黒田君は雪ノ下さんの何処に惹かれたのかな?
あの、美しく整った顔?
あの、長くて綺麗な黒い髪?
あの、人を寄せ付けない落ち着いた雰囲気?
私には無いものばかり・・・・・。
「おーい、城巡」
雪ノ下さんが羨ましいな。
「城巡!」
「ひゃい!?」
肩に置かれた手によって現実へと引き戻された。
「大丈夫か?」
目の前には心配そうにこちらを見ている担任の先生が居る。
「な、何がですか?」
「何がって城廻の事だよ」
「私の事?」
「そうだ。周りを見てみろ。みんな下校したぞ」
周りを見渡すと先生の言う通り、教室には誰も居ない。
「最近、様子がおかしいみたいだが何か悩みでもあるのか?」
「・・・・いいえ。悩みなんて無いです」
そう、悩みなんて何も無い。
結果はもう出てしまってるんだから。
「そうか。何かあったら頼ってくれていいんだからな」
「・・・・はい」
「俺も学級委員長の城廻に頼り過ぎてたところがあったからな。反省するよ」
「そんな、私は学級委員長として当然の仕事をしているだけです」
「そういうところだよ。もっと肩の力を抜け」
「・・・・」
最近の私は本当に駄目だな。
周りのみんなに心配をかけてばっかり。
「おっ、そうだ。城廻、今度の生徒会長選に立候補してみないか?」
「生徒会長選ですか?」
「そうだ。城廻ならやれると思うんだが」
「無理です。私に勤まるはずがありません」
「そんな事は無いと思うぞ」
「・・・・」
せっかく先生が勧めてくれる話だけど、こんな私が生徒会長だなんて絶対無理。
雪ノ下さんみたいな完璧で選ばれた人がするべき事なんだよ。
こんな私が生徒会長だなんて似合わない。
私は先生の顔を見るのが申し訳なくて下を向いてしまう。
「城廻はもう少し自分を信じてあげてもいいと思うんだけどな」
「・・・・」
「まあ、そんなに重く受け止めるな。少し考えてみてくれるだけでいい」
「・・・・はい」
そこで会話は終わり先生から下校を促されると、私は帰り支度を終えて教室を出た。
昇降口で靴に履き替え外へ出ると陽はだいぶ傾き秋の空はオレンジ色に染まっている。
その空を見ているとより一層心が重くなるのを感じ、顔を自然と俯けてしまう。
少し前までの私はこんなんじゃ無かったのにな・・・・。
「めぐり?」
名前を呼ばれそちらを向くと、
彼が一途に恋心を抱いている女の子のお姉さん。
「やっぱりめぐりだ」
雪ノ下陽乃さんが立っていた。
「おーい。めぐり、どうしたの?」
私が声に反応を示さず黙っていたため、ハルさんは私の顔の前で手の平をこちらに向け左右に振るという動作をしていた。
それを認識した私はすぐさま返事を返す。
「あっ、こんにちは。お久しぶりです、ハルさん」
「久しぶりだね」
「今日はどうされたんですか?」
「静ちゃんとお喋りにね♪」
「そうだったんですね」
ハルさんは高校を卒業した後もこうやって平塚先生を訪ねてくる。
「ところでさ、めぐりはどうしてそんなに元気がないのかな?」
「えっ、そんな事は無いですよ」
今の私はちゃんと笑えているよね?
