ミセス・ヨーロッパ   作:ふーじん

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オケアノス編、完!
駆け足気味な内容でしたが、第三特異点で書きたいことは全部書いたぜ!!
今までで一番長くなったけど、どうかご容赦ください。


両雄激突、さらばオケアノス

 

 

 

「敵影補足――巨大な霊基反応を確認! マスター、アルゴー船です!!」

 

 海原を掻き分け、遂に捉えた巨大船の影。

 エウリュアレを乗せて小舟を漕ぐヘクトールの向かう先に聳える、ギリシャ神話に名高きアルゴー船。

 目視と同時に察知した霊基の奔流にマシュは警戒を促し、一行は即座に臨戦態勢を取った。

 

「おや? おやおやおや……どうしたんだいヘクトール、お前ともあろうものがゴミ屑くっつけてくるなんてさ。身だしなみ一つ整えられないのかい? ――ったく、使えねぇヤツだな。余計なモンまで持ってきやがって……」

「へいへい、そりゃあすまんこって。どうかお許しを、キャプテン」

 

 視線の先、アルゴー号の船上にて金髪の美男イアソンが、美貌を俗悪に歪めて吐き捨てる。

 対するヘクトールは何処吹く風と、飄々とした上辺ばかりの謝罪を口にしながら、迫り寄るカルデア一行を油断なく睨みつけていた。

 

「マスター、あれが人理修復を目論むカルデアの一行です。目的は今しがたヘクトールさまが確保してきた女神の奪還かと」

「成程、あれが例の……ふぅん、見たところ大した英霊も乗っていない有象無象の集まりじゃないか。あれが私の王道を阻もうとしているのかい? あっはっは、滑稽すぎて笑えてくるとも!」

「どうしましょうか、マスター?」

 

 見た目だけは清らなる乙女、若かりし頃のメディアが問えば、イアソンは鼻で笑う。

 優越、侮蔑、傲慢――絶対の優位性を確信しながら酷薄な笑みを浮かべ、当然とばかりに揚々と告げた。

 

「決まっているとも。あそこに集っている有象無象の虫ケラ共に、一つ挨拶をしてあげようじゃないか! ――ヘラクレス、見えるね? その化け物じみた馬鹿力を見せてあげなよ」

 

 イアソンがそう命じれば、傍らに控えていた巌の巨漢が頷く。

 狂気に囚われたヘラクレスは何の躊躇も無く海へ飛び込むと、海底に連なる山脈のいただきをぽきりと折って、跳躍。

 明らかに背負うには巨大すぎる大岩を担いで海上へ飛び上がると、そのまま黄金の鹿号へ向けて投げ放った――!!

 

「な、岩――いえ、あれは最早小山……を、投げた……!?」

 

 その恐るべき光景にマシュが目を見張った。他の仲間も信じ難いものを見るように驚愕に大口を開けている。

 冷静なのはヘラクレスの伝説を直に知るギリシャ神話の面々で、これすらも小手先と知るが故により一層の戦慄を抱いていた。

 

「どけ……!!」

「がんばれ、アステリオス!」

「ぬ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 咄嗟に動いたのはアステリオス。およそカルデア一行で唯一ヘラクレスに比肩し得る怪力の持ち主。

 彼の目的を察したエウロペが応援すれば、彼は小さく頷いて――

 

「や、山を――!!」

「受け止めたァ――!?」

「やっちゃえアステリオス! そのままお返しよー!!」

「う、あああああああああああああああああああああああああああ――――!!!!」

 

 敵方の攻撃も信じ難ければ、アステリオスの反応もまた俄には理解しがたい。

 あまりに途方もない筋力と筋力の応酬。当たれば船体を大打撃を与えて尚余りある小山を五体で受け止めると、彼はそのまま飛来してきた以上の勢いでヘラクレスに投げ返す。

 

 ヘラクレスとアステリオス、共に怪力無双を謳われる両雄。

 片や英雄として、片や天性の魔としての違いこそあれど、神代にあって尚常識を超えた筋肉と筋肉のぶつかり合い。

 その前哨戦は、投げ返された小山をヘラクレスが拳で砕いたことで引き分けに終わる。

 

 それを見て、一見面白そうに笑みを浮かべたのはイアソンだった。

 

「ハッハッハッ、なかなかやるじゃあないか、あの蛮人も! ……ところでありゃなんだ? 獣人か?」

「あれはきっとアステリオスさまですわ、マスター。またの名をミノタウロスと申します。かつてテセウスさまが討ち倒したクレタの大迷宮の怪物です」

 

 メディアが補足すれば、イアソンはより一層声を上げて笑う。

 

「なんだ、人間の出来損ないか! 英雄に倒される宿命を背負った、滑稽な生物! なんとも哀れで……惨めじゃあないか!! あんなものを仲間にしなきゃいけないなんて、向こうの人材不足は深刻だな。私の配下を分けてやりたいくらいだよ! ……尤も、そんな勿体無い真似できっこないけどね? あっはっはっはっ!!」

 

 なんと無様と嘲弄に大笑するイアソン。

 敢えて言い聞かせるように態とらしく、厭味ったらしい声音でアステリオスを嗤う。

 

 ちなみにサーヴァントの五感は非常に優れる。常人の数倍を知覚するなど容易で、視界の内で交わされる言葉を聞き取るなど造作もない。

 つまりそれがどういうことかと言うと――

 

