異界特異点 千年英霊戦争アイギス   作:アムリタ65536

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5.刻詠の少女(BATTLEなし)

「はあぁっ!!」

 

 自分はキャスターのサーヴァントである、とリンネが告白した直後、牛若丸が動いた。

 応接室のテーブルの上に飛び乗りざま、腰の刀を抜きつけて、リンネの首を()ねる。

 あどけない童女のごとき顔のまま、鮮血と共にその首が宙を舞った。

 

 あまりに突然。あまりに電光石火。

 突然の凶行による惨劇に、総員言葉も出ずに表情を青ざめさせる。

 

「ふむ…… 既知なれど、心地良きものでは……無い」

 

 だが、それは何時の間にすりかわったものか。

 首の無い身体と、吹き上がったおびただしい量の鮮血が、ゆらりと幻のように揺らいで消え、少し離れたところに何事もなく首をさするリンネの姿が現れた。

 もちろん、その首は傷ひとつなく胴体に繋がっている。

 

「面妖な。確かに手応えはあった筈」

「ち、ちょっと、牛若丸、何やってんの──!?」

「あるじ殿、お下がりください。一度で足りぬなら何度でもあの首を刎ねてみせましょう」

 

 牛若丸──源義経は戦の天才である。

 そして、天才となんとやらは紙一重である。

 

 先程まで共に茶菓子をつまんでいた嫋やかな少女を、敵の聖杯により召喚されたサーヴァントだと判明した瞬間、何の躊躇いもなく斬り捨てる。

 戦乱を生き抜いた英雄は数あれども、なかなか真似の出来る者はいない、異様なまでの切り換えの早さと躊躇いの無さだった。

 

 白刃を手にテーブルを降りる牛若丸とリンネの間に、王子が無言で割り込んだ。

 すらりと腰の剣を抜き、自然体の構えを取る。

 立花からは無造作にも思えるその構えを前に、牛若丸は慎重に刀を構え、摺り足で間合いを計った。

 

「やめて、牛若丸! その人は敵じゃない!」

「しかし、彼奴は自ら、悪魔の手にする魔神聖杯に召喚されたキャスターだと吐いたのです。であれば、素っ首あるじ殿に献上するが我が役目。

 貴殿も其処を退かれよ。さもなくば斬る」

「…………!」

 

 鋭い眼光の牛若丸を、王子は真っ向から受け止める。

 卓越した技量と迷いの無い殺気を持った英雄、牛若丸を前にして、王子は全く怖じ気づくことなく相対した。

 

 二人の間に高まる殺気。

 突然のことにまだ頭が追い付かないのか、鉄火場に身を置くことに慣れていないアンナなどは顔を真っ青にして口をぱくぱくとさせて壁にへばりついている。

 

 だが、立花は何の気負いも躊躇いもなしに、火花の散る二人の間に入り込んだ。

 真っ正面から牛若丸の目を見詰めて、刀を握る手を自らの手で包み込む。

 

「牛若丸。私は、やめて、って言ったよ」

 

 少し怒ったような……というよりも、悲しそうな顔を見せて、言い含めるように優しく言う。

 牛若丸は困ったような顔をして、ゆっくりと全身の緊張を解き、刀を鞘に納めた。

 

 押し付けられたかのように重い空気が、殺気が消えてゆっくりと軽くなっていき、ようやくアンナがぜえはあと大きく息をする。

 だが、王子は未だ剣を抜いたまま構えを解かない。

 

「……………………」

「……すまぬ、王子。()は吾の不徳である故……許して、たもれ……?」

 

 申し訳なさげにリンネが王子の服をつまんでささやき、ようやく王子は剣を鞘に納めた。

 王子とリンネに、立花が深々と頭を下げて謝り、二人がそれを無言のままに受け入れてこの件は手打ちとする。

 牛若丸は、ばつの悪そうな顔をして、ふいと顔をそむけた。

 

『き……緊張しました……! すわ、決定的な敵対は避けられないかと……!』

『これだから極東のSAMURAIは怖いんだ!

 だが、今のは幻術の類じゃなかった。確かに死んだ筈なのに、新たに無事な自分が現れたような…… それは、君の宝具だね?』

「ほ……宝具、ですか……?」

 

 まだ顔色の悪いアンナが、息を整えながら聞く。

 あらためて一行はテーブルについたが、アンナがあからさまに牛若丸に怯えているのは仕方の無いことだろう。

 当の牛若丸は、反省したような表情で茶菓子をつまんでいたが……これで本当に反省するなら、兄の頼朝も苦労しなかったに違いない。

 

『サーヴァントは、逸話に語られる英霊だ。その英霊に欠かすことのできない、武器、道具、技、あるいは逸話そのもの…… それらを再現し奇跡を再演する貴き幻想(ノーブルファンタズム)を宝具と呼ぶ。俗な言い方をするなら必殺技のことさ』

