帰りのホームルームが終わると急いで教室を飛び出し、奉仕部の部室の前までやって来た。
息を整え、昨日は出来なかったノックをする。
〈コンコン〉
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けると昨日見たばかりの奉仕部の光景が目に入ってくる。
昨日は感動に浸ってしまったのだが、今日はそんな事をしている暇は無い。
解決するための糸口を早急に見つけなければいけないのだ。
「こんにちは、雪ノ下さん」
「ええ、こんにちは」
彼女の顔を見ると、なんだか昨日よりも目の鋭さが増している様な気がする。
「まずは、そこに座りなさい。まっ黒田君」
ふふふ、噛んじゃったのかな、雪ノ下さんが噛むと何か可愛らしい。
でも、言葉にトゲがあるのは気のせいだろうか?
うん、気のせいにしておこう。
彼女の対面にある椅子に座ろうとすると、
「どこに座ろうとしているのかしら?」
「えっ、ここじゃないの?」
彼女は無言で床を指差す。
「えっと、・・・・・どういう事でしょうか?」
昨日、SMプレイをする約束をした覚えは無い。
「自分の胸に手を当てて、考えてみたら?」
言われた通り、胸に手を当て考えてみる。
少しの間を置いて、
「どう?見当はついたかしら、まっ黒田君」
か、噛んで無いだと!
「えっと、さっきから俺の名前を間違えてるみたいなんだけど・・・」
「あら、そうだったかしら。ごめんなさい、まっ黒田ろくでなし君」
あっれー、パワーアップしちゃってるよー!
「そ、その名前で呼ばれてる理由を教えてもらえるかな?」
「あなた、三浦さんと城廻先輩のどちらとも付き合っていないと、昨日の話し合いで言っていたわよね?」
昨日の話し合いを進めて行く中で言ったと思う。
「そうだけど・・・・」
「今日、例の噂について調べてみたのだけれど、あなたと三浦さんの噂に関しての目撃者が複数人居たの。これはどういう事かしら?」
ああ、成る程。彼女は俺が嘘をついて依頼していると思っているのか。
ていうか複数人の目撃者って、1日でどれだけ調べたのだろう。
「せ、説明させて下さい」
そこからは、俺の弁明するための時間が続いた。
「付き合ってもいない女性の手を握るのは、どうかと思うのだけれど。一応、その説明で納得はしたわ。灰田くん」
グレー、疑惑は晴れる事は無かった。
「納得して頂き、ありがとうございます」
「次は城廻先輩との噂に関してなのだけれど、あなたが言っている事が本当なら少しおかしいわね」
彼女は顎に手をやり、首を俯けながら言った。
「おかしいとは?」
「城廻先輩との噂の目撃者を1人も見つける事が出来なかったの。本当にあった事も噂として流れてるなら、目撃者が少なからず居るはずよね」
やはりか、城廻先輩をお姫様抱っこして保健室に運んだ事も例の噂の中にあるのだが、あの時に誰かとすれ違ったという記憶は無い。
遠くから見られていたとして、運んでいるのが俺だと解ったとしても抱えられている女の子が城廻先輩だと気づくのは難しいはずだ。
容疑者、雪ノ下陽乃説が俺の中で膨れ上がっていく。
昨日判明した、約束を反故にされたという事実も相まって、俺の考えを後押ししてくれた。
「それと城廻先輩に関しての事で、もう1つあるの」
「なんだろう?」
「あなたは昨日、城廻先輩が生徒会長選挙に出られる様な事を言っていたのだけど、あれは本当なのかしら?」
「どういう事?」
「城廻先輩に近い、周りの人達に話を聞いてみたのだけれど、生徒会長選挙に関しての事を誰も知らないようなの」
んっ、どういう事だろう。
彼女は物語の中で確実に生徒会長として存在していた。
まあ、立候補まで一ヶ月ぐらいあるから、まだその意思を決めかねているのだろう。
「城廻先輩は生徒会長選挙に出るよ。立候補まで一ヶ月ぐらいあるから、まだ誰にも話していないのかも」
「そう、あなたは城廻先輩に信用されているのね。誰にも話されていない事をあなたには話されるのだから」
まあ、物語の情報なだけで、聞いてはいないんだけどね。
「ははは、そうなら嬉しいんだけど」
「立候補まで行事も詰まっているものね。体育祭もあるし、城廻先輩は2年生だから修学旅行もあって、お忙しいと思うわ」
修学旅行か、来年は俺達だもんな。
京都の観光名所を巡り、最後には比企谷君の・・・・・。
あっ、これだ!
これなら、いける。
でも、誰に?
目の前に居る、女の子を見る。
彼女は手伝ってくれるだろうか?
《私は、あなたに借りがあるから》
いや、彼女には手伝ってもらう。
このプランなら、確実に噂を無くせるはず。
でも、待つんだ。
これを実行したら物語はどうなってしまう?
比企谷君は?
雪ノ下さんは?
由比ヶ浜さんは?
《・・・・・ロクはさ、頑張りすぎだから》
《顔見たらすぐわかるし、思い詰め過ぎ》
《うっさい、あーしは気にして無いって言ってるでしょ。それに2年の先輩もあーしと同じ気持ちだと思うし》
《だから、いつも通りのロクで大丈夫》
《ロク、顔を上げる》
《男の子でしょ、泣くなし》
《あーしがロクの事、守ってあげる》
このまま、彼女達に守ってもらうだけでいいのか?
このまま、何もしないで、彼女達を傷つけてしまっても・・・・・。
そんなの嫌だ!彼女達が傷つけられるのを黙って見ているなんて出来ない。
俺が彼女達を守るんだ。
「急に黙りこんで、どうしたのかしら?」
この時の俺は、物語の続きなんて、どうでもよかったんだ。
彼女達を守れるのなら。
「雪ノ下さん、頼みたい事がある」
~文化祭2日目~
「大声コンテストに出場される方は、体育館に集まってください」
教室にあるスピーカーが、俺の出番が始まる事を伝えてくる。
「この放送って、ロクが出るやつでしょ?」
「そうだよ」
今、俺は三浦さんのクラスがやっている、メイド喫茶に来ていた。
「何を叫ぶか知らないけど、恥を掻かない様にしなさいよ」
たぶん恥を掻く事になると思います。
「まあ、三浦さんのメイド服姿も拝むことが出来たから、思い残す事は何も無いよ」
「なに、バカな事を言ってんの。まあ、頑張りな」
「・・・うん、頑張る」
体育館に行くために立ち上がり、教室の出口に向かう。
彼女に何も言わずにこのまま行ってしまっても、良いのだろうか?
今からしようとしている事を何も言わずに。
「三浦さん」
「どうしたの?」
「俺、・・・・・頑張ってくる」
「うん、頑張ってきな。あーしも休憩に入ったら、応援に行ってあげるから」
「うん、ありがとう。それじゃあ、行ってくる」
「また後でね」
三浦さんや城巡先輩には、言えない。
彼女達は、このやり方を否定するだろう。
彼女達は、優しいから。
俺の事を守ると言ってくれるから。
俺が彼女達の事を守る。