幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第23話 西ドイツ軍バルク少佐

 ――――深いまどろみから、私の意識は目覚めた。 

 

 

 「あ、目が覚めた? 体は大丈夫?」

 

 「ああ、セレブリャコーフ中尉。どうも頭がよく働かない。寝起きの悪い私の頭に、ガツンと濃いコーヒーでもくらわしてくれ」

 

 「……………は? 誰それ。そんな人どこかの部隊にいたっけ? 兵曹が中尉さんを小間使いにするとか………このちびっ子エンペラーめ!」

 

 「―――――!? カティア少尉!?」

 

 昼間、前世の連中に心の中で手紙などを出したせいだろう。意識が向こうの世界に飛んでいってしまっていたようだ。

 聞いてみると、私は帰還途中に眠ってしまったらしい。あの後も、無理な戦いで無茶な指示に走り回され、無意味な苦労を山ほどさせられたためだ、くそっ。

 見回すと、基地の仮設寝所で寝かされており、カティアが私に付いていてくれていたようだ。少し腹が減ったので、格納庫で配られている食事をもらいに行くことにした。

 

 

 

 「大丈夫なの? ターニャちゃん。明日の出撃、見送るようにベルンハルト大尉に言おうか?」

 

 「平気ですよ。食べて体を拭いたらまたすぐ寝ますが、体調は悪くありません」

 

 一緒に付いてきてくれたカティアにそう言った。正直、イェッケルン中尉の指揮はヤバイ。アイリスディーナのように適度な休息を取ることもないし、西側と張り合って無理な攻撃を命令したりもする。そして度々アイリスディーナと衝突する。その度に起こる危機を脱するために魔術を使い、とうとう帰還時になって倒れてしまったというわけだ。明日も無理にでも私が出ないと損耗が出るかもしれない。

 さて、ここはBETAの支配地域になってしまったポーランドのど真ん中。こんな立派な基地などあるわけがない。どういうことかと聞くと、グダンスク湾にあった放棄された基地を西側の工兵部隊が再生させたものそうだ。たった半日で戦術機基地を復旧させてしまうとは、大したものだとあきれるしかない。

 

 

 「おお!? なんでここに子供がいやがるんだ? その子、東の慰問かなんかか?」

 

 途中、野太い男の声がした。その声の主を見ると、西ドイツ部隊の制服を襟を開いて着た大柄な男が立っていた。襟元には少佐の階級章、そして部隊章はカラスを意匠にしたもの。昼間、私達を誘導してくれた、あの部隊の指揮官らしい。

 

 「ああ、自分は東ドイツ軍第666戦術機中隊所属、ターニャ・デグレチャフ上級兵曹であります。階級は兵曹ですが、特別に戦術機に乗って戦うことを許されているために”上級”がついているのであります、少佐殿」

 

 そう自己紹介して敬礼。つられてカティアも敬礼した。本来、西ドイツの人間と親しくするのは東ドイツの人間としてはヤバイ。告発や密告の対象になる。しかし、とある目的のために、あえて親しく話す。

 実はアイリスディーナは、この海王星作戦においてある目的をもって臨んでいる。それは、『この作戦で西側に我々の対BETA戦闘の技術の高さを見せ、西との友好関係を築く』という方針だ。この目的ため、私もあえて危険な橋を渡る。まぁ、技術の方は逆に助けられた形になって散々だったが。

 

 「お前が? いや、東の窮状は聞いていたが、いくら何でもこれはないだろう! 確かにガキを戦場に送ることはあちこち出てきてはいるが、これは異常だろう!」

 

 「はっはっはっ、これが前線国家というものですよ。私など運のいい方なのですよ。孤児院の方じゃ、私くらいの子供を生身で銃を持たせてBETAと戦わせたりもしています。貴君の国も前線になればわかりますよ」

 

 ……………あ、”これ”呼ばわりされて、つい腹が立っていらんことを言ってしまった。いくらアイリスディーナの目的のためとはいえ、東ドイツの知られちゃマズイ裏事情など話してどうする!?

