幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

22 / 78
第22話 前略 幼女です

 前略、ターニャ・デグレチャフです。前世より相変わらずの幼女です。

 親愛なるヴィーシャ、レルゲン大佐、そしてゼートゥーア閣下。そちらでは戦争は終わったでしょうか? 尽力しておられた停戦工作は実を結んだでしょうか?

 こちらは遺憾ながら激戦です。それも人類ではなく、地球外起源種。いわゆる宇宙生命体、BETAと呼ばれる者たちとの、停戦なしの果てしなき戦争です。

 

 さて、私は今現在、海王星(ネプトゥーン)作戦という大規模作戦に従事しております。私たち第666戦術機中隊は出撃し、所定の戦区のBETAを次々撃滅していっている最中です。そこでの戦闘中にあなた達を思い出し、心の中でお手紙を出させてもらっております。実は今、私はどうしょうもない、最悪なことに気がついてしまったのです―――――――

 

 

 

 

 

 ああ、まったく最低だ、畜生。本当に碌でもない。そんな気分でBETAを突撃砲で次々射貫いていく。まったく絶好調だ。気づかなければさぞかしいい気分だったろうに、気づいてしまった。

 突撃砲の弾なんてものは突撃銃の10倍くらいある。つまりこれを術式弾に変えるには、魔力も10倍程いるはずだ。前世の私ならとっくに魔力切れをおこしているはずなのに、絶好調。これは私が前世とは比べものにならないくらい魔力があるということだ。

 そこからだ。前世の様々な疑問が全てわかってしまったのは。

 

 『いくら私が信仰心の欠片もない冒涜者だとしても、何故こんなにやることが大掛かりなのだ? 神にコスト意識なんてものがあるのか疑問だが、あまりに私にこだわりすぎる!』

 

 『魔力とは何なのだ? 生物学的、動物学的にみてもこんな力はおかしい!』

 

 『なぜ魔力を持った人間は軍人にしかなれないのだ? いや、この力を戦争以外に使わないのは何故だ?』

 

 『なぜ戦争が終わらない? レルゲン大佐、ゼートゥーア閣下等が懸命に停戦へと努力しているにも関わらず、帝国が泥沼から抜け出せないのはなぜだ?』

 

 ああ、畜生、成る程、今こそ理解した。おかしいとは思っていたんだ。そういえば前世の戦争中も、存在Xが干渉していると思われる強力な敵が襲ってきたりもした。あれはそのための試練だったというわけか。

 存在Xは私を『信仰心のない冒涜者』と呼び、『私の信仰心を培うためにあの世界へ送った』などと言ったがとんでもない! 私など神から見れば只の小賢しい虫けら。冒涜者などと呼ぶことすら烏滸がましい、取るに足らない失敗作のひとつ。

 真の冒涜者はあちらだったというわけだ。奴は自分を創造主だと言ったではないか。ならばそれが造りたもうたあらゆる創造物を破壊し、荒涼たる大地に変えてしまうBETAこそが本物の冒涜者! そして私はそれを討ち滅ぼす天使役として選ばれてしまったわけだ。

 つまり魔術とは、神が与えた冒涜者を滅するための力。

 そして前世のあの魔術世界、あれはいわば演習場。その力の使い方を学ばせるための場だったのだ。成る程、戦争が絶えなかったわけだ。戦争がある限り、その強力な武器である魔術は応用、発展され続け、演算宝珠なんて魔力を自在に操るアイテムまで作られた。私自身、魔術の使い方にはこんなにも長け、強力な力を自在に使いこなし、BETAを楽々葬っている。そして魔力もこちらが本番のため、大盤振る舞いで大量に与えられているというわけか。

 

 神のしょうもない絡繰りが分かったところでやることは変わらない。次々BETAを撃滅し、やがて橋頭堡から10キロほどの地点までBETAはいなくなった。アイリスディーナはここで小休止を命令したが、イェッケルン中尉はさらなる進攻を主張。要は『西側に負けるな!』ということだが、二人は言い争いになってしまった。

 

 (イェッケルン中尉は上から無茶なノルマでも厳命されているんだろうな。私達の戦力じゃ、西側と張り合うなど無理だというのに)

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドド…………

 

 ――――――――――!?

 

 ふいに謎の振動が起こった。そしてヘッドセットに警告音が鳴り響き、センサーのグラフデータが一気に展開する! そして、アイリスディーナから新たな命令が来た。

 

 『全機、警戒態勢! 新たなBETA挺団が進攻してきた。我々はルートを離れ、これを迎撃する!数は約一万。位置は南西5キロ、ワルシャワ条約機構軍と欧州連合軍の境界線上だ!』

 

 中隊の9機だけで一万を迎撃する!? しかもデータリンクを共有してない欧州連合軍も来るだろうし、フレンドリーファイアが起こる可能性大だ!

