「さ、寒っ……!?」
強烈な雪と風が吹き付け、立花は思わず自らを抱いた。
あっという間に目の前が白くなり、広場の端まで見通すことができなくなる。
流石にこうなると、耐寒耐熱の魔術礼装の上から毛皮のマントを羽織っていても、頬が切れるように冷たく感じた。
『これは普通の吹雪じゃないぞ……! 場の魔力属性が急速に偏りを見せている!』
『先輩、エネミーの反応をとらえました! 総数、百を越えます……! 突然、全周囲に発生しました!』
さらに、吹雪の向こうから魔物が迫ってくる。
吹雪のカーテンでよく見えないが、まるっこいそのシルエットは立花達の見たことのある雪ゴーレムとはまた違った、雪玉をふたつ重ねたシンプルな形の雪だるまだ。
それが、ぴょこん、どすん、と跳ねながら全周囲から迫ってきている。
『なるほど、雪だるまに憑依するタイプか。憑依して動き出すまで反応が現れなかったんだ』
『エネミーは真っ直ぐそちらに……いえ、待ってください、妙な動きをしています…… まるで、道に沿って円を描くような……?』
『いや、これは道じゃないぞ。地面を走る霊脈をなぞっているんだ。知能の低いタイプのエレメントなんかによく見られる行動だね。まるで円舞のようだよ』
「カルデアの皆さんは、魔物の動きがわかるのですね。
相手の動きがわかっている防衛戦……王子、これは我々の得意分野ですよ。まずは戦闘体勢を整えましょう!」
「…………!」
ガタッ、と立ち上がったアンナと王子は一瞬だけアイコンタクトをかわすと、それだけで意思を通じあったようだ。迷いなく行動を開始する。
立花達も、それに従って動き始めた。
「拙者は馬のところへ行く。馬たちがやられてはかなわん」
「気をつけて、小次郎!」
「応とも!」
軽やかに雪を蹴って、小次郎の姿が吹雪の向こうに消える。
ジークフリートがさりげなく立花の風避けになる位置に立ち、立花はジークフリートとアーラシュと共に広場の中央へと向かった。
吹雪の中、雪の上といえど、サーヴァント……しかもアサシンのクラスで顕現した小次郎にとっては、雪を踏む音さえ置き去りにして駆け抜けるなど容易いこと。
雪だるまどもが木々に繋がれた馬達に襲いかかる、その前に小次郎は割り込んだ。
カルデアでも雪だるまゴーレムと戦ったことはあるが、頭の造形はそれと似ている。赤いバケツをかぶって赤いマフラーを巻き、黒い石か何かを目と口に見立て、鼻には人参を埋め込んである、朴訥とした顔立ちだ。
が、太い手足とずっしりした胴体がついていたゴーレムとは違い、この雪だるまの魔物は頭よりも一回り大きい雪玉に木の枝を刺して作った手を生やしているだけの体をしている。
子供の作るような、オーソドックスな雪だるまだ。
実際、そのようなものに何か良くない邪悪なものが取り憑いて生まれた魔物であった。
一体どのような攻撃をしてくるのか。どう攻撃すべきか。考えようとして、小次郎はやめた。ひとまず斬ってみてから考えれば良い。
抜き放った長大な太刀を、駆け込んだ勢いのまま振り下ろす。
初太刀を受けた雪だるまは、その一撃で血しぶきならぬ雪しぶき(?)をあげ、倒れ伏した衝撃で砕け散った。赤いバケツがカランカランと転がって、それきりだ。
「ふうむ、なんとも斬り甲斐の無いことよ」
拍子抜けとばかりにつぶやいた小次郎を、赤いバケツをかぶった雪だるまが今度は三体で取り囲む。
間合いに入る寸前、赤い手袋をつけた手で顔を隠して縮こまったかと思うと、ばっと手を開きながら飛びかかってくる。
先程までどこか眠たげな朴訥な顔だったのが、黄色い目玉をぎょろつかせギザギザの牙がのぞく口を大きく開いた恐ろしげな顔に、文字通り変貌していた。
これには小次郎も一瞬ぎょっとするが、それで鈍るような剣の持ち主ではない。
余人には、雪だるまどもがどの順番で斬られたのかもわからないほどの剣速で、三体の雪だるまは空中で真っ二つに切り裂かれた。
ひとつは首と胴を断ち、ひとつは胴体を袈裟懸けにし、ひとつは脳天から真下へと切り落とす。
どさり、と雪が地に落ちた音はほぼ同時。
これならば何体来ても怖くはない、と不敵な笑みを浮かべる小次郎だが、続いて彼を取り囲んだ雪だるまは青いバケツに青いマフラー、青い手袋をつけていた。
青い雪だるまは同じように手袋で顔を覆ったが、今度は飛びかからずにその場でその手を広げる。
すると、頬まで裂けた魔物の口から魔力の弾が放たれて小次郎を襲った。
「おおっと、そんな芸も使うのか!」
咄嗟に身をかわす小次郎だったが、流れ弾が背後の馬の足元に炸裂し、地面の雪をはねあげて馬を驚かせる。
これはいかん、と小次郎は刀を振るい、魔力弾を叩き落とす。
流石は王子軍の馬というべきか、馬達はやや興奮しつつも、恐慌状態には陥ってはいなかった。
「どう、どう。落ち着けよ、お前達」
軽口のように馬に声をかけ、小次郎は雪を蹴った。