「――――――――」

「こわっ! おばあちゃん顔こわっ!? 女の子がやっちゃいけない表情してる!!」

「こえー!? 身内だからか余計にこえーよ!?」

 

 笑みを硬直させて青筋を浮かべるエウロペがいた。

 論われた当の本人はまるで堪えていない一方で、愛する孫を悪し様に罵られたエウロペの堪忍袋があっという間に膨れ上がったようだ。

 戦慄する立香とオリオン。特にオリオンは直接の肉親の憤怒の表情に誰よりもビビっていた。

 

 そんな二人を置いて状況は続く。

 頭上で一大筋肉合戦を繰り広げられたヘクトールは冷や汗を一つ流して、アルゴー船に急いだ。

 そんなヘクトールへ向けてイアソンの野次が飛ぶ。

 

「ヘクトール! 助けは要るかい? さすがに今のは肝を冷やしたみたいだが?」

「――ええ、キャプテン。申し訳ないですが。ここは一つ、助けてくれませんかねぇ?」

「もちろん、いいとも! ――ああ、だけど一応訊いておこう。そこに女神はいるね? 当然、聖杯もだが」

「そりゃ勿論」

「ならばよし!」

 

 うんざりしたようにヘクトールが答えれば、イアソンは上機嫌に了承する。

 そして迫るカルデア一行を睥睨して。

 

「ここで決着をつけてあげよう! 君たち、世界を修正しようとする悪しき軍勢と――――我々、世界を正しくあろうとさせる英雄たち」

 

 満面の哄笑を浮かべつつ、高らかに宣言した。

 

「――聖杯戦争に相応しい幕引きだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「抜かしたな、イアソン!」

 

 大言壮語へ真っ先に弓引いたのはアタランテ。

 引き絞るタウロポロスから剛撃の一矢を放ち、イアソンの頭蓋を打ち砕かんと真っ直ぐに飛翔する。

 

 それに応じたのはヘラクレスであった。

 彼は山を穿つ剛弓の一撃をなんと素手で掴むと、そのまま握り潰してへし折った。

 当然のことながらその身体には傷一つ無い。続くアタランテの連撃も悠然と撃ち落としながら、一矢たりともイアソンへ届かせぬ人力の防護結界を構築する。

 

「相変わらず信じ難い技の冴え……ッ、理性を失って尚それか!」

「おやぁ? はっ、ハッハッハッ! これはこれは、麗しのアタランテじゃあないか!! ――私の元から逃げ去ったアバズレが一体何の用だよ。澄ました顔してオレの邪魔をしにきたのかい? 相変わらず統制の利かない野蛮人だな!」

「そういう汝は相変わらず身の程を知らぬな。女神たちの寵愛を受けながらなお腐り果てたその性根……歪んだ魂の小人物よ」

「あっははは! 今の君が言ってもなんにも怖くないねぇ! そういう強がりはさ、せめて一太刀届かせてから吐きなよ? 惨めで滑稽で、腹の底から笑えてくる!!」

 

 ヘラクレスに護られ余裕の笑みを見せるイアソン。

 他者の尽力を我が物と言って憚らない傲岸不遜に、アタランテの抱く嫌悪がますます深く広がる。

 この口先だけの小物は、しかしその弁舌だけでアルゴナウタイを編み上げた怪物。こと舌戦においてアタランテの敵う相手ではない。

 

 イアソンの挑発に悔しげにしながら、敵大将を狙う無意味を悟り場を後にする。

 その逃げ様までも嘲弄するイアソン。

 しかし逃げ去ったアタランテが不意に浮かべた笑みに不審を抱き、ふと別に視線をやって焦燥を露わにする。

 

「ばっ――馬鹿野郎、何をしているヘクトール!! まんまと女神を奪われやがって! ここにきてとんだ失態だぞ、まったく満足に使いもできない役立たずめ!!」

「そうはいいますがねぇ、さすがに寄って集ってこられちゃあ、オジサンもちょいとしんどいですよ……って!」

 

 アタランテがヘラクレスの注意を引き付けていた隙に、他サーヴァントが小舟のヘクトールに殺到しエウリュアレを奪還していた。

 如何に一騎当千を誇るヘラクレスが居れど、その他唯一直接戦闘を可能にするヘクトールはそうではない。

 二人までならまだしも、アステリオス、アルテミス、ドレイク、マシュ――四人もの英霊を同時に相手しては、エウリュアレを取り返す立香までは手が回らない。

 元より防戦を得意とするヘクトールのこと、四対一の戦いで傷をこそ負わなかったが、目当ての女神はまんまと奪還されてしまった。

 

「よっし、エウリュアレちゃんGET! みんなー! こっちは作戦通りにいったよー!!」

『よくやった立香ちゃん! これで敵が目的を達成することはひとまず防げた! あとは彼らを倒せるかだけど――――』

 

 目的が叶って喜色を浮かべる立香。ロマニも浮ついて希望を見せるが……対するイアソンは、心底つまらなさそうに白けていた。

 

「――あのさぁ、カルデアのマスターくん……だっけ?」

「なによ! 今更命乞いなんて聞かないわよ、このままアンタを――」

「今なら許してあげるから、とっとと女神を私に返したまえ。これは負け惜しみなどではなく、私の寛容と知るがいい」

 

