~12月10日~
残りのカレンダーも最後の一枚だけとなり、冬の空気は吐く息を白く染めるようになっていた。
街の中はすっかりとクリスマス一色で、先程から聞こえてくる定番のクリスマスソングはここ最近で何度も耳にしている。
視界の中に映るクリスマスのディスプレイも色鮮やかに煌めきながら、その雰囲気にすれ違う人や立ち止まる人達も少しソワソワしているように感じられた。
そんなキラキラとした光景を眺めながら歩いている"あーし"はというと残り2週間となったクリスマスイヴや冬休み。
それに明後日には自分の誕生日だというのに少しも心が躍らないでいた。
はぁ、誕生日か・・・・。
そう、あの時からおかしかったんだ。
9月28日。
"あーし"の大好きな人の誕生日。
ロクの誕生日。
その前日の昼休みに会った時はそれまでと同じでロクは思い悩んだ顔をしていた。
"あーし"はロクの抱えている重しを少しでも取り払おうと頑張ってたんだけど、思い悩んだ顔を変える事が出来なかったんだ。
・・・・無力な自分が嫌になる。
でも次の日の誕生日に顔を会わせた時は昨日までが嘘のように晴れ晴れとした顔をしていて、その目には何か決意がある様に見えた。
何があったのかを聞きたかったんだけど前日までの思い悩んだロクの顔がよぎってしまい、一歩踏み込む事を止めて見守る事にしたんだ。
ロクに任せておけば大丈夫だから。
だって“あーし”のボディーガードなんだから。
ロクなら・・・・。
そして文化祭当日。
ロクと過ごす文化祭はとても楽しくて一つ一つの光景がキラキラと輝いていた。
噂の事なんか気にせずにロクを引っ張り回し、こうやって来年も再来年もずっと同じ思い出を共有して過ごしていけるんだって、この時の"あーし"は浮かれていたんだ。
あんな事をしてしまうだなんて思わずに・・・・。
クラスの出し物の喫茶店でメイドをやってた"あーし"は休憩に入ると急いで体育館に向かう。
体育館に着いたタイミングでロクはステージの中央へと進んでいるところだった。
周りの野次にイライラしながらもステージ中央に居るロクに目を向けて直感した。
ここで何かをするんだって・・・・。
そしてロクは口を開く。
その言葉をただ黙って聞いていた。
その姿をただ黙って見つめていた。
怒りや悲しみ、様々な感情を抑えつけながら。
でも我慢が出来なかったんだ。
見守るって自分が決めたのに・・・・。
踏み込む事をしなかったのは自分なのに・・・・。
屋上でその抑えつけていた感情をロクにぶつけた。
理不尽だって解っている。
傲慢だって解っている。
でも抑える事が出来なかった・・・・。
あんなのって無いよ。
あーしの気持ちをもっと考えてよ。
それを最後にロクとは話をしてはいない。
廊下ですれ違う事はあったんだけど、ちゃんと顔を合わせてはいない。
何であの時にもっとロクに踏み込まなかったんだろう。
何であの時に・・・・。
あーしの時間はあの文化祭の日から止まったまま、心は冷たく沈んでしまっているんだ。
あれから何度となく繰り返した思考に陥りながらも気が付けばいつものように自宅へと辿り着いている。
「ただいま」
短く帰宅の挨拶をすると自分の部屋に向かう。
リビングの方から聞こえてくるママの声を尻目に部屋へと入り、壁に掛けてある一着のコートを手に取り抱きしめるとその状態のままベッドに倒れこんだ。
そのまま何時もの様に抱きしめていたコートを無意識の内に顔へと近づけると。
(クンクン)
このコートの持ち主の匂いを探して、空っぽの心を少しでも満たそうとする。
「・・・・ロク」
ボタンの色が一つだけ違うコート。
12月の誕生石。
鮮やかな水色の石で出来たボタンは"あーし"の瞳から溢れた涙で濡れていた。
~12月11日~
ホームルームを終えて、帰りの準備に取り掛かる。