霊脈の流れに沿って近付いてくるとはいえ、離れた場所から攻撃してくる相手に足を止めてなどいられない。
青バケツの雪だるま達は次々に魔力弾を放ったが、小次郎の刀はそれを叩き落とす。
まず、己の致命となるものを最優先に。背後の馬に当たりかねないものをその次に。多少の被弾は無視して走る。
同時に複数の斬擊を放つ秘剣、つばめ返しを会得したその身とはいえ、雪だるまの数は多く、放たれる弾幕のすべてを打ち落とすには足りない。
だがひとつひとつの威力は然程でもなく、小次郎は幾分かのダメージと引き換えに青バケツの雪だるまに肉薄した。
深く間合いに入り込み、長い刀を横一閃。
三体まとめて輪切りにし、ただの雪の塊へと還す。刀の間合いにさえ入ってしまえば、バケツが赤かろうが青かろうが変わりはなかった。
だが一息つく間もなく、どすん、どすん、と重い音が迫る。
今度は赤いバケツと青いバケツの雪だるまが同時。だがその大きさは2メートル以上あり、思わず小次郎は見上げてため息をついた。
「これはまた、ずいぶんと気合いを入れて作ったものだ……!」
大きいということは、単純な強さでもある。
単純に考えて、高さが倍なら横幅も倍、奥行きも倍で、掛け合わせて体積は8倍。それだけのパワーとタフネスを持っているということだ。
しかし、相手が何様であろうと小次郎にできることは刀を振るうことのみである。
いざ、と刀を構えたその直後、吹雪のカーテンを切り裂いて、数本の矢が立て続けに飛んできた。
矢は雪だるまのかぶった青いバケツを弾き飛ばし、きょとんとした顔になった雪だるまの人参の鼻を吹き飛ばし、最後に頭そのものを吹き飛ばした。
同時に、小次郎の体を淡い光が包み込み、雪だるまの魔力弾にやられた傷を癒す。
「あんまり一人で無理すんなよ、小次郎!」
「ワシも加勢しますぞ! 神官戦士ニコラウス、只今推参ッ!」
広場の方から弓を構えたアーラシュと共に、白い法衣とメイスで武装した老神官戦士が姿を見せた。
老神官戦士は見事に光る禿頭で、顔にこそ深いしわが刻まれ眉も髭も白くなっているが、首から下は老人のそれとは思えないほど鍛えぬかれていている。
老神官戦士は駆けつけざまに小さな雪だるまをメイスで叩き潰すと、今度は拳で殴り付けて別の雪だるまを崩す。
かと思えば、握っていた拳を開いて光を放ち、小次郎に更なる治癒魔術を施す。この世界の治癒魔術は礼装のそれに比べて効果こそ低めだが、圧倒的に連発が利くようだった。
「助太刀、感謝致す!」
「だっはっは! なんの、礼には──ぬおっ!?」
不意にニコラウスの頭上に影が差したかと思うと、高く飛び上がった赤バケツの巨大雪だるまが老神官戦士を押し潰そうと落下してくる。
だがしかし、その目論見は完遂されなかった。
アーラシュの弓矢に頭部を、小次郎の燕返しに胴体を吹き飛ばされて、巨大雪だるまは消し飛ぶ。
大量の雪をかぶったニコラウスだが、すぐに雪をはね飛ばして這い出し、頭の上に乗った雪を払い避けた。
折しも吹雪が弱まり始め、差し込んだ陽光にキラリとその頭が光る。
「礼を言うのはこちらの方でしたな! かたじけない!」
「お互い様というやつよ。それよりご老人、見ればなかなかの
「むう、これは良き修羅ぶり! ワシの若い頃を思い出すわい!」
「おいおいお二人さん、じゃれあうのはこいつらを片付けてからにしてくれよ?」
「うむ、心得た!」
軽口を叩きあう間にも、雪だるまは次々に襲い来る。
三人の男は雪の中、戯れ踊るように雪だるまのラッシュを受け止めるのだった。
TIPS
【雪の広場】
今回の戦闘の舞台であるが、実際に千年戦争アイギスに存在するマップをモチーフにしている。
今回とは逆に、広場中央に陣取る魔物から三方の出口を守る配置になることが多いマップ。
ただし、そのマップは「アンナと雪の美女」には使用されていなかったりする。
【雪だるまの魔物】
人の姿を模したものには魔が宿りやすい。それは雪だるまも例外ではなく、形なき魔物が雪だるまへと取り憑いて生まれた魔物。
何故か、物理攻撃をするものは赤いバケツ、魔法攻撃をするものは青いバケツをかぶる習性がある。
【神官戦士】
強い信仰とストイックな修行により、治癒魔術と武器戦闘の両方の技術を修めた戦士。
どちらも専門職には劣るものの、戦闘能力を持たない治癒魔術師では配置できない場所で回復を行えるため、王子軍では重宝されている。
【ラッシュ】
単体では弱い小型の魔物が行う戦術。
戦術とは名ばかりの、ただ数とタイミングをそろえての一斉攻撃だが、押し込まれて突破を許せば守るべき後方に取り返しのつかない被害を生むことにもなる。
ラッシュを凌ぐには単純な戦闘力だけでなく、多くの魔物の足を止める防衛技術や、効率的に多数の魔物を倒す殲滅力が必要とされる。
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