 イアソンがそう宣えば、ヘラクレスが大音声を轟かせた。

 嵐と錯覚せんばかりの音の津波。大英雄の咆哮に僅かに顔を覗かせていた光明が木っ端微塵に打ち砕かれる。

 このまま彼らを倒せるかも――――そんな淡く浅はかに過ぎる希望など、彼の声一つで既に萎えた。

 

『――ダメだ、敵いっこない……! さっきはひょっとしたら……とは思ったけど、無理だ! 撤退を推奨する! エウリュアレちゃんを確保したのなら、とっとと離脱すべきだ!!』

「あ、れが……大英雄、ヘラクレス……!?」

 

 恐慌を必死に飲み込んでロマニが口角泡を飛ばす。直接ヘラクレスの咆哮を耳にしたマシュは、それだけで拭い難い恐怖を心に宿した。

 船上に舞い戻ったアタランテも、ヘクトールを取り囲んでいたサーヴァントたちも、俄に硬直して戦闘の手を止める。

 誰もがヘラクレスを注視し、その隙にヘクトールはアルゴー船へと逃げ延びる。しかし誰もそれを阻む手を持たなかった。

 

「そうだ! 彼こそがヘラクレス!! ギリシャの誰もが恐れた、英雄の中の英雄! 怪物の中の怪物だ!! お前達のような有象無象の凡百英雄とは役者が違う、神にまで至った最強の男だぞ!! 敗北などない、無敵の男! お前達なぞ無造作に引き千切られるのがお似合いの雑魚敵に過ぎない!! ――――もう一度だけチャンスをあげよう。おとなしく女神をこちらへ引き渡すがいい、カルデアのマスターとやら。そうすればヘラクレスをけしかけないでやる。粗末な命をまがりなりにも拾えるんだ、まさか否とは言うまいね?」

 

 その増上慢な問いかけに、立香は。

 

「勿論――――お断りよ!!」

「――――なんだって?」

 

 真正面から、きっぱりと。イアソンに舌を突き出して真っ向から否定した。

 

「あなた……っ!?」

「マスター!!」

「アンタなんかにエウリュアレちゃんは渡さないし、ヘラクレスにもやられてなんかあげない! 無敵の大英雄? 最強の男? ――だからなによ!! こちとらそういう肩書背負った英雄とはイヤってほど戦ってきたんだから、今更そんなのでビビると思ったら大間違いよ!!」

 

 震える脚を隠しきれず、しかし一切の偽り無く啖呵を切る立香。

 背に庇われたエウリュアレはそんな立香に息を呑み、マシュは花開くような笑みを見せて勇気を奮い立たせる。

 残る仲間も同様だった。一瞬とはいえ臆した我が身を恥じるように、戦意を漲らせてイアソンを――ヘラクレスを見据える。

 萎えかけた心を奮起させて意気を高くした彼らに、イアソンは……

 

「――――なにそれ? 本気? 正気で言ってるのか? これは、まいった……まさかまさかまさか、こんなにも勇気があるレディだったとは! いやはや御見逸れしたよ、素直に称賛を贈ろう! ヒューッ、カッコイー!!」

 

 右手で顔を覆い、空を見上げてこみ上げる笑いを堪え切れず抱腹するイアソン。

 その不気味さに皆が注視する中、イアソンは引き攣るほどに笑声を上げると、やがてゆっくりと立香に向き直って――――能面のような無表情を見せた。

 

「バァアアアアアアッカじゃないの!? まったく、塵屑風情が何を言うかと思えば……お前なんか怖くないィ? 私達は負けないィ? ハッ! 身の程知らずとはまさにこのことだな!! ……ほんっとナマイキ、今すぐ死んでくれるぅ?」

 

 精一杯の悪意を込めて吐き捨てたあと、傍らのメディアを抱き寄せて囁く。

 

「ああ、メディア! 私の愛しいメディア! お願いがあるんだ……わかるだろう? あいつらを粉微塵に殺してほしいんだ。君がかつて弟をそうしたように、残酷にバラバラに! 魚の餌にしてやってくれないかい? もちろん、今度こそは裏切らないとも! 信じてくれるだろう? 私のメディア……」

「――弟? ――裏切り? 仰ってる意味がよくわかりませんが……それがマスターの望みなら、私は全霊でお応えします。魔術の女神ヘカテーの一番弟子であるこの私の魔導の真髄、お見せしますね、マスター」

 

 あまりに歪でちぐはぐな、互いを互いに認識してすらいない空虚な愛と恋慕の囁き。

 薄ら寒さすら覚える仮面の二人に、皆が戦慄する。

 そんなカルデア一行を差し置いて、イアソンは更にヘラクレスへ命じる。

 

「さて、ヘラクレス……君も行きたまえ。そして奴らをその豪腕で粉砕してやるといい。驕れる蛮勇を粉微塵に打ち砕いて、残酷な現実ってやつを教えてやれ。私はここからそれを見物するとしよう」

『この期に及んで他人任せで自分は高みの見物かい!? アタランテちゃんから話だけは聞いていたけれど、これは――』

「まごうことなき人間の屑だ!?」

「な? 言ったろ、屑だって。さすがのオレもあいつには敵わねーよ」

「正直他の子たちがあの子に肩入れしてたのって、今思えばちょっとナイわよねー?」

「それ、お前も大概だからな!?」

 