「ふーん、そうは見えないんだけどな。まあ、いいや。この後って予定とかある?」
「・・・・何も無いですけど」
「じゃあ、お茶でもしよう♪」
~~~
あれから私はハルさんに連れられるがまま総武高校近くのカフェへとやって来た。
テーブル席に案内され椅子に腰掛けるとハルさんは一段落する間も与えてくれずに先程の話の続きを再開した。
「やっぱり変だよね。ここに来るまでの間もずっと下を向いてたよ」
「・・・・・」
「・・・悩み事があるんでしょ?」
「・・・・・」
言えないよ。黒田君が妹さんに恋心を抱いていたことに悩んでいるだなんて。
言えないよ。黒田君から告白された妹さんが羨ましいだなんて。
だってこれはただの嫉妬なんだから・・・。
「黒田君が雪乃ちゃんに告白しちゃった事?」
「えっ、えっ、・・・・」
いきなり言い当てられた事で動揺してしまう。
「あはは、やっぱり」
「ど、どうしてハルさんが知っているんですか?」
「静ちゃんから聞いたのよ」
「平塚先生に・・・・」
「でもさ、悩む必要なんて無いんじゃない?黒田君はフラれちゃったのよ」
「・・・・確かにそうなんですけど」
ハルさんの言う通りなんだけど。でも、どうしても自分と雪ノ下さんを比べてしまう。
「それに・・・・・。黒田君は雪乃ちゃんに対して恋心なんて抱いていないんだから」
ハルさんが発した言葉の意味を上手く処理出来ず、頭の中が混乱してしまう。
「めぐり聞いてるー?」
頭の中で何度も何度も言葉の意味を理解しようと思考の渦に飲まれているとハルさんが何時もの飄々とした声で問いかけてくる。
「ど、どういう事なんですか!?」
「うーんと、黒田君がした告白は嘘で酷い茶番劇だったってことだよ」
「な、なんで・・・。なんでそんな事を黒田君はしたんですか!!」
私は心の中から溢れ出てくる感情を抑える事が出来ずに声を荒らげてしまう。
「何でって・・・・。めぐり達の為に・・・・かな?」
「えっ・・・・」
・・・・・どういうこと?
「二学期が始まってから黒田君とめぐり、それと三浦さん。その3人の関係に関しての噂が学校内で拡まっちゃったんでしょ。だから黒田君はその噂が消えるようにあんな寸劇を演じちゃったってわけ」
あっ、そういえば文化祭が終わってからは噂の事が私の耳に入ってこなくなっていた。
「でも、何でそんなやり方を」
「何でだろう?彼らしくないやり方だよね」
「もしかしてハルさんの妹さんが?」
「雪乃ちゃんがあんなやり方を提案するはず無いよ。逆に否定しちゃうんじゃないかな」
「そ、それじゃあ」
「私にもわかんないなー。雪乃ちゃんに聞いても教えてくれなかったし」
なんで、なんで黒田君はそんなやり方を・・・・・。
「でもさ。彼も必死だったんじゃないのかな?あんなやり方を選択しちゃうぐらいなんだから」
「うぅ。それはそうですけど」
いま思い返せば、黒田君は何だか焦っていたように感じる。・・・・でも、
私達の為にやってくれたんだって解ってもそんなの簡単には納得する事が出来ないよ。
「彼の事、嫌いになった?」
「そんな事あるはず無いです!」
今の私は、もう彼の事を嫌いになんかなれるはず無い。
「じゃあ、めぐりはどうするの?」
「えっ」
「彼の側に居たい?」
「・・・・はい。居たいです」
文化祭の前までのように彼の側で笑って居たい。
「側に居てどうするの?彼はまたあんな事をしてしまうかもしれないわよ」
「私が止めます」
もうあんな事はさせたくない。
「今のめぐりに・・・。今の弱いままのめぐりに彼を止める事は出来ないんじゃないかな」
「弱い?」
「うん、めぐりは弱いよ。彼がした事に気付かずにただ傷つけられていただけ。今のままのあなたならまた傷つけられてしまう事になる」
「じゃあ、じゃあ私はどうしたらいいって言うんですか!!」
「彼の側に居たいのなら強くなりなさい」
「・・・・強く。・・・・どうやったらなれますか?」
「私には解らないわ。悩んで考えて、めぐり自身で見つけなきゃいけない事よ」
「私自身で・・・・」
私はどうやったら強くなれるんだろう。
どうやったら彼の側に居ることが出来るのだろう。
「まあ、焦らないでゆっくり考えてみなさい」
「・・・・はい、考えてみます」
「うん、そうしなさい。焦っても良い答えは見つからないと思うから。・・・・あと、噂の事でなんだけど一つ聞いておきたいことがあるの」
ハルさんが今までの私を諭すような穏やかな表情から一変して、たまに見せる真剣な顔つきで噂の事を問いかけてきた。
「めぐりと黒田君が出会った時の話って私の他に誰かに話したの?」
「いえ、誰にも話してませんよ」
あの時の話は恥ずかしくて誰にも話せない。
ハルさんに話したのも誘導尋問みたいに聞き出されてしまったのだから私からしてみれば不本意だったんだけど。
「・・・・そう。ありがとう」
「えっ、それだけですか?」
「うん」
私からの返答を聞いたハルさんの顔は悲しげな表情に変化していった。
「そっか。・・・・彼は誰でも無条件に救ってくれるのかな?」
「どういう意味ですか?」
「そのままよ・・・・。彼は誰でも救おうとしてくれる。その行為には何か条件があるのかなって思ってね」
「はあ、条件ですか」
私を助けてくれた行為にもあったのかな?