今日もいつもと変わらない1日だった。
ほんの少しの勇気で変えられる1日を"あーし"はいつまでも変えられない。
止まったままの針を動かそうと近寄る事さえ出来ないでいる。
らしくないな・・・・。いつからこんな弱い人間になったんだろう。
「ゆみこー、帰ろー♪」
気付くと目の前に友達のカナの顔があった。
「また、ボーッとしてるよー」
「大丈夫。ボーッとなんかしてないし。・・・・よし、帰ろ」
そう言うと鞄を手に取り教室を出る。
「ちょっと待ってよー」
カナは慌てながらもすぐに追い付いてくると横に並んだ。
取り留めのない会話を交わしながら昇降口に向かって進んで行く。
「あっ!」
もう少しで昇降口という所でカナは声を上げた。
「ゆみこ、ごめーん。用事を思い出しちゃった♪」
そのままニコニコした顔で手を振りながら進んできた廊下を引き返して行く。
「ちょ、ちょっとー!・・・・何なのよ、もう」
カナの急な行動に戸惑いながら1人で昇降口に向かい進んでいくと
「あっ!」
“あーし“もさっきのカナの様な声を上げてしまう。
だって目の前に
「・・・・三浦さん。ちょっと話せないかな?」
ロクが居たから。
~~~
冬の寒空の下、ロクと二人でとある目的地を目指し歩いていた。
並んで歩るく二人の間隔は夏の頃より少し遠い。
なんでだろう、あれだけ撥ね付けていたというのにロクの言うことをすんなりと受け入れてしまった。
それも自分からあの公園に行きたいって、ロクが助けてくれた公園に行きたいって言ってしまったんだ。
今日の"あーし"は何かおかしい。
胸の鼓動が"あーし"の体をロクの方に突き動かそうとする。
その鼓動のせいで血液が高速で全身を巡り、脳をオーバーヒートさせてしまう。
あれもこれも全部が冬のせい。
今年の冬の始まりの気温がもっと寒かったら冷静でいられたんだ。
だから冬のせい。
「三浦さん、この辺りでどうかな?」
ロクの声で辺りを見渡すと既に公園の敷地内へと入っていた。
「うん」
「寒くない?」
「大丈夫」
そこで会話が途切れてしまい、お互いに向きあったまま無言の時間が過ぎていく。
1分少しぐらいの時間なはずなのに体感ではとても長く感じられる。
「あの。・・・・ごめん」
お互いの緊張感で重くなった空間の中、ロクが口火を切った。
「・・・・何も見ようとせず自分勝手に突っ走ってしまってごめん。・・・・何も相談せずに身勝手に決めてしまってごめん。・・・・言葉を聞かずに傷つけてしまって本当にごめん」
ロクは頭を下げる。
そのまま動かないロクに向かって"あーし"は、
「・・・・許したくない」
その言葉にピクリとロクは体を揺らす。
ふふ、小動物みたいだ。なんか可愛いし。
何故だかさっきまでの緊張感が体の中から消えていく。
うん、解ってる。
あーし達の為にしてくれたって事は解ってるんだ。
それは嬉しく思うんだけど。
でも、ここで簡単に許してしまったらロクはまた同じ様な事をやってしてしまう。
「・・・・許してほしい?」
「・・・・・」
「ムッ、・・・・許してほしく無いの?」
「許してほしいです」
頭を下げたまま弱々しい声で返事が返ってくる。
「・・・・うん、決めた!」
"あーし"はロクの頭の両端を両手で挟むと頭を上げさせる。
そのままロクの目をまっすぐと見つめながら言う。
「ロク、顔を上げる。・・・・男の子でしょ、泣くなし」
「・・・・」
「"あーし"がロクの事、守ってあげるよ。・・・・だから」
文化祭の前に言ってあげた台詞を繰り返す。そして、
ロクの頭から両手を離し、その両手でロクの頬っぺたをつねり上げると。
「悩みがあったら"あーし"に全部言うこと。・・・・嫌、それじゃ駄目。・・・・悩む前に全部を言うこと!次に勝手なマネをしたら只じゃ置かないから」
「・・・・」
「返事は?」