 他人事のように宣うアルテミスへツッコむオリオン。趣味の悪さはギリシャの女神殆どに共通する悪癖であった。

 

「まったく、口が過ぎる塵屑共だ――――皆殺しにしろ、ヘラクレス!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 イアソン率いる英雄との戦い、その戦端を飾ったのは若きメディア。

 数多の竜牙兵を操り、遍く瑕疵を修補する魔術で以て支え戦う彼女は、その回復能力こそ脅威であれど撃滅の火力を有さず、程なくしてカルデア一行の勝利に終わる。

 しかし戦いはこれで終わりではない。否、竜牙兵を引き連れたメディアとのそれはそもそも戦いですらなく、ほんの小手調べに過ぎない。

 本番は、メディアの背後に控える鉛色をした巌の巨漢――ヘラクレス。彼との激突こそ、この特異点における最大の戦いと言えよう。

 

「ごめんなさい、ヘラクレス――やっぱり私だけでは荷が勝ちすぎたみたい。あなたの力を貸していただけます?」

「――――――――」

「ええ、ええ……頼りにさせてもらいますね、大英雄。支援は私にお任せを。あなたはあなたの荒ぶるままに――」

『来るぞみんな! ヘラクレスとの戦いはさっきとは比べ物にならない! 勝とうとはしなくていい、なんとか耐えるんだ!!』

「おっけードクター! マシュ、みんな……頑張って!!」

「はい、マスター!!」

 

 そしてヘラクレスの拳を迎え撃ったマシュは――――そのまま大盾諸共吹き飛ばされた。

 堅牢なる大盾こそ無事ではあるが、それを支えるマシュそのものの膂力がヘラクレスの暴威に耐えられなかったのだ。

 強風に煽られる木っ葉のように一直線に吹き飛んだマシュは、そのまま壁へ激突して――尚も止まらず幾重もの壁をぶち破った末に五体を投げ出す。

 しかし折れぬ心、挫けぬ勇気。今しがた味わった暴力の極地すら必死に耐えて立ち上がり、戦線へ復帰したマシュは、何度も打ちのめされながらも徐々に徐々に攻撃へ合わせることを覚え、なんとかヘラクレスの猛攻を凌いでいく。

 

「くっ、ぅうあああああああああああああ!!!」

「――――――――!!」

「いやあ、これは、これはこれは……なかなかどうして、耐えるじゃあないか! 見たところ出来損ないのサーヴァント未満のくせに、一丁前に食らいつこうとする……健気じゃあないか、なあカルデアのマスター?」

『さすがに分が悪い――いや、悪すぎる!! 天をも支える豪腕相手じゃ、さすがのマシュも持ち堪えられそうにない……早く打開できないと、このままじゃ全滅だ!?』

「こらドクター! そんなネガティブ発言禁止ー!!」

『とは言っても――――!!』

 

 ロマニの焦燥を他所に、マシュはよく耐えていた。しかしそれも長続きしないことはこの場の誰もが察している。

 だが援護しようにも無尽蔵に展開される竜牙兵の軍勢に阻まれ、僅かにヘラクレスの注意を逸して、刹那の休息をマシュに与えることしかできない。

 直接加勢するにはあまりに竜牙兵の数は多く、越えるにはあまりに広く展開している。それでも誰かがマシュを助勢しなければ、この場はやがて決壊してしまう。

 それだけは避けねばならない。だが、誰が――――?

 

「ぅ……!」

「アステリオス!? まさか……独りで――! ダメよっ、あなた一人でなんとかなる相手じゃない!!」

「わか、ってる……でも……」

 

 動きを見せたアステリオスの意図を察して、エウリュアレがそれを阻む。

 確かに、アステリオスならば……唯一ヘラクレスと渡り合えるだけの膂力を誇る彼ならば、足止めくらいにはなるかもしれない。

 しかしそれは、同時に彼の危機をも意味する。それがわからないエウリュアレではない。

 

「あれは人の形をしただけの天災よ!? 人が雪崩や嵐に立ち向かうことを勇気とは言わない――それはただの蛮勇よ! わかってるの!?」

「でも、おれじゃないと……おれが、たたかわないと!!」

 

 エウリュアレの制止を振り切ってアステリオスが駆けた。

 立ち塞がる竜牙兵の波をその豪腕で粉砕して、蹴散らして、マシュのもとへと真っ直ぐに。

 幾度となく振るわれるヘラクレスの豪腕。マシュが再び蹴散らされようとした瞬間、その横合いから渾身の一撃をヘラクレスに見舞う。

 

「ヒューッ! やるじゃないか、出来損ないの怪物にしては! まさか、まさかまさか、ただの拳で! たったの一撃でヘラクレスの命を()()()()なんて!!」

 

 驚くべきことに、アステリオスの一撃は、その拳の一振りは、ヘラクレスの霊核を一発で打ち砕いていた。

 殺ったか――誰もが固唾を呑んだその一瞬。しかしイアソンは、余裕を崩さず飄々と称賛した。

 その奇妙な物言いに刹那の沈黙が横切ると、イアソンは心底愉しそうに驚くべき事実を告げる。

 

「ああ、君たちは知らなかったのか。それは悪いことをしたね……実はヘラクレスは、()()()()()()()。かつて乗り越えた十二の試練、その報酬に十一個の命を追加で宿していてねぇ……()()()()()()()()()()()()()()()。――絶望したかい? あっはっはっ、見ものだねぇその顔! 態々教えてやった甲斐があるというものさ!!」