「左様。此は『避禍予見の鏡影』と呼ばれる、吾の宝具。

 ……(しか)して、其の真名を『第二極点・三千世界(只、吾は坐して刻を詠むのみ)』と謂う」

 

 そこで、リンネは少し考え込んだ。

 

「汝らに分かり易く……一言で言う()らば。

 《第二魔法を行使する宝具》……じゃ」

『ぶっ!!!!??』

『だ、第二魔法──!!?』

 

 ダヴィンチちゃんが盛大に吹き出し、マシュが目を見開く。

 カルデアのざわめきっぷりは、ここが異世界だという話になった時のそれと遜色無い。

 

「第二……魔法、というのは? そんなに特別な魔法なのですか?」

「さあ?」

『なんで立花ちゃんがそんな態度なんだい!!?』

 

 だが、異世界の人間であるアンナと、魔術師であるはずの立花は、そろって小首を傾げた。

 思わず、ダヴィンチちゃんがバンとデスクを叩いて突っ込みを入れる。

 

 そもそも、立花達の世界では『魔術』と『魔法』は異なるもので、『魔法』は魔法であるというだけで特別なものなのだ。

 誤解を怖れぬ簡素な表現をすれば、『科学でも再現可能なもの』が魔術、『科学では再現不可能なもの』が魔法と呼ばれる。

 

 科学の発展と共に、魔法は次々に魔術へと貶められた。

 今となっては、魔法と呼べるものは第一から第五までの五つしか存在しない。

 

 とはいえ魔法の具体的な内容についてはあまり広まっておらず、特に第四魔法については今や知る者はほとんどいない。

 だが、第二魔法の内容については、その使い手が魔術師界では超有名人であることもあり、よく知られていた。

 

 すなわち『平行世界の運営』。

 

 異なる可能性を辿り無数に存在する平行世界へと自身が移動することは勿論、無数に存在する平行世界から無限に魔力を汲み上げて用いるなど、非常に強力かつ汎用性も広い魔法である。

 

 複数の斬撃を()()()()に放つ佐々木小次郎など、第二魔法の領域に属する宝具を持つサーヴァントは他にもいるが、リンネのそれはレベルが違う。

 

『そりゃあ君達がシビラ姫の宝具から生き延びたのは何らかの宝具の能力だとは思っていたけれど、第二魔法なら納得だ!

 ()()()()()()()()()()()を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で上書きしたんだ! それそのものが聖杯じみている、好き放題に願いを叶えられる宝具だぞ!』

「残念ながら、斯程(さほど)に都合の良い宝具とは言えぬ。魔力の消費も、連発すれば……吾の存在が消えかねぬ程じゃ」

「消え……!? だ、大丈夫なんですか、リンネさん!?」

「大事無い。魔力はたっぷりと……この一月、溢れる程に貰うた故」

『……ほほう』

『……? ……あっ──』

 

 ちらり、とリンネが王子を見る。

 その視線に、ダヴィンチちゃんがにやりと笑う。

 マシュはしばし首をひねった後、顔を真っ赤にして黙りこんだ。

 意味のわからない立花とアンナは不思議そうに首を傾げ、王子とリンネは何食わぬ顔で平然としていた。

 

「どうやら、リンネさんの力はとても強力なようですが…… 命に関わるならば、軽々しく使うわけには行きませんね、王子。

 それより、やはり街を滅ぼしたあの闇は、シビラ様の宝具、ということなのですね」

『ああ、間違いないだろうね。君達なら、彼女の宝具の正体がわかるんじゃないかい?』

「はい。間違いなく、北の大国に伝わる魔剣フラガラッハ……その真の姿である、魔剣アンサラーでしょう。

 ……ですが、あれほど恐ろしい威力を持っているとは知りませんでした」

『サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるものだからね。強く美しい大人の姿に成長したシビラ姫は、魔剣に秘められた力を完全に引き出せるようになるのかもしれない』

『聞いた様子では、アルトリアさんのエクスカリバーに似た宝具に思えます。魔力の増幅、放射……それ自体は多くの聖剣・魔剣に共通する性能ですね』

 

 同じ名前の宝具の伝承は地球にもあるが、おそらくそれとは名前が同じだけの別物である。

 神話の類似性、あるいは神代には世界間の交流があったのかもしれない──が、今は無関係だ。

 

「それより、結局リンネさんは敵なの? 味方なの?

 いや、私は味方だと思ってるけど、敵の聖杯に召喚されたのに、どうして?」

『そうだ、色々衝撃的でそれを聞くのを忘れてた!

