幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第19話 ベルリンロマンス

 私は今、首都ベルリンにいる。作戦会議に出席したアイリスディーナの出張の同行として来たのだ。他の同行者はカティアとテオドール少尉。ヴァルター中尉もいたのだが、作戦会議終了後どこかへ行ってしまった。まぁ、ここは国家保安省の本拠地、中央庁舎も置かれている。何らかの手を使って情報収集でもしているのだろう。

 本来の任務の作戦会議に私達は必要ない。空き時間を利用したこの観光にこそ、本来の目的があるのだろう。

 

 

 

 「うわぁー! これがブランデンブルク門! その後ろがベルリンの壁! さらにその向こうにある森林が、ティーアガルデン! あっちのでっかいタワーが戦勝記念塔!」

 

 ベルリンの壁付近に来たカティアは大はしゃぎ。私のちっちゃなお手てを握りながらあちらこちら見て回る。『すごいねぇ~ターニャちゃん、大っきいねぇ~』などと上機嫌。全く幼児は女のペットだな。東ドイツ最強部隊の隊員同士なのだがな、私達。

 だが、はしゃいでいた彼女はふいに立ち止まり、真剣な顔で私を見つめた。

 

 「ねぇ、ターニャちゃん」

 

 「何です、カティア少尉?」

 

 何だこの真剣な顔は。初めて見たぞ。

 

 「私のこと、知っているんだよね。どこで聞いたの?」

 

 カティアは私に体を寄せて、耳元でささやくように聞いてきた。

 何のことだ? いや、彼女はかつてのこの国の英雄、アルフレート・シュトラハヴィッツ中将の娘だということはアイリスディーナから聞いた。ヴェアヴォルフのブレーメ少佐は、アイリスディーナがカティアを手元に置く何らかの理由があることを嗅ぎ付け、確保しようとしていたらしい。つまりノイェンハーゲン要塞での保安隊や、そこから帰還する際つけ回してきた奴らは少佐の手先だ。だが、そのことではないだろう。

 

 

 

 カティアは本気の真剣な眼差し。

 それに耐えきれず、私は空を見た。

 正直、カティアの顔を見続けるのは辛い。

 私が殺した姉貴分をどうしても思い出してしまう。

 寒冷化の空は、相変わらず鉛色の雲が深く覆っている。

 

 (灰色の空、か………。ウルスラを殺したのもこんな空の下だった)

 

 ふと、私はカティアをギュッと抱きしめた。

 あの日、してあげられなかった彼女の代わりに。

 

 「ターニャちゃん……?」

 

 (やはり無理だな。あの日ウルスラを抱えて飛んでも、氷点下の空で彼女は生きられない。生きることが出来るのは、術式で魔力を熱に変えられる私だけだ)

 

 

 そんな分かりきったことを、もう一度確認した。

 

 

 ―――それでも、

 

 

 空に君を連れて

 

 

 最期に少しだけでも語り合っていたら、

 

 

 何かが救われただろうか―――

 

 

 ――――ウルスラ、君は生きて何をしたかったんだ?

 

 

 「どうしたの、ターニャちゃん。寒いの?」

 

 「―――ああ。あの日から私はずっと寒い」

 

 

 ベルリンの寒空の下

 私達はアイリスディーナとテオドール少尉が迎えに来るまで抱き合った。

 言葉ではなく、体温のみでカティアに彼女を語った――――

 

 

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は次にカティアの案内で蚤の市(フローマルクト)に来た。昔、東ドイツに住んでいた彼女が父親と一緒によく来ていた思い出の場所だという。

 カティアは、テオドール少尉に小さな人形を買ってもらって嬉しそうだ。微笑ましく見ていた私にアイリスディーナが話かけてきた。

 

 「どうだ、お前にも私が何か買ってやろうか?」

 

 「よろしいのですか? 私はカティア少尉のように安くはありませんよ」

 

 「いいとも。お前一人の浪費も受け止められないようでは、最強部隊の隊長など張ってられないからな」

 

 「その言葉、飲み込まずいられたらよろしいですな。では、これを頂きましょう」

 

 私はとある商品の一つを指した。

 

 「なっ! 正気か!? どうするのだ、こんなもの!! 私を困らせる為だけに言っているのなら、やめた方がいいぞ!」

 

 「いえ、本当に欲しいのですよ。それともさっきの言葉、翻しますか?」

 

 それは、私の背丈ほどもある巨大な熊ぬいぐるみであった。といってもテディ・ベアではなく、痩せていてアレほど可愛いものではないが。

 

