2学期も始まってから時が流れ9月も終盤、肌で感じる気温もだいぶ涼しくなっている。
しかし学校内はというと、1週間後から始まる文化祭に向けて熱が高まっていた。
そんな中、俺は比企谷君のいないベストプレイスにお邪魔して、黄昏真っ最中だ。
いつもの俺なら文化祭を楽しむため、準備に精を出しているのだろうが、今の俺には文化祭を楽しむ余裕は無い。
2学期の始めから出回った、俺が三浦さんと城巡先輩に対して二股をかけているという噂のせいだ。
俺だけが中傷されてるだけなら我慢できたのだが、彼女達の事を中傷する様な噂まで立ち始めたため見過ごす事ができなくなった。
特に三浦さんに対する噂が酷くて心配しているのだが、「言わせとけばいいでしょ」と当の本人はあまり気にしていない様にしている。
城廻先輩も「時間が経てば無くなるよ」と何時もの彼女と変わらない様子だ。
女性の強さを肌で感じているのだが、俺は許す事が出来ない。
彼女達を貶する様な噂に怒りが込み上げてくる。
それにこのまま放置してしまったら、彼女達の未来に悪影響が出てしまうかもしれない。
三浦さんは葉山君との事があり、城廻先輩に至っては生徒会長選がある。
気持ちばかりが焦ってしまい、噂の火消しはうまくいっていない。
しかし、何でこんな噂が広まってしまったのだろうか?
三浦さんと2人で一緒に居るところを目撃されて、噂が立ってしまうのは納得できるのだが、城廻先輩とはバイト先の喫茶店の中でしか過ごしていなかったはずだ。
もしかしてと、1人の女性の顔を思い浮かべる。
ただ、彼女の仕業だとしたら陰湿で幼稚すぎる。
それに城廻先輩や三浦さんを巻き込む様な事はしないはずだ。
物思いに耽っていると、背後から声が掛けられる。
「あっ、何でこんなとこで黄昏てんだし」
噂の彼女がやってきた。
「何か用かな?」
「用がないと、来ちゃダメなの」
「そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「ふん、休憩に来ただけだし」
そう言って、俺の隣に座る。
「文化祭の準備は順調?」
「まぁね、それにあーしが忙しくなるのは当日だから」
「メイド喫茶だったよね。三浦さんのメイド姿を早く見てみたいなー♪」
文化祭を楽しむ余裕が無いと言ったが、あれは嘘だ!
「キモいし」
「そんなこと言いわないで、夏休みに喫茶店で鍛えた接客テクニックを伝授してあげるからさ」
「まあ、聞いてあげない事もないけど」
この子は、素直じゃないなー。
「じゃあ、俺の後に続けて挨拶してみて」
「なに、挨拶の練習するの?」
「そう。じゃあ、いくよ!
ロクお兄ちゃん、いらっしゃ(パシン)痛い!!」
「殴るわよ!」
「殴ってから言うなし」
(パシン)
「三浦様、すみませんでした」
最近、暴力的になっている三浦さんに向かって頭を下げる。
んっ?暴力的になってるのって、俺のせいなのかな?
(ペタッ)
下げている頭の上に三浦さんの手が乗る。
「・・・・・ロクはさ、頑張りすぎだから」
「へっ?」
「顔見たらすぐわかるし、思い詰め過ぎ」
「で、でも」
(グイッ)
頭を上げようとするが、下に押され返される。
「うっさい、あーしは気にして無いって言ってるでしょ。それに2年の先輩もあーしと同じ気持ちだと思うし」
「・・・・・」
「だから、いつも通りのロクで大丈夫」
三浦さんの手は、俺の頭の上から離れていく。
彼女に今の自分の顔を見せれなくて、頭を上げれないでいると彼女の両手によって、頭を両端から挟まれる。
「ロク、顔を上げる」
顔を上げられたことによって、彼女の整った美しい顔が目の前にやって来る。
「男の子でしょ、泣くなし」
「・・・・・泣いてねーし」
(ペシッ)
優しくほっぺを叩かれる。
「あーしがロクの事、守ってあげる」
女の子に守ってあげると言われたのは、これで2人目だ。
三浦さんと小さい頃のいろはちゃんの姿が重なる。
「女の子に守らせるとか噂通りの最低な男になっちゃうよ」
「ロクは最低な男じゃないし、それに・・・・・本当に付き合って、噂じゃ無いって事にしても良いんだけど(ボソッ)」
後半ボソボソ喋ったと思ったら、自身の頬に手を当て、体を揺すり始めた彼女に俺は何も話し掛ける事が出来ない。
「ところで、ロクって明後日が誕生日でしょ?」
急に正気に戻ったと思ったら、俺の誕生日の話題になった。
「うん、そうだけど」
あれ、彼女に言ったかな?
「お祝いしたいから、明後日の放課後は時間を空けといて」
「そんな悪いよ」
「あーしがお祝いしたいだけだし、それにあーしの誕生日の時はロクに祝ってもらうから♪」
なるほど、そういう事ですか。
「わかったよ。ありがとう」
「それじゃあ、あーしは教室に戻るから。ロクもサボるのはホドホドにね」
そう言って彼女は学校内へと軽やかに掛けていく。
「俺もそろそろ、教室に戻るかな」
三浦さんの後を追うように学校内に入り、廊下をゆっくりと歩いて行く。
ふと、壁に貼ってあるポスターに目を向ける。
[大声コンテスト参加者募集!文化祭で日頃の不満をぶちまけよう!!]
こんなイベントもあるんだな。
俺もぶちまけられるなら、不満をぶちまけたいよ。
でも、渦中の人物の俺が何かを言ったところで、誰も聞く耳を持たないだろう。
余計に酷くなってしまうかもしれない。
「はあ」
解決方法が出ない現状に溜め息を吐いて、また廊下を歩き出す。
「待ちたまえ」
声を掛けられた方に顔を向ける。
「廊下の真ん中で溜め息なんか吐いて、悩み事でもあるのか?」
向いた先に居たのは、スーツの上に白衣を着た、長い黒髪の美人教師。
平塚先生だった。