Fate/EXTRA 奉納殿百二十八層   作:ハチミツ

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 第二話以来の剣式さん登場です。


05.夢幻

「―――――温めるわよね?」

 

 …………いえ、そのままで。

 

 エーテルの欠片を電子レンジに突っ込もうとする黒い聖女に、何とか断りを入れる。サーヴァントが負った傷を回復させるアイテムらしいが、少なくともコンビニ弁当の類には見えない。温める必要はない筈だ。というか、そういう商品ではない筈だ。

 黒い聖女は舌打ちを零し、エーテルの欠片をビニール袋に突っ込んで差し出してくる。

 自分の口元がなんとも言えない形に歪んでいる自覚があるが、如何なる努力をしようとも、どうにも修正できそうにない。それだけ目の前に広がる光景は強烈だった。

 彼女の胸元に取り付けられた『研修中 じゃんぬ・だるく』の名札がやけに眩しく見える。

 黒いジャンヌ・ダルクという時点で致命的に謎だが、それがなぜ購買で働いているのか。自分には皆目見当もつかなかった。

 

 自分は目礼して商品を受け取った。

 

 どうしても彼女の存在を無視することは出来そうになかったので、つい勢いで買い物をしてしまったが……まあ、不要な買い物ではなかったと思う。手持ちの資金が悲惨なことになったが。

 いや、この際財布事情はどうでもいい。それよりも本題に移ろう。彼女がなんなのか尋ねないことには、今夜は眠れない気がする。

 

 ―――イメチェンしたんですか?

 

「よく分かんないけどぶっ飛ばすわよアンタ」

 

 これ以上ないというほどに顔を歪めて、黒いジャンヌ・ダルクは言った。恐らくは否定されたのだろう。つまり保健室で見た言峰花蓮のサーヴァント、ルーラーとは別人と考えるべきだ。うん。

 その考えを裏付けるように、黒いジャンヌ・ダルクは言う。

 

「私とあのルーラーを一緒にするのは止めて貰えるかしら。確かに私はジャンヌ・ダルクですが、アレとはまた別人です」

 

 真名は同じジャンヌ・ダルクなのに?

 

「ええ。元よりサーヴァントとは、その英霊が持つ一側面を役割(クラス)に応じて分化し当て嵌めたものです。言うなればハードウェアとソフトウェアの関係というか……そうね、日本人なら分霊とか化身とか、和魂とか荒魂とか言えば多少は分かり易いかしら」

 

 つまり貴方はジャンヌ・ダルクのアレな面が抽出され現界した、オルタナティブ的な姿だと?

 

「それで合ってるけど……アレな面って何よ! 本当にぶっ飛ばすわよ!? 私は悪魔にたぶらかされて世迷言を吐き、フランス軍を先導して戦争を巻き起こした悪い魔女よ! 火刑に処されて世界を恨みながら死んだアヴェンジャーよ! なのに適材適所だとか抜かしてあの陰険女、私をこんな所に押し込んで! 適所って何よ、こちとらまともに学校にすら行ったことないもないのだけど!? なんか文句あんの!?」

 

 イエ、ナイデス。

 

 黒いジャンヌ・ダルクことアヴェンジャーの凄まじい勢いに押され、ぶんぶんと頭を振る。

 人間の歴史、というものは観測する者によって評価が変わるものだ。ちょうど日本の武将や皇族にも、英雄としての側面と怨霊としての側面、両方の伝承を持つ者がいるのだから、彼女もそういった類が独立したものなのだろう。

 ジャンヌ・ダルクという人物は当時のフランス軍からすれば確かに英雄だっただろうが、戦後の彼女の扱いは決していいものではなかった。

 祖国からは見捨てられ、敵国では捕虜として不当な扱いを受け、そのまま火刑に処された。もしこの時イギリスやフランスで大々的に疫病が流行りでもしたなら、魔女の祟りだと恐れられたに違いない。それだけ彼女の最期には救いがなかった。

 けれどそれはあくまで、そうだったら、という仮定の話の筈だ。

 ジャンヌ・ダルクは紛れもなく聖人だ。それ以外の事実は()()()()()。ムーンセルが記録したという客観的な史実のみがサーヴァントという実像を結ぶというのであれば、そういった不確かな虚像が実体を持つ事は有り得ないのではないのだろうか?