「なん、て……デタラメ……!? これをあと十一回も――!!」

『インチキにも程がある!? とてもじゃないが付き合いきれない! 早くこの場を脱しなければ――――まさか! アステリオスくん!?』

 

 戦慄の事実。しかしエウリュアレについでアステリオスの意図を察したロマニが驚愕を露わにする。

 彼が決意した覚悟、その真意を悟って、その背中を追う。

 マシュを背に庇い、ヘラクレスと組み合ったアステリオスが、ぽつりと呟いた。

 

「おれは、ころした――――」

「アステリオスさん……!?」

「ころ、した――――なにもしらない、こどもを……ちちうえがそうしろっていったから、おまえはかいぶつだって、いったから……! おれはそうなんだって、うたがうこともせずに、かいぶつだからって、なにもしらないこどもたちを、ころして、ころして、ころして――――!!!」

 

 それは懺悔であった。

 それは後悔であった。

 この特異点における旅で仲間たちと触れ合う内、否応無く自覚させられた怪物としての己の所業。

 積み重ねてきた罪業の、救い難い悪を、この仲間の窮地で吐露する理由を、誰もが俄には理解できず。

 

「――――でも、ぜんぶじぶんのせいだ。いま、おもいだした。ずっと、ずっとむかし、おれはあすてりおすだって、いってくれたこともわすれて……! だいじなことを、わすれて、かいぶつだって、おもいこんで。ちちうえのいうとおりに、こどもたちをころして――――さいしょからおれはかいぶつなんだって、きめつけて」

 

 盛り上がるアステリオスの巨躯。人外の膂力に渾身を込めた上背が、僅かにヘラクレスの膝を折らせる。

 耐えるヘラクレスの両腕が軋みを上げ、粉砕され、それに留まらずアステリオスの腕力がヘラクレスを引き裂いて、二度目の死を与える。

 即座に蘇生するヘラクレス。持ち直し、今度は逆に劣勢を強いられるアステリオス。

 弱々しい悔恨の言葉に反して、漲る怪力は上限を忘れ高まっていく。

 

「でも、みんながぼくを、あすてりおすってよんでくれた。みんながわすれた、ぼくのなまえ……ぼくもわすれそうになった、ぼくのなまえ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!!」

 

 押さえ込むヘラクレスの両腕を弾き返し、アステリオスが頭突きを見舞った。

 ヘラクレスの鋼の腹筋を貫いて突き刺さる双角。かき混ぜられる臓腑はヘラクレスの命を奪い、三度目の死を与える。

 これで残る命は九つ。誰もがその偉容に目を見張り、驚愕を隠せずにいる。

 

「ますたぁが、よんでくれた。ましゅが、よんでくれた。せんちょーも、ぼんべも、あたらんても、どくたぁも、あるてみすも、おりおんも、みんなみんな、よんでくれた。えうりゅあれが、よんでくれた! おばあちゃんも、またよんでくれた!!」

 

 咆哮。今此処にアステリオスはヘラクレスと拮抗し、対等に渡り合った。

 その大力、大英雄に勝るとも劣らず。本来倒されるべき天性の魔が、ギリシャ一の大英雄と互角を果たす、その途方もない例外。

 アルゴー船の上で、イアソンが余裕を崩したのが見えた。

 

「なら、ぼくは……もどらなくちゃ……! にんげんに、もどらなくちゃ……!! ゆるされなくても、みにくいままでも、よんでくれるひとがいるなら、もどらなくちゃ……!!!」

「へ、ヘクトォオオオオオオオオオオル――――!!!?」

 

 イアソンが叫んだ。早くアレを止めろ、貴様のその槍で。

 ヘラクレスが押し負けるだと? あり得ない! ありえないあり得ないアリエナイ――断じて許されることではない! ただの出来損ないに、怪物に英雄が押されるなど、あっていいはずがない!

 ヘクトールもまた、この上ないイレギュラーな展開に最大限の脅威を覚え、不毀の極槍を構えた。ヘラクレスの命がこれ以上消費される前に、彼を巻き添えにしてでもあの男を止めなければ――――!!

 

「ますたぁ、すきだ! ましゅが、すきだ! みんなが、すきだ! えうりゅあれが――――だいすきだ!! だいすきだから、みんな――――あとは――――」

「ヤツを――――殺せぇええええええええええええええ!!!!!!」

「さすがのオレも、本気にならなくっちゃねぇ!! "不毀の極槍(ドゥリンダナ)"――――!!」

「あ、アステリオス――――ッ!!!!!」

 

 彗星の尾を引いて、不毀の極槍が飛翔した。

 アステリオスと組み合うヘラクレス諸共串刺しにして、彼の命を屠らんがため。

 それを阻む手段は、無い。誰もがアステリオスの死をイメージし、エウリュアレが手を伸ばして叫ぶ。

 

 そして――――――――

 

 

「無駄だよ。オレの槍を止めたけりゃ、アキレウスかヘパイストスの盾でも持って――――」

 

「そうね。彼の武具でなければ止められないものね、こんな風に――――」

 

 

 ――――そして極槍は、アステリオスに届かなかった。

 組み合う二人を貫く直前、皮一枚の距離で、巨大な()()()に阻まれ停滞していた。

 