 「………まさか、そうくるとはな。だが値段はともかく、どうやって基地に持って帰るというのだ? 私はイヤだぞ。それ一つ持っているだけで痛い女に早変わりな、悪魔のアイテムだ!」

 

 「テオドール少尉、お願いします。『テロド~ル君』と名付けて大切にしますから」

 

 「どこに、俺がその痛い作業をやりたがる要素があるというのだ! 断じて断る!」

 

 結局押し切って熊ぬいぐるみを買って貰い、私とカティアが交代で二人で運ぶことにした。

 

 「ターニャちゃんも可愛い所があるんだね。大っきいぬいぐるみとか、小さい子の夢だもんね」

 

 カティア、君は天使だな。

 もっとも、私の考えている使い方は可愛くないがな。

 

 しかし、アイリスディーナはなかなか本題に入らないな。本当にただの観光をしているだけだ。いや、首都ベルリンじゃ、秘密の話ができる所などなかなかない。盗聴器のない場所などまずないし、盗聴器を避けても複数の人間が話しこんでいるだけでアウトだ。

 

 やがて私達はベルリンタワーの展望台へ来た。雄大なベルリン市街の全景が一望できる場所だ。いい機会なので、私は国家保安省中央庁舎、ベルリン市街の警備、その他重要施設の情報を、観測で分かる限り調べ回った。イヤイヤながらも肩車をしてくれたテオドール少尉、ありがとうございます。

 やがてそこの片隅に私達を集め、いよいよアイリスディーナは本題を話した。確かにここなら多くの人の話声で盗聴器もあまり意味をなさない。

 

 「我々の目的は一人でも多くの東ドイツの人間を救うことだ。そのために現体制を打破し、ひとりでも多くの人間を逃がす」

 

 東ドイツは、もう間もなくBETA進攻に耐えきれなくなり、崩壊する。その際、国家保安省はじめこの国の偉い奴らは、自分らの組織の生き残りのために東ドイツ三千万の人民を上手く使うつもりらしい。アイリスディーナはそれを阻止しようというわけだ。まぁ、私は現体制の打破、国家保安省の打倒だけを考えればいいか。それだけやれば後はアイリスディーナがやってくれる、ということだけは分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「みんな、待たせたな。無事ヴァルターと合流できた。帰ろうか」

 

 夜の帳が落ち始めるベルリン。ヴァルター中尉を迎えに私達と離れていたアイリスディーナが、彼を伴い戻ってきた。彼女はブルリと肩を少しすくませ、空を見上げて言った。

 

 「………寒いな。雪でも降る前に急ごうか」

 

 上を向き微笑んだ彼女の青い瞳と金髪、そして白く美しい顎のラインに一瞬目を奪われた。素直に美しい、などと感じてしまった。

 ふと我に返って隣のテオドール少尉を見ると、まだ彼女に見惚れていた。次に後ろのカティアを見ると………アイリスディーナに見惚れるテオドール少尉を切なそうに見ていた。可愛そうだが、あれは無理ないと思う。がんばれ、カティア。

 

 「ふ~~んだ。いいもん。行こう、”テロド~ル君”!」

 

 カティアは抱えている熊ぬいぐるみに話かけ、早足でテオドール少尉を追い抜いた。

 

 「お、おい! 本気でその名前にする気か! やめろ、今すぐ変えろ!」

 

 「ダメです~~! もう決定!」

 

 それは私のものなんだが………まぁいい。ぬいぐるみの本来の使い方はこんなものだろうしな。

テオドール少尉を少しでも振り向かせることに役立ってくれるなら何よりだ。

冗談で言ったのだが、熊君の名前は本当に”テロド~ル君”に決定してしまったようだ。

 どんどん先へ行ってしまう二人をアイリスディーナ達と追いかけた。

 

 

 (そういえばカティアの質問の意味を聞くのを忘れたな。『彼女のことを知っている』とはどういう意味だ。まぁ、いつか聞けばいいか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数日後、アクスマン中佐の言葉通り補充要員が来た。

 

 名はリィズ・ホーエンシュタイン。

 

 テオドール少尉の義理の妹だそうだ。

 

 なんという偶然!………なわけはないな。やはり国家保安省のえげつない手だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベルリンの片隅の、幼女ハードボイルドロマンス

彼女のおもい偲ばせ、カティアと抱き合う


そしてテオドールの義妹リィズ来る!
テオドール、カティア、アイリスディーナ、
そしてターニャの運命を大きく揺さぶる!

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