幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第34話 彼方より来たり 光の魔獣

 

 グレーテルSide

 

 「なんて………こと!」

 

 私は第666戦術機中隊付の政治将校グレーテル・イェッケルン中尉。現在ベルリンのリッターシュトラッセにある政治総本部庁舎に来ている。ある要件を識者と相談するために来たのだが、そのついでに作戦本部に立ち寄り、現在のBETA戦闘の情報を見に来た。だが、大型プロジェクターに映し出される戦況を見て思わず叫んでしまった。純粋な畏怖を抱いてしまった。

 

 作戦本部はかつてない程の阿鼻叫喚のパニック状態。この場にいる全ての政治将校やオペレーターが半狂乱だ。

 

 「戦術機大隊『リディア・リトヴァルク』全機消滅! 確認されました!」

 

 「さらに2個大隊からの連絡が途絶!? これで損害は100機以上だと!? アレの対処はできんのか!?」

 

 「ダメです! 多数の戦術機部隊が、進軍した先から次々迎撃されていきます! 重光線級の照射が強力すぎて、重金属雲による減衰も意味を成しません!」

 

 「砲兵や対地ミサイルも同様、撃ち落とされています! それ故に光線級集団に有効な打撃が与えられず、その被害も拡大しています! 作戦がまったく機能しません!」

 

 それが戦域に入った途端に味方の被害が加速度的に拡大。いくつもの光線級吶喊をしかけた部隊が消されていく!

 プロジェクターを呆然と見ながら、とある言葉を思い出した。

 

 『それは空を裂く巨大な光芒。巨大な流星にも似たそれが祖国の空に瞬くとき、東ドイツは確実に終焉を迎える』

 

 パレオゴロス作戦において、ミンスクハイヴから帰還したある衛士の言葉だ。そして私はその言葉が事実だと痛感した。この殲滅力、あまりに絶望的で半ば諦めさえ感じてしまう。

 

 重光線級――――ハイヴ周辺のみに存在すると言われ、光線級を遙かに凌ぐレーザーを照射する最も危険なBETA。先程のレーザーを見た限り、現在の重金属雲ではレーザーを無力化できてはいない。つまり、早期に重光線級を殲滅できなければ、戦術機部隊も要塞も全て灼かれ、我々の敗北は必至だということだ。

 絶望に息を詰まらせそうになる中、あるオペレーターがはずんだ声で報告をした。

 

 「朗報です! 第666戦術機中隊から目標との接触を示す信号弾の射出を確認! 第666は突破したようです!」

 

 おお! と、作戦本部中に歓喜の声があがった。あちこち、第666戦術機中隊の武勇を褒め称える声が沸き起こる。だが私は不審に感じた。

 

(こんなに早く重光線級群の目前まで…………? いくら第666でも早すぎる!)

 

 第666戦術機中隊には長く身を置いているため、その実力はよく知っている。

 第666は少し前に発進した。しかし重光線級と多数の光線級のいるこの戦場でのこの進軍速度。

 これは彼らの実力をもってしても、早すぎると感じている。

 

 

 いったい第666は何をしたの…………?

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 我々第666戦術機中隊は、アイリスディーナの巧みなルート選択によって膨大な数のBETA群を抜けていく。光線級のレーザー照射を避けるためにBETA密度の高い場所を抜けていかねばならないのは本当にキツイ。

 

 さて、実は私は戦術機機動に関しては本来第666戦術機中隊について行ける程の技量はない。他のみんなのようにBETAをギリギリ躱し進むことなどできず、大きく避けねばならないために本当なら大きく遅れてしまう。短い手足が災いして細かい操作ができないのだ。だが魔術によって機体のスピードを強化し、どうにかついて行っているというわけだ。

 

 ところが光線級吶喊に関しては、この『ギリギリ避ける』という技能は必須。それでもただの光線級ならばノィェンハーゲン要塞からの帰還時に開発した『自動レーザー回避』の術式で問題はない。しかし重光線級相手にそれでは間に合わない。