 それは、あまりに巨大な指だった。

 何ものをも貫く絶世の投槍を、まるで楊枝をそうするかのように軽やかに摘み、その勢いを押し留めている。

 やがて槍が沈黙すると、事も無げに指先で弾いて、狭めていた指を広げてイアソンを示した。

 

「――――ようやく、わかったわ。あたしがここに喚び出された理由(ワケ)が。まったく、世界も随分と粋な真似してくれるじゃない」

「え、エウロペ――――」

「――――おばあ、ちゃん?」

 

 立香の呟きを、アステリオスが続けた。

 二人だけではない。この場の誰もが信じられないといった様子で、彼女を見上げていた。

 

 輝く兜のヘクトール、最大の一撃を防いだ指の主。それはまぎれもなくエウロペだった。

 今の今まで戦力外の置物として、旅を賑やかし、戦いでは応援に徹するだけだった彼女が、虚空を貫いて現れた巨大な指先に立って、驚愕に停滞した戦場を見下ろしている。

 

「おい……今アンタ、エウロペって……言ったか?」

「えっ!? う、うん……そう、だけど……」

 

 震える声で立香に問うたのは、ヘクトールだった。

 思わぬ問いに素っ頓狂な声を上げながらも立香が是と答えると、ヘクトールは両手で顔を覆って天を仰いだ。

 

「マジかよ……此処に来て、なんで……サルペドンの爺様になんて言やぁいいんだオレは!?」

「待て……待て待て待てぇええええええ!? 嘘だろヘクトール! 嘘だと言え!! この期に及んであの人が居るだと!? ()()()()()()()()()!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!!!!」

「そんな…………!?」

 

 三者の反応は劇的だった。

 ヘクトールは天を仰いで嘆き、イアソンは蒼白に顔を歪め狼狽し、メディアはこれ以上無いほど目を見開いてエウロペを見た。

 唯一衝撃に耐えたのはヘラクレスのみで、その彼さえもアステリオスを手放して距離を取り、エウロペの一挙一動を警戒していた。

 あの、ヘラクレスが明確に脅威を抱き、警戒している――――その事実に誰もが驚愕を禁じ得ない。

 

「リッカ、ひとつお願いがあるの。いいかしら?」

「! ……なに、エウロペおばあちゃん?」

「あなたのその令呪を一つ、あたしのために使ってくれるかしら? ()()()()()()()()()()()()って、命じて頂戴」

「それって……」

 

 エウロペの表情は晴れやかで、その声音は軽やかだった。

 まるで不安を感じさせない明るさで、ちょっとしたおねだりのように令呪を求める彼女に、立香は即座に理解が及ばないでいる。

 彼女の真意を真っ先に解したのは、戦況をつぶさにモニタリングしていたロマニだった。

 

『霊基のオーバーロード! まさかキミは、命を賭してボクたちを!? 無茶だ! 無謀がすぎる! 自分から霊基を崩壊寸前にまで追い込むなんて!!』

「だってそうしなきゃ止められなかったもの。ここで無茶しなきゃいつするって感じよ、そもそも。ここまで穀潰しを通してきたあたしの見せ場なんだから、笑って見送りなさいよ。まったく野暮なんだから!」

 

 エウロペの霊基は、臨界を超えた過負荷に軋み、崩壊への一途を辿っていた。

 それは燃え尽きる刹那に一際強く輝く灯火の如く。霊基の崩壊と引き換えに制限を超えた出力を僅かに得る壊れた幻想。

 発動したが最期、消滅は免れぬ末期の輝き。此度の現界を擲って発揮する、一世一代の大盤振る舞い!

 

「ほら、はやくして立香! じゃないとあたしの頑張りが無駄になっちゃう!」

「……いいんだね? エウロペ。此処を任せても」

「――ああ、そうね。一度言ってみたかったセリフがあるんだわ!」

 

 立香が片手を掲げ、令呪を示す。全身全霊の意志を込めて、その一画を解放する。

 エウロペが腕を組み、巨大な指先に仁王立ちする。正真正銘の本気を露わに、その本領を発揮する。

 

 

「令呪を以て命じる――――あいつらをやっつけろ!!」

「此処はあたしに任せて先に行け――――!!!」

 

 

 果たして命令は遂行される。

 この第三特異点にて此処まで温存してきた三つの令呪、その一画をエウロペのために解放し、彼女の霊基へ絶大なる魔力を漲らせていく。

 受け取るエウロペの変化は劇的だった。これまでの弱々しい霊基が一変、大英雄の威光が暴風となって吹き荒れ見守る皆の視界を遮る。

 

 咄嗟に閉じた瞼を貫く魔力の奔流。

 巨大な指先がギシギシと軋んで駆動を開始し、虚空を裂いて更なる巨体が現れ出る。

 その巨体。その熱血。その青銅。その守護は。

 無数の英雄が犇めくギリシャ神話に於いて尚最強の名を恣にする四大の一角、絶対無敵の守護神。

 かつて青銅期の終わりを見届け、英雄時代の誕生を祝ぎ、主と共に世界を救いたるモノ――――その名を

 

 

「真名解放――――――――"守護神像・青銅英雄(ガーディアン・タロス)"!!!!」

『――――――――拝承――――――――』

 

 少女に侍る有翼の天使の姿も今は無い。

 ここに在るは有翼にして青銅巨大。絶対守護を謳われる史上最古のスーパーロボット。

 神の血を熱く滾らせ、人類の希望を護るべく顕現を果たした!