つねる力を少し強める。
「ふぁい!!」
「ふん、よろしい。・・・・ていうか、来んの遅いし」
頬っぺたから両手を離してあげる。
「・・・・ごめん。なかなか三浦さんに会う勇気が持てなくて。・・・・恐かったんだ。三浦さんに拒絶されてしまうのが」
「・・・・何で、今だったの?」
「あっ、それは」
ロクはそう言うと鞄の中から綺麗にラッピングされた手のひらサイズの四角い物を取り出した。
「誕生日おめでとう。俺もお祝いしてもらったから絶対に三浦さんの誕生日もお祝いしたくて」
ん?ちょっと待って。とっても嬉しいんだけど・・・・。
「・・・・誕生日は明日なんだけど」
ロクに向かって、ジト目で視線を送る。
「あっ、そうじゃ無くて。明日は予定とかもう入ってるかなって思ったから今日にしたんだ。・・・・ごめん。1日早いけど誕生日おめでとう」
あっ、そうだ。ロクってこんなんだった。
相手の事ばっかり優先して、自分の事は後回し。
「・・・・ありがとう」
ロクからプレゼントを受けとる。
「開けていい?」
「うん。気に入ってくれると嬉しいな」
綺麗にラッピングされたプレゼントを開けていくと中からトップに綺麗な水色の石が付いている可愛いらしいネックレスが現れた。
「・・・・どうかな?女の子が喜ぶプレゼントって解らなくて。そのネックレストップに付いている石は12月の誕生石なんだよ。お守りとしても使われたりするだ。名前はターコイズ」
「知ってる。・・・・それじゃあ、この石がどんなチカラを与えてくれるかロクは知ってる?」
「えーと、チカラはね。」
ロクの返事を待たずに近づくと、その胸に飛び込んで抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、えっ、えっ」
早く脈打つ心臓の動きやロクの体温を左の頬で感じる。
あのコートで探していたロクの匂いが体を包んでくれる。
ふふ、こんな事をしてしまうのはこの石のせいだ。
この石が勇気と行動力を与えてくれるからこんな事をしてしまう。
「・・・・寒い」
適当な言い訳を言葉にする。
「・・・・さっき寒くないって言ったよ」
「うっさいし」
懐かしく感じるロクとの掛け合い。
そんな冷静に返したって、ロクがドキドキしてるのなんかすぐに解るんだから。
そのまま動く事なく時間は過ぎていく。
「・・・・こんなところを見られちゃったら、また変な噂が立っちゃうよ」
ムッ、ロクの言うことは正しいんだけど何かムカツク。
「ロク」
「何?」
そうだ。これから言う事もこの冬の始まりの気温がもっと寒くないせいなんだ。
「"あーし"はさ」
そうだ。これから言う事もこの石が勇気と行動力を与えてくれるせいなんだ。
「ロクの事が好き」
そうだ。これは"あーし"が・・・・。
「だから"あーし"と付き合って下さい」
ロクの事を大好きなせいなんだ。
「・・・・えっ。・・・・えー!?」
左の頬がロクの体温と胸の鼓動で温かく揺れる。
右の頬を冬の風が優しく撫でていく。
この幸せな時間が一生続けばいいな。・・・・でも、
「嘘」
抱きしめていた腕を緩めると後ろ髪を引かれながらもロクから離れる。
「・・・・えっ、嘘?」
「そう。さっきの告白は嘘。だからこれでおあいこね」
"あーし"から告白なんかしてあげるもんか。
「はぁー、もう何て事してるのビックリしたよ」
「うっさい。ロクがあんな事をするからいけないんだし」
ロクの方から告白をさせてやるんだ。
「・・・・本当に反省してます」
「ふん。・・・・なんか、お腹が減っちゃった」
「あっ、そうだった。夏休みにバイトしてた喫茶店のマスターに三浦さんのバースデーケーキをお願いしてるんだった」
「・・・・ケーキ食べたい」
「じゃあ、行こう」
「うん」
あんな嘘の告白なんかじゃ無い。
本物を"あーし"に。