「君も参加するのか?」
集合場所の体育館までやって来ると、そこには美人教師が待機していた。
「そうですけど"君も"という事は、先生も参加するんですか?」
「ああ、勿論だ。と言っても参加者が少ないという理由で、私のところまで話が回ってきただけなんだがな。そういう事だから、日頃の鬱憤をこのイベントで晴らしてやろうと考えている」
「先生、溜まってそうですもんね」
「何がだ」
「な、何って、鬱憤がですよ」
急に先生がピリついてしまったため、防御体勢をとってしまう。
アラサー女子って、こんなにデリケートな生き物なの?
それとも、先生が特殊なだけなのだろうか?
下手な事は言わない様に気をつけながら会話を進める。
「それより文化祭はどうですか?楽しんでます?」
「君は何を言っている。学校の行事という物は教師が楽しむ物ではない、生徒が楽しむ物だよ。教師はそれを見守っているに過ぎない」
うん、こういうところは教師らしいんだよな。
「だがな」
「はい?」
「見守っているといっても目の前で、イチャイチャイチャイチャとされるのは堪ったものではない!」
うーん、教師らしいんだよな?
「あー、羨ましい。私もイチャイチャしたいよー」
先生、本音が漏れてます。
それから少し時間、愚痴を吐く先生を温かく見守っていた。
「ゴホン、ところで君が抱えている悩みの方はどうなったんだ?」
「・・・それなら、もう少しで方が付くと思います」
「そうか、ならいいのだが。君が無茶をしそうな気がしてな」
「解っています。自分が出来る範囲でしか無茶はしません」
「まったく君という奴は」
今からやろうとしている事を話したとしても先生は止めはしないだろう。
だが、彼女達に話さなかったのに先生に話してしまうというのは何か違うんじゃないかと思った。
「大声コンテストに出場される方は、ステージ裏に集まって下さい」
「いよいよだな」
「そうですね」
予定通りに事を進めれば、間違いなく解決できるはず。
事前準備に不備は無い。後は遂行するだけだ。
平塚先生との会話で落ち着いていた気持ちが昂り出す。
ここで終わらせる。
~~~
「次はアラサー美人教師の平塚先生です。お願いしまーす!」
司会進行を行っている生徒がステージ中央の位置に先生を呼び入れた。
先生の順番は俺の1つ前、落語で言うところの“膝代わり”でトリの1つ前になる。
という事は俺がトリになる訳なのだが、これは事前準備の成果だ。
これからしようとしている事を運営側に話し、順番を最後にして欲しいと願い出たところ、盛り上がりそうだという事で、二つ返事で了承が得られた。
「観客も多いみたいだし、なんだかワクワクしてきたぞ!」
そう言うとステージ中央にゆっくり歩いて行く。
「は、はい、頑張って下さい」
いつの間にか先生のテンションが可笑しなゾーンに入っていた。
えっ、何があった?
緊張している様には、見えないんだけどな。
「さあ、平塚先生の登場です。こんなに美人な先生なんですが、なんとびっくりアラサーで独身なんです!」
「フフフ・・・・・」
あっ、解った。
平塚先生が可笑しなテンションになってるのは、司会をしてる生徒が先生を呼び入れる時からずっと煽っているからだ。
「それでは先生、アラサー女の魂の叫びを聞かせて下さい!」
散々と煽っていた生徒は先生に合図を送ると、ステージ端の方に移動していく。
ところで平塚先生は何を叫ぶのだろうか?
嫌な予感がしつつ、ステージ袖から先生を見守る。
「・・・・・」
先生は微動だにせず、ステージ中央で無言のまま佇んでいる。
拗ねちゃったんじゃないよね?