 今朝聞いたばかりのにわかな知識を懸命に並べて、尋ねてみる。するとアヴェンジャーは割とあっさりと頷いた。

 

「そうね。忌々しいけど、確かに史実として正しいのはあの女の方でしょうよ。でもアンタが連れてるサーヴァントと同じように、何事にも例外はあるもんよ。詩集本(ナーサリー・ライム)が人の形を取る場合だってあるし、ただ珍しくて物凄く強いだけの能力者がサーヴァントに抜擢されることもある。私のこともそういった稀有な例外の一つだと思ってくれればそれでいいわ」

 

 心底面倒くさそうに、アヴェンジャーは投げやりに言った。

 なるほど、と頷いておく。彼女との会話はとても参考になった。

 今回の会話で得られた教訓は、「この聖杯戦争において、対戦相手の調査は相当綿密に行わなければ効果はない」ということだ。あらゆる情報を掻き集め、多角的に判断しなければ真名の把握さえ難しい。その事実を実感として得ることが出来たのは大きな収穫だ。

 

 ふぅ……どうにか500PPTの買い物に見合うだけの情報を得られたようだ。

 

「アンタがそう思うんなら、そうなんでしょうね」

 

 冷たい眼でアヴェンジャーが突き放すように言う。

 ……オケラだからと足元を見られているような気がするのは、きっと自分の被害妄想だろう。だって背後のアサシンからも「何をいまさら」と、呆れた思念が発せられているのが分かる。先程の黒桐といい、この聖杯戦争はちょっと初心者にキツ過ぎやしないだろうか。

 

 なんとも言えない虚しさを抱きつつ、自分達は購買を後にした。

 

 * * *

 

 ワイヤーフレームのみで構成された、殺風景なダンジョンの中を直走る。

 

 ここはアリーナの中だ。

 そこには少数の宝箱と多数の攻性プログラムのエネミー達とがおり、前半と後半で二つの階層に分かれているという。前者の方は開ければ中身がそのまま財産に、後者の方は倒せば経験値(リソース)やアイテム、更には通貨(PPT)などをドロップする仕組みだ。

 そしてアリーナに入れるのは一日一回限りだという。

 

 ―――ともすれば隅々まで全マス踏破したいと思うのは魔術師(マッパー)として当然の感情であり、なんというかもう是非もないよネ!

 

「そんなワケあるか。今日はここまでだ、いいから撤収するぞ」

 

 アサシンに制服の襟首を掴まれ、ずるずると引き摺られる。

 今日の成果はエネミーを数体倒し、宝箱を一つ開けた程度だ。多少の資金と、黒鍵という用途不明のアイテムを手に入れたが、それだけである。暗号鍵(トリガー)を入手できないのは仕様なので仕方ないとしても、後々のことを考えてせめて地図(マップ)くらいは完成させておくべきなのではないだろうか。

 そう熱烈に抗議すると、アサシンは露骨に顔をしかめた。

 

「おまえのその地図に向ける情熱はなんなんだ……? まあいいけど。初日からそんなに飛ばしてたら後でやることがなくなるだろ? なにもせずにおまえと二人で何日もぼうっとしてるなんて嫌だぜ、オレ。それにここの敵はもう殺し飽きた」

 

 そう言って、アサシンは蒼い輝きを灯した玄い眼を瞬かせる。

 彼女は英雄ではないが、それでも十分に強力なサーヴァントだ。こちらがマスターとして不適格なせいで満足な支援が出来ず、十分な力(フルスペック)を発揮できていない面が多々あるが、それでもこの階層の敵には一度たりとも苦戦していない。

 アリーナに入る前に、言峰から支給された携帯端末を介してアサシンの能力(スペック)には一通り目を通してある。

 敏捷と幸運の値が突き抜けて高かったのを覚えている。そして彼女は暗殺者の名に相応しく、ナイフを主とした暗器術に長けていた。その戦法を一言で表すならばまさしく一撃必殺である。その清々しい殲滅っぷりときたら、別に自分(マスター)はいらないのでは? と思わず感心してしまうほどだ。

