リィズSide
ガ―――ン! ガガ-――!! ガガガガガガガガガガガ!!!
私とお兄ちゃん、そして何故か私の副官のファルカが、さっきまで仲間だった『ゲイオヴォルグ』に追われ、格納庫内を逃げ回っている。
理由はゲイオヴォルグの指揮官が、お兄ちゃんを殺そうとしたこと。それだけは絶対許さない!
だから突撃銃を乱射して、お兄ちゃんと逃げた。ついでにファルカも。
「ファルカ、どうして私たちと一緒に逃げたの? これじゃ、あなたも裏切り者よ」
「だって…………先輩といたいから。私、どうなっても先輩といます!」
もちろん、こんな言葉を信じるほど愚かじゃない。この子は確実に私の監視任務を受けている。ここに来たのも、その任務のためだろう。後で私たちの居場所を報告するのかもしれない。
「さっき窓の外を見たが………死体が大量に広がっていた。あれもゲイオヴォルグなのか?」
と、お兄ちゃんが聞いてきた。
「ゲイオヴォルグは格納庫内だけじゃなく、外も完璧に包囲していたはずだよ。ターニャちゃん、あれ全滅させちゃったんだね。私達を追ってくるのも少ないし、さっき外に行った部隊とまだ戦っているみたいだね」
まったく、とんだ計算違い。
ターニャちゃんが、ここまで化け物とは思わなかったよ。
外で骸になったやつら
『ここで幼女に虐殺されて終わる』
そんなこと、思ってもみなかったろうね。
ガチャン!
ガガガガガガガガガガ!!
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
あ、向こうの方で銃撃戦が始まった。
ターニャちゃんだね。
すごいな。出て行った部隊、もうやっつけちゃったんだ。。
そしたら、私たちを追ってくるゲイオヴォルグ、3人だけになった。
そいつら、みんな面白い顔をしていた。
人が絶望するときの顔はやっぱり面白い。
お兄ちゃんに「一緒に逃げて」っていってみたけど、
「ターニャがここまで減らしてくれたなら、みんなを助けることが可能だ。お前はその子と二人で逃げろ。流石にお前がここまで裏切ったんじゃ、一緒にいられない。でも、事が終わったら、必ず一緒に暮らそう」
だって。
やっぱり、向こうへ行っちゃうんだ。
ああ、悔しいなぁ。悲しいなぁ。もっとお兄ちゃんと一緒にいたかったなぁ。
ターニャちゃんって、本当にどこまでもおじゃま虫だよね。
『突撃銃で兵士を死体に変えて、楽しそうに遊ぶ幼女』
あはは、想像してみると、BETAとはまた違った怖さがあるね。
私が騙した人達も、拷問した人達も、殺した人達も、みんな私のこと、そんな風に見えてたのかもね。
きっとあの子なら、お父さんお母さんを殺した相手に抱かれるなんて、一生知らずに生きていけるんだろうな――――
――――ガガガガガガガガガガガガガ!!! ガガガガガガガガガ!!!
ふいに、向こうの方でひときわ激しい銃撃音が鳴った。
それがやむと、パーン!と単発音。少し遅れてまたパーン!と鳴った。
それを最後に銃声は一切しなくなった。
どうやら向こうは終わったね。
どっちが勝っても、私はただじゃすまないね。
でもいいや。お兄ちゃんが側にいるんだもの。
ずっと、ずっと、どんなに離れていても、大好きだったお兄ちゃんがいるんだもの。
『今日は死ぬにはいい日』
そう思おう。
そうだね。きっとそうだよね。
ガガガガ!! ガガガガガ!!! ガガガガガガ………!
突然、私たちを追ってきたやつらが、無防備に突入してきた!
私たちはもちろん迎撃。手前の二人にたらふく銃弾をくれてやった。
でも、二人は死ぬ前に、私とファルカの突撃銃を弾いた!
ライフルを構えた最後のひとりが立ちはだかった。涙まで流し、その顔は悪鬼のよう。
「隊長までやられちまった………! ゲイオヴォルグは全滅だ! こうなりゃ、同じ第666のお前だけでも連れていく!」
ねらいはお兄ちゃん!?
そいつはお兄ちゃんに銃口を向け、引き金をひいた!
私はとっさにお兄ちゃんを突き飛ばし、その兵士に組み付いた!
―――ガガガガガガガガガ!!
