異界特異点 千年英霊戦争アイギス   作:アムリタ65536

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「2.魔剣の姫を救え(記憶)」の太夫黒のTIPSにて「鵯越・逆落シ」について触れた後、公式で頼光が「一ノ谷の逆落し」について言及したため、TIPS内の名称を変更しました。
頼光はスキルのように語っていましたが、当作品では宝具であるとします。


4.偽りの王国(BATTLEなし)

 あの日、王子達はデーモンとの戦闘を行った。

 デーモンとはいえ、下級のそれであるならば、黄金(ゴールド)はおろか白銀(シルバー)のメンバーだけでもやり方次第で勝つことはできる。王子の卓越した指揮の下ならば、なおさらのことだ。

 まさしくその通りに、王子達はあの時出てきた全てのデーモンを倒すことに成功した。

 

 問題は、その後だ。

 それまでただ見ていたシビラがゆっくりと歩き出した。

 

 最初に斬られたのは、彼女を保護しに近付こうとした兵士だ。

 まだ、並の弓兵では矢を届かせることもできないほどの距離があった。だというのに、彼女が無造作に剣を振るっただけで、その兵士は真っ二つになって倒れた。

 

 すぐに王子達は応戦を開始したが、兵士が、弓兵が、魔法使いが、重厚な鎧を着込んだ鎧兵までも、皆が一撃で倒されていく。

 そうして彼女が王子の下へ至り、その目でその姿を捉えたとき、ようやく異変に気付いた。

 

『こんにちは、王子』

 

 艶やかに微笑む彼女の唇には、紅が引かれていた。

 彼女の笑みが大人びて見えたのは、施された薄化粧のせいではない。

 北の大国の女王という立場でこそあれ、王子よりも年若く、小柄で幼さの抜けきらない少女であったはずの彼女は、立派な大人の女性の身体に成長していた。

 

 一般的な女性としてはやや小柄だが、それまで半ば振り回し振り回される大きさだった魔剣アンサラーもバランスよく手に収まっている。

 ドレスの上から伺える体つきも、メリハリがついていてよく引き締まっている、まさにパーフェクトなボディだった。

 

 もちろん、彼女が行方不明になっていたわずかな時間で成長したとは思えない。本来なら10年はかかるであろう、そういった変化だ。それまで気づかなかったのは、思い込みのせいか、あるいは巨体のデーモンが傍にいたせいか。

 偽物ではない。近しい者が見れば、それは確かにシビラその人だと確信を持つことが出来た。

 

『ふふ、やはり来てくれたのね。貴方なら、必ず来てくれると信じていたわ』

『……女王よ』

 

 魔剣を片手に携えるシビラに、攻撃する隙を見いだせずにいる王子の前へとリンネが歩み出る。

 

(なれ)の想念は解す……とも。

 ……叶えてはならぬ願いも……あるのじゃ』

『関係ない。私は、欲しいものは必ず手にいれる』

 

 シビラが剣を構えた。

 魔剣の柄を両手で握り、頭上に掲げる。

 その刀身から、そして総身から、深紫のオーラが溢れだした。

 

『私に勝てるとでも思ってるの、()()()()()

『汝に吾を殺すことはできぬよ、()()()()

 

 シビラの纏うオーラが高まりを見せる。

 リンネもまた、すさまじい量の魔力をその手に集める。

 両者の間の空間が、耐えかねたようにぐにゃりと歪んだ。

 

死を齎す(魔剣)──』

第二極天(只、吾は坐して)――』

 

 シビラの纏う闇のオーラが、ふっと消えた。

 否、その全てがその手の魔剣へと凝縮されている。

 一瞬の静けさは、これから解き放たれる破壊の恐ろしさを想わせた。

 

『──応酬の剣(アンサラー)!』

『──三千世界(刻を詠むのみ)

 

 降り下ろされた魔剣の一振りが、闇を齎した。

 それはまさしく、世界の終焉の光景。

 一閃によって解き放たれ津波のように襲い掛かる闇が、万物一切を飲み込んで塵と成す。

 それに呑み込まれて、死を迎えない存在などありはしない。

 

 その終焉からリンネを守ろうと、王子が盾となるべく飛び出す。

 だが、その尊い勇気も残念ながら無意味だ。

 闇は全てを呑み込んで、全てを滅ぼし尽くした。

 

 

 

 

 