「はーい、この話は終しまい。なんか喉が乾いちゃったよ。何か注文しよう」
ハルさんは何時ものような飄々とした雰囲気に戻るとメニューを開き悩みはじめた。
「どれにしようかなー」
どうしてなのか解らないんだけどこの時の私は、
「あの、ハルさん」
「どうしたの?」
道を示してくれたハルさんにはどうしても宣言しておきたかった。
「黒田君の側に一緒に居れるように私は強くなります」
何時もの私らしく無いけど言っておきたかった。
「うん、頑張って♪」
私は強くなるんだ。
~10日後・学校(屋上)~
高校二年生の一番の行事と言ってもいい修学旅行も終わり、ハルさんに強くなると宣言してから10日が経った放課後。
私は1人の男子を屋上で待っている。
これからの事を想像して胸が高鳴り体が熱くなってしまうのを屋上に吹く風は冷まそうとしてくれる。
〈ガタン〉
屋上のドアが開くと待ち人の黒田君の姿が私の目に入ってくる。
彼はそのまま私の近くまで歩いて来ると立ち止まり口を開いた。
「こんにちは。城廻先輩」
「こ、こんにちは。黒田君」
私が避けていたせいで久しぶりとなってしまった黒田君との会話を緊張の余り噛んでしまう。
「えっと・・・。話があるとの事だったんですけど、俺も城廻先輩に話さなければいけない事があるんです」
「えっ、ちょっと待って!私の方から先に言わせてくれないかな?」
「・・・・はい。解りました」
伝えるんだ。・・・・私の覚悟を伝えるんだ。
私の想いを彼に伝えるんだ。
「私ね、・・・・今度の生徒会長選に立候補しようと思ってるの」
「・・・・はい」
「そして生徒会長になることが出来たら、・・・・黒田君に私の事を見ていてほしい」
今の弱くて駄目な私から・・・・、君に守られてばっかりの私から・・・・、君を守れるぐらい強い私になるから・・・・。
「生徒会長として頑張ってる私の事を見ていてほしいの」
あなたの側に居たいから・・・・。
「大丈夫ですよ。生徒会には入れないですけど城廻先輩のお手伝いはさせて下さい」
「違うの!そう言う事じゃ無くて生徒会長としての私を見ていてくれてるだけでいいの」
黒田君は私の事をすぐに甘やかそうとしてくれる。
でも、それに頼ってしまったら私は強くなんかなれない。
「見ていてるだけですか?」
「うん、見ていてくれるだけでいいの。・・・・それとね」
「・・・・・」
「私が生徒会長を勤めきったら黒田君に聞いてもらいたい事があるの」
生徒会長を勤めあげて強くなった私ならきっと君に言えるはずだから。
「聞いてもらいたい事?」
「うん。だから、私の事を見ていてほしい」
生徒会長として頑張る私を・・・・。
「はい、解りました。しっかりと拝見させてもらいます」
「ありがとう。でも、まずは生徒会長に選ばれないといけないんだけどね」
そうだよ。これで生徒会長に選ばれなかったらとんだ恥さらしだよね。
「大丈夫です。城廻先輩ならなれますよ。俺が保証します」
「えへへ。黒田君に言われると心強いな♪」
やっぱり彼の声は私の背中を押してくれる。
私の心を温かくしてくれる。
「黒田君・・・・」
「どうしました?」
「ありがとう」
遅れてしまったけど、これだけは言っておきたい。
「私を・・・・、私達を守ってくれて、ありがとう」
今度は私が君を守れるように・・・・、強くなるよ