銃声と共に、私の身体中に激しい痛みが襲った――――
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ターニャSide
私は少しだけ哀れみながら、血まみれのリィズ・ホーエンシュタインを見下ろした。
彼女は、テオドール少尉に向けられた銃口をそらすために、銃弾にうたれながら兵士に組み付いたようだ。兵士はリィズを振りほどくと、再びアサルトライフルの斉射をせんと、テオドール少尉、そしてもう一人の少女衛士に向けた。それを遅ればせながら飛んできた私が、長距離射撃で仕留めたのだ。
私がそこへ来てみると、死んだゲイオヴォルグの横で、血まみれのリィズをテオドール少尉が抱いていた。側には彼女の友達らしき少女衛士も、「先輩……」と呼びかけながら泣いていた。
「リィズ………リィズ………!」
テオドール少尉は泣きじゃくりながらリィズを抱きしめる。
思えばこの一件、テオドール少尉には危険な囮約などをやらせてしまった。当初はここまでの規模の精鋭とは思わず、すぐに助けるつもりではあった。
だが、来たのは最精鋭ゲイオヴォルグ。それに対し、私一人で戦わねばならない状況なのだ。故にテオドール少尉には、最悪捨て石になろうとも、囮を続けてもらわねばならなくなった。
ただ、そのままでは間違いなくテオドール少尉は殺される。そこで一手を打つことにした。
それがリィズ・ホーエンシュタインだ。
『テオドール少尉の命が危険にさらされれば、必ず彼を守ろうと動くだろう』
そう踏んで、カーフベル大尉を挑発。テオドール少尉の命を危険にさらし、彼女は彼を守るために離反した。
だがこれは分の悪い賭。普通ならどれだけ大切な人間であろうと、『この国の恐怖の象徴、国家保安省を敵にまわしても守る』など、決意できるはずもないのだから。
「それでも、私は確信していました。『あなたは必ずテオドール少尉を守る』と………」
私は血まみれの彼女に向け、小さくつぶやいた。
「………ごめんね、お兄ちゃん。でも、ありがとう。私のために泣いてくれて」
なんと、リィズはまだ生きていた。
痛々しい血まみれでありながら、なお嬉しそうにテオドール少尉に笑いかけている。
私は無粋と思いながらも、あえて彼女に話かけた。
「残念です、リィズ・ホーエンシュタイン。テオドール少尉は本当にあなたを選び、あなたを守ろうとしていました。もし、あなたが国家保安省と手を切り、戦う決意をしてくれたならば、きっとあなたはお姫様になっていたでしょう。
ですが互いに思い合おうと、相手を信じられないのであれば決して結ばれることはないのです」
リィズは苦しそうにしながらも、私にも笑いかけながら言った。
テオドール少尉の腕の中で、本当に嬉しそうに―――
「…………いいもん。私はいま、お姫様だもん。お兄ちゃんが泣いて私を抱きしめてくれてるんだから。それと感謝するわ、化け物。お兄ちゃんを助けてくれて」
「ご丁寧にどうも。ですが、こっちの子のことも少しは感謝したらどうです? あなたの後輩のようですが」
私は拘束したもう一人の少女衛士を指して言った。
「ふふっ、そうね、それもありがとう。ファルカ、生き残りなさい。もうこの国は終わり。裏切りも大義も気にせず、生き延びられる方を選んで生きるのよ――――コホッ!」
彼女は大きく血を吐いた。そしてハァハァ、と苦しそうに呼吸をしている。そろそろか。
「アイ……リス……。あの女……は、ベルリン……のカウルスドルフ収容所……。好きに……しなさい。お兄ちゃん………今の……私……思い出さないで。昔の……あの頃の私………。
私は……お父さん、お母さんと……一緒に………死んだの……」
彼女の死を看取ることなく、私は背を向けた。
それは彼女を想う者たちの仕事だ。
テオドール少尉の慟哭、少女衛士の嗚咽を背に歩き出す。
第666中隊が囚われている地下へと向かう。
「………さよなら、リィズ・ホーエンシュタイン」
―――思わずそんな言葉が出た。
思いの外、私は彼女を悲しんでいるらしい。
彼女が国家保安省の犬であることは最初からわかっていた。
それでも私は、彼女がテオドール少尉に翻意されてくれることを願ってやまなかった。
最後まで彼女を助けようとしたテオドール少尉。
そんな彼の思いが届くことを、密かに祈っていた―――
とはいえ、進めなくなった者、袂を分かった者に心を残しては部隊は進めない。
遅れれば全滅の可能性さえある。
故に、私はこれからも前を向いて生きていくしかない。
「『戦争は進む。軍隊は進む。兵も進む』か………」
そんなつぶやきと共に、私はさっきまでの全てを断ち切った。
彼女を悼む声
悲しみの歌を背中に受けて
幼女は明日へ歩む
一つの消えた命を胸に刻んで