 

 『何も一万全て相手にするわけじゃない。目標は先頭を走る突撃級300だ。時速約90キロで向かってくるあれだけは、橋頭堡防衛が間に合わなくなる可能性が高い」

 

 それでも我々9機だけで突撃級を300は多い。とはいえ命令だ。目標に向かい進軍。数が多いので、前衛、後衛小隊ごとに別れ、それぞれの小隊独自に突撃級を迎え撃つこととなった。

 突進してくる突撃級BETAに向かい斉射。突撃級は全長16mと要撃級より大きいにも関わらず全BETA中最速であり、その外殻はダイアモンドとほぼ同じ硬度をしている。その質量と硬度と速度でとんでもない突進をかけてくるので近づきたくない相手だが、橋頭堡の防衛任務のためには近づかざるを得ない。遠距離射撃では効力が薄すぎるのだ。さすが第666は精鋭。近づきながらも突進を躱し、確実に撃破していく。が、敵の数が多すぎる。

 

 (ああくそ! たった9機じゃ、こんなに大きく広がる敵前衛を倒しきれるはずがない! 勢いを削ぐことさえできないじゃないか)

 

 小隊長のイェッケルン中尉は『分隊ごとに分散して叩け!』などと無茶なことを言う。そんなことをすれば、四方をBETAに囲まれたこの状態では防御が間に合わなくなり、各個撃破されてしまうだけだ。

 

 (畜生、これじゃ前世の泥沼追いかけっこと同じじゃないか! いや自分で判断し行動出来ない分、なお悪い!)

 

 イェッケルン中尉を必死にテオドール少尉がたしなめていると、レーダーが欧州連合軍の部隊が近づいてくるのを感知した。『良かった、これで少しは楽になる』などと安堵していると、カティアが絶叫しながら警告した!

 

 『欧州連合軍の場合、私たちのように戦術機部隊が単独で突撃級と戦うことは想定しておりません! 高威力のミサイル攻撃で徹底して叩くんです。そして我々は彼らとデータリンクの共有をしておりません。つまり………』

 

 ―――――戦場でよくある事故!? 私たちごと面制圧するつもりか!?

 

 『ここから一刻も早く離脱すべきです! このままでは味方の砲撃で全滅です!」

 

 とテオドール少尉はイェッケルン中尉に上申するが、

 

 『ここから逃げるだと!? 欧州連合軍の都合を優先したことになるのだぞ! ここはワルシャワ条約機構軍の戦区、奴らが我々に会わせるべきだ! それに味方とはどういうことだ!? 奴らは西側陣営、我々とは志を異にするものだ!」

 

 …………だそうだ。

 学問とは本来、人を賢くするためのもの。人が住みやすい社会をつくるためのもの。なのに社会主義、共産主義は学べば学ぶほど人がアホになっていくのは何故だろう? 主義に正しい生き方をすればするほど対立する者が増え、まわりが敵だらけになるのは何故だろう? そして今、こんな命の掛かった場面でさえ国家の面目のために逃げることもできないとは!

 本当に『イェッケルン中尉には消えてもらうか』などと考えたりもした。しかし政治将校を死なせるリスクは、計り知れない。アイリスディーナの計画も大きく狂うことになる以上、彼女も守らねばならない。

 

 バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ!

 

 本当に奴らはミサイルを撃ってきた! 私たちごとBETAを殲滅する気だ!

 

 くそっ、仕方ない。『ここに私たちがいるのが悪い』という理屈が成り立つのなら、『私たちのいる場所に撃つ方が悪い!』という理屈も成り立つはずだ。

 突撃砲、及び銃弾に術式をかける。光学式術式、爆裂式術式、そして熱誘導式術式。近くの高熱を発する場所に自動的に弾が向かっていくという術式だ。

 

 バン! バン! バン! バン! バン! バン!

 

 熱誘導弾に変えた私の弾は、音速で飛ぶミサイルの噴射口へと向かい、爆破しながら撃ち落としていく!

 

 ズガァ―――ン! バァ―――ン! ズガガァ―――ン………

 

 

 ふぅ、ミサイルを全弾撃ち落として一安心………………BETAは!? 突撃級は!?

 

 突撃級の諸君、ミサイルを撃ち落として守った私に感謝の礼などするわけもなく、再び橋頭堡に向け進軍! またまた私たちは不毛な追いかけっこ。

 はっはっはっは、何と愚かな人間だ! 愚か者が愚かなことをして、愚かに走り回っているぞ! 自分で自分を笑ってしまうよ、はっはっは………ウェ~~ン。

 

 

 『後衛各機、後退するぞ! 欧州連合軍から警告が来た。浸透突破する突撃級にミサイル飽和攻撃をするそうだ。この場より離脱だ!』

 

 アイリスディーナが前衛小隊と共に戻って来て、ありがたい命令をした。が、さすがはイェッケルン中尉。

 

 『同志大尉! 自分が何を言っているのか分かっているのか! 欧州連合軍の作戦の正しさを認めることになるのだぞ! それにヤツらのミサイルは欠陥品だ。全弾、目標に届かず地に落ちたぞ!』

 

 『何を言っているのか分かっているのか』と聞きたいのはこちらだ! そして欠陥品はあんたの頭だ! 本当に社会主義者の政治優先は、想像を絶するあんぽんたんだな!

 

 どうにかアイリスディーナがイェッケルン中尉を言葉でねじ伏せ、脱出支援に来た西ドイツ軍の部隊に率いられて、その場を離脱した。

 

 

 

 

 たった1日で十戦したぐらいに疲れた。海王星作戦はまだ初戦なのだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ターニャをも泣かす、残念指揮官グレーテル・イェッケルン!

この恐るべき指揮官のもと、ターニャは生き残れるのか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。