「私はその時、後方の陣地にいましたが……私は確かに、闇に……死に、飲み込まれました。

 けれど…… 気がつくと私達は、街から離れる馬車の上にいて、津波のような闇に飲まれて消えていく街を見ていたのです。シビラ様に斬られたはずの者も、皆。

 あれは……あれは、何だったのでしょう? 夢、だとは決して思えないのですが……」

 

 その時のことを思い出したのだろう、アンナは白い肌を青ざめさせて、震える自分の身体を抱いた。王子が無言で、その肩を抱き寄せる。

 

『……ありがとう。恐ろしい記憶だったろうに、教えてくれたことを感謝するよ。

 けれど、おかげで色々と確信が持てた。今この国に何が起こっているのか、その時のそれは何だったのか……今なら説明できそうだ』

「! ……本当ですか!? お願いします!」

『よろしい! ならばこの天才ダヴィンチちゃんが、異世界の人でも立花ちゃんでもまるっと理解できるように、特別に講義してあげよう!』

 

 ジャキーン! と、ダヴィンチちゃんは懐から取り出した眼鏡をかけ、同じく取り出した伸縮式の教鞭をパキパキと伸ばした。

 この眼鏡は高性能で万能な解析用の礼装なのだが、ここでこれをかけたことに雰囲気以外の意味はない。

 

「待って、私でも、って何?」

『さて、本題に入る前に必要な知識を説明させてもらうよ』

「待って」

『まず、我々カルデアとは……』

 

 カルデアとは、人理を保障する機関である。

 翻って、カルデアが動かねばならない人理を揺るがす事態とは何か。それ自体は様々な事由が考えられるが、現在のカルデアが主に対処しているのは過去に発生した特異点だ。

 つまり、過去改変が人理を揺るがすのである。

 

 過去の改変には莫大なエネルギーが必要となる。

 歴史は未来から観測されることにより、一定の結果に集束しようとする強制力が働くからだ。

 その強制力を打破するためには、奇跡を起こすほどのより強大な力、すなわち聖杯が必要である。故にカルデアは聖杯を追う。

 

 このように過去改編、翻って人理を崩すことは大変な難事だが、かつてそれに成功し人類三千年の歴史を焼却し尽くす偉業を達成したモノがいた。

 最終的に人理は修復されたものの、魔神柱と呼ばれるその残党は僅か数柱ながらいずことも知れぬ時の彼方に逃げ去り、それもまた特異点を生むものとしてカルデアに追われている。

 

 立花もまた、聖杯と魔神柱の反応を追ってこの王国に降り立ったのだ。

 

「つまり、その聖杯と魔神柱が、私達の国に流れ着いた、というわけですね」

()()()

 

 なるほど、と言いたげに頷いたアンナの言葉を、ダヴィンチちゃんは否定した。

 

「違うの? でも、この国から魔神柱の反応があったんだよね?」

『うーん、そこからもう違うんだよ、立花ちゃん。

 いいかい、念入りにその領域を解析した結果を伝えよう。そして、ここからが本題だ。

 そこは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………!」

「そんな馬鹿なことが……!」

 

 ここは異世界ではない。それどころか聖杯が作った偽物の世界だという。

 アンナは思わず立ち上がって叫び、流石の王子も喉を唸らせて驚きを露にした。

 

『おそらく、君達の世界をそっくりそのままコピーしたんだろう。そして、それを時間と空間の狭間に浮かべて君達を閉じ込めた。

 仲間の多くが行方不明になった、と言ったね? 違うんだよ、()()()()()()()()()()()()()()なんだ。彼らは強い力を持っていたがために、連れ去られずに抵抗できた……いや、元から置いていかれたのかもしれないね』

「そんな、世界を丸ごと写し取って、私達を気づかないうちに移動させるなんて……」

 

 とてもではないが信じられない話だ。まさか、と反論を探すようにアンナは視線をさまよわせる。

 だが、効果的な反論を思い付けない。それどころか、その方が納得できる部分すらあった。

 

 王国の外へと出ることが出来ない、という事実がそれを裏付ける。

 出られなくて当然だ。この王国の外など、存在しないのだから。

 

『本来、地球……自分達の世界の外を観測できないはずの私達が、こうして異世界なんてところに来てしまったのは、我々が地球から観測できるギリギリの領域にこの世界が生み出されたから、と考えられるね』

 

 では、誰が何の理由で聖杯を用い、そんなことをしたのか。

 一月前からの状況を考えれば明白である。デーモンの他に、現状に関わっている敵はいない。魔神柱も聖杯も、デーモンの元にあると思われた。

 