 

「これ、が――――!!?」

「伝説の――――!!!」

「そう――――タロスよ!!」

 

 マシュが息を呑み。

 立香が目を輝かせ。

 エウロペがドヤ顔で答えた。

 

 これこそはギリシャ神話のみならず、遍く伝説で最強を誇る最大級の使い魔、タロス。

 現代における数多のロボット・機械兵器の原型。あらゆる巨大兵器の礎となった原初の幻想。

 愛と勇気と夢と希望を乗せて、悪鬼羅刹を打ち砕く絶対正義の使者――――タロスである!!

 

「さぁ久々の戦いよ、タロス! 思う存分暴れなさい!!」

「た、タタタタタタロスだとぅ――――!!!? 馬鹿な! 冗談じゃない!! これは……なんだ!? 悪夢か!!? なぜ今になってコイツが出てくるんだ!! こんな――――こんなバケモノが!! 二度と……二度と遭うこともないはずなのに!!!?」

 

 深き海底に足をつき、尚も天を衝いてアルゴー船を見下ろすその偉容。

 イアソンは腰を抜かして、射抜くタロスの眼光に怯えた。そこには先までの余裕も傲岸も欠片も存在しない。心底からの恐怖だけが彼を突き動かしていた。

 

 それも無理はない。

 何故ならタロスこそはアルゴー号の探検、その旅路で立ちはだかった最大最後、最強にして最恐の障害。

 かつてクレタ島に漂着し、必要に駆られ物資を奪わんとしたアルゴナウタイの面々を散々に追い散らし、潰し、蹴散らし、崩壊寸前にまで追い込んだ恐怖の守護神。

 数多の犠牲を払いながら知恵を絞り、メディア渾身の魔術で眠らせ、そうすることでようやく弱点を突くことを可能としたトラウマの化身。

 イアソンにとっては、最たる恐怖の象徴そのものであった。

 

「そ、そうだ……焦ることはない、私にはメディアがいる! メディア、私のメディア! 今一度眠りの魔法をヤツにかけておくれ。そうすればあんなヤツ、なんにも怖くない。ただのデカいガラクタだ。さぁ、はやく!」

 

 しかし生存を模索して目まぐるしく回転した思考が一つの解を導き出し、イアソンに安堵を齎す。

 そう、かつて脅かされはしたが――――しかし最後には勝利したのだ。それも明確な弱点を付与する形で。

 眠りの魔法こそタロスの弱点。そしてその魔法をこそ行使したのが他ならぬメディア自身。その本人がここに居る以上、慌てることなど何もない。

 余裕と優越を取り戻したイアソンは、猫撫で声でメディアに囁くが――――そのメディアが首を横に振ったことで、張り付いた笑みを憤怒に変えた。

 

「――――ごめんなさい、マスター。かつてのタロスなら可能でしたが、本来の主がいる以上、私の魔術は通用しません。私たちが倒したとき、エウロペさまは既に冥府へ旅立ち、タロスは手付かずの状態でした。即ちタロス自身を護る術は無かったからこそ、私の魔術は効果がありましたが……エウロペさまがお傍にある以上、眠らせるなどとてもとても――」

「な、なんだと……!? こ、こ、この……役立たずがァアアアアアアア!!? 肝心なときに使えないで、お前になんの価値がある!? クソッ、クソックソックソォ……馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって!!! どいつもこいつも役立たずがァアアアアアアア!!!!」

 

 イアソンの拳が彼女を張り倒し、メディアは転げる。

 誰もがそれに咎める目を向けながら、しかしそれすらも構う余裕を失って髪を掻き毟るイアソン。

 最早そこに、黄金を着飾った美貌など微塵もなかった。

 

「こ、こうなったら――――ヘラクレス! ヘラクレス、お前なら、お前ならどうとでもなるだろう!? まさかできないとは言うまい!? 如何にタロスだろうがギリシャ最強は依然としてお前のはずだヘラクレェエエエス!! だからお前――――なんとかしろぉおおおおおおお!!!!」

 

 それはもう命令ですらないただの懇願だった。

 恥も外聞も余裕も優越もかなぐり捨てて、絶叫のままヘラクレスに縋るイアソン。

 遂に振り下ろされたタロスの拳――――それをヘラクレスは全身で受け止めて、アルゴー船を崩壊から救った。

 

 最早形勢は逆転した。

 これまでヘラクレスの猛攻に耐える一方だったのが、今は逆にイアソンたちこそが防戦に徹し時間を稼ぐに注力している。

 それを理解し声を張り上げたのはロマニだった。呆然とする面々を一喝して撤退を指示した。

 

『今のうちに早く脱出するんだ! 彼女がやつらを引き留めてくれているうちに――――早く! エウロペちゃんの献身を無駄にしたくないのなら!!』

「まったく……ただの置物かと思いきや、とんだ肝っ玉だよあのお嬢ちゃんは! ――野郎ども、聞いたな!? お嬢ちゃんが命を懸けて稼いでくれた時間だ、絶対に遅れを取るんじゃないよ!!!」

「アイ、サー! キャプテン!!」

「ッ――――やむを得んか……!! 口惜しいが、往くぞ!」

 

