01 宵の邂逅
その夜、国木田独歩は本日の業務を終えて夜道を歩いていた。
理想通りに業務を終了させることができたが、春にはまだ遠いこの季節は夜が来るのが早い。早く帰って明日の予定を立てよう。そう考えていた矢先であった。
国木田の目の前に女が通る。黒く短い髪。背は高く姿勢よく歩く姿が印象的であった。女はそのまま国木田に気づくことなく路地裏に入っていく。明るい昼間ならば国木田も気にはしなかったが、今は夜。しかも路地裏に女が一人などという状況は如何にも襲ってくださいと言われても仕方のない状況だ。
予定は狂うが、これから彼女に起こりうるかもしれない事象を考えれば、放っておくことなど国木田には出来ないのであった。
「おい、待て!」
声をかけて路地裏に入るものの、女の姿はもう無かった。奥に行ってしまったのかもしれない。国木田は女に追いつくために走り出すのであった。
路地裏は薄暗いものの、月の光が情けをかけるように道を照らしていた。奥まで進むが女の姿はない、一体どこに消えてしまったのだろうか。
すると、ふいに明かりが陰る。おかしい月は出ているというのに。しかしすぐにその影は人の形をしていることに気づいた。後ろを振り返る。
「は…?」
それは人ではなかった。気持ちの悪い仮面をつけた化け物。国木田は瞬時にこの怪物がいつ襲い掛かってきてもいいように手帳を手に取る。
しかし怪物は動かない。国木田は警戒を解かないまま怪物を見つめるが、それは動くことなく、そのまま二つに分かれる。否、切断されたといったほうが正しいだろう。倒れた怪物は黒い霧をちりばめ消滅する。
一体あれは何だったのだろうか。国木田は把握しきれない現状に困惑を隠しきれなかった。そしてもう一つ驚愕した。怪物が消滅した先にいたのは、先ほど見失った女だ。中性的ではあるが整った顔つきの女はその華奢な両手に似合わない赤と青の双剣を手にしていた。国木田に気づかないのか、女はそのまま背を向ける。
「待て…!」
しかし女は国木田の声に耳を貸すことなくその姿をくらました。月が雲に隠れて道はすぐに闇に溶け国木田の追跡を邪魔した。
怪物、剣を持った女。あれは何だったのだろうか、俺は月に化かされたのだろうか。いやそれは酷く非現実的だ。しかし謎が解けることはない。疑問を抱いたまま国木田は帰宅するしかなかった。
同時刻、女は電話をしていた。
「うん…大丈夫。終わったから。うん、おやすみなさい。浦原さん。」
短い会話を交わし通話を終了する。そういえば、とふとあることを思い出す。
「虚の後ろに誰かいたような…気のせいか。」
気のせいにしよう。女は一人そう呟いて夜の街を後にした。