屋上での話が抜けていました。
10月14日23時30分に修正しました。
「ただいま」
「お兄ちゃん、お帰りー」
リビングへ入ると先に帰っていた小町がソファーにうつ伏せに寝転がりながらファッション雑誌を広げ、ノールックで帰宅の挨拶を返してくる。
文化祭の準備というサービス残業を課され疲れきった俺は、心と体を休めるべくソファーの空いたスペースにすぐさま腰をおろした。
「今日も文化祭の準備だったの?」
小町が視線を雑誌に向けたまま問いかけてくる。
「ああ、マジ疲れたわー」
返答しながら小町が見ている雑誌に目を向ける。
"小悪魔と書いてモテ女と読む"
なんて記事のタイトルだよ!
はぁ。毎度毎度、飽きずによくもまあ。
我が愛しの妹はこんな偏差値25ぐらいの記事ばっか見てて、お兄ちゃんは凄く心配だ。
「小町的には嬉しい事なんだけど、2学期になってから活動的だよね。何か心境の変化でもあった?」
こちらに視線を向け、意味が解らないことを問いかけてくる。
「なんもねぇよ。スクールカースト上位者共のツケを払わせられてるだけだ」
「なにそれ?」
「アイツらはな、文化祭のクラスの演目を自分等で勝手に決めといて、いざ準備期間に入ると最初の内は独裁的なリーダーシップを振りかざし「俺等、文化祭楽しんでるぜー♪」とナルシシズムに浸りながら地味な作業はスクールカースト下位者に押し付ける。なのに日が進むにつれて準備作業に飽きてきやがったと思ったら「俺等、本番を楽しむ派だから後ヨロシクー」って具合に全部をこっちに全部を押し付けて逃げやがるんだ。そのくせ、一々とこちらの作業にはダメ出しをしてきやがる、それに」
「はいはい、お兄ちゃんストップ!はあ、解ったからもういいよ」
これからというところで小町からストップを掛けられる。
「でもさ。きっかけはどうあれ、そんなに頑張ってるんだったら文化祭が終わった後の達成感なんて、ひとしおなんじゃないのー?」
小町は何も解っていないようだ。
「ふふふ、文化祭が終わった後の達成感?そんなものあるはずが無い!あるのは絶対的な敗北感だよ小町君。スクールカーストの序列という絶対的な敗北感。アイツらは俺達が積み上げて来たモノを全部奪い去っていくんだよ」
そう、アイツらは養蜂家のおじさんみたいに全部を奪っていく。俺はアイツらの為に汗水垂らして蜜を集めるミツバチハッチなのだ!
すまない、ひとつだけ訂正させてくれ。養蜂家のおじさんが全部を奪っていくというのは間違いだ。おじさんは蜜蜂との共存共栄を果たしている。持ちつ持たれつの関係だ。
それだというのにアイツらは、
「はぁー。もう、お腹一杯だよ」
これからというところで、八幡わんこ蕎麦はストップを掛けられた。
おい小町、まだ頑張れるぞ。
「仕方ないなー、心も体も疲れきっている可哀想なお兄ちゃんに優しくて可愛い小町がスペシャルなマッサージをしてあげるよ!」
「こ、小町・・・・」
ブラックな職場から帰って来たお兄ちゃんの為に優しい気遣いをしてくれる献身的な妹に感動しているのだが、その優しい気遣いをしてくれた張本人はというとうつ伏せに寝転んだ状態のまま起き上がりはせず足をバタつかせ始めた。
「ほら、お兄ちゃん!小町マッサージ機が動き出したよ。ウィーン♪」
「な、なんだと」
予想の斜め上を行くマッサージ方法に驚愕した俺が動けないでいると。
「何してるの?早くしないとJCの生足マッサージが終わっちゃうよー」
小町の言葉に体が反応しそうになるが俺は何とか踏みとどまる。
いくらシスコンとはいっても越えてはいけない一線があるんだ。
「俺を馬鹿にするんじゃねぇよ。親父みたいに小町に足蹴にされて喜ぶ趣味は無いからな」
「もぉー、小町の優しさを無下にしないでよね。お父さんは凄く気持ちが良いって言って、お小遣いをいっぱいくれるんだから」
これはあれだ。親父に変な性癖が芽生えてしまい家庭崩壊という事態になる事が無いように気をつけなければならないな。
「はあ、もういい。着替えてくる」
〈ギュッ〉
俺は立ち上がり自分の部屋に移動する為に歩き出したのだが、腰の辺りを後ろから抱きしめられた事により歩みを止めさせられる。
「心配してるんだからね。最近のお兄ちゃん、様子がおかしかったから・・・・」
「・・・・・」
「悩みでもあるの?」
「・・・そんなもん、ねぇーよ」
そう、悩みなんて何も無い。
ただ胸糞悪い事があっただけだ。
最近、学校で拡散されている噂。
悪意のある噂。
それで悩んだ顔をしている1人の馬鹿。
その馬鹿は俺のボッチライフを邪魔をするだけの男。
ただそれだけ、だから俺には関係の無い事だ。
そう、俺には悩みなんて物は何も無い。
「・・・・そっか。何かあったら小町に話してね。恋の悩みだったら大歓迎だよ」
「そんなんで悩んだりしねぇよ。まあ、そのなんだ。何かあったら話すから心配しなくて大丈夫だ」
「うん、わかった。じゃあ、晩御飯の準備するね」
小町はそう言うと体を離してキッチンの方に掛けていく。
それを見届けた俺は、自分では納得する事が出来ない後ろめたさを感じながら部屋へと移動するのだった。
~文化祭2日目~
ここ一週間続いたブラックな労働環境も今日で無事に終える事が出来た。
ただ最後の試練とばかりに休憩無しのぶっ続けで働かされた事は一生、根に持つ事になるだろう。
俺の休憩を奪った奴、マジで許さん!