 重光線級の照射は高出力ゆえに照射直径が大きく、戦術機とほぼ同じ大きさの巨体であるために照射位置が高い。それ故、回避運動を行うBETAも少なくて済み、照射範囲の大きさにもつながっているのだ。

 

 そこで私は魔導射撃を自重せず使うことにした。重光線種がレーザーを撃つ前のBETAの退避運動が始まると、私は照準補正魔術の精密射撃をする。そしてそれでBETAを足を潰して動けなくし、『レーザー避け』にしながら進んでいるのだ。そしてこの大量に作った『レーザー避け』は、他のみんなの進軍をも助けている。

 

 高速で動くBETAの足をムダ弾なしの一発で撃ち抜いているのだから、すでに人間業ではない神業だ。いや、角度的にも撃ち抜けるはずの無い場所にさえ当てているのだから、物理すらもねじ曲げている。

 

 作戦前に決めた符牒も出さずにこんなことをしているのに、アイリスディーナは『自重しろ』の合図を通信で送ってこない。彼女も腹を決めたのだろう。なにしろ重光線級は、膨大なBETA群で埋め尽くされた戦場の遙か彼方の最奥にいる。そしてそこから、当たれば一瞬で戦術機を蒸発させてしまう強力なレーザーを照射してくるのだ。しかも、レーザーの威力を大きく減衰させるはずの重金属雲すらほとんど効果がない。つまりまともにそこまで行こうとするなら、激しく推進剤を消耗した機動をとらねばならず、ほとんど片道切符を覚悟せねばならない。

 

 重光線級への吶喊はそれほどまでに厳しく、帰還を望むなら私の力をさらしても仕方がないのだ。しかし問題はそれだけではない。

 

 『ターニャ、ファムとリィズがまた孤立してBETAに囲まれた! 支援に行くので援護を頼む!』

 

 「またですか、手早くお願いします!」

 

 ファム中尉とリィズ少尉の分隊はレーザー照射の回避機動をとるたびにしばしば分断してしまい、足を引っ張っている。

 無理もない。二人とも一度も共に訓練したことはなく、リィズ少尉は国家保安省の犬の疑いがあるために互いの意思疎通もできていない。

 戦力を考えるならテオドール少尉とリィズ少尉を組ませるべきだが、リィズ少尉の万一のことを考えるとそれはできない。一次操縦権を握ったファム中尉と組ませるしかないのだ。

 

 (くそっ、ここでも政治か! 本当に国家保安省は祟る!)

 

 国家保安省を呪いながらも、的確にBETAの足を潰して道を作る。殺すより足を潰して動けなくした方がレーザー対策になって有効なのだ。

 そして連携は悪くとも二人とも相当の技量はあるので、手間取らず解囲できるのが救いだ。

 

 『中隊長、後衛小隊集結しました。いつでもいけます』

 

 ファム中尉は待っていたアイリスディーナに報告。私が足を潰した大量の要撃級群の即席の陣地に、第666戦術機中隊は集結した。目標の重光線級まであと5キロほどにまで近づいた。

 さて、突入はどのように?

 

 『ご苦労、では………うっ!?』

 

 突然に、巨大で異常な振動音が感知された。素早く状況分析したファム中尉が報告をした。

 

 『前方よりBETAの高速反応! この速度、突撃級です! そしてこの振動規模だと…………おそらく300体以上!?』

 

 突撃級の足はBETA最速のため、本来は挺団の先頭にいる。こんな深奥にいること、そして目標の方向から来たということは、これがヤツらを守る最後の門番というわけか。

 

 『3個分隊が正面突撃級に砲撃、後退射撃! 一個分隊はその背後を守れ!』

 

 『『『『了解!』』』』 「了…………」

 

 ――――!!!?