 このペースならまだ行けるのではないか―――そう指摘しようとして、思わず口を噤む。よくよく観察してみれば、アサシンの顔色は真っ青だった。

 実際には、言葉ほどの大きな変化は見受けられない。精々が気怠そうに眉根を寄せている程度だ。だが自分には、その僅かな変化こそが不吉に思えてならなかった。もしかしたら、自分が気付いていないだけで、エネミーから何らかの魔術(ウイルス)を送り込まれていたのかもしれない。

 慌てて立ち上がり、アサシンの小さな肩を支える。大丈夫か、と尋ねると、彼女は面食らったように硬直した。しかしすぐに我を取り戻し、柔らかい動作でこちらの手を退ける。

 

「別に。ただの頭痛だ、放っておけばその内慣れる」

 

 治る―――ではなく、慣れる?

 

「そうだ。オレにはあらゆるものの死が視える。構成物質が霊子だろうがなんだろうが、関係ない。ただしこの体じゃ脳の処理が追い付かないみたいだ……余計な負荷がかかって、頭が蕩けそうになる」

 

 熱病に浮かされたように、アサシンは頭を不安定に揺らした。その傍ら、携帯端末で確認した彼女の能力について思い返す。

 

 直死の魔眼。

 

 視るだけで対象となる物体や概念に対し、ソレが内包する死を発現するという魔眼。受容体に過ぎない筈の眼球が有した、能動的な異能。それは遠い昔に存在したケルトの神様以来、久しく絶えていた稀有なものであるという。

 正直に言って、初見では全く以って意味不明だった。しかしそれがどういうことなのか、実例を目にした今なら多少は理解できるような気がする。

 当然ながら死とは本来見えないもの。そんなものを視覚化するには、相応の処理能力が求められる筈だ。けれどムーンセルから与えられたサーヴァントの肉体でそれを成すのは難しい。更には力量不足のマスターがその足を引っ張っているのだから、彼女が背負う負担は計り知れなかった。

 

 まだ余力があるのだからもう少し探索しておきたい、などと妄言を吐いていた先程の自分を殴りたくなる。

 

 その衝動を精一杯噛み殺して、自分はアサシンに肩を貸した。彼女は不要だ、と眼で訴えていたが、しかしそれに反して文句を言うことはなかった。そのことに安堵して小さく胸を撫で下ろしつつ、帰路を急ぐ。

 まずは魔術師(マスター)として、最低限の知識と技能を備えておく必要があった。この後一度アサシンを保健室に連れて行って休養を取り、それから図書室に寄ろうと固く誓う。

 

「…………」

 

 不意に、横から投げかけられる視線に気が付いた。

 アサシンは玄い瞳を興味深そうに瞬かせ、こちらの様子を観察している。蒼く爛々と輝く眼に探られているような錯覚を覚え、何故か背筋が凍り、項の骨がシンと軋んだ。

 

 どうかしたのか、と自分は問いを投げる。

 なんでもないわ、と彼女は笑って答えた。

 

 それはまるで、面白い愛玩動物を慈悲深く見守るような――――美しく、そしてとても怖ろしい表情だった。

 

 * * *

 

 夜中にふと、唐突に目を覚ます。

 

 聖杯戦争の最中――自室として宛がわれた物置は照明が落とされ、暗い闇に包まれていた。閉ざされたカーテンの隙間からも、一筋の月明りすら入り込む様子はない。瞼を開けていようが閉じていようが大して変化のない、完全な闇。その只中で、自分は虚ろに手足を放り出していた。

 ぼんやりとした眠気の余韻に浸りながら、意識を失う直前の出来事を思い出す。

 確か自分は図書室で聖杯戦争に関わるそれらしい本をあらかた引っ張り出し、この物置に引き籠った筈だ。アサシンはベッドを、自分はソファをそれぞれの陣地に指定して根を張っていたと思う。……一体、あれから何時間経ったのだろう。

