幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第21話 海王星作戦

 リィズ少尉が着任した数日後、第666戦術機中隊に新たな任務が下された。それは私だけでなく、隊員全員が経験したことのないような大規模作戦であった。

 海王星(ネプトゥーン)作戦――――国連軍、米軍、欧州連合軍、そしてワルシャワ条約機構軍による、四軍合同の一大反抗作戦だ。作戦目的は、ポーランドBETA群の大規模漸減による欧州全体の戦局の安定。具体的には、ポーランド沿岸部のダグンスク湾への進攻とBETA群の誘出撃滅である。

 

 この作戦が成功すれば、東ドイツは稼ぎ出された時間を利用して防御ラインの大幅な強化を果たすことができる。西側諸国もできるだけ長く東ドイツが存命して、盾でいて欲しいようだ。そのためならこうして大軍も派遣してくれる。西の思惑がどうであれ、万年戦力欠乏症な我が国に、BETA撃滅の為の大軍はありがたいモノのはずだが…………そんな素直な国でないのが社会主義国。さんざんに西側の悪意ある下心やら、取り込まれないよう注意しろだの聞かされた。

 しかしこういう西側の悪口を聞くたびに思うのだが、東側の人間というのは、自分たちが悪意など一切ない聖人君子の集まりだとでも思っているのだろうか? いや、実際に政治将校などはそう刷り込まれた教育を受けているのだろう。でなければあんなアホになって、アホな指示を、命の掛かった戦場で出せるとは思えない。

 実はBETA戦最前線の我が国。今までも西側の他国からBETA戦闘の協力の申し出は何度もあり、いくつかは受けている。ところが西側性悪説の我が国。そのたびに戦区を厳しく制限したり、持ち込む兵器や武器などにも制限を設けたりしている。只でさえ厳しいBETA戦闘にこんな制限などをつけたら被害はさらに大きくなり、結果協力しようなんて善意の国は激減している。現場からすれば上層部のアホを叫びたい!

 

 さて、海王星作戦に話を戻そう。我々の所属はワルシャワ条約機構軍。チェコスロヴァキア軍やハンガリー軍などの東欧諸国との合同部隊だ。そこに第666戦術機中隊は東ドイツ軍唯一の戦術機部隊として参加する。

 場所はポーランド沿岸部のグダンスク湾。そこら一帯のBETAの漸減をするのが作戦目的だ。

 不運なことに、司令官付きの政治将校がイェッケルン中尉の上司様だそうだ。その縁で、ここに来る前もここに来てからも、さんざん精鋭部隊として西側にあなどられぬようにとご訓示された。まったく話を聞いてると、作戦の成功より西側との政治闘争に勝つ事の方が重要みたいだ。いや、本当にそうなのだろう。何度もいうが、そう教育されているのが政治将校というものだ。

 

 

 

 「エーベルバッハ少尉。それでは新エレメント、お願いします。ヴァルトハイム少尉も」

 

 ポーランドのグダンスク湾の仮設基地に到着し、任務に入ったものとして姓の方を呼ぶ。ファム中尉が負傷のため抜けて、この任務ではコマンドポスト。そしてリィズ少尉が入ったために新編成になったのだが、私はテオドール少尉とカティアとの三人分隊になった。部隊人数が奇数のため、三人分隊ができるのだ。

 実は私は今まで前衛小隊にいた。私は射撃特化なので吶喊役の前衛より、その支援の後衛が適任であるにも関わらずだ。これは幼女である私を無理矢理に衛士にしたアイリスディーナが面倒を見るためであったのだが、一応一人前と見なされたのであろう。後衛に移され、テオドール少尉に預けられる形となった。

 

 「ああ、お前は心配していない。とにかく実働までの訓練で合わせることに集中しろ。それよりもっとデカい問題があるしな」

 

 「……あれですか。ベルンハルト大尉の指揮に慣れた私にはこたえそうです」

 

 「あれね……ファムお姉さんが恋しいです」

 

 後衛小隊の小隊長は次席指揮官のファム中尉。だが、さっき言ったように彼女は負傷のため部隊から外れ、CPをやっている。そして代わりに小隊長になったのが、我らが隊政治将校様のグレーテル・イェッケルン中尉だ。いやぁ、どんな政治的に正しい指揮を取っていただけるのが今から楽しみで仕方がない。

 おそらくこんな感じだろう――――

 

 『突撃! 突撃だ! 社会主義的突撃でBETA共を粉砕せよ!』

 

 『BETAより西側許すまじ! 資本主義者共の司令部に社会主義的制裁を下せ!』

 

 『諸君、社会主義万歳を三唱だ。唱えた後、敵に向かって自爆吶喊せよ! さあ祖国と社会主義に忠誠を示せ!』

 

 ……………嗚呼、政治将校様万歳だ。

 

 

 

 

 「お前たち、何をやっている。強化装備に着替えたらブリーフィング、後訓練だ。さっさと着替えてきて準備をしろ」

 

 噂をすれば影。我らが後衛小隊の新隊長、イェッケルン中尉が現れた!