 

  解、と続けようとした瞬間、私の脳内に電撃が走った! それは危機を告げる私の生存本能、気づいてしまった。

 前世、参謀将校だった頃のクセだ。部隊の位置。突撃級の位置。そして重光線級の位置。それらを三次元的に脳内で描いてみると、BETAの狙いがわかってしまったのだ。

 

 この突撃級は猟犬。我々を重光線級の絶好のレーザー照射の位置に追いやることが目的だ。それでも第666の先任方はこの罠を破ることができるかもしれない。アイリスディーナのもと、何度も光線種の照射をかいくぐってきたのだから。

 が、私はダメだ。先程いったように、私の戦術機機動は先任方のようにBETAをギリギリ躱すことなど不可能。どうしてもBETAと大きく離れてしまい、絶好の的になってしまう。

 

( ……………………ならばやるしかないな。白兵戦用脳内麻薬術式起動)

 

 私は後退せず、真正面より猛然と突進してくる突撃級群にピタリ突撃銃を合わせる。

 

 「『主よ、汝の右腕に栄光輝かん。我が骸を主への道筋、主への道標、羊の角笛となせ』」

 

 『なにをしている09!? はやく後退しろォ!』

 

 アイリスディーナの絶叫がユニット内に響く。

 

 「申し訳ありません中隊長。我、独断専行により敵中央突破を行うことを希う」

 

 『なにをバカな………デグレチャフ!!?』

 

 やれやれ、符牒など決めたが全く意味がなかったな。本当に危機が来た時、丁重に観察意見、状況説明などしているヒマなんてありゃしない。

 さて、この行動。一見無謀に見えるかもしれないが、私にとって突撃級はもっともやりやすいBETAだ。ほぼ正面にしか移動しないので足の位置を予測しやすい。

 

 ガガガガ! ガガガガガ!!

 

 貫通、爆裂術式を銃弾にかけ、向かってくる突撃級群の正面二体の足を粉砕。

 ただし、右側の突撃級は右側のみ、左側のは左側のみを。

 

 ドゴァァァァン! ゴガァァァン!

 

 二体の突撃級は左右に大きく横転する!

 

 その突撃級を避けようと、左右に針路を変える群体、間を抜けようとする群体に分かれた。

 

 そして間を抜けようとする方は、ほぼ一列に、私に向かってくる。

 

 なのでその先頭の足を完全粉砕!

 

 ガガガガガガガガガ!

 ドガァン! ドゴォン! ガガァン!

 

 ハデな玉突き事故を起こしている隙に、私の機体にスピード特化の術式をかける。

 

 「『我、主の御業をたたえ、神敵穿つ矢とならん』」

 

 ゴアアァァァァァァ!!

 

 そして玉突き事故のBETAの横を高速ですり抜け、正面突破!

 バラライカは神速の矢となり飛ぶ!!

 身動きのとれない巨大な芋虫と化した突撃級らの最後尾の尻。

 それを必ず真後ろに、目標との対角線を結ぶ位置に機体をキープ。

 あの尻こそ私の命綱。

 

 

 

 

 

 ………………………………ザシャァァァ!

 

 到着。ここは超大規模BETA挺団の深奥、前線の果て。

 その証の13体の一ツ目巨人たちが、私を暖かく迎えてくれる。

 彼らこそ目標の重光線級群。その距離10メートルも離れていない超接近だ。

 

 私ははじめて実物の重光線級を見た。それはまさしく異様。戦術機とほぼ同じ大きさの単眼の怪物。巨大な眼球と腫瘍の塊のような胴体、恐竜のような尾、そして人間のような足。まさに狂気の産物だ。

 その異様の巨大な単眼に注目され、思わず古い冗句が口に出た。

 

 

 「遙か彼方、ミンスクハイヴよりドイツ民主共和国へようこそ。一ツ目化け物の皆様、入国にあたりパスポートと観光ビザはお持ちですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




重光線級群へ単機殴り込み!
訪問の挨拶も冴え渡る!
礼儀正しい幼女ターニャ・デグレチャフ

重光線級のみなさんの歓迎はいかに?

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