異界特異点 千年英霊戦争アイギス   作:アムリタ65536

22 / 24
20.降り注ぐ矢をかわせ:王子編(上級)

 弓に矢をつがえていたナナリーだが、麓に広がった吹雪が広場を白く覆い尽くすのを見て、構えを解いた。

 ほどなくして、魔術で編み上げた矢が消え去る。

 

 魔力を感じる。自然の吹雪ではなかった。

 しかし、吹雪を起こす雪だるまは既にいない。ならばあの吹雪は……

 

キャスター(リンネさん)の仕業……でしょうか」

 

 風水師であるリンネは、悪天候を鎮める力がある。

 ならば、逆に悪天候を引き起こすこともできるのではないだろうか。

 そうでなかったとしても、この距離では吹雪を貫いて狙い撃つことはナナリーの技量でも不可能だ。

 

 そして、王子ならば必ずこの吹雪を活かしてくる。

 ならば吹雪の原因を考えるのは無意味だ。

 この吹雪に乗じて、王子ならどうするか──

 

 撤退する? 態勢を調え、部隊を再編するために一度山から降りて、クィンタプルショットの対策を立てて後日訪れる。

 クィンタプルショットに耐えられる、体力と防御力を兼ね備えた重鎧兵は連れてきていないようだった。ならばそれを連れてくれば、活路も開けるはずだ。

 

 いいや、そうなったなら、今度はナナリーが帰路につく王子に奇襲をかけるだけである。ナナリーには律儀に王子が再び訪れるまで待つ必要は無いのだ。

 それに、ナナリーの知る限り、王子なら限られた条件の中で最適な手を打ってくる。一時撤退などはしないだろう。

 

 なら、どうするか。

 撤退しないなら、攻め込むしかない。

 ルートは二つ。

 広場から、山を時計回りに回り込む道と、半時計回りに回り込む道だ。

 いずれも、最終的には山頂のカルデラ湖を囲む防壁のに辿り着く。

 

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()

 この山の魔女の一族の当主、白金(プラチナ)である魔女エリザはこの特異点にはいないため、王子達はまだこの場所のことを知らないだろう。

 

 だが、矢を射掛けていればその方向からいずれ知れるのは間違いない。

 自分の元へと向かってくる王子達を、如何に迎え撃つか──

 

 そこまで考えて、ナナリーは苦笑した。

 こちらは守り、王子が攻める。まるでいつもの反対だ。

 だが、やることは変わらない。

 配下の魔物はいない。雪だるまどもは王子の到着を知らせる警報がわりに放っておいただけだ。

 こちらは自分一人。ならば、姿が見え次第、片っ端から撃ち抜くだけ。

 

「さあ、王子。私を見て。私のところへ来て。

 私だけを見て。私だけを考えて。私だけのために知恵を絞って、私だけを倒しに来て──」

 

 痛いほどに高鳴る胸を感じながら、ナナリーは艶然と笑みを浮かべ、弓を引く。

 

「私も、あなたを見ています──」

 

 その視線の先には、吹雪の中、王子を筆頭に山頂に向けて馬を駆る一団がいた。

 

 

 

 

 

 王子達は吹雪の中、山頂に向けて右回りの山道を馬に乗って駆けていた。

 先頭を走るのは王子。その背中にリンネがしがみついている。

 

 アンナは戦場へ着いてくることはできない。

 もちろん気持ちは王子と共にあったが、矢の降り注ぐ戦場に同行しても足手まといにしかならないことを自覚しており、負傷者や後方支援の人員と共に、吹雪に紛れて山を降りている。

 

 王子の後ろには、抜き身の刀を手にした小次郎が馬を駆る。

 立花の姿はない。ジークフリートとアーラシュもいない。小次郎だけだ。

 さらに後ろに、モーティマら山賊や兵士が続いている。

 

「来るぞ、王子」

 

 リンネが言った直後、五本の矢が飛来した。

 小次郎が速度をあげて割り込み、二本の矢を一閃で切り落とした。

 王子自身も一本を防いだが、残り二本はまるで見当違いのところに突き刺さる。

 勿論、ナナリーが外したわけでも、吹雪の風で軌道をそらされたわけでもない。

 

「平行世界の鏡影をかぶせて、狙いをそらしておる……

 じゃが、効果は三割といったところか……」

「結構、結構。それにしても小手先の技がよく利くものだ!」

「キャスター、故に……な?」

 

 感嘆する小次郎に、くふ、とかすれた声でリンネが笑う。

 吹雪の中、馬を走らせているというのに、不思議と互いの声はよく聞こえた。あるいはこれもリンネの魔術か。

 

 矢は次々に降り注ぐが、五本のうち一本か二本、あるいは三本が狙いを外す。となれば、片手で手綱を握っていても小次郎の技量なら叩き落とすのは難しくない。

 

 しかし、王子は優れた剣士であれども小次郎のように飛来する矢を切り落とすほどの隔絶した技量はない。

 小次郎の刀を潜り抜けた矢が、王子の横顔に迫り──

 

「そこで手綱を緩めよ」

 

 しかし、急に速度を落としたせいで矢は危ういところで王子の目の前を通りすぎた。

 

「次は一身のみ右じゃ…… そこで頭を下げよ…… 次は、吾の背と馬の足に来る。……今じゃ、跳ねよ」

 

 矢が鼻先をかすめ、首筋で風を巻き、すくめた頭の上を過ぎていこうと、王子は片時も怯まず、声もあげずに馬を走らせる。

 背中で囁くリンネの声のまま、馬が嘶いて大きく跳躍し、間一髪で馬の足元に矢が突き立った。

 

 リンネの目はあらゆる未来と平行世界を同時に見ている。

 ナナリーの矢に射抜かれて、自らと王子が命を落とす未来。幾千幾万のそれを見ながら、()()()()()()()()()へと王子を導く。

 宝具による書き換えなど行わずとも、鏡像による眩惑と小次郎の守り、そして疑わず躊躇わず指示に従う王子の信頼があれば、この程度のことは可能であった。

 

「とはいえ…… 王子が自ずから行動してこそ、王子は未知たる特異点として作用する…… 本来、吾がこのように、自ら未知を既知へと落とすようなことは、あり得ぬのじゃ……

 ……じゃが、王子のためとなれば、今だけは主義を曲げようぞ…… そのかわり、後で……ふふ……この埋め合わせは、してもらうぞ……?」

 

 降り注ぐ矢の雨よりも、かすれた声で囁くリンネの言葉にこもった熱の方が、余程に王子の心をかき乱す。

 しかし、その動揺を表に出すことなく、王子は馬を走らせた。




TIPS

【重鎧兵】
重厚な鎧と楯で全身を固めた兵士、あるいは騎士。
見た目通り高い防御力を誇り、巨大な楯とメイスを巧みに操って複数の魔物の動きを封じ込める能力に長けている。アーマーで止めてメイジで焼き払う、は王子軍の基本戦術である。
ただし、魔法は苦手なので過信は禁物。
王子軍の一般重鎧兵は、特徴的な兜の形状から「バケツ」と呼ばれている。

【いつもの反対】
王子軍でもトップクラスの弓兵であるナナリーは、それ故に演習では敵役を務めることが多かったという。

k n o w l e d g e i s p o w e r .

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。