中学生になった俺は、福岡に居る。
帰省中だとかそういう事では無く、福岡に住んでいる。
なぜこういう事態になってしまったのかというと、小学6年生の2学期に入ってすぐに祖父が倒れてしまったためだ。
お盆に帰省した時は何事も無さそうに俺に稽古をつけてくれた。
俺をボコボコにして、「録にはまだ負けられんたい!」と笑っていたのに祖父は倒れてしまった。
容態も芳しくなく、長期の入院が必要とのことだ。
父親は家族会議を開き、仕事を辞めて福岡に帰りたいと母親と俺に訴えかけた。
それに対して母親は「あなたについていきます」という言葉を伝え、俺もそれに続いた。
だが、彼女との4年半の日々は、俺の心を重くする。
父親は引き継ぎの関係で、すぐには辞めることが出来なかったため、俺には少しの猶予ができた。
だけど、彼女に別れの言葉を伝えられないまま、別れの日が近づいてくる。
そんな中、最後のお兄ちゃんDayの日曜日がやって来た。
「ご馳走さまでした」
「おそまつさまでした♪」
俺は彼女が作ったパンケーキを食べながら、話を切り出すタイミングを伺っていたのだが、結局食べ終えてしまった。
「遠くに行っちゃうの?」
「えっ!?」
切り出そうとしていた事を彼女に言われ狼狽えてしまう。
「パパとママが話してるのを聞いちゃったんだ」
「そっか、知ってたのか」
「遠くに行っちゃっても、全然平気だよ」
「・・・・・」
「お兄ちゃんのおかげで、縫い物もできるようになったよ」
初めて作ったシュシュつけて喜ぶ彼女を思い出す。
「・・・・・」
「お兄ちゃんが美味しそうに食べてくれたから、お菓子作りも上手になったよ」
俺のために誕生日ケーキを作ってくれた、彼女を思い出す。
「・・・・・」
「お兄ちゃんの近くに居れたから強くなれたよ・・・」
弱さを知り強くなり続けた彼女の成長の日々を思い出す。
「・・・・・」
「あれ・・・、強くなれ・・たのに・・・涙が・・出ちゃう・よ」
「・・・・・」
「お兄ちゃん、一緒に居たい。離れたくないよ!」
「いろはちゃん、俺は」
俺は彼女に宣言する。
「俺は総武高校に行く!」
「総武高校?」
「俺は総武高校でいろはちゃんの事を待ってるから」
ここで言わなくても彼女は総武高校に入学しただろう、だが俺は宣言せずには、いられなかった。
「私も総武高校に行く、お兄ちゃん待ってて!」
「うん、待ってるから」
「約束だよ」
そう言って彼女は右手を差し出した。
「約束する」
俺も右手を出し、自身の小指を彼女の小指に絡ませる。
俺は彼女と再会の約束をして別れた。
そうやって福岡に戻って来た俺は、3年先の未来の事しか見ていなかった。
中学生に上がっても変わることなく先を見ていた。
そんな中、中学2年の夏に祖父は亡くなった。
祖父は最後まで元気一杯で、このまま良くなってくれるんだろうと思っていた矢先に亡くなってしまった。
俺は1回も祖父に勝つことが出来なかった。
悲しみを中学で入った剣道部に没頭することで紛らわせ、その結果、中学3年で全国制覇をする事となった。
総武高校の事は、中学2年の冬に両親に打ち明けた。
反対されると思っていたのだが、両親は反対する事無く、すんなりと賛成してくれた。
3年間だけだからと母親が着いてくる事になった。
俺の我が儘で申し訳なく、一人暮らしをすると言ったのだが押しきられてしまい、俺は家族崩壊になる様な事はしないよう、父親に釘をさす事を忘れなかった。
あっという間に卒業式の日を向かえた。
式はつつがなく終わり、俺は屋上に続く階段を上がって行く。
〈ガチャ〉
屋上に着くと、1人の女子が待っていた。
「来てくれて、ありがとう」
目の前の彼女は3年間、同じクラスで過ごし、同じ部活動で汗を流した栗山真彩という。
容姿は整っていて、長い黒髪を後ろで一つに束ねた女の子だ。
「待たせたかな?」
「今、来たとこだよ」
「それで話って?」
「えっと、えっとね」
俺は彼女がこれから言うであろ言葉は見当がついていた。
「黒田くん、私とつき合って下さい!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ごめん、付き合えない」
俺は少しの沈黙の後、用意していた言葉を彼女に伝える。
「・・・・・理由を教えてもらても、大丈夫かな?」
「千葉の総武高校って所に行くんだ。高校生活の3年間はその場所以外の事を考える事は出来ない。」
「そっか・・・、つき合ってもらえないって事は解ってたんだ」
彼女は、俺から目を離さない。
「・・・・・」
「私の事を見てくれてない事は解ってた。いや違うね、黒田くんは私達の事、誰一人として見て無かったから。」
「・・・・・」
俺は彼女から目を反らす。
「クラスメイトとして、部活動仲間として一緒に居てくれたけど、誰一人として私達を見てな無かった。」
「・・・・・」
俺は彼女の言葉に何も反論する事が出来なかった。
「ここじゃない、どこか違う世界を見てるみたい」
「・・・・・」
「黒田君を見てると、違う世界に消えて無くなっちゃいそうで恐かった」
「・・・・・」
「だから、つなぎ止めたかったのかな」
「・・・・・」
「なんか意味わかんない事を言ってごめんね、千葉でも頑張って」
彼女はそう言うと、小走りで屋上から去って行った。
彼女に言われた事が間違いでない事は、自分が一番解っていた。
俺は中学生の3年間を蔑ろにしていたのだ。
未来しか見ておらず現在を見ていなかった。
こんな俺が彼らの本物を、物語の続きを見ていいのだろうか?
・・・・・いや!
俺にも本物がある。
彼女との約束を守るため。
彼女との再会を果たすため。
俺は総武高校に行くんだ。
次の話はいろはちゃんサイドからの話を予定してます。
読んで頂きありがとうございました。