※ ターニャのセリフは一部省略しています。実際に何と言っているかは心の声でご想像下さい
私は一旦要塞に入り、テオドール、アネットをファム中尉らに引き合わせた。するとクルト曹長が要塞守備兵の主だったものを連れ、
「あんたを告発しない。これは要塞守備兵全員の総意だ」
と、私にそう告げた。ハァ? 私はでっかいハテナマークが頭の周りで廻っている気分だ。
何を言っているのだ、このヒゲモジャ戦車帽は。『これだけの人間が誰も密告しない』とでも思っているのかね。『いつかBETAが休戦協定求めにやって来る』などと言うおとぎ話でも信じていた方がマシだよ。君の頭は、その薄汚い戦車帽の台かね?
だが連中は本気だった。カティア、ファム中尉も含めて。女史ら保安隊員の遺体は全員BETAに食わせたそうだ。BETAは掃除屋としては優秀だな。こんなにいらないが。さらに保安隊の事務所から、この要塞に仕掛けられている盗聴器の位置を特定。私のやらかした一部始終の記録は綺麗に抹消したそうだ。
が、物的証拠を消しても国家保安省の尋問に全員が耐えられる、などと本気で考えているのかね? 君の戦車帽の下はお花畑でも咲いているのかね、曹長。
「ああ。いつか誰かが連中に屈し、俺達全員を地獄に落とすだろう。家族がどこかにいる奴は、家族も巻き込む。だが構わない。その日が来るのを一日でも一時間でも遅らせるよう、一人一人が覚悟を決めた。そして連中に屈し、密告した奴を探しも恨みも軽蔑したりもしない」
なんだその社会主義国人民にあるまじき格好良さは。上のケツを舐め、下を踏みにじり、同輩を蹴落とす。それが正しきコミーであろう。恥ずかしくはないのかね? 資本主義社会のブタどもが讃えるようなヒーローなどになって。
まったくもって理解できんな。私ひとりのために全員がそこまでの危険を冒すなど。どう考えても無意味極まりない! 全員、国家保安省に、『反動分子に手を貸した』として殺されるだけだ。君の汚い戦車帽でも洗ってきて頭を冷やしたまえ。
クルト曹長は遠くを見るような目をして言った。
「どっちにしろな、俺達は死ぬんだよ。今回は凌いだが、次回はダメだろう。万一次回凌いでも、その次は終わりだ。BETAの大侵攻は何度でも来るからな。
上に踏みつけられ、BETAに食われ、それでも国のためにって大義のために生きて、戦い、死んでいく。それが俺達だって思ってた。でもな………」
うお、睨まれた!? クルト曹長だけじゃなく、後ろの守備兵全員に!
「英雄を見ちまった。国家保安省を恐れず、BETAも恐れず、たった一人でBETAを押し止める、夢みたいな英雄をな」
『白銀』の復活は、あの場限りだぞ。この先も続ける気はないぞ!
「あんたを少しでも長く自由にすることが俺達の誇りだ。上から押しつけられたものじゃない、本当の俺達自身のな」
………………まあ、いい。英雄待望の夢に殉ずるというのなら、勝手にするといい。応える気はさらさら無いが。しかし、カティアとファム中尉はどうなのだ。BETAと戦わねばならないとはいえ、一応将来はあるだろう。特にファム中尉はベルリンに家族がいると聞く。こんないらん危険を抱え込んでどうする。無理するな。告発で作ろう、明るい未来。
「さっきも言ったけど私は告発も密告もしない。それをしちゃうと、もう誰にもやさしくなんて出来なくなると思うから。家族なら大丈夫。万一の時のことは考えてあるから」
ファム中尉はそう言って、いつもの優しい姉のように微笑んだ。『強くなければ生きられない。優しくなければ生きる資格がない』を地でいっているようなお方だ。
テオドールも、
「俺達は何も聞かなかった。ただ三人を迎えに来て、すぐに戻った。アネット、いいな?」
「う、うん。ファム姉たち、みんなの為だもんね。………テオドール、あんた変わったね」
まったくだ。シュタージに怯え、子犬のように吠えかかる君はどこへ行ったのかね。
しかしな、告発した所で別に私がシュタージに引っ張られるわけでもない。その前に逃げることはできる。皆、何某か盛り上がっているが、黙って出て行くか。私がいなければ、シュタージも追求しきれないだろうしな。そう思っていた。だが、カティアがこう言った。
「私ね、今みんなの決意を信じなきゃいけないと思う。そりゃあ最終的にはシュタージに負けちゃうかもしれない。でも、今のみんなのこの気持ちは本物。私もファムお姉さんとおんなじだよ。ここでみんなを信じられなかったら、理想なんて、もう追えないと思う」
そう言ったカティアの笑顔は―――
私の姉貴分の微笑みのようだった。
もう、二度と見ることはないはずの、あの―――――
「諸君らの言葉、嬉しく思う。ならば共に征こう。この国の明日へ。祖国万歳!」
いつの間にか私はそんな言葉を吐いていた。そして、彼らに敬礼をした。
「「「「「「祖国万歳!」」」」
要塞守備兵の皆は一斉に私に最敬礼をした。奇妙な光景だ。私は彼らより下の階級の兵曹、それも幼女だ。なのに私に本物の敬意を表してくれる。クルト曹長、君の戦車帽の下のお花畑で、花輪でも作ってきたらどうだね。
テオドール、アネットは私を呆気に取られて見ている。ファム中尉はいつもの様に優しく笑い、そしてカティアは拍手なんかしている。そんな彼女に私は―――――
「これでいいか、ウルスラ」
もう、逢えない姉貴分に挨拶をした。
「えっ………! ターニャちゃん?」
誰?とか思って随分驚いているな。だがすまん、今しばらく君の向こうにいる私の姉貴分に挨拶させてくれ。グレースだった頃の私として。
「名前を変えても私は私、君は君だ。そうだろう? ウルスラ」
「えっ……えええ!? 何? どうして……あああ!」
このくらいでやめておくか。カティアは、私があまりに訳のわからないことを言うので、混乱している。………………混乱しすぎじゃないか? 驚きすぎて面白い顔になっているぞ。
仕方ない、もう少しここにいるか。国家保安省の手が伸びるまで。
カティアが慌てている理由は原作ファンの人はわかりますね?
要塞守備兵の覚悟により、もう少しだけ第666にいることを決めたターニャ。
だが、この先何が待つ………?