 悪魔の元へ、魔神柱がもたらした聖杯。

 さしずめ、魔神聖杯とでも言うべきか。

 

「聖杯…… 恐ろしい力を持っていますね。

 ではそのデーモンにシビラ様が操られているのも、聖杯の力なのでしょうか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 再び、ダヴィンチちゃんはアンナの言葉を否定した。

 

『それを説明する前に、サーヴァントについて説明しよう』

 

 サーヴァントとは魔術師の使い魔のことだが、聖杯を巡る戦いにおけるサーヴァントは、普通の使い魔とは違う特別なものである。

 

 歴史上の名だたる英雄。

 あるいは彼らと相討ち相討たれた反英雄(怪物)

 強大にして偉大すぎる彼らの魂を、英霊の座と呼ばれる場所から、七つ(+α)の(クラス)に貶めて召喚し、使役する。それが最強の使い魔たる『サーヴァント』だ。

 聖杯はあくまで純粋な力に過ぎない。聖杯を用いる者、巡り争う者は、このサーヴァントの力を借りて己が望みを叶えようと戦うのである。

 

 なお、その偉大なる英雄であるところの牛若丸は、小難しい話は我関せずとお茶請けのクッキーをぱりぽり小動物のようにかじっているわけだが。

 

『その性質上、サーヴァントの大半は過去の人間だ。ところが面白いことに、稀に未来から召喚されるサーヴァントもいるんだよ』

 

 たとえば、ほんの少し特異で歪で不完全な魔術が使えるだけの少年が、聖杯戦争で特異で歪で不完全な大人に成長した自分(サーヴァント)と戦う、なんてこともある。

 また過去の特異点においては、その時代よりも後の時代のサーヴァントが呼ばれることも珍しくない。特に神代のウルクから見れば、同時代のサーヴァント以外は全員未来の英霊だ。

 

『サーヴァントは基本的に、全盛期の姿で召喚される。

 つまり、大人になったそのシビラ姫という人は、本人ではなく、聖杯によって全盛期の姿で未来から召喚されたサーヴァントだ、と推測できる』

「……え、それはつまり本人なのでは?」

『違うとも。本人と同じ魂と肉体と精神性を再現されているだけで、本人ではないよ。

 たとえ死んでも魂が英霊の座に戻るだけで、この時代に存在する本人は無事だ、おそらく元の世界で君達の帰りを待っているんじゃないかな』

 

 ダヴィンチちゃんの解説に、アンナはあからさまにほっとため息をついた。

 王子も、まずは一安心、といった様子を見せる。

 

『そして、召喚されるサーヴァントは一騎だけじゃない。

 そのシビラ姫の他にも、カルデアはサーヴァントの反応を一騎、既に観測しているよ』

「それはつまり、シビラ様のようにデーモンに召喚された方、ということですか? 一体どこに……!?」

「それは、吾じゃ」

 

 異世界の人間には想像を越えたものであろう話を、平然とした顔で聞き流しながら牛若丸と一緒に紅茶と茶菓子を堪能していたリンネが、ぽつりとつぶやいた。

 ひどく掠れた、ささやくような声でありながら、それはするりと意識に入り込むかのようによく聞こえた。

 

「吾こそは、汝らがキャスターと……定義せし者」

 

 全員の注目を浴びながら、彼女は淡々と語る。

 

「魔神聖杯により召喚されし七騎……その、一、よ」




TIPS

【七つ(+α)のクラス】
サーヴァントは、基本的に七つのクラスで顕現する。
剣騎士セイバー、槍騎士ランサー、弓騎士アーチャー、騎乗者ライダー、暗殺者アサシン、魔術師キャスター、狂戦士バーサーカー。
通常の聖杯戦争においては、これら各一騎ずつ、七騎が召喚されて戦うことになる。
ただし、稀にこれらに当てはまらないクラスで顕現する例が確認されている。
裁定者ルーラー、復讐者アヴェンジャー、盾の英霊シールダーなどである。
大抵の場合、これらのエクストラクラスは特徴的すぎてクセが強く、仲間としても敵としても厄介。



【魔神聖杯】
時空の狭間へと逃亡した、ある魔神柱がもたらしたもの。
――本来、彼はどこへもたどり着けず消え去る運命にあった。
しかし、天文学的な確率を潜り抜け、彼は時空の狭間へと潜むモノの場所へたどり着いたのである。

k n o w l e d g e i s p o w e r .

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