幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

10 / 78
第10話 ノイェンハーゲン要塞

 ウルスラ。

 私が孤児院にいた時の、押しかけ姉だ。私は大人の精神を持っていたので子供の世界では孤立しがちだったのだが、そんな私を”姉”と呼ばせて一緒にいてくれたのがウルスラだった。

 彼女のクリスチャンだった死んだ両親の教えらしく、人を信じる大切さなどを、よく私に言って聞かせた。まったく彼女の親も罪なことを教える。こんな国で人など信じたら、ロクな目にあわないだけだろうに。

 私が義勇兵になると言うと、自分まで誰かの代わりになって志願してしまった。そして最期。あの陣地でBETAの恐怖に隅で震えていた。だが他の孤児とは一緒には逝かず、一番最後に希望した。正直ホッとした。彼女を一緒に連れて行く余裕はなかった。もし希望しなければ撃つことはできず、結果残酷な最期になっていただろう。

 私など信じて、やはりロクな目にあわなかったな、ウルスラ。

 

 『グレース……でも本当はまだ死にたくない!』

 

 そんな最期の置き土産を私の耳に残して逝った。

 そしてカティアはこのウルスラにどことなく似ている。性格、容姿、何より、生き方が。故にウルスラの影に縛られ、どうにもカティアを放っておけないのだ。

 

 

 『そっか~~残念! ターニャちゃんにもそんな人がいたんだ~~。おませさんねぇ』

 

 ファム中尉のこのお姉さんなノリはどうにかして欲しい。カティアはじめ部隊のさみしい小娘には人気だが、戦場でやられては困る。やっぱりこの人はトップにしてはダメだ。網紀がゆるみっぱなしだ。

 さて、臨時小隊だ。最初は連携は上手くいっていた。私がBETAの動きを止め、ファム中尉がとどめを刺し、カティアが警戒。弾薬の消費も抑え、このままいけば長期に支援任務を行えただろう。が、やはりカティアが悪いクセを出した。

 ファム中尉が後方へ見逃すと判断した突撃級の群を『見逃せない!』と、狩りに行ってしまったのだ。小隊から飛び出して。

 確かに突撃級は要塞に大きなダメージを与えるだろう。だがその分他のBETAを多く狩れば、余裕を持って迎撃できるはずだ。

 

 お約束を外さぬ女、カティア。やっぱりBETAに囲まれた。前世の私なら確実にそのままBETAのランチに進呈している。『為せぬ無能に使う弾薬はない。対費効果だ』などと言って。

 

 が、今世先に述べたように、幼なじみの姉貴分に慈悲の鉛弾を与えたことが殊の外効いている。まったくやれやれだぜ、な気分で突撃砲を構えた。

 劣化ウラン弾の大盤振る舞いだ! 弾薬に関してはケチで有名な私が、後先考えずのおごりだ。BETA共、腹一杯食いたまえ!

 

 さらにファム中尉が前に出て退路を作った! さあ、逃げろカティア!

 

 『機体が動きません!』

 

 …………本当にお約束を外さないな、カティアよ。

 

 いい加減、見捨てたくなってきたその時だ。要塞より救援が来た。

 

 ノイェンハーゲン要塞の戦車部隊だ。

 

 援軍が戦車の一斉砲撃で大きくBETAを退がらせる!

 

 そこでエレニウム九五式宝珠起動! 機体のパワーを大きく上げる!

 

 一瞬でカティア機の前面に出て、そのままカティア機を押しながら要塞へ退却!

 

 やがて大きな被害を出したものの、戦車隊は帰還。

 

 ファム機も退却は出来たものの、ファム中尉は負傷した。

 

 対費効果? 知らない言葉だなぁ。今だけはその言葉を忘れなければやってられない。

 

 

 

 

 ノイェンハーゲン要塞―――――他の要塞陣地より切り離されているそれは、独立してBETAの攻勢に耐えるほどに頑強。内部は巨大な迷路となっており、小型BETAを引き入れ、遊兵と化すことが可能な造りとなっている。

