 

 ――――ガガガガガガガガガガガガガ!!! ガガガガガガガガガ!!! 

 

 ふいに、向こうの方でひときわ激しい銃撃音が鳴った。

 それがやむと、パーン!と単発音。少し遅れてまたパーン!と鳴った。

 それを最後に銃声は一切しなくなった。

 

 どうやら向こうは終わったね。

 

 どっちが勝っても、私はただじゃすまないね。

 

 でもいいや。お兄ちゃんが側にいるんだもの。

 

 ずっと、ずっと、どんなに離れていても、大好きだったお兄ちゃんがいるんだもの。

 

 

 『今日は死ぬにはいい日』

 

 

 そう思おう。

 

 そうだね。きっとそうだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 ガガガガ!! ガガガガガ!!! ガガガガガガ………!

 

 突然、私たちを追ってきたやつらが、無防備に突入してきた!

 

 私たちはもちろん迎撃。手前の二人にたらふく銃弾をくれてやった。

 

 でも、二人は死ぬ前に、私とファルカの突撃銃を弾いた!

 

 ライフルを構えた最後のひとりが立ちはだかった。涙まで流し、その顔は悪鬼のよう。

 

 「隊長までやられちまった………! ゲイオヴォルグは全滅だ! こうなりゃ、同じ第666のお前だけでも連れていく!」

 

 ねらいはお兄ちゃん!?

 

 そいつはお兄ちゃんに銃口を向け、引き金をひいた!

 

 私はとっさにお兄ちゃんを突き飛ばし、その兵士に組み付いた!

 

 

 ―――ガガガガガガガガガ!!

 

 

 銃声と共に、私の身体中に激しい痛みが襲った――――

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 

 私は少しだけ哀れみながら、血まみれのリィズ・ホーエンシュタインを見下ろした。

 彼女は、テオドール少尉に向けられた銃口をそらすために、銃弾にうたれながら兵士に組み付いたようだ。兵士はリィズを振りほどくと、再びアサルトライフルの斉射をせんと、テオドール少尉、そしてもう一人の少女衛士に向けた。それを遅ればせながら飛んできた私が、長距離射撃で仕留めたのだ。

 私がそこへ来てみると、死んだゲイオヴォルグの横で、血まみれのリィズをテオドール少尉が抱いていた。側には彼女の友達らしき少女衛士も、「先輩……」と呼びかけながら泣いていた。 

 

 「リィズ………リィズ………!」

 

 テオドール少尉は泣きじゃくりながらリィズを抱きしめる。

 

 思えばこの一件、テオドール少尉には危険な囮約などをやらせてしまった。当初はここまでの規模の精鋭とは思わず、すぐに助けるつもりではあった。

 だが、来たのは最精鋭ゲイオヴォルグ。それに対し、私一人で戦わねばならない状況なのだ。故にテオドール少尉には、最悪捨て石になろうとも、囮を続けてもらわねばならなくなった。

 ただ、そのままでは間違いなくテオドール少尉は殺される。そこで一手を打つことにした。

 それがリィズ・ホーエンシュタインだ。

 

 『テオドール少尉の命が危険にさらされれば、必ず彼を守ろうと動くだろう』

 

 そう踏んで、カーフベル大尉を挑発。テオドール少尉の命を危険にさらし、彼女は彼を守るために離反した。

 だがこれは分の悪い賭。普通ならどれだけ大切な人間であろうと、『この国の恐怖の象徴、国家保安省を敵にまわしても守る』など、決意できるはずもないのだから。

 

 「それでも、私は確信していました。『あなたは必ずテオドール少尉を守る』と………」

 

 私は血まみれの彼女に向け、小さくつぶやいた。

 

 

 

 「………ごめんね、お兄ちゃん。でも、ありがとう。私のために泣いてくれて」

 

 なんと、リィズはまだ生きていた。

 痛々しい血まみれでありながら、なお嬉しそうにテオドール少尉に笑いかけている。

 私は無粋と思いながらも、あえて彼女に話かけた。

 

 「残念です、リィズ・ホーエンシュタイン。テオドール少尉は本当にあなたを選び、あなたを守ろうとしていました。もし、あなたが国家保安省と手を切り、戦う決意をしてくれたならば、きっとあなたはお姫様になっていたでしょう。

 ですが互いに思い合おうと、相手を信じられないのであれば決して結ばれることはないのです」

 

 リィズは苦しそうにしながらも、私にも笑いかけながら言った。

 テオドール少尉の腕の中で、本当に嬉しそうに―――

 

 「…………いいもん。私はいま、お姫様だもん。お兄ちゃんが泣いて私を抱きしめてくれてるんだから。それと感謝するわ、化け物。お兄ちゃんを助けてくれて」

 

 「ご丁寧にどうも。ですが、こっちの子のことも少しは感謝したらどうです? あなたの後輩のようですが」

 

 私は拘束したもう一人の少女衛士を指して言った。

 

 「ふふっ、そうね、それもありがとう。ファルカ、生き残りなさい。もうこの国は終わり。裏切りも大義も気にせず、生き延びられる方を選んで生きるのよ――――コホッ!」

 

 彼女は大きく血を吐いた。そしてハァハァ、と苦しそうに呼吸をしている。そろそろか。

 

 「アイ……リス……。あの女……は、ベルリン……のカウルスドルフ収容所……。好きに……しなさい。お兄ちゃん………今の……私……思い出さないで。昔の……あの頃の私………。

 私は……お父さん、お母さんと……一緒に………死んだの……」

 

 彼女の死を看取ることなく、私は背を向けた。

 それは彼女を想う者たちの仕事だ。

 テオドール少尉の慟哭、少女衛士の嗚咽を背に歩き出す。

 第666中隊が囚われている地下へと向かう。

 

 

 

 「………さよなら、リィズ・ホーエンシュタイン」

 

 ―――思わずそんな言葉が出た。

 

 思いの外、私は彼女を悲しんでいるらしい。

 

 彼女が国家保安省の犬であることは最初からわかっていた。

 

 それでも私は、彼女がテオドール少尉に翻意されてくれることを願ってやまなかった。

 

 最後まで彼女を助けようとしたテオドール少尉。

 

 そんな彼の思いが届くことを、密かに祈っていた―――

 

 

 とはいえ、進めなくなった者、袂を分かった者に心を残しては部隊は進めない。

 遅れれば全滅の可能性さえある。

 故に、私はこれからも前を向いて生きていくしかない。

 

 「『戦争は進む。軍隊は進む。兵も進む』か………」

 

 

 そんなつぶやきと共に、私はさっきまでの全てを断ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彼女を悼む声
悲しみの歌を背中に受けて
幼女は明日へ歩む

一つの消えた命を胸に刻んで

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