 

 「………それはオレが許さねぇ。確かにオレらの国はやがて対BETAの最前線になるだろう。だが、そちらのようには断じてさせねぇ!」

 

 しかも友好を築く方も失敗したっぽい。魔術の使いすぎで脳まで退化してしまったようだ。仕方ない、話題をそらすか。

 

 「ああ、そういえば昼間助けて頂いたお礼を言ってませんでしたね。感謝します、少佐殿」

 

 「西ドイツ軍第51戦術機機甲大隊「フッケバイン」指揮官のヨアヒム・バルク少佐だ。凄んで悪かったな」

 

 バルク少佐は私達と共に格納庫へと向かった。彼の部下が東ドイツ軍の整備区画に行っているので、呼びに行くらしい。

 

 「………なぁ、ところでお前さんの部隊、突撃砲でミサイル撃ち落としてなかったか? いやまさかと思うが、何となくそう見えたんでな」

 

 「ええ!? まさか!」

 

 「………こちらの技術に関する情報はお教えできません。ですが常識で判断して欲しいですな」

 

 「まぁ、そうだよな! いやアレが欠陥品で助かったな! あれが無けりゃ、さすがに助けることは不可能だったぜ!」 

 

 やはり今はあまりしゃべらない方が良さそうだ。寝起きと魔術の使いすぎで、頭があーぱーになっている。いらんことをしゃべりそうだ。

 そして格納庫に着いてみると、なにやら言い争いがする。

 

 

  ―――「あなた達を救い出すために、私の中隊が必要のない損害を被ったのよ。もう少しで戦死者も出す所だった。感謝して謝罪くらいしなさいよ」

 

 ―――「感謝ですって!? こっちは、あんた達の砲撃で殺されかけたのよ! それ、分かってんの?」

 

 ―――「あんた達が勝手に突っ込んだのが悪いだけじゃない。あのBETA群は私達だけで殲滅できたわ。あなた達は無駄に突っ込んで、こちらの火力の集中を邪魔しただけよ!」

 

 その争いの場所に行ってみると、アネット少尉と西ドイツの女性士官が言い争っている。その場には他にテオドール少尉、リィズ少尉もいた。

 

 「うちのキルケ・シュタインホフ少尉だ。しょうがねぇな、何やってんだか」

 

 私は、西ドイツの人間が東ドイツをどう思っているのかを知るために、あえてもうしばらく続けさせるようバルク少佐に頼んだ。言い争いは政治のことまで及んでいく。

 

 ―――「犯罪国家!? あたし達が!?」

 

 ―――「ベルリンの壁で西ベルリンの市民を孤立させたのも、数え切れない程の市民を拉致、誘拐して人質にしているのも、西側への亡命者を全て殺害しているのも、国内のドイツ赤軍でテロ破壊活動をしているのも、みんな貴方たちのやっていることよ!」

 

 それらは国家保安省が主導でやっていることだが、東ドイツ政府の意向でもある。国家保安省に被害を受けているのは私たち人民軍や市民も同じだが、そんなことは外国には関係ない。同類と見なされている。MADな全体主義者と思われているのだ!

 

 その時、カティアがシュタインホフ少尉の前へ飛び出した。

 

 「もうやめてください! そんな言い争いが何になるんですか!」

 

 「な、なによあんた。あんたも東ドイツの兵士? 何になるかですって!? こっちは何時あんた達が雪崩れ込むか戦々恐々としているのよ! それも只の避難民じゃない、共産主義思想を持ったテロリストも数多く入り混じった3千万人がね!」 

 

 アイリスディーナのやろうとしていることの難易度の高さには、クラクラくる。私が西ドイツの高官なら、確実に東ドイツからの難民は隔離、管理するぞ。東ドイツ人民をベルリンの壁の向こうへ逃がすことも目的のひとつらしいが、やはり碌なあつかいは受けないだろうな。

 ともかく、正直者のお嬢さんのおかげで西ドイツが東をどう思っているかは十分わかった。叶うならば、私もこの嘘吐きの無能国家を共に罵りたい。しかし悲しいことに、私はこの嘘吐き国家の人民。正直者の口は塞がねばならんのだ。

 私もシュタインコフ少尉を諫めるべく、出て行った。

 

 「申し訳ありませんが、政治関係の話はご遠慮願います、シュタインホフ少尉」

 

 「え………子供? なんなの、この子!?」

 

 「我々は東ドイツ軍の末端にすぎません。政治、外交関係の話を外国の方と話すことは厳しく禁じられているのです。そのような話はワルシャワ条約機構軍司令部にでも持って行ってください」

 

 「え? え? 我々って………あなたも東ドイツの兵士? 本当に!? そっちの入隊最低年齢ってどうなっているの!?」

 

 シュタインホフ少尉がとまどっている間、バルク少佐も来た。

 

 「おぅい、やめろシュタインホフ。そのおチビちゃんの言う通りだ。俺たちは軍人だ。仲間内でどこかのアホゥや上官、政府を腐すならともかく、他国の部隊にそれをぶちまけるのは感心しねぇな。後輩を何人も迎えたからって、あまりいきがるな」

 

 仲間内なら上官、政府を腐すことができるのか。なんと開放的な!

