梅雨の雨が地面を濡らしている。
昼休みのチャイムが鳴るとすぐに教室を後にして、比企谷君のベストプレイスにお邪魔したのだが、さすがに今日はいないようだ。
少し待っていたのだが、諦めて教室に戻ることにする。
湿気のせいで滑りやすくなった廊下に注意しつつ、2日前にお邪魔した時のことを思い出していた。
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「来ちゃった」
「・・・・・」
比企谷君は、ものすごく嫌そうな顔をして俺を見る。
「ほい」
俺は比企谷君にマッ缶を投げ渡す。
「俺は養われる気はあるが、施しを受ける気はない」
「まあ、場所代だと思って受け取ってよ」
「ボッチのサンクチュアリーをなんだと思ってんだよ」
「凄く神聖な気分だ、ボッチパワーがみなぎってくる!」
「はぁー、頭が痛くなってきた」
「よっこいしょ」
俺は腰を下ろし、弁当を食べ始めた。
「比企谷君は養われたいだよね?」
「まぁな、希望職種は専業主夫だからな」
「じゃあ、結婚しないとね」
「うるせぇーよ!」
俺達はそうやって、昼休みを過ごしていった。
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俺は比企谷君のために買ったマッ缶を飲みながら廊下を進む。
「やっぱり甘いな」
血液が糖分に変わってる気がした。
思考が砂糖の海に溺れかけていた時、女の子の悲鳴で現実に帰ってくる。
「キャッ!!」
その方向に視線を向けるとプリントの束を持った女の子が、滑りやすくなった廊下のせいで転んでいるところだった。
プリントの束が空中に舞い上がり、瞬きの間で雨のように床へと落ちてきた。
「いったぁーい」
「・・・・・白」
固定していたい視線を無理やり動かし、プリントを拾い集めながら彼女の元に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」
彼女の顔を見た瞬間、物語の中の登場人物の1人が俺の頭の中に浮かんだ。
お下げ髪がよく似合う癒し系の可愛らしい顔立ち。
未来の生徒会長の白巡、ゴホン、ゴホン。
えーと、未来の生徒会長の"城廻めぐり"先輩だ
「立てますか?」
「んー、んー、ちょっと無理みたいかな」
転んだ拍子に足を捻ってしまったみたいだ。
彼女にプリントの束を渡す。
「ありがとうございま、ふぇっ!」
俺は彼女を"お姫様だっこ"して保健室に向かう。
「ちょっと、ちょっと!」
「すいません、少し我慢していて下さいね」
「・・・・・」
彼女は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
俺も顔が熱い、たぶん真っ赤になっているのだろう。
なぜ、有無を言わさず"お姫様だっこ"を決行したのかというと。
彼女の白を守るためだ!
"おんぶ"より"お姫様だっこ"の方が彼女の白を俺の支配下におけるのだ。
「肩を貸すだけで、よかったよね?」という輩がいると思うが、そんな選択肢は最初から俺の頭の中には無い!
馬鹿な考えをしていたら、保健室へと着いてしまった。
保健室の扉を開けて中に入ると、養護教諭は居ないようだ。
「イスに降ろしますね」
そう言って、彼女を椅子に座らせる。
「ありがとうございます。でも・・・、肩を貸してくれるだけで、よかったですよね?」
な、なんだと・・・・。
俺の善意が解ってもらえていなかったみたいだ。
「いやいや、捻挫とかも早くしないと危ないんですよ!」
俺は比企谷君の応急処置のために覚えた知識で彼女を治療していく。
「そうなんですか?」
「そうなんです。この前も同級生を応急処置したんですが治療が遅れちゃって、その子の目を腐らせちゃったんですよ」
「・・・・・」
包帯を巻き終えて、顔をあげる。
「終わりまし・・・」
彼女のジト目が俺を貫く。
治療が遅れて、少し腐ってしまったようだ。
「すいませんでした」
俺は素直に謝る事にした。
「ぷ、ふふふ。こちらこそ、すいませんでした。迷惑かけちゃって」
彼女の笑顔を見て安心する。
「迷惑だなんて思ってないですよ。
それに俺の方が年下なんで敬語はやめてください、城廻先輩♪」
「ふぇ、そうだったの!それに私の名前も・・・」
「可愛い先輩の名前はリサーチ済みです♪」
「もう、からかわないでよー!」
彼女はほっぺを膨らます。
何なの?この可愛らしい生き物!
はぁー、癒される。
「君の名前は?」
「黒田録です。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、城廻めぐりです。よろしくお願いいたします♪」
「あっ、そういえば!」
「どうしたの?」
「プリントはどこに運んでたんですか?」
「あっ、そうだった。職員室に運んでたんだったー」
「それじゃあ、俺が持っていきますよ」
「えっ、いいのかな?」
「頼ってください」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうね」
俺は机の上に置いていたプリントの束を手に持った。
「それじゃあ職員室まで行って来ますね」
「ちょっと待って」
歩き出そうとしたところで、彼女に呼び止められる。
「どうしました?」
「えっと、えっとね、お礼をしたいから連絡先を交換してくれないかな?」
「・・・・・」
俺は喜びのあまり、言葉を出せなくなった。
「駄目かな?」
「お、お礼とかはどうでもいいんですが、連絡先は交換したいです。ていうか、むしろそれをお礼の品として頂きたいというか・・・、俺と連絡先を交換して下さい!」
「やったぁ、じゃあ交換だねー」
彼女に携帯電話を差し出す。
高校生になって携帯電話を持つようになったのだが、登録先に女の子の名前が無い。
そう、これが初めて女の子との交換になる!
そして、俺の初めてを城廻先輩が奪ってしまうのだぁー!!
「登録終わったよ」
「あ、ありがとうございまする」
「じゃんじゃん、連絡してね!」
「は、はい!」
俺は喜びに震える。
「それじゃあ、職員室に行ってきますね」
「うん、お願いね」
保健室を出て、職員室まで続く廊下をスキップで歩く。
梅雨の湿気のせいで滑りやすくなった廊下は、プリントの雨を降らせるのだった。