ミセス・ヨーロッパ   作:ふーじん

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あえて言おう、アホの子であると!
脳みそを緩くしてご覧ください。


生前編
彼女の名はエウロペ


 クレタの島、ゴルテュンの泉の畔にて。

 

「エウロペよ、そなたは美しい。ぜひ儂の子を産んでくれ」

(なんて男らしいプロポーズ……!!)

 

 一人の男が、美しくもまだ幼気な少女に一世一代の愛を告白していた。

 

 

 

 

 

 ある日のことだ。

 今日はいい天気だからと海辺で渚の女王と洒落込もうとエンジョイしていたエウロペは、どこからともなくやってきた一頭の牡牛と巡り合った。

 

 なぜ牛と疑問に思う間もなくエウロペに電流が奔る。その牛はやたらと強く美しく逞しく、牛界の貴公子もかくやと言わんばかりのオーラに漲っていたのだ。

 俄然エウロペは興味津々となった。元より好奇心旺盛な彼女のことである、物珍しさが勝って臆することもなく堂々と牡牛に歩み寄ると、まずは角を愛でに入った。

 悠然とそそり立つ双角を撫で、無闇矢鱈に撫で、妙に興奮しながら撫で回し、それでも気を悪くする様子が無いとわかると、今度は太い首に腕を回して顔を埋めにかかる。牡牛はおとなしかった。

 

 そうなるとエウロペを制止するものは何もない。撫でたり抱きついたり寄り添ってみたり、思い立って花輪でコーディネイトしてみたり、気づけば牡牛は競りにかけられるような装いになっていたが、それでもやはりおとなしかった。恐ろしく懐の深い牡牛である。イケメンはやはり心も広い、エウロペは女の本能で牡牛を讃えた。

 

 いつしか目的は渚のクイーンから牡牛へと移り、エウロペは牡牛マイスターと化していた。

 一頻り愛でると、視線がふと牡牛の背へと移る。エウロペは思った、「これは乗っちゃってもいいんじゃね?」……と。

 波に乗ることはいつでもできるが、牡牛に乗ることは今しかできない。エウロペはそう考えると、一大決心して牡牛に跨がろうとよじ登ろうとした。上手くいかなかったので牡牛はわざわざ姿勢を下げた。さすがイケメンは格が違った、エウロペはますます牡牛を気に入った。

 

 牡牛の背から眺める景色は、エウロペの小さな背丈とは大違いで、どこまでも見渡せるような気さえした。

 牡牛が悠然と歩みを進めるたびに移ろっていく景色に一喜一憂し、エウロペははしゃいだ。はしゃぎまくってどんどん先を催促したが、牡牛は黙ってそれに応えるのみ。牡牛は紳士でもあった。

 

 やがて牡牛は浜辺を越え、海面へと移り、そのまま海の上を歩いていって、ふとした拍子に跳躍して空へ昇るとそのまま猛然と疾走した。

 青海を越えて雲海を走り抜け、故郷テュロスの大地すら遠く離れて激走し、大陸の各地を駆け巡っていく。

 

 既にエウロペのテンションは天元突破し有頂天になっていた。なにか重大なことを失念している気もするが、勢いの前には些細なことだ。エウロペは流れに身を任せた。

 

「でかい! すごい! 大きい!」

「そうであろうそうであろう、あれらはみなそなたのものだ。そうじゃな、そなたの名を付けよう。これよりあれらの地はそなたの名で呼ばれるのだ」

「マジで!? やったー!」

 

 何言ってんだこいつ。そう素面で返す理性などエウロペには無かった。むしろ自分の名前が知れ渡るとかすげービッグでクールじゃんとか頭の悪いことを考えていた。実際、エウロペのおつむは決して強くはなかった。

 

 というかいつの間にか当たり前のように受け答えしている牡牛を疑問に思う余地すらなかった。かねてより細かいことを気にしない大物だと評されてきたエウロペだが、それはきっと彼女の天然馬鹿を最大限オブラートに包んでの物言いだったのだろう。エウロペは馬鹿だったのでそう言われるたびにドヤ顔で胸を張っていた。