 長時間の激戦の末、やっとノイェンハーゲン要塞周辺は小康状態になった。ここは要塞内の一室。負傷したファム中尉を寝かせており、私とカティアもそこにいる。そこに、この要塞の責任者であり、私達を救援に来た戦車大隊の指揮官、クルト・グリューベル曹長が挨拶に来た。戦車帽を被ったヒゲをのばしっぱなしの年若い男。だが、戦士の貫禄で実際よりだいぶ年がいってる様に見える。

 本来は中佐か少佐が相当のこの要塞の責任者が、曹長とか。………ああ、本来のその人はお隠れになったのですね。で、陥落を見越しているんで後任はこない、と。ええ、ただでさえ貴重な指揮官を、わざわざBETAの餌場になる予定のこんな場所に送れませんとも! 送るのは私らハンパ衛士で十分です! はっはっはっ―――

 ………これでも、前世の戦争末期よりはマシなのだ。こんなのはアレに比べれば天国だ。

 

 「………で、さっきドジこいて俺達をすり潰したのはどっちだ? まさかこの小さい方じゃないよな? もし、そうなら俺は自分を抑える自信がねぇ」

 

 曹長は私を睨んで言った。気持ちはわかる。私の衛士強化装備姿は、我ながら子供が衛士様の格好をして遊んでいるようにしか見えない。こんな子供を戦術機なんて高価なオモチャに乗せて、現場をウロチョロされ、自分の部隊に損害が出たら………以下略。

 

 「わ……私です! ごめんなさい! 私のせいであんなことに……」と、カティア。

 

 まったくだ。ここの援護に来たのに、逆に被害を拡大させてどうする。

 

 「………そうか。あんた達を何としても助けろと上から命令が来た。まぁ、いいさ。それが任務だ。上の都合で死ぬ奴が出るのは慣れている」

 

 カティアならまだ抑えることが出来るらしい。曹長の言葉にカティアはますます謝る。謝って済むことでもないだろうに。

 

 「すみません! 本当に……本当にすみません! 私のせいで、傷ついた人や死んだ人を出してしまって………」

 

 「その話を続けるなら、俺はあんたらを殴らなきゃいけなくなる。今回だけじゃねぇ。第666には何度も見捨てられ、仲間が何人も死んだ。『命の選別だ。我々はより多くの人間を救う事を選ぶ』なんて言われてな」

 

 仕方なかろう。幸せ運ぶ弾薬、推進剤も限られている。BETAの無限兵団にさらされた味方にいちいち配っていたら、光線級吶喊前に素寒貧だ。誰もが不幸になる。

 

 「だからもう言うな。俺もあんたらも任務をしただけ。本音は別でも、それが全てだ」

 

 素晴らしき社会人、いや軍人。それが組織人というものです。上の理不尽に泣くことほど無駄なことはない、という真理を知っておられますね、曹長殿。

 

 「しかしあんたら、ずいぶん若いな。いや、あんたもだが、こっちは徴兵年齢すら達してないんじゃないか? 上のことはよくわからんが、衛士ってのはこれくらいでも成れるものなのか?」

 

 ふむ、私のことはどうにも説明し辛いな。ま、『上層部の機密です』とでも言っておけばいいか。そう口を開きかけた時だ。

 

 ――――バタンッ!

 

 「邪魔をする!」

 

 いきなりノックもなしに扉が開き、三人の兵士が入って来た。真ん中の女性兵士は制帽付制服を着ており、中尉の階級章。そして皆、左腕に国家保安省の腕章を付けていた。

 彼らは要塞内の監視、政治指導をしている国家保安省麾下の保安隊だ。

 

 「チッ………何でしょうか、中尉殿」

 

 グリューベル曹長はいやそうに敬礼しながら、女史中尉に尋ねた。

 

 「要塞司令部からの要請だ。カティア・ヴァルトハイム少尉及び、ターニャ・デグレチャフ上級兵曹の身柄を我々国家保安隊が預かる!」

 

 

 ――――悪名高きシュタージの尋問を私達にご馳走してくださるそうだ。

 

 

 

 

 

 




ターニャとカティア 
二人に国家保安省の魔の手が伸びる!

 はたして彼女らの運命は……?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。