俺は人の心配をしている場合では無いんだけれど。
そんな事を考えていたら、
先生は無言のまま両方の手を上に翳した。
「すぅー、はぁー」
大きく深呼吸を1回。すると、
「オラに婚期を分けてくれぇーーーーー!!」
先生が発した魂の叫びは体育館内に響き渡ると、そこには無と言っていい程の静寂が訪れた。
先生はジャンプに毒され過ぎているんだと思う。
どういうつもりで言ったのかは解らないが、他人の婚期まで分けて貰っていたら、彼女の結婚は今世では難しいだろう。
白衣を翻し、清々しい顔をしてこちらに戻ってくる。
大勢の観衆の婚期と元気を奪って、俺の横を通り過ぎて行く。
声を掛ける事が出来なかった。
先生は更なる高みに行ってしまったのだ。
孤高の存在へと・・・・・。
間違えてはいけない。
孤独では無く、孤高なのだ。
「・・・・・あ、ありがとうございました。先生らしい魂の叫びでしたね」
1番最初に目の前で起こった悪夢から覚めた司会者の生徒が感想を述べる。
「気を取り直しまして、といいますか次が最後の参加者になってしまいます。1年生の黒田君です。お願いしまーす!」
名前を呼ばれて、ステージ中央へと歩みを進める。
先生に場を荒らされてしまったが、やることは変わらない。
「さあ、1年C組の黒田録君です。1年生ながら、そのプレイボーイぶりが有名な黒田君なんですが、どういった愛の叫びを聞かせてくれるんでしょうか!」
この司会者は俺の事も煽ってくる。
しかしそれによって、俺の事を観衆達が理解しだしたようだ。
「アイツって二股野郎じゃん」
「マジだ。どっちが良かったかとか発表するんじゃね」
「羨まし過ぎる。3人一緒にもやってるだろ」
「クソ!リア充爆発しろ!!」
「先輩、ファイトー!」
観衆のざわめきが拡がっていき、下衆な言葉が俺の耳にも届いてくる。
胸の奥で怒りの火が膨れ上がりそうになるが、冷静さを失わないように我慢する。
「皆さんも盛り上がってるみたいですね。それでは黒田君、愛の叫びをお願いします!」
司会の生徒はそう言うと先程と同じ様にステージ端に移動していく。
「おい、謝罪しろー!」
「そうだ、そうだ」
「土下座だー」
色々な方向から野次が聞こえてくる。
謝罪をして噂が無くなるのなら幾らでも土下座をしても良いのだが、謝罪してしまうと認めてしまった事になるため、それをする事は出来ない。
無駄に時間を引き延ばしても野次が酷くなるだけなので、俺は動く事にした。
「うるせぇーーーーー!」
俺の出した大きな声で、会場中に拡がっていたざわめきは止まった。
「黙って聞いてれば好き勝手に言いやがって、何が謝罪だよ!」
畳み掛ける。
「糞みたいな噂なんか信じ込みやがって、俺の事を悪く言う分には良いけどな、大切な友人の事を悪く言う奴は絶対許さない」
そうだ、彼女達を悪くなんか言わせない。
「彼女達は優しい人達なんだよ。こんな俺なんかの事を守るって言ってくれるような優しい人達なんだ!」
芝居染みた口調と動きで、観衆達の気を完全に惹き付けられただろう。
俺はここで違うスパイスを加える。
「それにな、俺には総武高校に入学してから一途に思い続けている人が居るんだよ!その人に勘違いされたらどうしてくれるんだ」
「どうせ嘘だろ」
「話しを反らしているだけだよ」
「そうだ、そうだ」
気を取り直した数人が反論の野次を送ってくる。
「解った、良い機会だ。今からその人に告白しようと思う!」
会場の雰囲気が変わったような気がする。
二股男と彼女達の噂は今日で消えて無くなるだろう。
明日からは、文化祭の熱に当てられ勘違した1人の男が、多くの観衆の前でフラれるという笑い話で持ちきりになるはずだ。
「すぅー、はぁー」
間を取るために1度深呼吸をする。
派手に散ってやる。
「1年J組の雪ノ下雪乃さーん!」
俺の合図によって所定の位置に立っていた雪ノ下さんにスポットライトの光が集まり、運営側の女子生徒がマイクを持って側に掛け寄る。
「はい」
彼女の声がスピーカーから聞こえてくる。
巻き込んでしまって申し訳ないのだが、勘違いした男に巻き込まれてしまった被害者、彼女が何かを言われるという事は無いだろう。
「あなたの事が大好きです。俺と付き合って下さい」
最低最悪な解決方法を実行した。