 まあ、君は元々王子の仲間だから不思議ではないかもしれないが、それならば逆にシビラ姫が敵になっているのは何故だ?』

「其れは──」

 

 リンネが口を開いた途端、けたたましいアラートが鳴り響いた。

 突然の大音量に、驚いたアンナや立花は小さく悲鳴をあげて椅子の上で飛び跳ねる。

 

 ホログラフのマシュがはっとして手元を忙しなく操作すると、ダカダカとキーボード音がかき鳴らされてアラートの音量が下がった。

 

WARNING(大変です、先輩)

 A huge mana reaction of(とてつもなく強大な) The Unknown Servant(未知のサーヴァント反応が) is approaching fast(高速で接近しています)!』

「え、なにそれマシュ、なんかカッコいい!」

『えっ? き、恐縮です、先輩』

『なんだいこりゃ、凄まじい熱量と速度だぞ! これがサーヴァント!? ミサイルか何かじゃないのか!?』

「い、一体何があったんです?」

 

 ダヴィンチちゃんも驚きに目を見開くが、一体何事が起こったのか飲み込みきれていないアンナが困惑を浮かべながら問い掛ける。

 

『説明している時間はありません! 到着まで、あと5秒── 3、2、1、来ます!』

 

 ズズゥン──!!

 

 マシュのカウントぴったりにあわせて、城全体が揺れた。

 地震か、と思う程の衝撃だが、そうではない。

 炎に包まれた何者かが、さながら流星のような勢いで王城に激突。その構造物をぶち破りながら突入してきたのだ。

 

 そして、何かしら破壊の力を振るっているのだろう。巨人が歩いているかのように、断続的な轟音と衝撃が続いている。

 

「さて……行くか、皆の衆よ」

「い、行くって…… 何なんです? 一体、何が起こって……」

 

 大儀そうにゆっくりと席を立つリンネに、アンナが声をかける。

 

「吾は刻を詠めども……此度、其れを告げるは能わず。

 ……早うせねば、城を焼き崩されてしまうぞ?」

 

 リンネの言葉を肯定するように、ズズン、と城が揺れる。

 それももっともだ、と立花と王子達は立ち上がるのだった。




TIPS

【刻詠】
古来、未来を予知する異能力者として、多くの権力者が欲した存在。
そのために、彼女がただそこにいるだけで、多くの国が争い、滅び、運命を狂わされた。
しかしながら、不都合な未来を告げた為に王の不興を買い、地下牢の奥深くへと幽閉されたまま国そのものが滅びたのだが――
――数百年を経て発見された彼女は、若々しい少女のままの姿であった。



【SAMURAI】
いきなり刀を抜いてさぱっと斬り殺し、わけのわからぬ理由でさぱっとHARAKIRIして自害する、何をするかわからない恐ろしい人種。
彼らの命は紙風船よりも軽いが、誇り(と彼らが感じているもの)は地球よりも重い。
そんな奴らに限って結構な数が英霊に至っており、強いことは強いが敵にしても味方にしても油断ならない。
冬木の地で聖杯戦争を起こしたアインツベルンが日本の英霊を召喚しないようにしたのは、彼らを呼ばないため――だったのかもしれない。



【避禍予見の鏡影】
幻のように揺らめく、リンネ自身の似姿。
別の可能性世界を映し出した鏡像であり、「誰かが死んだ世界」を「誰かが死ななかった世界」にすりかえる。
応用すれば非常に強力だが、魔力消費の大きさもあり、普段はあえて自らに制限を課して使用している。
彼女の宝具「第二極天・三千世界」とは、この制限を取り払って全力で使用するものである。



【魔力供給】
サーヴァントは使い魔であるため、基本的に主である魔術師から魔力の補給を受けている。
ただし、カルデアのサーヴァントはその供給をカルデアから受けており、これが100体を超えるサーヴァントとの契約を可能にする理由となっている。
その他、莫大な魔力リソースである聖杯から供給を受けたり、他の生き物から魂や魔力を奪うなど、魔力を供給する方法は様々。
魔力経路に不備がある、マスターの魔力が乏しい、緊急の魔力供給を必要とする、といった場合には、肉体的な接続によって経路を確立することもある(ただし異性の主従に限る)



【魔剣フラガラッハ、あるいはアンサラー】
かつて千年戦争の折、人類の既存の国家はその大半が滅亡した。
現在まで続く国家の多くは、戦争後に英雄王の仲間たちが興したもの、あるいはその系譜であり、彼ら・彼女らが使用した名だたる聖剣・魔剣が受け継がれている。
その中でも、北の軍事大国に受け継がれた魔剣フラガラッハは特に強力なものであり、強力な闇の力を秘めている。
その刃に映るものを、遠く離れた場所から斬り殺すと伝えられ、使い手であるシビラが成長するにつれてその真の力を発揮させていった。
真の姿を取り戻したフラガラッハは、その名をアンサラーと改められ、名だたる魔物・魔神との戦いにおいて活躍した。
なお、神代から伝承保菌される宝具「斬り抉る戦神の剣(フラガラッハ)」とは、同名ではあるが全く別のもの。



【WARNING!】
シューティングゲームにおいてボスが登場する直前に入る演出。
ダライアスが初出とされ、後のゲームに大きな影響を与えた。
CAUTION、警告、NO REFUGEなど、様々なバリエーションが存在する。
プレイヤーの、なんかヤバいやつが来るぞ、感を高めてくれる。

k n o w l e d g e i s p o w e r .

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