 

 やがて日は暮れ、牡牛はとある島へと降り立つ。

 さすがのエウロペも疲れ切ったのか、湖畔に身体を横たえると、そのまま目を閉じて寝入った。

 当然のように牡牛を枕にしながら。

 

 

「エウロペ、エウロペよ。そろそろ起きよ、そして儂の話を聞くがよい」

「うぇへへへ……、……んぅ?」

 

 夢の中で情熱大陸の支配者となっていたエウロペは、やたらと深みのある渋い美声に促され目覚めた。

 寝ぼけ眼をこすりつつ湖で顔を洗い、声のしたほうを振り向く。

 そう言えばここ何処だっけとぼんやり考えながらを視線を合わせると、そこには超絶クールなナイスミドルが白い歯も眩しく微笑んでいた。

 正直に言おう、エウロペの好みド真ん中であった!

 

 口ひげ豊かなナイスミドルはエウロペの心を蕩かす美声で口を開いた。

 

「エウロペよ、そなたは美しい。ぜひ儂の子を産んでくれ」

 

 エウロペ、齢14をしてガチ告白される。

 そして後の世にゼウスがロリコン呼ばわりされる発端でもあった。

 

 

「儂はオリュンポス十二神が長兄、神々の王ゼウス。海辺で戯れるそなたを一目見たときから恋し、牡牛に身を変じてそなたへ歩み寄ったのじゃ」

 

 なぜそこで牛に。そんな疑問はエウロペには無意味だ。

 今の彼女の脳裏は突然のラブロマンスに熱暴走を起こし、恋に恋する乙女チックモードへ突入していた。

 

(はわわわわ……! ど、どうしよう、超かっこいいおじさまに告白されちゃった!! 愛してるって愛してるって愛してるってきゃー!!)

 

 正確には「子供を産め」である。酷いプロポーズもあったもんだ。

 しかしながらエウロペの乙女回路はそんな言葉をも素敵に解釈し、これ以上無い愛の囁きとして心に染み渡った。恋する乙女は伊達ではない。

 

「少々強引に連れ去ったことは詫びよう。しかし儂のこの思いの丈をどうかわかっておくれ、エウロペよ。儂はそなたに夢中なのじゃ」

(おほーっ! むちゅー! むちゅー言われた! ステキ!!)

「さあ、返答や如何に!」

「はい、よろこんで!」

 

 即答であった。

 暴走する恋心のまま言葉を返したエウロペに、ゼウスは。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっしゃあッッ!!!」

 

 完全勝利したゼウスくん、渾身のUC。

 天高く拳を突き上げて絶叫する漢の姿がそこにあった。

 

「そうと決まれば早速――――」

「早速一緒にお昼寝ね! そしたら天が赤ちゃんを授けてくれるのよ!!」

「えっ」

 

 ゼウス、最大の誤算。

 エウロペの性知識は今時それはねぇだろってレベルで純真無垢であった。

 更に言うと、現在時刻はばっちり夜更けであった。

 

 

 

 

 それからのゼウスの苦労はあえて語るまい。

 端的に言えば、羞恥に燃えるエウロペの姿があったということだ。同時に少女の純潔も儚く散った。

 

「ううう~~~~!!!!」

「いや、すまなんだ。よもやそこまで初心とは……」

 

 さすがのゼウスも困惑していた。

 これまで数多の女を抱いて幾星霜。最早指折り数えることすら億劫なほどの逢瀬を重ねてきたゼウスだが、ここまで初心な女は初めてであった。

 初めて晒される肉欲に羞恥する少女に興奮を覚えなかったと言えば嘘になるし、それがとてもイイのだと事が終わったゼウスは賢者の表情で宣ってエウロペの張り手をくらっていたが、さもありなん。

 

 結果としてエウロペは少女から女へと階段を昇り、その母胎にばっちりゼウスの子を宿すに至った。

 なにせ神の精である、そんじょそこらの人間のそれとはモノが違う。ゼウスは自信満々にそう言って二度目の張り手をくらった。

 

