主人公の名前は、(クロダ ロク)と読みます。
黒田 録へと転生してから、5年の月日が流れた。
「ろく君、お祖父ちゃんと道場に行く時間よ」
「・・・」
「どうしたの?」
「ママ、お腹いたい。道場いかない」
俺はベッドの中で丸まり、叶わない願いを口に出す。
と、そこへ
「コラァ、録!なんばしよっとか、道場に行くとよ!!」
怒鳴りながら祖父が入ってくる。
「お義父さん、ろく君はお腹が痛いと言ってますから」
「栄子さん。儂は、そがん柔か鍛え方はしとらんとよ。竹刀を振り回しよったら治るったい!」
無茶苦茶な事を言っている祖父に無理矢理ベッドの中から引き摺り出された俺は、そのまま道場へと、ドナドナされてしまうのであった。
この様な日々が始まってしまうきっかけになったのは、俺がもう少しで3歳の誕生日を迎えようとする頃だった。
警察官の祖父に連れられて行った剣道場で、見よう見まねで竹刀を振り回していたら、
「さすが儂の孫たい。センスの塊とよ」
そうやって、祖父との地獄の日々が始まってしまったのである。
転生からの5年間は祖父の事を抜きにしても絶望的な毎日だった。
赤ん坊からの転生に落胆していた俺に追い討ちをかけたのは転生した場所だった。
祖父の方言でお解りと思うのだが、ここは千葉のチの字も無い場所・・・・・。
九州の福岡県だった。
ここが福岡だと最初に知ったときは、
『神様のバカヤロー』
俺は空に向かって叫ばずには、いられなかった。
果たして神様は物語の続きを見せる気があるのか、この世界が本当に【俺ガイル】の世界なのか、と色々な疑念が頭の中を支配していった。
それから、自分の体が自由に動かせる様になると母親の目を盗んでは、この世界が本当に【俺ガイル】の世界なのかを物語の知識を使いながら調べた。
千葉にある夢の国、そこにいるキャラクター、千葉の県議会議員、そして物語の舞台になる高校が現実にあるということで、
結果、この世界は間違いなく【俺ガイル】の世界なのだと確信する事ができた。
後は千葉に行くためにはどうしたらいいのか、という難題が残ったのだが、それから2年後に解決する事になる。
~2年後~
あれから2年という月日が流れ、日々の成長を自分の体で感じていると、
「録。 大切なお話があるから、ちょっといいかな?」
少し申し訳ない顔をした父親が話しかけてきた。
「もう少しで2年生にあがるけど、友達は沢山出来たかい?」
「うん、 友達たくさんだよ」
前世より少しだけ上がったコミュニケーション能力で、友達が出来た事を自慢気に話す。
「そうか、良かったな」
俺の頭を撫でながら、先ほどよりも一層申し訳なさそうにした。
「録、大切な話があるんだ」
父親は真剣な顔をして話し出す。
「パパの仕事の関係で、この街から引っ越ししなくちゃいけないんだ。だから、友達ともお別「パパ!!どこに引っ越しするの!?」れしないと・・・えっ?」
言葉が続かず固まる父親に同じ質問を繰り返す。
「パパ、どこにお引っ越しするの?」
再起動した父親は、戸惑いながら答えてくれる。
「えっ、えーと、千葉県の〇〇市っていう「行く、行かせて下さいお願いします!!」所なんだけど・・・えっ?」
フリーズしてしまった父親の肩を揺すりながら、同じ事を繰り返す。
「パパ、千葉行く!連れてって!!」
「ど、どうして、そんなに千葉に行きたいんだい?」
父親は急にテンションがあがる息子に戸惑いながらも、行きたい理由を尋ねてくる。
「えっと、えっとね。毎日、ディスティニーランドに行けると思って♪えへへっ。」
とっさに子供らしい言い訳を口に出した。
「そっか、録はディスティニーランドが好きだったんだな。毎日はさすがに無理だけど、向こうで落ち着いたらママと3人で行こう」
「うん、約束だよー」
とっさに出てしまった言い訳だったんだけど、父親とした約束は、俺の心を優しい気持ちにしてくれた。
「本当にごめんな、友達や親父達と離れて寂しくなってしまうけど」
「パパ、大丈夫だよ。仕事じゃ仕方ないよ」
「ふふっ、録は大人だな」
「そうだよ。だから、向こうで友達たくさん作るから、心配しなくても大丈夫だよ」
「そっか。ありがとな」
そう言った父親は、優しい顔で俺の頭をそっと撫でた。
それからは、春休みになる前に学校の友達にお別れをしたり、千葉に行く前にたっぷりシゴいてやると言う祖父に道場に引っ張られて行ったりと、慌ただしく毎日を過ごした。
そして、・・・・・とうとう千葉へとやって来た。
福岡を出た時から秒速であがる胸の高鳴りは、これから暮らしていくマンションに着き、引っ越しの後片付けが終わってからも収まる事は無かった。
ベランダから広がる街並みを眺める。
この街の何処かに彼らは居るのだろう。
そう考えると、自分まで物語の登場人物だと勘違いしてしまいそうになる。
「ろく君、お隣の方にご挨拶にいくわよ」
母親の言葉に夢から覚めた気持ちにされて、現実に帰ってくる。
〈ピンポーン〉
お隣さんのチャイムを鳴らす。
「はーい」
ドアの向こうから女性の声が聞こえてくる。
〈ガチャ〉
出てきたのは20代半ばくらいの優れた容姿の女性と、女性の影に隠れて顔が見えないが小学生に上がるか上がらないか位の小さな女の子だった。
「こんばんは。隣に引っ越ししてきました、黒田です。これから、宜しくお願いします。」
「「宜しくお願いします。」」
両親と一緒に挨拶をする。
「ご丁寧にありがとうございます。一色と言います。こちらこそ、宜しくお願いしますね。」
その名字を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
「息子さんはおいくつですか?」
「黒田 録、7歳です。宜しくお願いします」
一色さんが両親にした質問を俺が答える。
「お利口さんね。それじゃあ、うちの娘とは1つ違いになるわね。ほら、いろはちゃんもご挨拶」
一色さんの影に隠れていた女の子は、こちらに少し顔を出した。
俺は先ほどまで出来ていた息が、当たり前に出来なくなる感覚に陥る。
その子の顔を見た瞬間、間違いなくこの女の子は、物語の中のヒロインの1人なんだと確信した。
「いっちきいろはです。6さいです。よろちくおねがいちます。」
祖父の博多弁が無茶苦茶ですいません。