今はというと文化祭の閉会式も終わり、教室で後片づけを行っている。
「そういえば聞いた?C組の黒田君がJ組の雪ノ下さんに公開告白したってよ」
「知ってる。フラれちゃったんでしょ!」
「ウケるよねー♪」
クラスの連中がアイツの話題で盛り上がっているのが俺の耳に入ってくる。
はあ、またあの馬鹿は何か仕出かしたらしい。
アイツは羞恥心という物を母ちゃんの腹の中に忘れて来てしまったんじゃないだろうか。
「でもさ、黒田君って二股疑惑があったよね。あれは、何だったの?」
「どうせデマだったんでしょ。高校に入ってから一途に雪ノ下さんの事を好きだった様に言ってたから」
「そうそう。フラれちゃった後に「告白が失敗したのは、お前らが噂を拡散したからだー」って怒ってたもんね」
「えー、言い訳じゃん!かっこわるー」
「「「ハッ、ハハハハハハ」」」
本当にこいつらにはヘドが出る。
人の噂で散々と楽しんだ挙げ句、自分等には非がないと上から目線でまた人の事を謗る。
・・・・・ただ、
何か引っ掛かる。何がどうとは言うことが出来ないのだが、アイツの行動に違和感を感じてしまう。
「・・・・・」
まあ、どうでもいい事だ。
アイツが何をしようと俺には関係が無い事なんだ。
「この後、どうする?」
「みんなで打ち上げやろうよ!」
「そうだねー」
まだ後片づけの途中だというのにこの後の事を話し合いだした。
コイツらは帰るまでが文化祭だと先生に教わらなかったのかよ。
俺は気にせずに黙々と片づけの作業を進めていたのだが、クラスメイトの女子が話し掛けてきた為にその作業を止めさせられた。
「比企谷君だったよね?」
「ああ」
何で疑問形なんだよ。と思ったのだが俺もコイツの名前を知らない事を思い出し、まあお互い様かと1人で納得した。
「あのさ、あそこにあるゴミを指定されてるゴミ置き場まで持って行ってくれるよね?」
「・・・・ああ」
これはお願いされているのだろうか。命令されているのだろうか。
まあ、どちらでもいい。
女子はそれだけ言うと話し合いの場に戻っていき、俺は自分のしていた作業を終わらせるとゴミ袋を片方に2つずつ持ち教室を出た。
・・・・・指定されてるゴミ置き場ってどこだよ。
~~~
ゴミ置き場にゴミ袋を置くと今きた道を教室に向け歩きだす。
はあ、やっと終わった。これでいつものボッチライフに戻れる。
俺はこの1週間で疲れ固まってしまった筋をほぐそうと首のストレッチをしながら歩く。
ん、何だあれ?不意に視野の中に入ってきた物に視線を向ける為、屋上を見る。
・・・・人か?目に力を入れて、よく見ようとした。
そして俺は、・・・・・無意識の内に屋上に向けて走り出していた。
屋上に立っている人物を認識した瞬間に走り出していた。
あの馬鹿!!
~屋上~
〈ガタン〉
屋上に着くとすぐにアイツに声を掛けた。
「馬鹿!女にフラれたぐらいで何しようとしてんだよ」
「へっ、比企谷君!?」
アイツはこちらに顔を向けて驚いている。
「ハア、ハア、ハア」
階段をかけ上がって来たせいで息が上がってしまい言葉を続ける事が出来ない。
「どうしてここに?」
「ハア、ハア、お前がそこから・・飛び降りようと・・・してたから」
俺は息も切れ切れで必死に言葉を発した。
「えっ、俺がここから飛び降りる?」
その言葉で俺の時間が止まる。
「・・・・・ち、違うのか?」
「・・・・・うん、出来れば飛び降りたく無いかな」
屋上になんとも言えない空気が流れる。
恥ずかしさのあまり、今すぐにここから飛び降りたい衝動にかられてしまう。
俺達はお互いに無言のまま、時間だけが過ぎていった。
「ははは、やっぱり比企谷君は優しいね」
アイツの言葉で屋上の時間が動き始めた。
「・・・・・そんなことねぇーよ」
「やっぱり俺は比企谷君に憧れていたんだな」
コイツは平気は顔をして、こんな事を言う。
「何でボッチに憧れてんだよ。気持ち悪いぞ」
いつだったかコイツに言ってやった言葉をもう一度繰り返す。
「いや、憧れるよ。比企谷君にはなれないんだと解っていても」
「・・・・・」
コイツは俺に向かって言っているようで言っていない。
お前はいったい誰に向かって言っているんだよ。
「ありがとう比企谷君。そろそろ戻ろう」
黒田はそう言うと入り口側にいる俺の方に向かって歩いてくる。
そしてそのまま俺を通り過ぎようとした時に
「本当にありがとう」
そう言って黒田は屋上のドアから中へと入っていく。
「いったいお前は何者なんだよ」
1人だけの屋上で呟いた俺の声は誰にも聞こえる事は無かった。