 

 「は、はい! 社会主義万歳! 社会主義万歳! 社会主義万歳!」

 

 「何を言っているのだ? 同志上級兵曹、勉強熱心なのはいいが後にしろ。作戦開始まで時間がなくて、訓練の時間はあまり取れんのだからな。私自身、ホーエンシュタイン同志少尉との連携は少しでもやっておきたい」

 

 「お兄ちゃん、いっしょに行こう!」

 

 イェッケルン中尉の後ろからリィズ少尉がヒョコッと出た。彼女はイェッケルン中尉とエレメントを組む。彼女が何か部隊に不利益なことを仕掛けようとするなら、すぐにイェッケルン中尉が操縦権を奪えるようにそうしたらしい。しかし私がリィズ少尉なら、何か仕掛けるなら真っ先にイェッケルン中尉を何もさせないまま潰すぞ。大丈夫か、この小隊。

 

 「一緒に行こうと言っても、お前とは男女別で更衣室は完全に別れているだろ。カティア達と行けよ」

 

 「ぶ~~! 兄妹なんだからいっしょでもいいのに!」

 

 彼女がテオドール少尉とじゃれ合う様を私もカティアも、イェッケルン中尉さえも憮然と見ている。私たちはともかく、イェッケルン中尉までも注意することなく見ているのは、彼女の無邪気な様に本当に国家保安省のスパイか見極めきれないからであろう。 

 

 だが、実は私はとっくにリィズ少尉が国家保安省の手の者だということは確信してしまっている。『国家保安省が、私のことを見のがしている現在の状況から見てもそうとしか考えられない』ということも合わせてだが、リィズ少尉が様々な場面で演技をしているのがわかってしまったからだ。

 実は私も演技をしている。心は平和主義で忠実な資本主義者であるにも関わらず、革命精神溢れた社会主義者のフリをしているのだ。

 例えばイェッケルン中尉が指導してくださるポンコツ社会主義経済理論。前前世のエリートサラリーマン的に見て、『経済破綻間違いなし、極貧国家一直線!』としか考えられないシロモノであるにも関わらず、

 

 『素晴らしい! まさに世界中の貧困を無くし、人類皆平等に幸福へと導く画期的理論です!』

 

 などと言っているのだ。頂いた『赤い本』も、ゴミ箱に捨てたい気持ちを抑え、大切に本棚にしまっている。まぁ、これは大笑いしたい時は役に立っているので、衝動的に破り捨てたくなる気持ちに気をつけて愛用しているが。

 とにかくだ。リィズ少尉には、私がイェッケルン中尉に社会主義ヨイショをしている時と同じ臭いを感じるのだ。練度は向こうが上でも、タイミングや、つい大げさな表現になってしまう辺りでわかってしまう。

 

 その時、リィズ少尉と目が合った。リィズ少尉はテオドール少尉とじゃれ合うのをやめ、ニコッと私に微笑んだ。

 

 「ねぇ、ターニャちゃんって凄く射撃が上手いよね。どうしたらあんなに当たるの?」

 

 「当てようと思ったら当たるんですよ。ヴァルトハイム少尉、先に行ってましょう」

 

 私はカティアの手を引き、更衣室に向かった。

 

 ふと、リィズ少尉がテオドール少尉とじゃれ合っていた時の笑顔を思い出した。

 

 私に向ける嘘くさい微笑みと違って、無邪気な、本物の笑顔。

 

 彼女相手にこんなことを思うのは危険かもしれないが、

 

 『テオドール少尉への気持ちだけは本物』

 

 

 

 そんな私らしくない評価をしてしまった――――

 

 

 

 

 

 




海王星作戦開始!
不安はあれど、戦いは始まる
ポーランドBETA支配地域にての激闘

幼女よ、荒野を目指せ!

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