「痛かったわ!」

「すまぬ」

「初めてだったのに!」

「だからごめんて」

「でも最後は気持ちよかったから許す!」

「その言葉が聞きたかった!」

 

 ゼウスはすっかり上機嫌だった。なにせそれまで穢れを知らぬ無垢な少女を思う存分貪って征服したのだ、これに滾らねば男ではない。

 そしてすっかり気を良くしたので、ゼウスはこれ以上無く太っ腹だった。今ならなんでもホイホイと願いを叶えてしまうほどに、チョロあまである。

 

「さて、儂はもう往かねばならぬ。このまま居着いていては后めが五月蝿いからのう」

「そっかー」

「なので最後に贈り物をしたいと思う」

「贈り物!」

「うむ」

 

 エウロペの受け答えが相当アホになっているが、それも致し方なし。

 初の性交を神で果たし、散々貪られ尽くしたあとなのだ。並の女ならアヘ顔晒してWピース不可避。

 しかしながらエウロペは無駄にフィジカルとメンタルがタフな少女だったので、なんやかんやで割りと平気だった。

 

「まずはタロス。これがそなたの身辺を常に守護し、そなたの何よりの助けとなろう」

「かっこいい!」

 

 紹介されたのは有翼の青銅巨人、タロス。

 全高二十メートルを優に超える怪力無双の神造兵器。エウロペの命令一つで神にも悪魔にもなれるイカしたジャイアントロボだ。

 昨今のニーズに応えてばっちり擬人化機能も備えるナイスな従者でもある。

 

「次にライラプス。狙った獲物は決して逃さぬ至高の猟犬じゃ。これがそなたの糧を捕らえ、その腹を満たすじゃろう。無論強いぞ」

「かわいい!」

 

 獲物を逃さぬことを運命に定められた猟犬、ライラプス。

 短毛の大型犬で、その四肢は逞しく、体躯は大きく、そして寡黙にして悠然と構えるイケワンである。

 エウロペの命令ひとつで地を駆け獲物を追い詰めるが、別に変身はしない。

 

「最後に投槍」

「投槍」

「うむ……まぁ絶対に失くならない上に減りもせんので何かと便利じゃろうて」

 

 強いてフォローするならば最高品質の消耗品と言うべきか。

 別にエウロペの命令を聞いて空を飛ぶわけでもない。説明もどこか投げやりであった。

 

「さて、儂はそろそろ天へ戻るが、最後にそなたへ神託を授けよう。そなたはこれよりこのクレタの島に居を構え、アステリオスの庇護を得て我が子を養育せよ。長子は島の大王に、次兄は秩序と法に詳らかなる審判者に、末子はやがて遠方に国を建て王となろう」

「わかったわ! きっと立派に育ててみせる!」

「うむ。それではな、達者に暮らせよ――――」

 

 再び牡牛に変じたゼウスは、勢い良く天へ昇って星座となった。これが牡牛座の起源である。

 エウロペは星座を眺めると、湖で身を清めてから歩き出した。

 この時代、神託はなにより優先される啓示である。エウロペはアステリオスなる男を探すべく、その脚で広いクレタ島を暫し彷徨うのだった。

 

 

 

 

「新天地! かっこいいわね、テンション上がるわ!」

 

 エウロペは意気軒昂に情熱を滾らせ。

 

 

「うおおおお!! エウロペー!! どこだー!!? うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 一方で兄カドモスが失踪したエウロペを探して諸国を旅し。

 

 

「あの女ァ……!!」

 

 ギリシャ一の鬼女ヘラが、早速夫の浮気を嗅ぎ付け嫉妬に狂っていた。

 

 

 

 このギリシャに於いて、なにより注意すべきは女神の嫉妬。

 エウロペは持ち前の天然で終ぞそれに気付くことはなかった。

 

 

 

 




諸々の悲しみを、物語にして発散!

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