「おはよう」
クラスメイトと挨拶を交わしながら、自分の席へと辿り着く。
慌ただしかった入学式の日から2ヶ月が経ち、高校生活もだいぶ馴染んできた。
クラスメイト達とも友好的な関係を築け、中学生時代の様な独善的な関係にならないように気をつけている。
入院中だった比企谷君は、少し前から学校に通うようになっていた。
廊下ですれ違った際、ギブスで固定されていたであろう右足以外は、どこも心配ないように見える。
ただ、彼が怪我をしてしまう原因を作った由比ヶ浜さんは、見かける度に暗い顔をしていた。
彼女達の関係に介入するつもりは無いのだけれど、あんな顔をされたら心配になってしまう。
彼の元気になっていく姿を見て、心の重りが軽くなるように願うばかりだ。
あの場所に居たもう一人の雪ノ下さんはというと、物語の中で"氷の女王"と比企谷君に言われるだけあり、容姿はとても綺麗で、人を寄せ付けない雰囲気を纏い、感情が読めない。
今の彼女が、何を思って学校生活を送ってるのかは、俺には知る事は出来ないだろう。
彼ら奉仕部の3人とは、同じクラスに編成されなかった。
雪ノ下さんとは科が違うため、元から同じクラスにはなれないと解っていたのだが、比企谷君と由比ヶ浜さんのどちらかとは、クラスメイトとして親交を深められたらと考えていたため残念に思ってしまう。
だが、嬉しい事もある。
「クロダ君、パねぇわー!マジ、朝から黄昏過ぎだからー♪」
「戸部君、おはよう」
「おはよーっす♪」
そう、葉山グループの"戸部翔"である。
高校一年生の彼は、まだ葉山グループでは無いのだが、チャラい感じは物語の中の"戸部翔"そのままなのだ。
「何々、恋愛的な事とかで悩んでる系?」
「いや、悩み事なんか無いよ。」
いや、悩み事はある。俺は、今の"悩みの種"に顔を向ける。
そこには、肩までの長さの黒髪に赤いフレームのメガネを掛けて読書をしながらチラチラとこちらを見ている、小柄な女の子が居た。
そう、彼女もまた葉山グループの1人の"海老名姫菜"である。
彼女はこうやって俺と戸部君が話していると、少し気持ち悪い笑みを浮かべながらチラチラ見ているのだ。
彼女の頭の中でどんな光景が広がっているのか、考えただけでゾッとしてしまう。
「クロダ君、わかりやすすぎっしょー!」
「えっ、何が?」
「メッチャ海老名さんの事、見てっからー♪
俺、察しちゃう系だから、クロダ君、パないわー」
「そ、そんな事、無いからー!好きになるとか無いからー!戸部君、安心していいからNe!!
ガンガン恋しちゃってー!もう、You恋しちゃいなYoー!!」
「お、おう」
フー、危ない、危ない。
戸部君が海老名さんに恋をする未来がこないと、奉仕部の未来も変わってしまう。
これからの学校生活は、そこら中に地雷が仕掛けられているのだ。
「ところでクロダ君、帰りにみんなでカラオケ行くっしょ!」
「大丈夫だけど、サッカー部は?」
「戦士の休息なわけよー。1年の扱い、世知辛いわー」
彼は物語の中の様にサッカー部で頑張っている。
いろはちゃんの良いパシリ・・・ゴホン、ゴホン。
良い先輩として彼女を支えてあげてほしいものだ。
~放課後~
「クロダ君の歌声、痺れるわー」
「へへっ、ありがとう」
俺達はカラオケにやって来たのだが、俺は人前で歌うという行為にまだ慣れていない。
この世界に来て同級生達と深く関わろうとはせずに、剣道に逃げていたせいだろう。
こう思える事は、成長したのだろうか。
それとも、弱くなっているのだろうか。
どちらにしても俺は、この空間を楽しみたいと思えている。
「今日は歌いまくりっしょ!」
「そうだね♪」
それから、同級生達との時間を過ごし。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
俺は立ち上がって部屋のドアに手をかける。
「ちょー、クロダ君!今から俺の歌声で痺れる順番っしょー」
「戻って来てから聞かせてもらうよ」
「ちょー、クロダくーん!」
俺は部屋を出て、トイレへ向かう。
その道中、受付の方が騒がしかったため様子を窺うと。
「イイじゃん、遊びに行こうぜ♪」
「うっさい、消えろし」
「またまたー、連れないこと言っちゃってー」
「マジ、キモいんだけど」
女子高生3人のグループが、大学生ぐらいの男2人にナンパされているようだ。
そして、その中の1人の女の子には見覚えがあった。
葉山グループの女王様"三浦優美子"である。
彼女とは面識が無く、物語の中の彼女と比べ、どうなのか解らないのだが、ナンパ男に対しての対応をみると、今の彼女も女王様をやっているようだ。
「ガキが調子乗ってんじゃねーぞ!」
「ガキに声をかけるなよ」と言ってやりたいのだが、男達の低い沸点が女王の攻撃によって、もう限界をむかえそうだった。
「ごめーん、三浦さん!待たせちゃって♪」
俺は、彼女に声を掛ける。
「・・・・・・」
「ちっ、なんだよ。男連れだったのかよ」
このままナンパ男が引いてくれて、無事解決と思っていると。
「あんた、なんだし。あーし、知らないんだけど」
「・・・・・」
俺は、固まって次の言葉を出せなくなってしまった。
「ゆみこー、隣のクラスの“ロクダ君”だよー」
女王様の隣の女子に追い討ちをかけられる。
“ロクダ君”って誰?まあ、間違えやすいけど。
これって、“ヒキタニ君”的な事だよね。
隣のクラスで俺の事、“ロクダ”になっちゃうの?
「マジ、キモいヤツばっかだし。もう、行こう」
「ちょ、ちょっと、優美子」
「ごめんねー、ロクダくーん♪」
「・・・・・」
俺は言葉を出す事ができないまま、彼女達の背中を見送った。
「・・・・・」
「「プ、ププハハハハハハハハ!」」
「・・・・・」
「おい、にいちゃん!笑わせんなよー。マジ腹いてー、けっさくだぜ」
「・・・・・」
「もう、行こうぜ。あー、イイもん見れたわ」
「・・・・・」
今度は、ナンパ男達の背中を見送る。
俺は、暫くその場に、1人で佇んでいた。
いや、違う。
受付のカウンターで一部始終を見ていたであろう店員が、1人で佇んでいる俺に哀れみの視線を送っている。
「・・・・・」
女王様の洗礼に、俺は改めて思ってしまう。
これからの学校生活は、そこら中に地雷が仕掛けられているのだと。