Fate/EXTRA 奉納殿百二十八層   作:ハチミツ

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06.ユグドミレニア

 聖杯戦争第一回戦――猶予期間(モラトリアム)、二日目。

 特に問題なくこの日を迎えた。寝不足で曖昧に霞んだ頭を抱えて、寝転んでいたソファに座り直す。カーテンは開け放たれており、窓から覗く朝日がささやかに網膜を焼いた。

 やはり、頭痛はない。

 その事実に安堵しつつ、そっと溜息を吐く。すると、目の前にアイスクリームの容器が突き出された。

 

「食うか? 冷たいもの嫌いなんだ、オレ」

 

 見上げると、いつも通りのアサシンの姿があった。

 浅葱色の着物を纏い、その上から赤の革ジャンを羽織った出で立ち。巫条祈荒と契約を結んだサーヴァントの確固たる姿が、そこにある。

 

 白い着物の童女は、夜明けと共に消えていた。

 

 ありがとう、と礼を言ってアイスクリームを受け取る。

 紙の容器越しに指先が冷える。蓋を開け、ビニールの膜を取り除くと、淡い赤色が露になった。ストロベリーの甘い香り(フレーバー)が鼻孔をくすぐる。自分は蓋に備え付けられていたプラスチック製のスプーンを外すと、硬い表面に突き立て、掬い上げた。

 

 冷たい感触を口に含む。

 柔らかな甘味が、舌の上に溶け広がった。

 

 もくもくとアイスクリームを口に放り込む。その度に、少しずつ頭が冴えた。

 アサシンには通貨(PPT)を渡してあった。

 これは彼女がエネミーを倒し、その結果として得た戦利品なのだ。それを何もしていない自分が全額預かるだなんて、恥知らずにもほどがある。なので獲得したPPTをアサシンに渡そうと試みたのだが、なんだかすごく呆れられてしまった。

 

 ―――やっぱり、おまえはヘンだ。

 

 なんやかんやあって、最終的にPPTの取り分は均等に半分ずつ――という結論が出た時に、アサシンはそう零した。割と本気で心外である。実際にこうして買い物をしているようだし、全く無意味な行動ではなかったとは思うのだが。

 まあ、なぜ嫌いなものを買ってきて、それを自分に寄こしたのかは謎だったけれども。

 

 ……ふと、一つの疑問がふって湧いた。

 

 基本的にサーヴァントはマスターから離れて行動することはできないという。にも拘らず、彼女は夜遅くから散歩に出かけていたようだ。これは一体どういう魔法なのだろうか。

 

「別にそう特別なもんじゃない。オレはサーヴァントとして、単独行動ってスキルをムーンセルから与えられてるだけだ。アーチャークラスのサーヴァントは大体似たようなスキルを持ってる。だからマスター無しでも個別に動けるってワケ。……それと、別に誰かの言葉じゃないけどさ。魔術師が魔法だなんて、気安く口にするもんじゃないぜ?」

 

 気怠げに憮然とアサシンが言う。その瞬間、ポケットに仕舞っておいた携帯端末が律動した。何事かと確認してみると、一件の新着メッセージが届いている。

 それはアサシンの開示情報(マトリクス)が解放されたという通知だった。今の会話でか……と思わず鳩が豆鉄砲を食らったような心境に陥ってしまう。なんというか、言っては悪いのが、妙に有難味が薄い気がした。

 半ば程アイスクリームを食べ終える。

 淡い赤色は半分ほど喪失し、白い容器の底を露呈させていた。歪な半月型――そのカタチはなんとなく、昨日見た夢の光景を想起させる。

 

 太極図。

 

 アサシン―――君は、聖杯にかける願い事はあるのか?

 

 気が付けば、ふとそんなことを尋ねていた。その直後に壮大な後悔が頭を占める。我ながらひどい失態だ。とても短い付き合いだけれど、そんな質問の答えなんて十分予測できただろうに

 予想通りに、アサシンは馬鹿馬鹿しい、と眉を怒らせてしまう。

 

「願いなんて、そんなものオレにはないよ。聖杯戦争に参加してるのだって、言ってみればおまえの付き添いみたいなものだし。……そういうおまえこそ、聖杯にかける願いは思い出せたのか?」

 

 眼を眇めて、アサシンが尋ねる。自分はそれにどう答えるべきなのだろう。

 記憶の喪失は未だ修正されていない。頭の中はがらんどうのままだ。願いがあったのか、といえばそんなことは分からないし、願いがあるのかといえば、やはりそんなものもまた自分の中には存在していない。

 無様にも無言を選択して、自分はアサシンから目を逸らした。

 重苦しい間。

 それが空間を満たし、今にも溢れ出そうかという直前に、再び携帯端末のアラームが鳴る。

 縋り付くように手に持ったままの端末を操作してメッセージを開き、その内容に視線を走らせる。するとそれと同時に、自分の意識は固く凍り付いた。

 