 誰よりもその心情を汲んだドレイクが、いっそ薄情にすら映る切り替えの早さで操舵を握り戦域からの離脱を試みる。

 誰もがその選択に内心葛藤を抱きながら、しかしこの場で出来ることは何もない現実を噛み締め、悔しさを呑み込んで黄金の鹿号に乗り込んだ。

 即座に帆を張り、風を捉える黄金の鹿号。持ち前の素早さを最大限に発揮して、みるみる彼方へ走り去る。

 遠ざかる背中へ向けて、エウロペは声を張り上げた。

 

「アステリオス――――!!!」

「――――おばあちゃん!!」

「友達を大事になさい! 好いた女の子を守りなさい!! そして自分を大切に!!! もう二度と誰もあなたをミノタウロスなんて呼んだりしない! あなたはアステリオス! あたしの可愛い可愛いアステリオス!! あなたは怪物(ミノタウロス)じゃなくて――――――――人間(アステリオス)よ!!!!!!」

「!! ――――うん……うん! ぼく、は……あすてりおす、だ!!!」

「――――わかればいいのよ、幸せにね」

 

 エウロペは、にかっと悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

 そして続けて声を張り上げる。

 

「リッカ! マシュ! ドクター! 船長! アルテミス! オリオン! アタランテ!! それに海賊の皆も!!」

 

 次いで呼んだのは仲間たち。

 これまでアステリオスを仲間として迎え入れてくれていた、奇跡のような仲間たち。

 

「あなたたちがアステリオスの仲間で、本当によかった! あの子をアステリオスと呼んでくれて、本当に本当にありがとう!! どうかどうか、あの子と仲良くしてあげて頂戴――――!!!」

「――――もちろん! アステリオスくんは、私の友達だもん!」

「私もです! だからどうか、心配なさらないでください! この場を――――おまかせします」

「エウロペ! 童などと侮ってすまなかった! 二度と言うまい! そして――――また逢おう、友よ!!」

 

 精一杯の感謝を込めてエウロペは叫ぶ。

 彼方へ消え去っていく彼らへ届くように、喉が張り裂ける程に唄って。

 

「そして――――エウリュアレ」

 

 最後に呼んだ名前には、万感の想いが込められていた。

 およそ考えられる限りの栄光と幸福に満ちた人生、その最期に生まれてしまった心残り。

 英霊と化して後、積年の悲願であった想いを最初に叶えてくれた誰よりも誇り高く愛らしく美しい乙女へと、全身全霊の感謝を込めて、最大の敬意と慈愛を込めて言った。

 

「あの子を最初にアステリオスと呼んでくれて、ありがとう。おかげであの子は人間になれる。たとえこの現界が泡沫の夢だったとしても、あたしとあの子に希望を齎してくれた! あなたはあたしたちの最大の恩人! いつかきっと、再会したときは、どうかどうかお礼をさせて頂戴! そして――――」

 

 霊基の崩壊。

 燐光に溶ける身体。

 消え行く霊体に最高の笑顔を浮かべて、深く深く頭を下げた。

 

 

「――――どうかあの子を、よろしくお願いします。」

 

 

 視界の彼方でエウリュアレが唇を動かした。

 それを読み解くだけの余裕は、既に失われていた。

 霊基の全てをタロスの動力に変え、最期の一片までアルゴナウタイを足止めすべく、全霊を捧げる。

 遺されたタロスは、主が消えた尚も駆動を止めず、カルデア一行が無事逃げ切るまで、見事その指令を果たしてみせた。

 エウロペは、その役目を完全に遂げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして封鎖終局四海におけるエウロペの活躍は終わりを告げる。

 本来犠牲と成り得たアステリオスの命を救い、確かな希望を託して散った。

 

 後に一行はダビデと合流し、アルゴナウタイの真意を悟り。

 禁断の聖櫃を以て大英雄の打倒を果たし、魔神柱フォルネウスと化したイアソンまでも撃滅する。

 

 以上の功績を以て第三特異点の定礎復元は為り、三つ目の聖杯を手にし人理修復を一歩進めた。

 

 

 

 彼らが再び邂逅するのは、長い長い旅路の終わり――――冠位時間神殿における最終決戦

 

 

 

 

 

 

 




アステリオスを救済したいだけの人生だった……
途中まで完全にお荷物な置物だったエウロペでしたが、最後の最期でそれなりの見せ場は作れたんじゃないかなぁと思います。
その上でアステリオスの見せ場を食わないようにできたかと言うと、全ては読者の受け取り方次第かなと。

とにもかくにも自分なりにベストは尽くしたつもりです。
残すは冠位時間神殿ソロモンでの最終決戦。それを書き切ったら完結となります。
……最終話はもっと長くなるんだぜきっと(憔悴)

そして今更ですが、誤字報告をしてくださった方々、大変ありがとうございます!
こんなに便利な機能があったんですねぇ、態々探さずとも自動で修正してくれるなんて、なんて作者思いな機能なんだと感心しました。
本当は誤字脱字なんて無いのが理想で当然なんでしょうけどね、どうかご容赦ください。

この作品は読者の皆さんの熱い応援と評価によって成り立っております。
感想返しとかでは感謝の気持ちを十分に伝えきれていませんが、いつも感謝しております。
本当です。ですから今後もどうか何卒よろしくお願いします。

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