 今は何時だろうか、と首を傾げて懐の携帯端末に手を伸ばす。しかし灯りを点けては傍で眠っている――と思われる――アサシンに悪いと思い、やめておくことにした。

 再び眠気が訪れるまで、大人しくしておくことにする。

 さて――だが結局、今は何時なのだろう。もしかして草木も眠る丑三つ時というやつなのだろうか。もしそうだったら気味が悪いな、と思わず少しだけ眉根を寄せる。

 闇を凝視する。

 すると、視界内の空間はどんどん輪郭を持ち始めてきた。積み上げられたガラクタが視える。どうやら明かりのない世界でも、目は慣れるものらしい。

 溜息を吐いて瞼を閉じようとした所で―――――その直前に、ぼんやりと視線を横へと投げかけてみた。

 誰かと、視線が合う。

 それは少女だった。彼女は白い着物を纏った流麗な佇まいで、淑やかにベッドに腰かけている。その端整な顔立ちは気怠げながらも、ひどく穏やかで、あまりにも女性的だった。

 小首を傾げ、少女はこちらを見下ろしている。玄い髪を揺らし、玄い瞳を蕩かせ、少女は妖しく微笑みを浮かべた。

 思わず視線が泳いでしまう。そして彷徨った先で、強烈な赤色が視界を掠めた。

 ハンガーポールには、見覚えのある赤い上着が引っ掛かっている。あれはアサシンが着ていたものだ。何故ソレがここにあるのだろう。()()()()()()()()()()()()

 

 君は、誰だ?

 

 視線を目の前の少女に戻して、問いかける。

 唇が動いたのは自覚できたが、きちんと声を出せたかどうかは怪しかった。どうやら今日の戦闘で、知らず知らずの内に自分も相当消耗していたらしい。エネミーを相手にしてこれなのだから、サーヴァント戦ではどうなるのだろうかと、先が思いやられた。

 少女は笑みを深めて、甘く囁くように―――けれど無機的に答える。

 

「私の中に()()はもういない―――だから、誰でもありません。ここにいる私は、ただのあなたのサーヴァントです。何があっても、どんな命令でも、私はあなたに従うわ、マスター。だって、とても楽しそうですもの」

 

 くすくすと、少女は艶然と笑う。その姿は少女、というよりも更に幼い印象だ。童女、と表した方が近いかもしれない。

 彼女は無垢な微笑みを湛えたまま、何の気なしに、口を開く。

 

「実は私、眠らないの。だから今までは、夜はずっと一人きりで。なんだか損をしているように思っていたのだけれど……でも、あなたの寝顔を見られるのは役得ね」

 

 もし叶うのなら―――あなたの夢の中に現れて、あなたを護れたらよかったのに。

 

 歌うように、祈るように、少女は滔々と語った。その声は不思議な響きを持ち、次第にこちらの眠気を増長させる。自分は頭の向きを定位置に戻し、そっと目を瞑った。完全に意識を手放し、昏い眠りの底へと全身を浸ける。

 

 まるで夢のような一幕――その終演の直前に、ふと一つの問いを投げ掛けられる。

 

 ―――――あなたは聖杯に、何を願うのかしら?

 

 ああ……そういえば、考えたこともなかった。

 それについて改めて思考を巡らせる一切の余地もなく、一夜の不思議な思い出を胸に抱いて、巫条祈荒は眠りに落ちた。




【基本情報】
CLASS:暗殺者(アサシン)
真 名:無銘
マスター:巫条祈荒
属 性:混沌・善
宝 具:???
ステータス:筋力E 耐久D 敏捷A+ 魔力C 幸運A+ 宝具???

【KEYWORD】
『???』
 未開放につき、閲覧不可。

『直死の魔眼』
 外界に働きかける受容体。バロールの眼。
 本来なら魔眼とは眼球単一で視界内のものに魔術を叩き込む一工程の魔術行使を指すが、彼女のそれは脳と眼球のセットで成り立つため厳密には別物である。
 ムーンセルから課せられた制約により、視る対象に応じてA~Dランク相当の『頭痛持ち』スキルが発現する。

『???』
 未開放につき、閲覧不可。

【SKILL】
気配遮断:C
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を断てば発見する事は難しい。

???:?
 未開放につき、閲覧不可。

???:?
 未開放につき、閲覧不可。

【SETTINGS】
『人物背景』
 未開放につき、閲覧不可。

『???』
 未開放につき、閲覧不可。

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