 ―――::2階掲示板にて、次の対戦者を発表する。

 

 テンプレートじみた文言を目にして、途端に心臓が早鐘を打つ。言峰が言っていた殺し合い――即ち、一騎打ちの相手。それを知らされるという現実に、眩暈がした。

 けれどどうにかそれに耐え、残りのアイスクリームを一気に掻き込む。脳の血管が収縮し頭痛に苛まれたが、動揺を消す分には十分な効果がった。

 今の自分に死ぬ気はない。あんな苦痛は、もう二度とごめんだ。

 その心持ちだけを維持して、立ち上がる。そして眠たそうに眼を擦るアサシンに外出する旨と、その理由を伝えた。

 

「へぇ―――いよいよか」

 

 眼を細め、アサシンが不敵に笑う。そこに感情はない。ただ爛々と輝く、純然たる殺意があるだけだった。

 昨日から薄々感じてはいたのだが。彼女は戦いを―――殺害を嗜好している節がある。

 普通ならばそれを咎めるべきなのだろう。殺人はいけないことだと、そう諭すのが自然だ。けれど今の状況でのうのうとそんなことを言えるほど、自分の頭は呆けていなかった。

 

 行こう、アサシン。

 

 それだけを口にして、物置を後にする。

 霊体化したサーヴァントを伴って、廊下へと歩を進める。早朝ということもあってか、人気は疎らだった。

 

 二階へと続く階段を昇り、その先の真正面に取り付けられた掲示板を睨む。

 

 そこには見慣れない、一枚の紙が張り出されていた。

 紙面にはこう書かれている。

 

 

 マスター:ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア

  決戦場:七の朔想塔

 

 

 ………………………………………………誰だ?

 

 思わず呆然と呟く。

 予選では耳にすることのなかった名前だ。といっても自分の知人はあまり多くはなかったし、そもそも予選時の名前がそのまま本名とも限らないのだから何とも言い難い。

 あの時は一時的に個人情報(パーソナルデータ)を削除され、偽りの記憶を擦り込ま(インストール)されていたのだ。ならば世界観を統一するため、名義まで変更されていた者がいた可能性は十分にあり得る……と思う。

 などと考えていると、不意に背後から男の声が聞こえた。

 

「フン―――貴様が私の対戦相手か」

 

 ハッとして振り返る。

 数歩離れた所に、一人の男が立っていた。正確な年齢は計れないが、流石に三十代ということはないように思う。

 彼はまさしく、自分とは人種から違なっていた。たっぷりと蓄えた金色の口髭と肥満した体型、それを包む洒脱な白い装いは分かり易く俗物的だったが、しかし彼の碧眼に宿るぎらぎらとした光には目を見張るものがある。程度こそ違えど、それは黒桐の瞳にあったものと同じ輝きだった。

 

 どうしようもなく直感する。彼は、本物の魔術師だ。

 

 ゴルドは蔑むように鼻を鳴らすと、踵を返して階段を降りて行った。

 

 * * *

 

 魔術。

 ユグドミレニア。

 サーヴァントの有効な運用法。

 

 自分にはまだまだ分からないことが多すぎる。なので暗号鍵(トリガー)が生成されるまでの間、図書館で調べ物を――と思ったのだが、どうにもどこから取り掛かればいいのか分かり辛い。目ぼしいものに片っ端から手を付けてみるのだが、どれもこれもがハズレばかりだ。

 どうやら自分には、探偵の才能はないらしい。

 本を閉じ、嘆息する。既に数時間も図書室で缶詰めを続けているのだが、目新しい成果はない。どうしたものか……と頭を抱えつつ、手にした本を元の場所に押し込む。そしてその隣にある本を取ろうと手を伸ばすと、指先が誰かの指と重なった。

 いつの間にやら、見覚えのある人物が隣に佇んでいた。彼女はぽかんと目を瞬かせた後、こちらを観察するように細める。

 

「―――ふぅん。昨日よりはマシな顔付きになったみたいね」

 

 笑顔でそううそぶいて、黒桐鮮花はさも当然のように目当ての本を抜き取った。

 

 ……まあ、なんとか人並みには。

 

 目標を失って彷徨う指を意味もなく開閉させながら、苦笑交じりに返答する。どうにも釈然としない気分だったが、わざわざ上機嫌そうな彼女の気分に水を差す気にはなれなかった。なんというか、後が怖そうだ。

 

『賢明な判断だぜ、それ。そいつは怒りやすい上に、バカ力で実力行使する類のヤツだ……どれだけ時代が変わっても、カタチに伴う中身ってのは変わらないんだな』

 

 霊体化したアサシンがそんな念話を飛ばしてくる。まるで彼女とよく似たヒトを知っているかのような口振りだが……―――

 

「―――ところで、あなたは何を調べていたの?」

 