 ……………私もだいぶ社会主義国の常識に馴染んでしまったな。

 

 「戻るぞ、シュタインホフ。ああ、お前ら。こいつが悪かったな。これも何かの縁だ。今後も仲良くしてくれや。じゃあな」

 

 「ま、待ってください!」

 

 行こうとする西ドイツの二人をカティアが呼び止めた。

 

 「うん? まだ何かあるのかい、お嬢ちゃん」

 

 「その………そちらにも、こっちに不満があるのはわかります。でも、こんなことで言い争っている場合じゃないと思います! あなた方にも亡くなった人達からの託された想いがあるはずです。どうかそれを………忘れないでください!」

 

 「あ、貴方たちにそれを言われる筋合いなんて………」

 

 ――――ベチッ!

 

 なにか言おうとしたシュタインホフ少尉の口を、乱暴にバルク少佐の大きな手が塞いだ。いや、顔ごと塞いでいるな、あれは。

 

 「ああ、ご丁寧にありがとよ。しかし、国家間の不信や憎悪はどうにもならんものがある。お嬢ちゃんの意気込みは買うが、個人の力だけじゃ手に余る問題だな」

 

 

 そうバルク少佐は言い残して、二人は去って行った。

 ………………バルク少佐、せめてシュタインホフ少尉の顔を掴んで引っ張って行くのは、やめてあげませんか? 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 

 

 キルケSide

 

 西ドイツの区画へ戻る途中、バルク少佐はやっと顔を掴んでいる手を離してくれた。

 離す時に、

 

 『おっと、強く掴みすぎてお前の顔が歪んじまった。悪い悪い、ハッハッハ』

 

 と言われた時は本気で殺意を覚えた。冗談で良かった。

 少佐は笑うのをやめると、真顔になって言った。

 

 「なぁ、お前は奴らのことを低く見ているようだが、あまり舐めない方がいいかもしれん」

 

 「奴らって東ドイツのことですか? 何故あんな奴らを!」

 

 「あのちびっ子、第666の衛士だそうだ」

 

 「なっ………! あんな子供が!? ありえません!」

 

 本当に東ドイツの軍制度はどうなっているのだろう。あの子、まともに戦術機を動かせるのか?

 

 「人道的なことは、さておいてだ。あんな子供を戦術機に乗せて戦わせることが出来る教育技術を、東の奴らは持っていることになる。それに昼間奴らに向かっていったミサイルが、揃って目標に届かず落ちた件もそうだ。奴らに向かったミサイルが全て欠陥品だったなんて偶然、ありえるわけがねぇ」

 

 「………まさか、あれを全て東のあいつらが落としたと? 戦術機にミサイルを迎撃する能力を搭載する技術があるとでも?」

 

 「幼児教育は専門外だし、迎撃技術に関してもそれが可能なのかまではわからねぇ。だがナチの超技術を継承し、非人道的な実験でモノにしたってのはありえる話かもしれねぇ。お前は部隊に損害が出たことにお冠な様だが、案外割のいい仕事だったのかもしれん」

 

 「まさか……そんな……」

 

 ワルシャワ条約機構軍の装備は欧州連合軍のものより十年は旧式のものだった。戦術機も一世代前のものだ。あれでミサイルを撃ち落とす技術など持っているとは思えない。

 そしてもう一つ。あの旧式装備で突撃級BETAに吶喊していくなど無謀としか思えないが、それで見事に生還している。いや、戦術機単独でBETAに突っ込むこと事態、こちらの常識ではありえない。

 

 「ま、まさか今日突撃級に突っ込んでいた東ドイツ軍部隊の中にあの子もいたんですか? あの年でそこまでの戦術機機動を身につけられるなんて………ありえません!」

 

 「ま、何にしても上に報告、宿題だな。一応、諜報の奴らに調べてもらうために、第666とは仲良くやって記録つけとけ。いや、できる限りでいいぞ」

 

 

 

 ―――私は東ドイツに対し、これまで以上の戦慄を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




東ドイツ軍の恐るべき超技術に戦慄する衛士二人!

果たしてナチの超技術は存在するのか!?(ありません)

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