 本のページを捲りながら、何の気なしにといった様子で黒桐が尋ねてくる。当然ながら探しものに付き合ってくれる訳ではないのだろうが……なにかしらアドバイスの一つでも貰えれば重畳だろうと思い、素直に話してみる。

 すると、彼女は興味深そうに鼻を鳴らした。

 

「あなたも一回戦の相手がユグドミレニアだったのね。だから地上で起きた紛争記録を探してたんだ。目の付け所は悪くないとは思うけど……ダメね、これもハズレよ」

 

 速読、というやつだろうか。ひとしきりページを捲った後、目にした情報を再確認するように目を閉じてから、黒桐は本を棚に戻した。

 かつて地上には魔術協会という魔術師が興した巨大な組織があり、神秘の秘匿と研究を行っていたという。しかし地球に満ちていたという膨大な魔力が失われた現在、彼等の存在は地上を支配する西欧財閥とそれに与した聖堂教会によって解体されてしまったらしい。

 しかし当然、それを良しとする彼等ではない。魔術師達は手を組み、レジスタンスを名乗って西欧財閥の支配に抗っている。

 そしてその組織に属する人員の約半数が、とある派閥に身を置いているのだとか。

 

 千界樹(ユグドミレニア)

 

 神秘が衰退してからも尚、その在り方を保つ魔術師(メイガス)らしい魔術師(ウィザード)達。その肩書きは決して軽視できるものではない。

 

「私もレジスタンスの一員だから、ゴルド・ムジークという名前には聞き覚えがあるわ。魔術師(メイガス)としての技術を現代まで維持してきた、数少ない名家の当主よ。こと技術面に関してはあなたじゃ太刀打ちのしようがないと思うけど……まあ、如何せん人柄とかその他がちょっとね。付け入る隙はあると思うから、まあ頑張りなさいな」

 

 ふむふむ、とメモを取りつつ頷く。

 黒桐は教師のようなキリっとした顔で講釈してくれていたが、しかし不意にその表情が曇った。

 

「……なんでわたしがあなたにこんなこと話してるのかしら」

 

 自分に言われても……。

 

「そうよね……はあ、わたしもやきが回ったかな。わたしの一回戦の相手もユグドミレニアに属する魔術師なんだけど、それがいかにも『ゲーム感覚でやってます』って感じで。まともにやってるこっちが馬鹿みたいに思えてくるのよね」

 

 愚痴混じりに嘆息する。確かに昨日校舎を巡ってみた限り、そういった手合いの輩は一定数いるようだ。彼等は殺し合いに挑むという自覚に欠けていたし、尚且つ自分が最後の一人になるまで生き残るに違いないと思い込んでいる。

 その心構えをどうこう言うつもりはないが……まあ、絡まれたら面倒臭そうだ。

 何があったかは知らないが、ご愁傷様、とだけ労っておく。

 

「ありがと。……はあ。もうここまでくれば、毒を食らわば皿まで、かな。親切ついでにもう一つ教えてあげる。この学院の教会に変な生き物が住み着いているらしいわ。どうやらそいつ、訪れるマスターやサーヴァントに対して工房を提供したり、霊子組成を組み替えて強化を施したりしてるらしいの。どういうつもりなのかは知らないけどね。一応、行って来てみたら?」

 

 ひらりと手を振って、黒桐は本棚へと視線を戻した。彼女は手近にあった分厚い書籍を掴み、引き抜く。どうやらこれ以上、彼女に話す意志はないらしい。

 自分はありがとう、と黒桐に伝えてその場を後にした。

 彼女の言った噂が本当かどうか、確かめてみるのも悪くない。現状、縋れるものならそれが例え藁であっても縋るしかないのだから。




 すまない……マスター名と章タイトルで敵サーヴァントの真名がバレバレですまない……。


【基本情報】
CLASS:暗殺者(アサシン)
真 名:無銘
マスター:巫条祈荒
属 性:混沌・善
宝 具:???
ステータス:筋力E 耐久D 敏捷A+ 魔力C 幸運A+ 宝具???

【KEYWORD】
『???』
 未開放につき、閲覧不可。

『直死の魔眼』
 外界に働きかける受容体。バロールの眼。
 本来なら魔眼とは眼球単一で視界内のものに魔術を叩き込む一工程の魔術行使を指すが、彼女のそれは脳と眼球のセットで成り立つため厳密には別物である。
 ムーンセルから課せられた制約により、視る対象に応じてA~Dランク相当の『頭痛持ち』スキルが発現する。

『???』
 未開放につき、閲覧不可。

【SKILL】
気配遮断:C
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を断てば発見する事は難しい。

単独行動:A
 マスターからの魔力供給を断っても自立できる能力。
 ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

???:?
 未開放につき、閲覧不可。

【SETTINGS】
『人物背景』
 未開放につき、閲覧不可。

『???』
 未開放につき、閲覧不可。

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